さて尾花丸が安倍晴明と成った頃。この講釈では勅命で唐土(中国)へ渡り易学や神学を学び奥義を極めて帰国した事に成っておりますが、

どんなに調べても、其の様な史実は御座いませんし、そもそも安倍晴明は実在する人物で、易や祈祷ではかなり有名且つ頼りにされて居て、

特に天文学は百年に一人と謂っても過言ではない、所謂数学・算術の玄人。暦を予測出来て当時重要だった日食月食をズバリ当てる人物でした。

此の才能から陰陽師として神格化され、一条天皇、藤原道長の藤原氏全盛期に、大変優遇された事も相まって伝説が晩年から創られ出し始めます。所謂捏造。

是により年表は改竄され、エピソードは盛られる捏造される他人の噺も晴明の手柄になる。こうして虚像7実像3位の安倍晴明が史記や伝記として数多く残されます。

さぁ、其れを踏まえて、安倍晴明の唐土漫遊記を是よりたっぷりとお送り致しますが、眉毛にも唾をたっぷり塗ってからお楽しみ下さい。


唐土に渡った安倍晴明は、大学での易学と殿社、神道の講義に不満を持ち、大学の学長に直談判をして更なる高見の学術を探求します。

そして教えられたのが、城荊山と伯道仙人でした。百歳を越える其の仙人が易学と殿社、神道の秘術と奥義を教えて呉れると謂うのである。

更に学長は、日本より渡来し地理に不案内な安倍晴明に対し、城荊山の麓までの案内人を用意して呉れたのである。そんな当時の朝

大学の寮の一室、安倍晴明が山に籠る為の支度をしておりますと、其処へ現れたのは、意外にも当大学の所謂用務員、『小遣さん』でした。

小遣「城荊山を登ると謂うのは、お前さんかい?!」

晴明「如何にも、お世話に成ります。」

小遣「充分に支度はなさいましたか?!」

晴明「支度は今している最中だ。」

小遣「其れで、何個か?瓢(ふくべ)に水なり酒なりを用意しましたか?!」

晴明「竹筒の、日の本式の水筒は用意したが。」

小遣「半日で飲み干す量では伯道仙人には逢えませんよ。城荊山に飲める水は御座ません。五日、六日分の水は不可欠です。」

晴明「忝ない。然らば水を二升、酒を三升持参致そう。」

小遣「あと棗も用意なされた方が宜しいかと存じます。」

晴明「成る程。瓢を飲み干した後は、喉の渇きは棗で潤すとは理を得たり。又、棗は山気を祓う役目も致す、一石二鳥。」

さぁ此の小遣さんが、過去のしくじり者の失敗談を踏まえて、何かと支度中の安倍晴明に助言を下さるので、是を参考に支度を進めます。

軈て案内人が寮に到着した頃には晴明、準備万端整いまして愈々城荊山への旅が始まります。麓まで南に二十七里。一泊二日の旅に成ります。

成る程、噂通りの山で御座いまして、所謂オーバーハング(ハングオーバー・二日酔いではない。)した絶壁がそそり立ち、剣の如し!

実に剣山と呼ぶに相応しく、又山道も荊の如き獣道!其の困難さは是を見たダケで、逃げた志願者の有るを、納得さすに足りる険しさです。

さて此の山麓まで来ると案内人、済まなそうな顔に成り、暫くモジモジしていましたが、意を結したか?たどたどしい調子で語り始めます。

案内人「あのぉ〜、ご承知かと存じますが、私自身は此の麓は何度か来た事は御座いますが、山ん中は全くの不案内でして、此の先、役に立ちません。

大変心苦しく申し上げ難い事なのですが私は此の場でお暇申し上げまする。貴方様が必ずや仙人に逢える事をお祈り申し上げ奉りまする。」

晴明「左様ですか、併し何も知らぬ事は無いのではないか?ほんの些細な事で構わぬ。山に付いて知り得ることなら、噂でも構わぬ申して呉れ!」

案内人「其れは私は知りません。申し訳有りますが面倒な事は困りますから、此処で失礼致します。」

そう謂うと、案内人は逃げる様に帰って行く。晴明は思った『面倒は困ります』とは何んだ?化物か?山姥か?山賊でも出ると謂うのか?!

其れにしても、山路と謂い崖と謂い登り難い事この上無き山だ!そうは謂うても仙人に逢わずして帰る訳には参らん。そう自分を奮い立たせる晴明。

兎に角、焦りは禁物だ。険しい山だからこそ、三日、五日掛かっても、少しずつ上へ進もうと、ゆっくり無事是一番で牛歩戦術で参ります。

一歩一歩剣山の狭き獣道を登りますと、脇に見えるは数千畳敷きの谷、又時に聴こえる頂上より落下する大瀧の轟く濁流は音物凄く、

左有れど、垣間見る墨絵の如き山間の景色を目の当たりに致すと、イヤ茲ぞ、唐土也!と妙にワクワクする興奮を覚える晴明でした。

正に自らの料簡では、稍一里半も進みしや?と思う場面で、彼方より藁草履を履いた歳の頃は還暦凸凹、瓢箪を下げ薄衣の老人が下りて参ります。

イヤハヤ、是を見付けた安倍晴明の歓喜は尋常では御座いません。麓で案内人と分かれて六日、久しぶりに人間を目撃致した感動は一潮。

晴明「ご老人!」

老人「ハイハイ。」

晴明「貴殿は山頂より下って参られたか?」

老人「左様で御座います。」

晴明「ならば、伯道と謂う仙人をご存知でしょうか?!」

老人「ハイ、野菜を今日はお届けに行き、帰りに御酒をと頼まれ申しました。」

晴明「まだ、伯道仙人のお住い迄は道は長ごう御座るか?!」

老人「ハイ、之より六里。イヤ、七、八里は登らぬと伯道様の庵には着きませんぞ!」

晴明「七、八里かぁ〜。」

老人「当國の丁と里の関係は日の本とは違いますぞ!日の本は一里が十丁。なれど、唐土は王朝が変わる度に繰り上がりの規則を変え申す。」

晴明「其れで今の宗の決まりに直すと、一里は何丁になるや?!」

老人「六丁が一里に御座います。」

晴明「其れでかぁ、二十七里が二十里程度に感じる訳だ。然して、ご老人は此の城荊山の住人でしょうか?」

老人「左様、私は伯道様の下僕で、室爺(むろおじ)と呼ばれて御座います。伯道様はイタク酒を好まれる由え、度々里へ御酒を求めに参ります。」

晴明「成る程、したり。」

室爺「して、貴方様は何処から参られた?」

晴明「ハイ、日の本に御座いまする。名を安倍播磨守晴明と申します。約半月ばかり前に茲唐土へと参りまして、大学にて易学や殿社、神道を学びましたが

凡そ日本に居ても学べる様な学問しか教えられず、学長先生に相談すると、茲、城荊山と伯道仙人の事を教えて頂き、山を登り仙人と面会して教えを乞う決意を致しました。

そんな訳で此の山を登り始めましたが、道は判らないし、そもそも伯道仙人の家の場所が判らず、闇雲に上へ上へ明治の北島監督か!と謂われそうな位前進して居たら貴方に出会ました。」

室爺「オぉ〜左様ですかぁ。イヤ、この國の人でもまず茲迄登って来る根性は御座いません。大抵二泊三日登ると断念し下りる様です。此の國の学者は概ね根性無しです。

そうかぁ、仙人の予言が又当たりました。『近日、倭の國から客人が参るから、手厚く歓待する様に!』と、仙人より言付って御座います。貴方が其の客人ですね?!」

晴明「ハハぁ、翁は俺の来訪を既にご存知てしたかぁ、では、室爺殿!某を翁の元へ案内して呉れまいか?お頼み申す。」

室爺「残念ながら、儂は酒を買いに参らねばならん。」

晴明「其れは心配御座らん。拙者が土産の酒を持参している。水代わりに持参の『上善如水』である。珍しい味の酒なれば、翁も喜ばれるに相違ない。」

室爺「其れは仙人も喜びましょう。茲らの里が造る酒は癖が強い!千鳥の漫才の様な酒ばかりじゃぁ!と、何時も仙人は嘆いて居ります。都の酒など土産にすれば喜びます。」

晴明「では、翁の元へ案内して呉れますか?!」

室爺「ハイ、勿論喜んで!それはそうと、其の網に入れて腰にぶら下げていらっしゃるのは棗では御座いませんか?」

晴明「如何にも棗だが。」

室爺「実は伯道仙人は棗に目がないのです。貴方が『上善如水』と『棗』の二品を土産となされば仙人は、盆と正月が一緒に来た!と、大喜び間違い無しで御座います。」

晴明「実に長い道中、喉の渇きと山気を受けぬ為に邪魔な荷物と感じつゝ苦労して運んで来たが、翁に喜んで頂けるなら勿論二品共献じよう。」

室爺「其れは結構な御心掛けです。道中さぞ重い荷物を草臥れたで御座いましょう。茲からは私がお持ち致しましょう。」

晴明「イヤハヤ忝い。拙者も難儀する重たい二品なれば助かります、室爺殿。」

と、瓢と網袋を晴明は室爺に渡し身軽になるのだが

室爺「では、此方で御座います。私が先をお進み致します由え、貴方は跡を付けて来て下さい。」

晴明「承知した。イザ参ろう。」

そう安倍晴明が室爺に声を掛けるやいなや室爺が歩き出すと、いやはや速いなんてモンじゃない。小走りなんてモンじゃなくドンドン獣道を分け入る!訳いる!


晴明「オイ、室爺殿!速過ぎる。拙者、付いて行けぬぞ、ゆっくりとお願い致す。」

室爺「大丈夫です。一本道ですから迷う事は御座いません。付いて来て下さい。」

そう室爺は謂うと、異彩構わずマイペースで道無き道を進んで行き、とうとう姿が見え無く成ります。晴明は到底同じ様な速さでは進めず、諦めてゆっくりと歩きだす。

瀧の様な汗が出る中、『若しや?あの爺さん、語りではないのか?』と、護摩の灰か?と疑ってみた晴明でしたが、取られたのが酒と棗ではコスパ悪過ぎだろうと考え直し跡に続きます。

漸く半刻ばかり歩くと開けた土地に出ましたが、前には断崖の谷が見えて五、六間の幅の谷、其の下には小川が濁流を讃えており、

地びたから谷底の小川迄は距離にして十五、六間は御座いますが、何処をどう探しても此の谷には橋が掛かっておりません。

晴明「畜生!爺め、何処へ消えた?どう考えても此の谷川は渡れまい。途中に山小屋なども無かったしあの爺さん、妖術使いか?!」

思案する安倍晴明でしたが、煙の如く消えた老人室爺の行方は知れませんし、兎に角、急勾配の坂道獣道を三里半ばかり駆け上がりましたから、身体は疲労困憊です。

闇雲に動いて体力を消耗するより、茲は一番身体を休める事に専念致そう!と、晴明は谷に近い草むらで石を枕に寝入って仕舞うので御座います。さて暫くすると


何をして居なさる!早く、起きて進みなさい!


半刻も寝入ったでしょうか?木霊する老人の声で起こされた安倍晴明は寝ぼけ眼で前を見ると、谷の向こう側に蜃気楼の様な室爺が立って手招きしています。

晴明「ウーム、誰だ?!」

室爺「私ですよ、室爺です。あんまり遅いから伯道仙人も心配しておられます。谷から小川へ転落していないか?見て来いと。そしたら、谷を渡らずに寝ておられる。」

晴明「黙れ!騙されんぞ拙者は。貴様、双子だなぁ?片方は谷の手前に隠れて居て、もう一方は谷の向こう側から御いで御いでをする。そんな罠に拙者は騙されんぞ!!」

室爺「何をしたり顔に成っとるんだ!日の本の人。御前さんは仙人に秘術、奥義を教えて貰いに山へ来たんじゃないのか?」

晴明「勿論だ、習いに来た。」

室爺「ならば、つべこべ謂わず、早く谷を越えてこちら側へ来い!早くしないと日が暮れるぞ、ッたく。」

晴明「無理だ!橋がない。谷の幅は五、六間は有るんだぞ、あのマイク・パウエルだって五間飛べるかどうかだぞ(世界新8.95m)。俺はそんな浮遊の術は使えない。」

室爺「橋が無い位で此の谷如き越えられずして、伯道仙人の修行が受けられるものかぁ!この谷も越えられずんば、日の本へ帰られるが宜かろう。」

さぁそう室爺に一括された安倍晴明、自分の甘さを痛感致します。それにあの室爺が越えられるのだから、何か?秘密が有るに違いないと、晴明、知恵を絞ります。

まず、竹竿などで棒高跳び的な谷越え、是は否。竹林は無くそんな長い竹もない。次は蔦。是も否。崖に蔦など生えてないし、山中をかなり歩いたが蔦など目にした記憶がない。

待てよ!室爺は何んの道具も持ってはおらなかった。其れでも渡れているのだから、谷川の周囲に渡る術、道具のようなモノが必ず有るはずだ。其れは何んだ?と、辺りを探します。


有れだ!あの生木だ。


其処には程宜い太さの、如何にも『シナりまっせ!』と謂っている様な生木が生えて御座います。ヨシ是だ!と、安倍晴明。スルスルと木登りを始めて、素早くテッペンに到達致します。

そして、生木の突先を掴み反動を付け後ろに生木をシナらせると、勢い良く前に更なる反動で飛ばされて、室爺が立っている少し後ろに着地するのでした。見事に羽生名人の谷川越え!

晴明「斯様に致さば、谷川は越えられるのですね。」

室爺「ご明察!御見事です。過去うん十年に、何千人と謂う来訪者は有れど、全員この谷川越えの秘密の前に泪を呑み下山して行きました。因みにマイク・パウエルでもギリ無理です。」

晴明「世間は意外と落語『愛宕山』の一八程の窮地を知らないのですね?某は一発でピンと来ました。」

室爺「伯道仙人の修行は厳しゅう御座いますから、此の程度の謎は軽く解いて貰わねば務まりません。ただ、貴殿が成し遂げられ、仙人もお喜びに違いない。では付いていらっしゃい。」

こうして安倍晴明は入門試験の様な谷川越えを見事に突破(クリア)して、伯道仙人の庵へと招かれらるのである。其の庵は如何にも仙人の住まいに相応しく霊を感じる空間也。

下僕の室爺が先に庵へと這入り、跡から晴明。晴明は初めて見る仙人の其の姿にやや驚愕します。年齢は噂通りで百歳は悠に越え百二、三十にも見える佇まい。

頭は絹を思わせる銀に近い輝きがある白髪、深い皺で顔の造りは真ん中に集まり、髭は如何にも仙人髭で四尺五寸位の背格好、着ている衣服は木の葉の様な不思議なモノ。

室爺「伯道様、初めて客人をお連れしました。先程の酒と棗を土産にくだされたお客様で、見事に谷川を越えられました。」

伯道「宜く参られた。私が伯道に御座います。」

晴明「お初にお目に掛かります。私は大日本より参りました、安倍晴明と申すもの。日の本の帝よりの勅命で唐土の地に易学、殿社神道の秘術、奥義を修めて帰る所存です。

某は日の本では陰陽頭天体博士の任に御座いますれば、特に天文学の奥義を修めたく、当初は都に在る大学の門を叩くも、学問の質が日の本と変わらず、唐土迄態々出向いた甲斐が無く、

其れで大学の学長に相談致しますと、城荊山に参れば伯道殿と謂う仙人様があり、大学などで教える一段も二段も高見の奥義が学べると伺って、其れ故罷り越した次第に御座います。」

伯道「成る程、晴明殿。貴方が茲へ参った理由(ワケ)は判りました。喜んで貴方に私の奥義を授けるべく修行を伴に致しましょう。併し、其れには条件が御座います。守れますか?」

晴明「ハイ、条件を仰って下さい。」

伯道「先ず、七日の間一切の物を口にしない。」

晴明「ハイ、従います。」

伯道「次に謂う之が中々の難題で更に次の七日間、例の谷川に首迄浸かり過ごして貰う。勿論、真冬極寒の中でも一年中、基本三・七、二十一日はこの修行となる、出来ますか?」

晴明「断食し一年瀧に打たれた経験が御座いますから、此の約束は私にとっては楽な物です。寒い暑いは気の持ち様で、私は気を制御できますから、此の様な修行なら苦に成りません。」

伯道「二十一日、此の行を積めば身体に有る穢れは全て洗い流され、其の跡の私の教えが正に綿が水を吸うが如く、全て全身へと吸収され尽くします。」

晴明「有難う存じます。」

伯道「儂の会得しておる天文学、易学、神道、あらゆる自然科学を貴殿に教える事は吝かでは無いが、其れは如何に卓越した能力を有する者でも三十年を要す荊の道と心得よ!」

晴明「其れは基より。喩え三十年が五十年に成ろうとも山を降りぬ所存で御座います。」

伯道「そこでじゃ、貴様には國へ残して来た妻子が有るに違いない。修行中は之れへの想い一切を断ち切られねば成らぬぞ?貴様に出来るのか?!」

晴明「其れは覚悟の上で、唐土へ参る折りに精算し参りました由え、其の様な邪念は心配御座いません。無の境地にて修行に励む所存に御座いまする。」

伯道「其れを聴いて安心致した。然れど互いに残された時間は少ない。何より儂の寿命が三十年も保つか?甚だ疑問なれば、儂が道半ばに死するとも、之ばっかりは御了承願いたい。」

晴明「其れは基より承知致しまする。形在るモノ何時か必ず滅す。モノの道理なれば受け入れる用意が御座います。」

伯道「中々御前様は弁が立つ。気に入りました。では早速、二十一日の行に這入りなさい。」

晴明「御意。」

さぁ、安倍晴明、先ずは七日間の断食を致しますと、次の七日間は例の小川へ首まで浸かり七日間寝ずに立ちます。此の水行は実に辛い行でして徹夜で冷たい濁流に立ち続けます。

併し、安倍晴明は一心鐵石の如き精神の持ち主ですから、睡魔にも弱音など吐く事なく、其の行を終えて、又七日間の断食をこなします。何も愚痴一つ言わず黙々と行に励む晴明。

こうして、最初の二十一日の行を終えるのでした。さて、此の行を終えた穢れ無き身体を得た安倍晴明は、伯道仙人の厳し修行がこの後には待っております。

伯道仙人が持つ天文、易、殿社神道、そして自然の摂理に付いて、秘術と呼ばれる奥義を一つ一つ身に付け修めて行くので御座います。

こうして、安倍晴明は城荊山に於いて、伯道仙人の持つ全ての秘術、奥義、知識を修行を通して、茲に足掛け三年、段々と説傳され行きます。


一方、安倍晴明が唐土の地に渡り伯道仙人の元で修行をしている頃、大日本に於いては一つの珍事出来致し、彼の大納言藤原基方公が又しても大いなる陰謀を企んで御座いました。

此の悪巧みに加担したのがご存知、蘆屋道萬清太で御座いまして、二十数年前の祈祷問答からの御悩祈祷の一件で、安倍晴明に敗れ大火傷を負い死にかけてからは表舞台からは姿を消し、

健康も優れず参内する事は無く、専ら屋敷に篭りまして外出すらめったに行わなぬ生活を送っておりましたが、時に康保二年八月二十三日。

蘆屋道萬清太の館にて、基方公は酒宴を催しております。ところがこの日は、大嵐に見舞われて、恐ろしい暴風雨が京を襲っていました。

基方「道萬、麿は大望を抱き一度は決起致す事を企んだが、あの憎っくき安倍晴明と権頭満仲の両名に妨げられ未遂に終わった。

又汝は之に加担したが為、命を落とし兼ぬ程の大火傷を追って、今は参内すら出来ぬ身体と成った。最早麿の大望叶わざるや!」

道萬「お殿様、左様に心細く成られる事は有りません。彼の播磨守晴明が此の國に在るならば、少々面倒な事も御座いますが、

今は勅命を受けて唐土にて陰陽、易、天文、殿社神道、諸々の修行中なれば、両三年は奴が帰朝する気遣いは御座いません。

ですから『鬼の居ぬ間に』事を起こすのであれば、今此の瞬間しか御座いません。明日を待たず今日にも立ち上がる勇者が一人御座います。

我々と心を同じく致す同士あらば、この大嵐に乗じて決起致せば大望も成就するは必定。ただ、我らに味方する同士未だ現れずです。」

と、密談を致しておると、やはり類は類を呼びまして、此の宴席にスッと唐紙を開いて加わろうと致す、同士?が現れます。


暫く、拙者も同士の儀、給わりたく!


其の声は?誰あらん、と基方公と道萬が見てやれば、其れは大納言基方公を頼り身を寄せし、今は道萬の元へ預け置かれている食客で、

生まれは相州鎌倉、郷士にして園田頼重の倅で園田藤九郎頼長と申します、箸にも棒にも掛からぬ無法者、横道者、大悪党に御座います。

鎌倉の地で些細な喧嘩で人を殺し、金銀を奪って東海道を京へ登る。道中も悪行三昧で食い詰めて、思わぬ傳手で大納言屋敷へ奉公して、

基方の目に留まり、其の度胸と行動力を買われて、ただ手元に置くと何かと面倒なので、一旦蘆屋道萬清太の屋敷に預けられております。

基方「オォ、藤九郎かぁ、其方、我等に合力致すと申すか?」

頼長「ハイ、彩芽でも剛力でも致しますが、前澤社長並みに意図が理解出来ておりません。大嵐に乗じて何を如何に致せば宜いのか?仰せ附け下さりませ。」

道萬「イヤ、其方であれば十分務まる。併し、命を惜しんでは役目は務まらんぞ!」

頼長「大丈夫で御座る。基より都で食い詰めて瀕死の拙者を助けて下さったのは大納言と道萬様に御座います。此の藤九郎の今が在るのは御二人のお陰、

此の恩は生涯忘れません。ですから喩え失敗し縄目を受けて、背中を割られて鉛の火玉を背中に流し込まれても、決して口は割りません。お指図を給わりとう存じまする。」

道萬「先ず、此の大嵐に乗じて藤九郎、貴様は火道具を用意して大内へと忍び込め。中に這入らば大極殿へと進み点火(つけび)を致し、大極殿を火の海に致せ、

一方、基方公は藤九郎が点火をした此の機に乗じて、参内致し大極殿に納められた御宝を盗み出すのです。其の歳は私も御宝を運び出すお手伝いは致します。」

基方「中々大胆であるなぁ。併し、儂は参内するは容易なれど、道萬、お前は如何して参内致す。今は休職の身、既に二十年以上も無役でどうやって参内致す積もりじゃぁ?」

道萬「この清太、確かに現在は無役に御座いますが、陰陽頭天体博士、従五位の官位官職は剥奪された覚えなく、単に休んでおるに過ぎません。然らば参内出来て然るべきかと。」

頼長「御宝を運び出す役の御二人は御門から堂々と参内なされましょうが、忍び込めといきなり言われても、拙者は御所の大内など行った事も這入った事も有りません。」

道萬「其れは心配ない。今から大内へと忍び入る道順を事細かく某が絵図面を描きつつ伝授致す由え、其れを見ながら忍び込めるだけの道順を指南致す。」

頼長「有り難き幸せ、忝のう存じ奉ります。」

道萬「其れより本当に、万一捕まえられた場合の事だ!貴様が捕まっても、大納言様や某に害が及ばぬ証が欲しい。許されるなら舌を抜いて、聾唖者(オシ)にしてから遣わしたい。」

頼長「其れは本当に大丈夫で御座る。」

基方「大した自信では有るが其の訳が知りたいのだが。」

頼長「万一、召し捕られたならば、罪を着せる相手が有るからで御座います。具体的な方法は後ほど、大内に忍び込む道順をご教授頂く折りに一緒に語りまするが、

兎に角、拙者は少なからず源氏の頭領、権頭満仲と其の舎弟満政に多大な遺恨が御座り、又両人の父六孫王経基からは鎌倉に在りし頃に、取締りを受け結局東より追放されました。

左様な遺恨が積み重なり、満仲満政兄弟に対する復讐の念深く、万一今回の一件で召し捕られたならば、彼の兄弟を道連れに相果てる覚悟に御座います、ご安心下さい。」

道萬「オォ、勇しく天晴れな藤九郎、其の心底ならば仕損じる事は夢々有るまい。」

基方「見事首尾良く御宝を手に致さば、恩賞は藤九郎!其方を大納言に推挙致す。励め、藤九郎。」

頼長「有り難き幸せに存じ奉ります。」

さぁ、悪い相談が纏まりまして、蘆屋道萬清太は園田藤九郎頼長に御所大内へと続く道順を図面に起こして伝授する。更に大内へ押し入り点火する時刻を子刻深夜九ツと約束する。

又、大納言藤原基方は一足先の亥刻四ツに参内し、何時でも御宝を運び出せる様に支度し、猶御宝は一旦、伯耆國の出雲神社が所有する神器の倉庫へ隠し置く段取りと致します。

さて、全ての算段が終わり一条戻り橋の蘆屋道萬清太屋敷を出た基方と藤九郎の二人は一旦自分の屋敷へと帰り御宝略奪に向けての支度に取り掛かります。

さぁ、懲りない面々の大納言藤原基方と蘆屋道萬清太は、今度は放火強盗を企てゝ御所大内の大極殿の御宝を奪う算段に御座いますが、果たして上手く行くのか?次回のお楽しみです。


つづく