お仙「お前さん!どうだった?首を斬り落とされずに帰って来たって事は、愚かしい次男坊は何んとか騙くら化したねぇ〜、お主、悪よのぉ〜。」

小八「馬鹿を云え!命掛けで拝み倒して、それに一度は首を斬られる覚悟で差し出したんだ。まぁ相手は要様だ、一か八か捨て身に出たら、

相手も怖気付いた様子で、今度ばかりは助けてやると言い出しやがった。でも一つ条件が有ると謂うのが、高濱文治郎殿の事なんだ!!」

お仙「高濱の、文治郎さんがどうかしたのかい?!」

小八「あぁ、其の条件をお絹お嬢様に話して於かないといけないんだ!お絹様と、序でに母のお八重様も此処へ呼んで来て呉れ、お仙。」

そう謂うと女房のお仙に命じて、お絹お八重の親子を居間へ連れて来させた。二人は何やらん?と怪訝そうな顔をしたが構わず小八は噺を始めた。

小八「兎に角、お二人共にお座り下さい。お仙、お茶をお出しゝなさい。偖て魚清へ行って参りまして何んとか今枝要様よりお赦し頂きました。

但し、全て水に流してお絹様を諦める条件として要様が強くお求めなのが、お絹お嬢様には以後高濱文治郎には一切近付かない事で御座います。

万一、お絹様が文治郎と相引き致すなど有る時は容赦なく血の雨を降らせると、アッシは脅されました。要様は本気の様子でしたから、

お絹お嬢様、高濱文治郎殿の事は諦めて頂けますか?要様はアッシやお仙は元より、母上様お八重様も生かしては置かぬ剣幕で御座いました。」

お八重「絹、其の高濱某とやらは縁が無かったと諦めなさい。之以上、小八やお仙に迷惑を掛けてはいけません。居候の身なのですから。」

お絹「ハイ、判りました。母上様。」

と、口では高濱文治郎を諦めますと、お絹は申してはみたものゝ、又、二、三日経つと気鬱となり溜息ばかりで食が進まなくなります。

更に不幸が重なるのは、母親のお八重も癪を患い寝込むと発熱も共なう悪い状況で、医者の源庵さんにも診せますが見立ても良く有りません。

お仙「アンタ!どうする積もりだよぉ。オッカさんの八重様の方は医者の源庵さんも、長くは無いかも知れないと謂うから仕方ないけど、

又恋患いに逆戻りの娘、お絹様の方まで死なれたら此の家は余りに縁起が悪過ぎだよ。お前さんが人肌脱いで、お絹お嬢様を助けてやりなぁよ。」

小八「助けて遣りたいのは山々だけど、今枝要様との約束が有る以上、高濱文治郎殿とお絹さんを逢わせる訳には行かないし、困った。」

お仙「兎に角、あの恋患いを治してやるには、お絹様と文治郎殿を引き逢せるしかないよ!お前さん!その上で要様を説得しては、どうだい?」

小八「説得出来るのか?!愚かしい要様だけに、怨みは深い様子だったし、でもなぁ、お八重様とお絹様、両方に死なれて仕舞うと

大恩の有る物部三太夫の旦那に、本当に申し訳の立たない事に成る。其れだけは避けなければならないが困った!困った。嗚呼、困った。」

お仙「何が困ったゞよ。アンタ!漢だろう?腹を括りなぁ!恋に焦がれた好きな相手なんだ。ここは一つ逢わせてやるしかないよ!お前さん、

逢わせて懇ろにさせて、恋患い何んかフッ飛ばした上で、今枝の白痴野郎の方は出た所勝負で宜いじゃないかさぁ、何んとか成るッて!お前さん。」

小八「そうだなぁ!やっぱり、お絹様の命には替えられない。お仙、お前の云う通りだ。ヨシ、先ずは二人を逢わせてクッ付け様!!」

結局、此の小八とお仙の夫婦は、母親(カカァ)天下と謂うのか、ここ一番では何時もお仙の度胸で物事が決まり、小八は其れに従います。


偖て、翌日から小八は仕事の合間に、高濱の家へ行っては文治郎に会って、兎に角、騙しに掛けてもお絹と二人っ切りで逢わせる機会を伺います。

併し、此の文治郎の日常と謂うのが、是又実に厄介でして隙が無いと謂うかぁ、暇が無いと謂うのかぁ、まぁスケジュールがパンパンです。

明け六ツ前に鶏鳴と共に起床、寒風摩擦して気合いを入れ井戸端へ行き水浴びして一日が始まります。その後、朝食と家の掃除を致します。

次に五ツ過ぎ辰の下刻に成ると、学問所に出向き漢学と兵法の講義を其々、一刻づつ受講して午の下刻か未の上刻辺りに一旦帰宅して昼食。

以前は此の後七ツ申刻前までは今枝要の相手をして散歩などを行っていたが、今此の時間は父や兄と囲碁打ち又は将棋を差すの時間である。

そして申刻を過ぎると一刀流の道場へと通って、暮れ六ツ酉刻か?五ツ戌刻となり日が沈む迄は、剣術の稽古に励むのが日課なのである。

さぁ知れば知る程、文治郎の日課の隙を狙ってお絹と逢引きさせるなど不可能に思えた、そんな文治郎の日課の中でも狙い目は『昼食後』

此の囲碁将棋に当てゝいる時間は、父兄が不在の場合も有るし他の趣味の為外出する事も有ると判り、狙うなら此の時間しかないと確信する。

そして小八が目を付けたのが、文治郎の新しい趣味『茶の湯』です。父文左衛門から武士の嗜みとして茶の湯の道は重要だと言われた文治郎、

早速、茶道の教本を片手に道具集めから始めたばかりで御座いまして、茶釜、茶碗は岡山城下でも売られては御座いますが高価で御座います。

今日も今日とて城下の道具屋などを巡りましたが、帯に短し襷に長し、茶の湯の肝とも言えます茶釜と茶碗には良い物とは巡り会えず、

トボトボ帰路を通る道すがら西中山下を通りました折りに、高濱文治郎は八百屋小八の家の前を通りますから小八が文治郎に声掛けします。

小八「オヤ、高濱様の若じゃ有りませんかぁ〜、久しぶりで御座います。お元気ですか?!」

文治郎「オー!小八かぁ。無沙汰であるなぁ。貴様の方こそ元気であるか?」

小八「ハイ、お陰様で。さて今日はどちらへお出掛けですか?!」

文治郎「貴様に話しても詮方ないが、道具屋へ少々、求めたき品々が御座ッてなぁ。」

小八「道具屋?!刀屋ではなく、道具屋ですか?!何んぞ、質屋より高値で買う骨董品をお持ちですか?」

文治郎「馬鹿を云うなぁ。だからお前などゝは話したくないのだ!売りに行ったんじゃない、求めに行ったのだ。」

小八「道具屋へ?、ですか?文治郎殿、貴方の様に若い方が道具屋などへ行かれるのは珍しいですねぇ〜、偖て、何をお求めですか?」

文治郎「小八、悪いが貴様に話しても埒の開く噺ではない。」

小八「何を見縊った噺をなさいます。こう見えて八百屋小八、些か顔が広う御座んす。」

文治郎「イヤ、では話すが拙者、『茶の湯』つまりは茶道を始めたのだが、未だに書物で基礎を学び道具を揃えている段階なのでなぁ〜。

師匠に付いたり先生と呼べる師範から教えて頂く様な段階ではなく、まだ齧っていると謂える段階にも達していない、孵る前の卵なのだ。」

小八「其れでは、此の小八が人肌脱ぎましょう。取り敢えず、文治郎殿が有る程度茶の湯の基礎が備わるまで茶道の基礎を教えて呉れる、

そんな先生を一人探して置く事と、茶の湯の道具が家に有るが、もう今は使わないから売りたいと謂人を城下を廻って探して於きましょう。

そして其れら茶の湯の古い道具は集めて、私の家に持ち込んで於きます。貴方は其の中からお好きな道具、必要な道具だけ値踏みして買って下さい。」

文治郎「其れは誠か?!小八。」

小八「ハイ、私ならば造作もない事です。八百屋渡世で毎日城下の屋敷を廻りますから、其の折りに茶道師範と不要道具を探して於きます。」

文治郎「オーッ、相判った!小八宜しく頼むぞ。」

小八「ハイ、では五、六日時間を頂戴して、茶の湯の先生と、古い道具が揃いましたら、私の方から必ずお声掛けを致します。」

そんな噺をしたのが文政三年十月五日の事で、後日文治郎の元へ小八の女房お仙が顔を出し「明日正午頃、学問所の帰りに直接家に寄って呉れ。」

と、伝言に来たのが十月十一日の事、秋が愈々深まり茶の湯には最も良い季節を迎えており、高濱文治郎は何の疑いも持ちませんでした。


文政三年十月十二日、漢学の学問所を巳の下刻に出てお堀端の茶店にて弁当を使わせて貰い、腹拵えを済ませると西中山下の小八の家に向かった。

文治郎「御免!小八殿、高濱文治郎で御座る。」

小八「お待ちして居りました、文治郎殿。さぁ上がって下さい、そして奥へ。手前どもの家には茶室など有りませんから、奥の三畳です。」

文治郎は草履を脱いで小八に預けると、帯の前に差した小刀を取り是を右手に持つと、小八の案内で奥の三畳の部屋へと案内された。

小八から「お先にお這入り下さい。」と、襖を開けて招かれるまま中へ進むと、突然、襖は閉まり中には薄暗い行燈が一つ有り人影が?!

文治郎「ヤイ!小八。何んと致す。」

小八「中で、ごゆっくり。茶の湯をお楽しみ下さい。」

文治郎「何んの積もりだ!無礼な奴。。。」

小八「いいえ、お約束の茶の湯の師範、美しい師範由え、文治郎殿!きっと気に入りますよ。では、お嬢様もごゆっくり。」

そう小八に云われてまんまと三畳間に閉じ籠められた文治郎はツッ立ったまんま、室内を見渡しますと、三方は漆喰の壁で這入って来た、

襖だけが出入口な様子で襖は小八が押さえて居るのか?芯張りの棒が掛けられたか?全く開かない此の三畳の密室に閉じ籠められていた。

お絹「文治郎様、小八めが!貴方様を騙し討ちに致した様でも御座いましょうが、取り敢えず、一服茶をお立て致します由えお座り下さい。」

女性の麗しい声にハッとして、文治郎は薄暗い奥の方を見遣りますと、其処には紅葉の柄の振袖姿の美しい若い女性が座って居りまして、

其れが一目見て吉備津神社の祭禮で逢った絶世の美女だと判りました文治郎は、女性の言葉に従いまして右手の小刀を畳に置いて座ります。

お絹は実に手際よく手慣れた動作で、棗から抹茶を茶碗へ移し竹の柄杓を上品に持つと、茶釜の湯を茶碗に注ぎ入れて茶筅で立て始めます。

そしてお絹は、スッと茶碗を文治郎の前に差し出しました。「さぁ、どうぞ!」と声を掛けてやると文治郎は茶碗を三回回して其れを頂き、

文治郎「結構なお出前で御座います。」

お絹「如何で御座いましたか?妾(わたくし)のお出前は?茶道は幼き時より利休の千家の師匠より手解きを受けて御座いまする。」

文治郎「茶道の技量は申し分ないが、拙者、女人の師範には用は御座らん!女人から学問や物事、喩え趣味趣向とて習う積もりは御座らん。失礼!!」

と、謂って此の場を立とうとした高濱文治郎に対して、もう此の機会を失うと此の人とは一生結ばれないと堅い決意のお絹は語り掛けます。

お絹「お情けない!高濱様。暫く、暫く、お待ち遊ばして下さい。実は妾は備中國足守の生まれで、父物部三太夫は二萬五千石取りの大名、

木下肥後守利徳公の家臣で、三百石の禄を頂戴する御納戸役で御座いましたが、至って真面目な上に堅い性格の父は上役よりの受けが悪く、

江戸勤番から備中の國元へと左遷され、最後は僅かな田畑を与えられてお暇を頂戴する浪人同然の暮らしと相成りました。そして五年、

浪人同様の暮らしの中父が身罷りますと、母と妾は藩より國処払いとなり、田畑は没収されて途方に暮れる中親戚を盤廻しにされました。

其れを見兼ねて、以前我が物部の家で仲間奉公していた小八が、此の岡山城下の家で養って呉れて親子二人居候なので御座いまする。

そんな折り、吉備津神社の祭禮に母に誘われて参詣に参ったところ、カクカクしかじか云々で、貴方様をお見掛けする機会を得ました。

そんな母も今は不治の病で寝た切りで御座いまして、妾が嫁の貰い手も無く小八殿の厄介になり通しなのも気に病んで御座いましょう。

ただ本当に神様のお導きで偶然、貴方に巡り逢いました。併し、之だけは信じて下さい!決して貴方の容姿に懸想したのでは御座いません。

貴方が露店商の老人二人に、実に親身に敬う様に接して賠償を行い、又あの愚かしい今枝要殿を友として大切になさる漢気に惚れたのです。

ですから、どうぞ!妾を貴方のお傍に置いて下さい。妾は貴方を心から愛しており、尊敬致し一生貴方に従う覚悟が御座います。」

文治郎「之れは拙者の如き誠に数ならん者に対し、其れ程迄に思し召し下さる段は千萬忝けのう御座るが、拙者只今現在は一刀流の御指南、

林正雄先生の道場へと日々通い武芸道に研鑽致して居る最中で、師範の目録を頂戴する二十五歳までの跡五年は嫁は貰わぬ所存で御座る。」

お絹「嗚呼、ご尤もなお言葉、構いません!絹はお待ち致します。跡五年と文治郎様が仰るのならば絹は慶んでお待ち致しまする。

又、妾は貴方のお傍に置いて頂きたいだけに御座いまする。下女としてお使い頂ければ全く苦しゅう有りません。お傍に置いて下さい!」

文治郎「判りました、跡五年先で宜しいと申されるならば拙者も武士お約束を致しましょう。ただ貴方を召使いにする積もりは有りません。

必ずや妻としてお迎え致します代わりに、もう二度と拙者を騙して屋敷に呼んだり来たりは止めて下さい。又淫らな気持ちもお捨て願いたい。」

お絹「ハイ、誓います。」

文治郎「では、母上のご病気、呉々もお大事になされよ、では左様なら!」

袋小路の部屋から出た高濱文治郎は、庭へと下りて裏口から帰ろうと致します所を、お絹も追い掛けて見送りを致します。

さぁ、聞き耳を立てゝ居た小八とお仙夫婦は気が気じゃありませんから、文治郎を見送りますお絹の元へやって来ての質問攻めで御座います。

小八「お絹様、夫婦約束は致されましたか?」

お絹「ハイ、お約束して頂きました。」

お仙「くっ付き合いって訳には行かないだろうから、仲人が要るよねぇ〜。お八重様のご病気も有るから、結婚式は早い方が宜いよねぇ?お前さん。」

小八「嗚呼、早い方が宜いさぁ、年内に上げたいなぁ〜、取り敢えず、先ずは結納だ。」

お絹「待って下さい!小八殿、お仙さん。結婚のお約束は致しましたが、結婚できるのは跡五年先で御座います。」

小八・お仙「エッ!五年先ぃ〜?!」

お絹「左様です。」

お仙「五年先に結婚って、大層気の永いお噺ですねぇ〜。夫婦約束が五年先とは………。」

小八「お仙!余計なお世話だよ、お二人でお決めになった約束なんだから!」

お絹「文治郎様は二十五歳に成り、一刀流の道場の師範の御目録を頂戴するまで、嫁取りは為されないと仰って居りまする。」

お仙「左様ですか、本に気の永い事で目録を頂戴する前に、耄碌しない事をお祈り致します。」

小八「馬鹿野郎!悪い冗談は云うな!お仙。」

兎も角にも、高濱文治郎とお絹は夫婦約束を交わして分かれました。文治郎はお絹に二十五歳に成り、一刀流の師範目録を手にするまでは、

夫婦に成るのは待って欲しいと条件付の約束ですが、文治郎はお絹と家族に成ったと思いますから、

お絹の母親お八重は自身の義母と思いますから、最初は遠慮ぎみに十日、十五日と日を置いてお見舞いに西中山下の小八の家を訪ねます。

ところが、お八重の病は日に日に重くなるばかりなので、五日ごと三日ごとゝ短い間隔で文治郎が見舞いに小八の家へ来る様に成り遂には、

今では一日置きに訪れては、八重を母上!母上!と見舞ってはお絹が入れる茶の湯を楽しみ帰って行く、ただ其れダケなのですが

世間にはそうは映ません。高濱の次男の文治郎はどうやら八百屋小八宅に居候している武家の娘、小町と器量の誉も高い女と宜い仲らしい。

そんな世評が囁かれて城下にも、そんな噂が広まりますから、此の事が今枝要の耳にも入りまして、要は鬱になり独り悶々として居ります。

今枝要は愚かしく内気な性格で、お絹とのあんな勘違い事件が有り、更には其のお絹を高濱文治郎に取られたなどゝ父兄になど話せません。

即ち、一人で心ん中に悶々と溜め込んで屋敷の中で独り鬱ぎ込んで居りますと、此の様子がおかしいと怪しむ人物が只一人だけ御座います。

其れは今枝家に仲間として雇われている藤八と言う者が御座います。此の藤八、所謂、渡り仲間と言う奴で、素行が悪く無宿の無頼者です。

藤八「若旦那!近頃、お前さんは萬度鬱ぎ込んでいらっしゃる。どうかぁなさいましたかぁ?」

要「何んだぁ、藤八かぁ。」

藤八「藤八かぁ、じゃ御座いませんよ。魂が抜けた様に成って仕舞って。どうかぁなさいましたかぁ?」

要「余りに馬鹿馬鹿しい噺で、他人様には語るのも憚られる噺だ。」

藤八「一体どう言う事なんですか?!」

要「其れがカクカクしかじか云々かんぬん、其れで八百屋が、高濱文治郎とお絹殿を別れさせると謂うから信じたら、近頃の噂では、

西中山下の八百屋小八の家に、高濱文治郎が此の十月末から通い初めて、十一月に入ると一日置きに通っていると謂うではないかぁ!?

人を馬鹿にしやがって!本当に忌々しい奴だ!武士の風上にも置ぬ輩だ!人の恋人(女)を寝取る様なそんな不埒な野郎だ!高濱文治郎。」

藤八「若旦那!そりゃぁ〜何んで艶書を受け取った時にアッシに知らせて呉れていたなら、こんな間抜けなしくじりは仕なかったのに。」

要「誠に悔しくて、口惜しい!藤八、どうにかして此の怨み、何んとか晴らす事は出来ぬ物かぁ?!」

藤八「合点!若旦那の為なら遣り返してやりましょう。ただ、仕返しする仲間を集めるのには少々銭が必要です。三両程頂戴できますか?」

要「三両で何んと致す。」

藤八「仲間を集めて一杯飲ませて、お廻りを決行る(やる)んです。」

要「お廻りを決行るとは?何んじゃ。」

藤八「念佛講をやるんですよ。」

要「念佛講とは?何んじゃ。」

藤八「符丁と謂う物を全くご存知ないんですね、強姦、手籠にしてキズ者にしてやるんですよ。」

要「手籠にして、気持ち良くしてやるのか?!」

藤八「若旦那、貴方は正気ですか?手籠にされて恥ずかしめてキズ者にしてやれば、其の高濱文治郎に逢せる顔が無いと言って絹とやらは、

剃刀で手首を切るか?!川に身投げするか?はたまた首を吊るかして、自害する様に仕向けてやるんですよ皆迄言わせないで下さい。」

要「成る程、絹に自害させるのかぁ〜。」

藤八「兎に角、若旦那は知らなくて結構です。アッシに三両、三両下さい。」

要「嗚呼、宜しく頼むぞ!藤八。」

偖て、悪い相談事が纏まりまして、今枝要は仲間の藤八に三両を渡しまして、其れを握り締めた藤八は悪い仲間を集める為に走ります。

是で高濱文治郎の五年越しの許嫁、お絹の貞操は風前の灯火です。今枝要の逆恨みをキッカケに高濱文治郎は江戸表へと乗り出して、

向島は業平橋に住み付きまして、侠客、業平文治が誕生する訳ですが、其のお噺は次回以降のお楽しみと相成ります。次回を乞うご期待!


つづく