佐賀城下の堺町での市で、龍造寺家の家宝の碁盤『初櫻』を仕入れた竹尾屋勘助は、此の碁盤から現れた、龍造寺又八郎と友之丞の亡霊を見て女房と恐怖の一夜を過ごす。

そして翌日、偶々、家の前を通り掛かった同商売の京屋太兵衛に、「この碁盤の因縁を知っているのか?!」「悪霊の取り憑いたこの碁盤を一両で引き取りましょう」

そう持ち掛けられた竹尾屋夫婦は、京屋太兵衛の手練手管の口説きに負けて、折角手に入れた名器『初櫻』を一両で手放して仕舞い、一方其れを抱えて帰る京屋太兵衛。

勘助「京屋の野郎、因縁を知っているか?と、尋ねやがった。野郎悪霊、亡霊の類が碁盤に取り憑いていると知りながら買って行ったぜ。

恐く無いのかねぇ〜太兵衛の野郎。神経が生まれ付き図太いのか?はた又唯の無神経なのか?欲の皮の突っ張ッた野郎だ。」

女房「でも、宜い塩梅だったよ。京屋の旦那に一両で押し付けられて。お寺に祈祷料払って処分しょうか?一層二分の投資は忘れて細かく刻んで薪にして燃やそうか?

そんな算段をしている所へ、一両で買うって人が現れたんだから、渡りに船だよお前さん!一両で売れて御の字だよ、今日は店仕舞いにして、祝杯だ一杯呑みなぁ。」

勘助「そうだなぁ、休みにしよう悪魔祓いだ!コン畜生。」

と、呑気な夫婦も有ったもんで、朝から店仕舞いを決め込んで、同業の京屋から得た一両で、亡霊退散の朝酒を喰らっております。

一方、早朝から曰く付きの碁盤『初櫻』を、竹尾屋勘助から一両で手に入れた京屋太兵衛は、本町二丁目の我が家へと戻りましたが、

商人と謂う者は儲けの匂いを感じたからこそ、物を仕入れて来るもので有りまして、殊に道具屋なんて山師に近い職業は独特の嗅覚が有ります。

さて誰に売り付けてやろう!龍造寺家の秘宝『初櫻』の碁盤をと、現在の顧客リスト、客先の過去帳などを眺めて、此方の京屋も夫婦で算段致します。

さぁ、こうして仕入れ当時は夜になりまして、太兵衛夫婦も、碁盤を枕元に置き五十両、百両の儲けだ!と、皮算用致しまして眠りに着きますが

さぁ、竹尾屋で起きた怪談の再現です。碁盤の上には生首の亡霊が二つ現れて、京屋夫婦も首筋に悪寒が走り目覚めて是を目撃致します。

太兵衛『何だ!こんな亡霊が本当に出るのか?!而も毎夜出るらしい。勘助と女房は此の悪霊に怯えて、あんな蒼い顔をしていたのか!』

特に女房の奴が非常に積極的だったのは、二つの悪霊を見たからに違いない、畜生!竹尾屋夫婦に図られた!っと思いましたが後の祭です。

太兵衛『畜生!何んて事ッた。一両など払わずとも、之れなら噺の持って行き方では、ただで碁盤は手に入れられた!否、上手くやれば処分の手間賃が二分位なら取れた筈だ。』

さぁ、そんな塩梅で太兵衛は悔しがりますが、女房の方はと見てやれば「アンタ!何んて縁起でも無い物を。」と、早く売ッ払って仕舞えと矢の催促です。

そう謂われても過去帳の贔屓筋には売れません。悪霊付の碁盤だとバレた瞬間に出禁は必定!下手すると道具屋渡世に居られなく成ります。

そこで厭がる女房を説き伏せて、取り敢えず店先の一番目立つ場所に陳列し、一見客に出来れば一両欲しいが此の際だから、二束三文で売ろうと決めます。

すると因縁とは恐ろしい物で、二、三日後に用足しの帰り道、偶々通り掛かった鍋島公の御家来で、三百石取りの近習役『関根鎌之丞』と謂う方が、

草履取りの仲間(ちゅうげん)を一人伴に連れて京屋の店先に立ち止まると、例の碁盤が目に止まったらしく、太兵衛に噺掛けて参ります。

関根「御免、許せよ。」

太兵衛「ハーイ。之れは之れは関根様。おはよう御座います。」

関根「太兵衛、朝早くから商売熱心だなぁ?!」

太兵衛「いいえ、之はどうも、貧乏暇無しでして、オーイ、奥!奥や、お松!御家中のご贔屓関根様がお見えだ、お茶と羊羹をお出しゝて!

ささぁ関根様奥へお這入り下さい。遠慮なくお伴の方も中へどうぞ、お松!お茶とお茶菓子はお伴の方の分も、二つずつお願いしますよ。」

謂われた女房のお松は、時期にお盆に茶と羊羹を乗せて運んで参りますと、関根と仲間に其れを振る舞い、やや畏まりながら挨拶を致します。

お松「お初にお目に掛かります、太兵衛の内儀(女房)の松と申します。日頃より主人が大変お世話になります。粗茶ですがどうぞお口汚しに、」

関根「おぉ、頂戴致します。イヤイヤそんなに硬くならずとも宜い。拙者、関根鎌之丞と申す以後宜しく。太兵衛さん!若くて美しいご内儀じゃぁ。」

太兵衛「旦那!ご冗談を、こんな化け臍(ベソ)に世辞を謂いますと、直ぐにのぼせて木に登ります。」

お松「アラ、オホホホ!厭ですよ貴方、人を豚みたいに謂わないで下さい。」

関根「イヤぁ〜、太兵衛!本日参ったのは他でもない先立て城中で相談致した小刀の一件だ。刀屋より求めても宜いのだが、

どうも刀屋の手に係ると誤魔化し物や、紛い物偽物の類が多くて甚だ信用ならん!而も、法外な利を載せて売り付ける由え、

どうせなら、其方(ソチ)に頼みたい。其方で有れば拙者を騙すような心配は無いし、値も良心的じゃ、太兵衛!如何かなぁ?」

太兵衛「ハイ、有難う存じまする。関根様にご依頼を受けて市へ出る度に、小刀を探しては居りますが餅屋は餅屋。

刀の類は扱う者が限られていて殆どが刀屋へと流通致します。由えに武家のお屋敷へ出向いた際に、先々で聴いては見るのですが中々、

今の所仕入れた小刀は、此の鮫鞘の九寸五分が一振り有るだけに御座います。残念ながら無銘で、時期は慶長頃、備前の作かと存じます。」

関根「どれ見せて貰うぞ。之かぁ〜、九寸五分のぉ〜。どーも気に入らん。波紋がもっと荒々しいのが良く、出来れば銘の有る物を所望じゃ。」

太兵衛「左様で御座いますかぁ、出は銘の有る波紋の荒い小刀を探して見ます。あぁ、跡もう一つ、お見せしたい目貫が御座います。

此れは後藤殷乗の若い時分の作品で、金無垢の目貫で御座います。何しろ、結構な代物で京都の関白家近衛様より仕入れた逸品です。」

後藤殷乗と謂えばあの横谷宗珉の父、宗輿の師匠に当たる人物で、其の活動期間は長く、安土桃山から元禄時代まで活躍した超一流の金工師である。

さぁ京屋太兵衛が差し出した金無垢の目貫を、関根鎌之丞は手に取り、穴が空く程眺めておりますと、軈て其れを太兵衛に返し、口を開きます。

関根「確かに正真正銘の金無垢、目貫の形、柄を見ると天正か?元亀の頃だと儂も思うが、誠に後藤殷乗の本物かのう?

だとすると、後藤殷乗が十代の作品に成る。荒削りで単純な圓模様が十代の後藤殷乗なのかも知れぬが拙者は此の圓模様は好かん。」

太兵衛「左様に御座いますかぁ。」

後藤殷乗の目貫を返した関根鎌之丞は、更に京屋の店の中を見渡して、蒸し干しにする為に外へ掛け出した複数の掛軸が目に止まります。

関根「アレ、あの左から三本目の軸、彼の軸は何かのぉ?!」

太兵衛「あぁ、アレは、雪舟と謂う事には成っておりますが、雪舟は世の中で一番偽物の多い絵描で御座いますし、

古道具屋の私が申すのも何んですが、道具屋渡世に買えるような、雪舟の真眼は世にあろうはずは無いと存じます。」

関根「左様かぁ、太兵衛、其れにしても色んな物を其方(ソチ)は仕入れるのだなぁ。」

太兵衛「ハイ、我楽多ばかりで、恐縮です。」

さぁ、そんなやり取りをしておりますと、店の外へ向けた陳列棚、今風に謂うと『ディスプレイ』の中に、関根鎌之丞は初櫻の碁盤を見付けます。

関根「あの陳列棚の碁盤、アレは大層値打ち物に見えるが?!」

謂われた太兵衛は、ドキっと致します。そしてご贔屓に売ってはマズいと思いつつ、悪霊付きの碁盤を処分したいとも思います。

ここは一つ、探りながら遺恨を残さず関根鎌之丞が買いたくなる様に仕向けてみるか?と、商人根性が芽生えた京屋太兵衛は答えます。

太兵衛「アラッ、お目に止まりましたかぁ、其の碁盤が、ご覧に成りますか?旦那、碁はおやりに成るんですかぁ?碁盤をお求めに成るんですか?」

関根「太兵衛、陳列棚から出して見て宜いかぁ?!」

太兵衛「ハイ、勿論。御存分に見てやって下さい。」

そう太兵衛が謂うと、関根は碁盤を引き寄せて裏返しにしたり、四つの足の裏を見たりして、碁盤の脇腹をコンコン叩いたり致します。

関根「太兵衛、お前!飛んでもない物を所持しておるなぁ。之は紛れもなく、龍造寺家の宝物、明國より渡来した初櫻に違いない。」

そう鑑定して見せて、関根鎌之丞は続けて物語ります。

関根「此の鎌之丞は、こう見えて無類の碁が嗜(スキ)だ。まだ若い頃、輿賀の館に呼ばれて又八郎君の相手をした事があり、

その折りに、此の碁盤!初櫻を使って何度も対局しておる由え、拙者が見忘れるハズがない!之は間違いなく、正真正銘、初櫻だ。

龍造寺又八郎君は、此の初櫻を仕切に誇って居た。明國からの渡来品で、元々は宗對馬守が所有していた家宝を隆信公が譲り受けて、

そして此の碁盤に『初櫻』と名付けたのだと能く自慢をしていた。併し、そんな龍造寺家の家宝を太兵衛!貴様、何処から手に入れた?」

太兵衛「実は旦那、此の碁盤は城下堺町市、毎月六日に開催されるアレに出されて居たのを、同商売の竹尾屋と謂う馬場下に店を持つ者が買い、更には其の者から私の手に買い取られ其処に御座います。」

関根「此れはどうも。其の塵埃の溜まった陳列棚に置く様な我楽多では無い!恐れ多くも輿賀の館の家宝であるぞ!道具屋の店先に並ぶとは碁盤が嘆くぞ!」

太兵衛「ホー、泣きますか?碁盤が。」

関根「碁盤が憂う。」

太兵衛「成る程、碁盤がアッシ達夫婦を憂うから、生首が出るッて訳なんですねぇ〜。」

関根「何にぃ〜?!」

太兵衛「いいえ、何んでも有りません。コッチの噺です。」

関根「之は畏れ多くて、拙者如きが家宝に出来る品ではない。」

太兵衛「旦那!買っては頂けないのですか?!」

関根「ここは一つ、お上、鍋島信濃守綱茂公に周旋を致そう。無論お買い上げの事とは思うが、お上に於いて此の節、悉く囲碁を嗜まれる。

由えに、輿賀の館の宝が道具屋の塵埃塗れの棚には眠らせては置けぬと思し召すはずたから、之は申し上げる迄も無く、専断で買い求める!太兵衛価は幾らだ?」

さぁ、京屋太兵衛は迷います。取り敢えず、自ら指値して買わせるのは、後々、生首の亡霊が出て騒動に成った時に、禍が降り掛かるのを虞て相手の言い値で売ろうと考えます。

太兵衛「関根様、此の碁盤は極々安く手に入れた物なれば、安価に引き取って頂いて結構です。関根様の言い値でお譲り致します。」

関根「殊勝な物言いと誉めてやりたいが、鍋島藩の殿様がお買い上げになる宝物だ。余りに安いと、又、其れは其れで不都合になる。

其れに、龍造寺家代々の家宝で御座いますと、拙者が推挙してお買い上げ頂く訳だから、五両、拾両では具合が悪い、五拾両でどうだ?」

太兵衛「へへぇ〜、仰せの通りに致します。」

と、噺は纏まり、京屋太兵衛と女房のお松は、大層喜びまして、後日、お城からの使者が金五十両を持って、初櫻の碁盤を引き取りに参ります。

さて、この様にして元は龍造寺家が所有していた家宝の初櫻と謂う碁盤が、人手を廻り巡って、鍋島家に渡る事に成るのですが、

元々、禍を招くからと輿賀の館の宝物庫に封印され仕舞われて居た代物を、又八郎君が持ち出して使用し、禍を招いた物で御座います。

そんな不吉な碁盤に、加えて又八郎君と養子友之丞の亡霊と怨念がまでもが宿り、更に因縁浅からむ碁盤と成った初櫻。

さて、此の呪われた碁盤が如何にして、鍋島藩に化け猫騒動を招きますか?は、次回以降のお楽しみで御座います。


つづく