幸手宿から荒浪ノ清六を訪ねて来た柳ノお仙。清六の兄弟分、幸手ノ三次を唐丸籠から助け出して欲しいと謂い出すのだが、
此の意思が固く、並大抵の料簡、覚悟ではない事を見極めた清六は、倅の観音丹次に三次救出を託して、
柳ノお仙と観音丹次の二人を高崎城下は九蔵町の屋敷から、二里と離れた新町の陣屋『児玉屋』に泊められている、
唐丸籠の幸手ノ三次を救出すべく、深夜子の上刻に送り出したのである。其の儘、三次を救出したら江戸表へと向かう丹次は、
旅支度も厳重に、新町の本陣、児玉屋へと到着したのは丑刻。大きな黒板塀の前、飛び出す見越しの松の下にお仙には待つ様に謂って、
其の塀から伸び出す枝に、細紐(シゴキ)を括り付けて、高い塀を乗り越え、松の木を伝いながら、塀の向こうちに降りて行きます。
一方のお仙。四方を気配りながら、丹次が登って消えた松の下で、ソワソワした様子で、見張りを致しております。
すると、黒板塀の先、裏門の木戸が開いて、観音丹次が外に居た柳ノお仙を中へ引き入れて申します。
丹次「姐さん、アッシが唐丸籠を探し出して、三次さんを連れ出します。そしたら姐さんは、三次さんを連れて直ぐに逃げて下さい。
アッシは、役人と岡っ引きを引き付けて、殿(シンガリ)を務めさせて頂きますから、出来るだけ、二人して遠くへ逃げて下さい。」
お仙「若親分!分かりました。本当に、有難う存じます。」
丹次「いやいや、まだ、礼を謂うのは早い。三次さんを助け出してからにして下さい。」
そう謂うと、観音丹次は陣屋の庭を突っ切って母屋の方へ参ります。そして、少し遅れて、お仙を招き寄せ、中の様子に気配りして、唐丸籠を探します。
護衛の役人は、連日の移送の疲れからか?深夜の丑刻なれば、高鼾で寝静まり、全く警戒する様子は御座いません。
そして、台所の土間で観音丹次は、唐丸籠を発見しますが、すぐ横に二人の岡っ引きが見張に付いて御座います。
併し、此の見張り役の二人も疲れからか?白川夜船、ぐっすりと寝ております。由えに、丹次は台所の前でお仙を待たせ、
独り台所の土間へと潜入し、唐丸籠へと近付き、籠の外から内部の罪人に食べ物を与える窓から、トントン!と、
三次を小突いて合図を送り、是を起こしてやると、ハッと目覚めた三次が、眼をギョッと致しまして、丹次を睨み返します。
丹次「幸手ノ三次さんですね?柳ノお仙姐さんの依頼で来た、荒浪ノ清六の息子の、観音ノ丹次と申します。
今、籠を壊して出しますから、お仙姐さんと一緒に逃げて下さい。外で、姐さんは待って御座います。」
そう小声で丹次が呟くと、三次は眼を輝かせて深くお辞儀を致します。直ぐに丹次は、大刀を抜いて、鞘のまんま籠へ突っ立て、
竹をメリメリ言わせてながら、コレを破壊すると、三次を外へと出してやります。そして、今度は大刀の鞘を払い、
抜き身を出すと、高手小手に縛られた丹次の縄目を切りに掛かる。プツリプツリと静かに切ると漸く三次は自由の身に。併し!
丸五日、甲州路を唐丸籠に押し込められて、やって来た幸手ノ三次は衰弱仕切りで御座いまして、立って自力では歩けません。
ヨロヨロと歩き始めた赤子の様な足取りの三次。肩を貸して担ぐ様に、土間の外へと出そうとする丹次に焦りが生じます。
思わず見張りの岡っ引きの足を踏んで仕舞い、足を踏まれた見張りが目を覚まします。すると、罪人を担いで逃げる野郎が、目に飛び込んで参りますから、
籠が破られた!唐丸籠破りだ!
っと、いきなり騒ぎ出す見張りの一人。慌てゝ丹次は、その見張りの脇腹に当身を喰らわしますが、直ぐもう一人も目を覚まし、
唐丸籠破りだ!!
っと、更にけたゝましく騒ぎ出すので、奥の方でも役人が眼を覚まし、起き出して参ります。
観音丹次は、幸手ノ三次を兎に角、外に出して、柳ノお仙に背負わせて、直ぐに裏木戸を開けて逃がします。
丹次「姐さん!俺が食い止めますから、兎に角、少しでも遠くへ逃げて下さい。後は心配せずに、前だけを見て逃げるんです。」
お仙「若親分、この御恩は生涯忘れません。」
丹次「さあ、早く逃げて!!」
幸手宿の三次とお仙の夫婦は、新町の本陣、児玉屋の裏門を出て闇に向かい消えて仕舞います。又、此の夫婦の逃亡劇は後に語るとして、
先ずは、唐丸籠破りをしでかして、十四、五人の役人相手に、此処、本陣の児玉屋の庭で、抜き身を片手に仁王立ちの観音丹次。
逃げた二人を追い掛け様と、塀に梯子を掛けた岡っ引きから、斬り付けて、此の行手を先ずは防ぎに掛かります。
殿としての仕事は抜かり無く、観音丹次は、一人も児玉屋から出させない覚悟で、役人、岡っ引きに対峙致します。
役人達の「裏木戸から罪人が逃げたぞ!追え、追え。」と怒号が飛び交う中、丹次は大勢の敵を最初(ハナ)から相手する覚悟ですから、
刀を持っては、独楽の様に舞いながら、三次とお仙を追い掛け様とする役人から斬り捨てゝ、仕舞います。
すると、丹次の思惑通り、「先ずは、手向かい致す、此の賊からやって仕舞え!」と、残った七、八人が全力で丹次に飛び掛かります。
もうこうなると、三次お仙の夫婦は無事に、この新町本陣、児玉屋からは逐電して仕舞います。
児玉屋の広い庭。四方を役人に囲まれても、全く動じる気配の無い丹次は、じっと相手が我慢出来ずに斬り付けるのを待った上で、
刀が届く射程内に入るのを、ひたすら待って勝負を致します。すると、敵が一人減り又一人減る。そして、四人に減るのを待って、
漸く、空が白み始めた寅の下刻から、卯の上刻と成った時。貯めていたエネルギーを一気に放出して、裏門を破り目暗滅法に走り出す。
黒田三十六計、逃げるに如かず!
裏門と観音丹次の間に居た役人一人を斬り付けて、その門を潜ると、一目散に前へ前へと駆けて駆けて、振り返る事なく突き進んだ。
そして、自身も何処をどう駆けたか覚えいない位に真っ直ぐ駆けて、山を越えて谷を降り、小川を渡る丹次。
再び訪れた夜には、伊勢崎の玉村を突っ切って、本庄と深谷の庚申堂の前に、観音丹次は立って居た。
近くには、美しい沢が流れる音が聴こえて、その清水を飲んで呼吸を整えると、やっと落ち着きを取り戻した丹次。
軈て、庚申堂へとやって来た丹次は、その観音開きの格子を開けると、既に、先客が在る様子で中が筵の垂幕で仕切られております。
そして、垂幕の奥には、真っ白な巡礼の、御遍路さんの様な衣装(ナリ)をした一人の男が、焼き網に小魚を広げて塩を振っている。
軈て、お遍路男は庚申堂の背後で焚火を始めると、焼き網で小魚を焼き始めて、得も言えぬ香ばしい匂いを漂わせる。
遍路「若い人、昼間捕まえた小魚が沢山在ります。旅は道連れと謂いますから、宜しかったら一緒に食べませんか?」
と、親切にそのお遍路さんは、観音丹次にその小魚を振舞って呉れて、大きな握り飯も一つ恵んで呉れるのだった。
丹次「有難う御座います。水澤村の丹次と申します。江戸表へ、知り合いを頼り、剣術の武者修行に出掛ける所何んです。」
遍路「其れは大変ですね、若いのに。私は奥州福島は郡山の在、三宅村の彦十と申します。小作人百姓の倅で、
昨年流行り病で、女房と子供を纏めて亡くして、厄祓いだと名主や村人に薦められて、過去帳持って金毘羅様へお遍路に出たゞ。
村人の餞別で十五両持って出たゞが、片道の路銀にしか成らず、帰り路はお遍路とは名ばかりの乞食道中で、漸く武州から上州まで来たが、
正直、このまま奥州へ帰った所で、一文無しで、郡山へ着いても、乞食をするのか?と、悩ましい限りですだ。」
丹次「其れはお気の毒ですなぁ。」
と、謂う金毘羅帰りのお遍路、彦十の噺を耳にして、観音丹次は考えました。そろそろ、唐丸籠破りの追手の役人がやって来ると。
そうなると、此の長脇差丸出しの格好で、江戸表まで旅を続けるのは、非常にマズい気がするのです。其処で、
丹次「彦十さん、汝から夕飯をご馳走に成ったお礼を込めての提案ですが、汝のその巡礼の衣装を、そっくり私に売って呉れませんか?」
彦十「エッ?この垢だらけの巡礼衣装をですか?売るのは構いませんが、私は之を売ると着る物が無くなりますが?!」
丹次「其れは心配有りません。私が脱いだ此の衣装を、逆に汝(あなた)に差し上げます。其の上で、三両の金子を差し上げます。」
彦十「エッ!本気(マジ)ですか?」
丹次「ハイ、本気です。」
金毘羅帰りのお遍路彦十は、二つ返事で丹次の提案を受け入れ、巡礼衣装と金毘羅様のお札や御守、更に、金剛杖まで一式譲って呉れた。
如何にも、阿波の金毘羅様から着て来た垢塗れの巡礼衣装に着替えた観音丹次。長脇差を白い晒し布に包み背負い込みまして、
彦四郎貞宗の匕首は、相変わらずに懐中へと仕舞います。そして、彦十に三両の金子を渡し、深谷からは乞食同然のお遍路さんの衣装(ナリ)で、
金毘羅様の金剛杖を突きながら、基本は寺院や民家に施しを求める物乞いスタイルの乞食旅で御座います。
そして、金子は懐中に有りながら、旅籠に泊まる事は致しませんで、辻堂、地蔵堂、庚申堂に野宿致します。
お遍路さんに身を変えた観音丹次。一日、二日と晴天に恵まれておりまして、利根川沿いに堤をフラッカ!フラッカ!進んでおると、
三日目を迎えた籠原で、生憎の雨に打たれて仕舞います。笠も合羽も彦十に取られたお遍路丹次は、背中の刀を濡らしたら大変です。
近くに、辻堂、地蔵堂を探して、その軒先へと駆け込みますと、一人の先客。浪人風の武士が丹次と同じく雨具無しの道灌姿、
手拭いで身体を拭きながら、黄昏時の地蔵堂で雨宿りをしておりまして、中へ入ろうとした丹次でしたが、どうも目付きが良くないその武士を、
地蔵堂の入口の格子戸の間から見詰めて、強い殺気を感じて仕舞い、中へは入らずに、地蔵堂の縁の下、
其処へ独り潜擦り込んで、地蔵堂の中の様子を気にしながら、聴き耳を立てゝ、ずーっと様子を伺って居ります。
すると更に、丹次に遅れてもう一人の武士。是又、雨具の無い道灌で御座います。雨を怨めしそうに、地蔵堂の中へ入ると濡れた服を手拭いで拭き始めます。
秋の黄昏時、遠寺の鐘が鳴りどうやら暮六ツ酉刻のようで、堂内の燭台に一番乗りしていた武士が火を点け、後から来た侍に噺掛けます。
侍A「あのぉ〜、今来られた方。蝋燭に火を点けましたから、灯りに寄って下さい。其れにしても、難儀な雨で御座いますなぁ。」
侍B「おゝ、忝い。拙者も雨具の持ち合わせが無く、雨に降られて困っております。暫く、この地蔵堂でご一緒させて頂きます。
拙者、実は眼病を患って御座いまして、暗くなると一切夜目が利きません。だから、此の灯りは大層助かります。」
侍A「貴方は何んですか?、眼病を患いながら旅をされているのですか?」
侍B「お恥ずかしい噺ですが、先月以来、眼病を患いまして日に日に酷くなり、鳥目で暗くなると全く見えなくなり、難儀しております。」
侍A「其れは大変ですねぇ。拙者は剣術武者修行で、日本全国六十余州を廻って御座います、山田太郎と申します。
さて、失礼ですが、貴方はどちら様でしょうか?」
侍B「ハァ、貴方は武芸を修行をなさっておられるのですね。拙者は上州界隈に生まれで御座いまして、
安中城主、板倉伊予守の家臣で、津田新十郎と申します。」
そう言われて、山田太郎と答えた方の侍の目が、驚いた様子で輝くのを、観音丹次は其の気配から感じ取った。
山田「かなり、目が不自由なご様子ですが、その鳥目で、一人旅をなさっておるのですか?どちら迄旅をなさるのか?目的地をお教え下さい。」
津田「ハイ、其れは三年前。拙者は、安中を出て或る知人を訪ねて江戸表へ出たのですが、その訪ね人の元に着く前に眼病を患いました。
其れで、江戸に居て眼病を患ったままでは、その知人に会うのもままならず、仕方なく、安中へ帰り眼を治してから、再び、江戸表へ出る積もりです。
そんな訳で、安中へ戻る道中、昼間しか旅が出来ぬ眼病持ち由え、昼間のウチに旅籠を探したのですが、見付からず、
難儀な中、彷徨いながら、旅籠探しをしているうちに雨が降り、日が暗くなって、困り果てた所でこの地蔵堂に辿り着いたという訳です。」
山田「…」
津田新十郎と名乗る武士が、完全に油断して、一足、山田太郎の方へ近付いた、次の瞬間でした。
刀の柄に手を掛けた山田太郎。物凄い居合いの極意で、その刀を走らせると、津田新十郎の左脇腹を、鋭い刃が斬り付けて血煙が上がる。
津田「アッ、何をする!汝(きさま)。」
山田「馬鹿な奴、鳥目に成るとは、父親同様に哀れな田分けめぇ。地獄へ堕ちろ!新十郎。」
津田「誰だ?汝(きさま)は。。。ウッ、痛い。何奴だ?!」
山田「ハハッハハぁ〜、津田!、いやぁ、新十郎。可哀想にド盲目(めくら)に成ったのが、汝の運の尽き、因果と諦めろ。
汝みたいな奴を、斬れば刀の穢れなれど、併し、見付けたからは、存命(いかして)於く訳には行かぬが定め。
全国武者修行の山田太郎と申したは真っ赤な偽りだ。汝のその目では、儂の顔を見ても、誰か判らぬので有ろう、盲目の悲しさよ。
あれは三年前、貴様の父、津田新左衛門に些細な事がキッカケで、満座の中で恥辱を受けた、水谷大膳様だぁ!!」
津田「水谷。。。大膳だぁとぉ〜、汝の方が親の仇ではないかぁ!!水谷大膳。三年前、父を闇討ちに殺した癖に。」
水谷「馬鹿な、人聴きの悪い。汝の父親、新左衛門と拙者は尋常な勝負、果し合いの末に新左衛門は討たれたのだ。
だから、拙者は喧嘩両成敗で、板倉伊予守様より暇を出されて、浪々となり、忍の行田で無宿渡世に身を置いて、
今は名高き大親分、小天狗小次郎の第一の子分と謂われ賭場を預かり、用心棒の真似事をしている天下の侠客だ。
今日は、寄合で籠原まで出張った帰り道のニワカの村雨、雨宿りに入った地蔵堂で、三年前にオヤジを斬り殺した汝に、
まさか出逢う事になるとは、夢にも思わなんだが、盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること久し、此処で逢うたが百年目!!
拙者の此の刀は、汝親子とは離れられない因縁が在ると見える。もう、逃れられぬと観念しろ、新十郎。」
そう謂うと水谷大膳は、瀕死の一撃を脇腹に受けた津田新十郎に、止めを刺さんと近付きますが、
今は盲目(めくら)の津田新十郎ですが、最後に一矢報いぬ!と、突然、刀を抜いて滅多矢鱈に振り回して抵抗します。
津田「笑止。此の目が鳥目で無りせば、汝如き悪人に遅れを取る新十郎では無いぞ!父を闇討ちにし逐電した癖に、
正々堂々とは片腹痛い!こうなったら、最後に一刀なりとも、汝に浴びせて、怨み晴らして散ってやる!」
水谷「猪口才なぁ、往生際が悪いぞ、何を晒すかぁ、新十郎。」
そう謂うと水谷大膳は、慎重に間合いを取り、津田新十郎が刀を握っている右の腕を、斜めから斬り落とします。
津田「アッ!ヒィ〜」
藤十郎は悲鳴を上げて、是で全く抵抗出来なくなります。
さぁ、この様子を床下から聴いておりました、観音丹次。姿(ナリ)は金毘羅帰りのお遍路に化けては御座いますが、唐丸籠破りの凶状持、
この二人の武士が何者やらぬ?と、隠れて様子を観ていると、いきなり仇同士で斬り合い出して、片方が殺されかけての断末魔で御座います。
津田「さぁ〜、一思いに殺せ!汝(おのれ)、水谷大膳。我が魂は此の地に留まり、貴様を七代祟ってやる!!」
水谷「ハハッハハァ〜、笑止千万、何を詰まらぬ戯言を吐す(ぬかす)。汝は魑魅魍魎となり化けて出るつもりか?!
さて、父親が眠る冥土へ送ってやる、イザ、息の根を止めてやるから、成仏致せ!南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」
と、水谷大膳が念仏を唱えながら、持った刀で、津田新十郎の喉を突いて止めを刺しに掛かりますが、
津田新十郎も、最後の執念を見せて、叫びます。
津田「親の仇、水谷大膳。目が見えぬ暗々たる闇に、独り死に行く我は残念なり!!」
さて、観音丹次。この遣り取りを暫くは床下へ潜擦り込んで、ヤリ過ごす積もりでしたが、根が義侠で出来ておりまして、仇討ちの最中!
津田新十郎の方、眼病を患う盲目の方が、分が悪く瀕死と知りまして、軒下へ上がり、扉格子から中を観ております。
そして、勝負は決しようとする次の瞬間。『盲目が可哀想だ、仕方ない、助っ人するかぁ!!』と、二人の間に、唐突に介入致します。
そんな奴が床下に潜み、且つ、突然現れて「助太刀致す!」と、叫ぶとは思いませんし、又、其れがお遍路さんの姿をしている。
水谷「何だ貴様は?」
流石に、格子戸を開けて、金剛杖で胸を突かれた水谷大膳は、新十郎に止めを刺しそこねて、その場に尻餅を着きますが、
其れでも、立ち上がり、此の怪しい金毘羅帰りのお遍路さんを睨み付けて、刀を正眼に構えて対峙致します。
水谷「何をする、突然。地蔵堂に踏み込み狼藉を働くとは、どう謂う料簡だ!見ると、金毘羅詣りの巡礼者の様だが、何んだ?汝。」
丹次「何だも、神田も、お茶の水もない!!この盲人が、お前に不意打ちを喰らい殺され掛けた辺りから、外で観て知っている。
鳥目の病人を、卑怯な手段で殺させはせん。貴方も武士なら、盲人に暴力は止めて、直ぐに刀を引きなさい。」
水谷「五月蠅い、巡礼。邪魔をするなら、貴様も纏めて冥土へ送ってやる!覚悟しやがれ。」
そう謂うと、水谷大膳は邪魔に入った観音丹次から斬り捨てようと、一太刀、二太刀と斬り掛かりますが、
金剛杖でこの鋒を丹次に見切られて、小手を喰らい刀を落とし、その隙に杖で頭をデカいタンコブを拵える位殴られます。
是は自分のかなう相手じゃないと悟った水谷大膳、刀を拾うと「覚えてやがれ!巡礼めぇ。」と、捨て科白を吐いて、地蔵堂から一目散に逃げ出します。
いや早、その逃げ足の早いのなんの。丹次が追い掛けてはみたものゝ、直ぐに雑木林ん中へ入ったかと思ったら、何処かへ消えて見えなくなります。
仕方なく、助けた瀕死の津田新十郎の元へ戻りましたが、もう、新十郎は虫の息で、最後に、今の無念を語ります。
津田「私は、安中城主、板倉伊予守の家来で、津田新十郎と申します。三年前に父を闇討ちにされて、父の仇を探して旅に出ましたが、
次第に眼病を患い、其れを治してから、再度、仇討ちを致す積りで、一旦、故郷安中へ帰る途中、今の仇、水谷大膳に出逢って仕舞い、
不覚にも騙し討ちに合って、この有様です。金毘羅詣りのお遍路さんの様ですが、水谷大膳を、どうか討って下さい。
あの野郎は、忍の行田の侠客、小天狗小次郎の子分に成って匿われて御座います。賭場の用心棒だそうです。
お遍路さん!どうかぁ、拙者と父の仇、水谷大膳を、水谷大膳を討って頂けませんか?宜しくお頼み申し上げます。」
と、津田新十郎は見えない目で、観音丹次の顔を見詰め、最後は虚空を左手一つで掴む様にして、悔しさを滲ませて息を引き取りました。
さて、唐丸籠を破って凶状持に成った丹次ですが、道中、行田の手前、籠原の地蔵堂で、思わぬ場面に遭遇し、
仇討ちをもう一つ背負い込で仕舞います。自分が仇討ちの旅の最中だから、捨て於けない此の仇討ち。
そして、其の相手が、小天狗小次郎の子分だと聴いては、尚更、捨て於けない観音丹次で御座います。
父、荒浪ノ清六から、仇討ちの道中、必ず逢えよと言われた忍の行田の大親分、小天狗小次郎其の人ですから、
津田新十郎の遺言は、きっちりケジメを着けてから、自分の仇討ちに掛かろうと、決心する丹次でした。
小天狗小次郎が、父、清六が謂う様な立派な親分ならば、水谷大膳を庇うような事はせず、丹次が正々堂々、勝負するなら是を許すに違いない。
万一、小天狗小次郎がグズグズ謂い出す様な奴なら、纏めて叩き斬るだけだ!相変わらず、一本気な観音丹次、この続きは次回の楽しみです。
つづく