近江屋の一件が落着し、観音丹次は拷問で痛めた足を治す為に、上州草津温泉へと湯治へと出掛けます。
高崎を出て達者な足なら四日有れば着く道のりも、足を怪我した治りかけ、九日掛けて漸く草津の宿へ。
百日ばかりの療治を致しますと、怪我も傷も完治致しまして、帰りには、故郷水澤村の観音様へお詣り。
丹次「オヤジ様、お陰様で草津の湯に百日浸かりまして、水澤観音の御利益なども有り、丹次、漸く全快に御座んす。
さて、来年二十歳に成りましたら、念願で御座います父、丹左衛門の仇、穴熊ノ金助を討ちに参りたいと存じます。
オヤジ様には、水澤村を飛び出した十六ん時から早四年、大変お世話になり、未だ十分孝行も済んじゃおりませんが、
暫くお暇を頂戴致したく。又、出来る事なら今一つ、実の親も探したく、此の二つの願いを是非お許し願います。」
清六「成る程、其れで丹次、お前はどうする積もりだ。やはり、江戸表へ参るのか?!」
丹次「ハイ、兎に角、生き馬の目を抜く花のお江戸を、是非、この目で確かめたいです。
之は私の予感でしか有りませんが、穴熊ノ金助とお凛の二人は江戸に潜伏していそうです。
そして、父・丹左衛門の仇を討って、その後は実の父探しをする積もりです。
まぁ、実の父は、江戸で見付からなければ、関八州、奥州、四国、九州、日本全国六十余州。
何処までも、何処までも、地の果てまでも、諦めずに、探し求めて歩き続ける所存です。」
清六「そうかぁ、四年前とチッとも変わらねぇ〜かぁ。ヨシ其れが汝の望みなら仕方ねぇ。
俺は楽隠居して賭場も一家も、全部汝に任積りだったが、汝にドデカい願いが在るからには、
そうも行くめぇ〜。何時迄も高崎に留めて置くのは罪造りな噺だ。ヨシ行け!江戸表に行け。
まぁ、その位剣術も出来るんなら、どんな相手にも遅は取るまいて、狼狽える事はあるまい。
そして先ずは、江戸表に行ったら、之れは火消しの頭をしてやがる漢だが『神田の長兵衛』、
此の野郎は、俺とは兄弟同様の仲だ。随分侠気な奴で気風が宜いから、直ぐ訪ねて呉れ。
若し、火消しの長兵衛が神田で見付からない時は、こいつは俺は直接は知らない奴だが、忍の行田に今小天狗小次郎って侠客が居る。
之れが中々、年若だが滅法懐中が深く、度胸満点の漢っぷりで、五、六百からの子分が在る。
此の小天狗小次郎ってのも、噺の分かる御人と評判だ、長兵衛に巡り合えぬ時は訪ねてみろ。
小次郎も、俺と同じ武士の成れの果てらしく、相当腕も立つそうだから、訪ねて損はない。」
丹次「ハイ、色々と有難う御座います。」
清六「兎に角、出立の日を決めなさい。その上で、別れの盃を交わそう。」
その様な親子のやり取りが御座いまして、観音丹次がいよいよ、江戸表への出発準備を始めます。
そしていよいよ其れを九月の吉日と定めた所で、父、荒浪ノ清六は丹次の送別会を、九蔵町の家へ
主だった子分を集めて、其れは其れは盛大に宴を催す訳でして、軈て、其の夜も次第に更けて参り、
殊に夕景からは雨が降り始め、何んせ秋の長雨と言うやつは、実に陰気にさせる物で御座いまして、
外はシーンと静まり返り、野良犬の遠吠えさえ聴こえて来ない亥の下刻、コンコンっと玄関の戸を叩く者が御座います。
取次「今開けるから、誰れだい?!」
来客「あのぉ〜、一寸開けておくんさい。」
取次「其の声は?女子史(おなごし)さんかい?誰れだい?名乗ってくんねぇ〜。」
来客「ハイ、荒浪の親分さんにお眼に掛かりとう存じます。」
取次「おゃぁ〜、やっぱり女子史さんだねぇ?」
其処へ、若い政五郎が酔った調子で、フラッカ!フラッカ!現れる。
政五郎「オイ、玄関で何してんだ?!」
取次「イヤ、入口の戸をコンコン叩いて、鳴らす奴が居て、来て見ると大親分に会わせて呉れって謂うんですが、其れが女なんです、女!!」
政五郎「女だぁ?馬鹿野郎!ウチの親分は、女嫌いで超有名な御人で、だからお内儀も無く、いまだに独り身だが、
併し、年は確かに還暦を過ぎちゃいるが、木の股から生まれた訳でなし、外に女を囲っていても不思議じゃないが?!」
取次「本当に、そうだろうか?」
政五郎「兎に角、親分に聴いて来るから、女を待たせて於け。」
そう謂うと、政五郎は又、フラッカ!フラッカ!宴席へと戻り、荒浪ノ清六親分の前に来て問い掛けた。
政五郎「親分、変な女が玄関に来てやがります。親分!若しかして、内緒で妾を囲ってなさりますか?」
清六「馬鹿野郎!冗談云って巫山戯るんじゃねぇ〜。何方様かお名前をお聴きしろ。」
政五郎「名前を名乗りゃぁ、上げてやって構いませんか?」
清六「勿論だ。名前を聴いたら、上げて差し上げろ!」
政五郎「合点だ!」
政五郎は、自分で玄関へと参りまして、戸口の芯張りを外し、勢い宜く戸を開けます。
すると、其処にいた女(ひと)は、竹皮の饅頭笠を取り、「御免なすって!」と謂って入って来た。
其の頭は、一本簪に髪の毛をグルグルと巻き付けた変形鏡餅?チャスラフスカか?サリーちゃんのママか?
そんな初めて見る髪型で、上からは真紅の合羽を羽織り、旅道中と見えまして、足元を見ますと黒い木綿の脚絆に草鞋履き。
帯は博多藍染の角帯、其処に朱鞘の一尺七寸ばかりの大太刀を一本落とし差しですから、明らかに侠客で御座います。
政五郎「オイオイ姐さん?!アンタ、どうして漢の格好(ナリ)で拵えなすってるんですかい?」
妙な格好をしてやがる女子(アマ)だと、政五郎は不可思議に思いつゝも、戸を閉めて再び芯張りを掛けて戻ります。
さて、女子は真っ暗な外からやっと顔が見える土間の上がり口に立ったのて、政五郎、顔を覗くと年の頃は三十五、六、
元は芸妓か何か、水商売だった様子の大年増では御座いますが、侠客の新造姐さんで、サッと濡れた合羽を脱ぎますと、
其の下の着物は小豆色した麻木綿の帷子を尻ッ端折りに着流して、腰に朱鞘の長脇差をブチ込んでの草鞋履きです。
中身は女には違い有りませんが、実に変わった妙な格好(ナリ)をしていますから、政五郎も驚いた様子です。
政五郎「姐さん、汝誰なんだい?!」
女「荒浪の親分さんに、一寸ばかり用が御座んして、お仙が来たと申して下さい。」
政五郎「ヘイ、一寸お待ち下さい。」
と、謂って政五郎、又、フラッカ!フラッカ!宴席へと戻り清六親分の前で問い掛けた。
政五郎「親分、相手はお仙さんと申しておりやす。まぁ、入って来た格好は男顔負けでしたが、間違いなく女です。」
清六「名をお仙?三島のぉか?」
政五郎「違うと思います。どー見ても、『三』で死んだッて顔はしちゃおりません。」
清六「一は万物の始まり、陰陽合和して、万物生ずと。
故に曰く、一は二を生じ、二は三を生じ繋がり、三十三は女の大厄、『三』で死んだが三島のお仙。」
政五郎「何んですか、親分、葛飾柴又のテキヤの口上じゃあるまいし。さて、何処のお仙か聴いて参ります。」
と、女がお仙と名乗りましたから、政五郎と清六はお約束の寅さんゴッコで御座います。さて、再び土間へ戻った政五郎が尋ねます。
政五郎「姐さん、何方のお仙さんで、御座ぇ〜ますか?!」
お仙「ハイ、日光街道は幸手宿、柳ノお仙に御座います。」
政五郎「ヘイ、ではお取次致します。」
と、謂って政五郎、三度、清六の元へ参りますと、
政五郎「やはり、三島じゃ御座んせん!幸手で御座います。幸手宿は、柳ノお仙だそうです。」
清六「何ぃ〜、柳ノお仙!あのお仙かぁ〜。」
政五郎「林家扇かと思っていたら、どうも、柳家みたいですね。」
清六「余計な事を謂って混ぜ返すな!政、直ぐにお仙さんを居間(ココ)へお連れしろ。」
と、謂われた政五郎、足を濯ぐぬるま湯を桶に入れて、新しい手拭いを一本添えて土間口に持って行きます。
足を綺麗に致しました柳ノお仙は、政五郎に連れられて、奥の宴会場になっていた居間へと通されまして、
お仙「荒浪の貸元、ご無沙汰して居ります。幸手宿の三次の内儀(女房)、柳ノお仙で御座います。」
清六「おゝ、無沙汰は互いだ。三次は元気にしているかい?さて、駆け付け三杯と謂うから、さゝッ、先ずは口を湿めして呉れ。」
お仙「貸元、申し訳御座いません。貸元の酒が呑めない訳じゃ御座んせんが、其の夫、三次の事でご相談が御座います。
貸元にサシでお話しゝたい件が御座いますので、どうか、御人払いをお願いしとう存じます。」
清六「そうかい、仇が来ても口を湿らせて返せとは謂うが、お前さんが其処まで謂うからには、大変な事が起きたに違いない。
オーイ、お前達は、全員次の間へ下がって居るんだ。唐紙は閉めて近くで聞き耳立てる何んてみっともない真似はするな!
あゝ、丹次!貴様は別だ、お前は俺の横に居てお仙の噺を一緒に聴いて呉れ。お仙、之は儂の倅で観音ノ丹次だ。
丹次!此方は、儂の兄弟分で日光街道の幸手宿では、有名な長脇差の三次、その内儀で柳ノお仙さんだ。」
丹次「清六の息子で、観音丹次と申します。以後、お見知り於き下さい。」
お仙「貴方が今高崎で売出し中の、荒浪一家の若親分、観音ノ丹次さんですか?柳ノお仙で御座います。此方こそお見知り於を。」
二人が挨拶をしている脇で、荒浪の子分達が、次の間へと消えて行きまして、三人だけの広い居間は静かになります。
清六「人払いが済んで三人だけだ。さぁ、お仙さん、相談とやらを聴こうじゃないかぁ。」
お仙「ハイ。では、早速ですが荒浪の貸元は、房州下総の流山、其処の貸元で藤次郎って無宿渡世の長脇差をご存知ですか?」
清六「知ってるよ。余りに宜しい噂は聴かないが、二足の草鞋で十手捕縄を扱う長脇差だよなぁ。其の流山ノ藤次郎がどうかしたのかい?」
お仙「流山には、極々近所に赤城神社と浅間神社の二つの神社が御座いまして、その二つの神社の氏子が共に秋祭を催します。
其れに合わせて、流山ノ藤次郎が毎年花会を開帳するのですが、今年も其の花会にウチの三次が呼ばれたのですが、
盆茣蓙の上の間違いで、藤次郎の子分を二、三人、夫の三次が斬りまして、其れで信州松本の兄弟分の松本ノ喜左衛門を頼って逃げたんです。」
清六「それで、藤次郎の子分は死んだのかい?」
お仙「いいえ、二人は大した傷ではなく、ただ、一番深傷の子分は左腕を切り落とされる重傷で、藤次郎はカンカンに怒りまして、
其の子分が、藤次郎の従甥、従兄弟の子供で、金を包んで詫びに参りましたが、取り付く島が有りません。
兎に角、三次の腕を切り落とすから連れて来いの一点張りで、元々は先に三人が難癖付けて、三人掛かりで三次に喧嘩を仕掛けた癖に。」
清六「そりゃぁ、流山のやりそうな事だ。其れで、三次と藤次郎の仲を、儂に取り持てと謂うのかなぁ?お仙さん。」
お仙「其れがぁ、三次が熱りを冷ましに信州松本に姿(ガラ)を交わしたのが、二十日ばかり前なのですが、
流山ノ藤次郎は、十手の力に物を言わせて、同じ二足の草鞋、上州屋音右衛門と言う信州松本の十手持ちを動かして、
喜左衛門さんの所に隠れていた三次を、その上州屋音右衛門と上役人が、お縄に掛けて仕舞ったのです。」
清六「そいつは酷いなぁ。其れで三次は?松本の代官所の牢屋かい?」
お仙「いいえ、其れが松本では二日止め置かれて吟味されて、直ぐに唐丸籠に乗せられて、松本、上田、小諸、佐久、軽井沢、
軽井沢から碓氷峠を越えて昨日は、坂本宿に泊まり、今日は此の高崎より二里半手前の新町の本陣児玉屋に泊まっております。」
清六「確かに、新町に陣屋で児玉屋っていうのが在る。さて唐丸籠で、流山まで運ばれて行くのかい?三次の野郎は。」
お仙「ハイ、どうもその様で。当初は籠の護衛が二、三人で手薄なら、私が一人で不意を突けば、助け出せるか?
などゝ、甘い考えで坂本宿の手前、碓氷峠で待ち伏せしていたのですが、警護の役人、岡っ引きが十四、五人付いていて、
到底、女の私独りでは太刀打出来る相手では御座いませんし、丁度、高崎の新町を通ると云うので、荒浪の貸元に御助成頂こうと、
最初(ハナ)は新町のお宅に参りますれば、高崎城下の九蔵町の別宅においでと聴いて、夜分に失礼は重々承知して居りますが、
頼る相手が、荒浪の貸元しか御座いませんので、こうしてご相談に上がった次第で御座います。どうか、三次をお助け下さい。」
さて、兄弟分、四分六の舎弟分、幸手ノ三次の内儀、柳ノお仙の噺をジッと聴いていた荒浪ノ清六は腕組みをして考え込んだ。
そして、暫く、頭で考えを纏め上げた上で、ゆっくり目を開き、穏やかな口調で、お銭に諭す様に語り掛けた。
清六「ヨシ、相談の中身はよーく分かった。売られた喧嘩で、長脇差同士の喧嘩なのに、渡世人の仲人を立てず、
いきなり、十手捕縄の力で横車を押して来る流山ノ藤次郎のやり方が気に入らないから、儂に唐丸籠を襲い三次を助けて呉れと謂うんだなぁ。」
お仙「ハイ、その通りで御座います。」
清六「つい四ヶ月半ばかり前に、磔に成る倅を処刑場から磔台を引っこ抜いて、助けた儂が謂うのも何んだがなぁ。
この儘、三次は流山へ連れて行かれ、代官から、江戸表の奉行所や公儀の指図裁かれても悪くて遠島、上手くすれば叩き刑だ。
其れを、唐丸籠を襲って助け出したら、次に御用となった時は、間違いなく死罪だぞ?其れでも助けると謂うのか?お仙。」
お仙「貸元もご存知、あの三次の気性です。このまんま裁きを受けたら、幸手ノ三次の漢が立ちません。
喩え、死罪となろうとも、もう一度娑婆に出て、流山ノ藤次郎を叩き斬ってやる覚悟に違いありません。」
清六「ウーン。本当に、命を散らして宜いのか?」
お仙「今回の花会の件だけじゃなく、三次は長年、藤次郎とは反目なんです。もう、我慢出来ぬに違い有りません。」
清六「さぁ〜、併し、困った。新町は儂が長年暮らした街で、縄張りでも有るし、其処で唐丸籠を襲うとは、気が引ける!困った。
どうだろう?お仙、三次が島から無事に帰って来る時は、俺も江戸まで迎えに出てやり、盛大に祝ってやるから、それで勘弁して呉れないか?」
さて、荒浪ノ清六が口にした言葉が余りに意外過ぎて、お仙は、暫く二の句が継げない状態で、
暫くは黙っておりましたが、漸く、正気を取り戻し、更には怒りを感じまして、清六に言葉を浴びせます。
お仙「この新町は、親分のご支配地だから、唐丸籠は襲えない!そう仰いますか?!」
清六「厭ぁ、縄張り内だから出来る出来ないを謂ってるんじゃねぇ。つまり、三次の事を思って兄弟として謂ってるんだ、お仙。」
お仙「じゃぁ、どうあっても助けては呉れないと仰しゃいますんでぇ?!」
清六「あゝ、早い噺が出来ないって事だ。」
そう謂われた柳ノお仙、暫くジッと睨む様に荒浪ノ清六の眼を見詰めまして、
お仙「オヤジさん!お前さん、一寸ばかり逢わないウチに、大層若耄碌なさったね。足を出しなぁ!お灸を据えてやろうか?!」
清六「何んだとぉ?此の女(アマ)。」
お仙「何も、そんな恐い顔をしなさんなぁ。兄弟分なんてモンは、美味いモン食って、晴天快晴ばかりじゃねぇ〜って事ッた。
つまり、義兄弟の契り何んてモンは、宜い時ばかりじゃなく、困った時にこそ、在るんじゃないさと、アタイは謂いたいんだよ!!
悪い時、左舞に成ってる時だから、態々、高崎くんだりまで足を運び、頭を下げてお願いしているんだ、コン畜生。
一度は誓いを立てた義兄弟が、唐丸籠に入れられて目の前を通り過ぎるのを、見て見ぬ振りかい!其れでも、上州に此の人在りと言われた、
荒浪ノ清六の遣り様なのかい?其れでも、金玉下げた漢と言えるのかい、この芋引きがぁ!豆腐の角に頭をぶつけて死にやがれ、ベラ棒め。
上州の糞田舎じゃ、貴様みたいな芋引きが、侠客です!長脇差ですと言ってられるかも知らないが、
日光街道をお天道様見て生きている任侠は、其れじゃぁ務まらねぇ〜んだよ。本当にアタイはお前さんを見損なった!!
夜中に態々、こんな所まで来て、飛んだ無駄足だった、邪魔をした。アタイは女だけど、痩せても枯れても柳ノお仙だ!侠客の内儀だ!
もう、こうなりゃ汝なんぞにゃ頼まない。物の見事に、アタイ一人で斬り込んで、之から籠を破って見せよう。
死に損ないの耄碌爺!そんなに縄張りが大切なら、一人でしがみ付いて、芋引きながら任侠ゴッコでもしてやがれ。
二度とその面見せるな、之が最後だ縁切りだ!糞を喰らって西へ飛べ!!」
と、在らん限りの悪口雑言で、柳ノお仙の啖呵が炸裂すると、お仙は一刀を持って立ち去ろうと致しますが、其れを制して観音丹次が申します。
丹次「一寸、姐さん!観音丹次が噺が御座います。ちょいとお待ち下さい。」
お仙「何ぃ〜、耄碌爺の倅が、何の用だい?」
丹次「此の、今日の宴が何んだったか?から先ずは噺を致しますと、私が此の荒浪一家を離れて、江戸表に剣術修行と、
水澤村で捨て子だった私を拾って育てゝ呉れた父の仇、穴熊ノ金助とその後妻、お凛の二人を討つ門出の宴で、
アッシの門出を、荒浪の親分と子分一同で祝って下さっていた最中に、姐さんが突然見えた事になるので御座います。
だから、アッシは、どうせ江戸へ之から参る身体ですから、荒浪の親分に変わって、唐丸籠を襲い、その三次さんを助けても構いません。」
此の言葉を聴いた、清六は、にっこり笑い噺を繋いだ。
清六「丹次!実は、今、お仙に噺た『三次の唐丸籠は襲えない。』と謂うのは、お仙の料簡を試す為で、
兄弟分の俺が助太刀しないと分かれば、お仙は唐丸籠を襲う何んて、諦めて、幸手宿に帰るか?と思ったら、
流石、柳ノお仙だ、幸手ノ三次の内儀だよ。一人で唐丸籠に斬り付けると啖呵切って飛び出す勢いだ。
ヨシ、其れなら丹次、お前が助けてやれ!籠は今夜は児玉屋に居るそうだから、宜しく頼むぜ、丹次。」
と、清六に言われて、柳ノお仙は少し恥ずかしく成りました。
お仙「すいません、親分。女は思慮が足りなくて、親分が試してなさるとは、露知らず。あんな暴言を吐いて、
あゝ、穴が有ったら入りたい。そして、観音ノ丹次さん!本当に、ウチの人を助けて下さいますか?」
丹次「ハイ、もう支度は出来ていますから、明日とは言わず、今から今宵、唐丸籠をブチ壊して三次さんを助けましょう。」
清六「おう!丹次、貴様、充分に気を付けて、行って来いよ。其れから、お仙、籠を破って逃げるとなると、
二十日、一月は山ん中に隠れて暮らす事になる。このずた袋に、鰹節と砂糖、味噌が詰めて有る、之を糧に逃げて呉れ。」
お仙「有難う御座います!親分さん。」
泪を見せて、そのずた袋を背負って行く、お仙は、男衣装を捨てゝ、女物の着物に着替えまして、唐丸籠を襲う際の囮の準備を致します。
さて、観音丹次はと見てやれば、彦四郎貞宗の匕首を懐中に仕舞いまして、腰には大刀を一本落とし差し。
草鞋を履いて、徹甲脚絆の旅支度で、胴巻には江戸表に出る路銀を入れて、お仙を伴に、本陣の児玉屋を目指します。
さて、いよいよ、幸手ノ三次が入れられた唐丸籠を襲い、三次を助けるお噺は、次回のお楽しみで御座います。
つづく