さて、観音丹次の処刑が決まり、宣言の罪状を示す立札が立ち始めた四日前に噺を戻しましょう。
雪崩ノ松蔵と今弁慶ノ金太は、観音丹次が捕まり、罪状が近江屋の主人、若女房殺しと二百五十両の押込み強盗だと聴いた時から、
是は冤罪で、高崎藩の重役に画策して、若親分の丹次を牢屋から救い出さないと不出来(まずい)と察していたが、
二人の力や交友関係(connection)では、藩の重臣を動かし助け出す事は出来ず、悶々と過ごしていると、
遂に丹次が、拷問に耐えかねて、自白をした為に、丹次の罪状並びに三日後の磔・獄門の立札が出て仕舞います。
此処に至り、兎に角、間に合う間に合わぬは置いて、荒浪清六親分に、観音丹次が無実の罪で五月二十日に処刑される。
この事実を伝えに行かないと、何も始まらないと決心しますから、二人、処刑の四日前の暮六ツ過ぎに、早駕籠に乗りまして、
高崎から安中を抜け、碓氷峠を越えて、軽井沢、佐久、塩灘を通り、小渕沢から諏訪湖を通り、辰野、箕輪、伊那、飯田、中津川、多治見、名古屋へと進めば、
既に、最後に京から手紙を呉れた荒浪ノ清六親分とは、尾州名古屋から木曽路、更には信州路を通り上州高崎へ入る途中で逢えると考えていた。
そして、出発した初日、何とか翌明け方に碓氷峠を越えた二人は、其の日の酉刻暮六ツに佐久から塩灘へと入った。
併し、夜に走って呉れる駕籠が無く、仕方なくその日は塩灘に宿を求めて一泊し、翌日朝七ツ、寅刻に早駕籠を宿で予約して、
土間から勘定場の脇の板の間に二人は座り、足を濯いで呉れる女中を待って居ると、その板の間から廊下を挟んで見えた座敷で、
七、八人の旅道中の団体客が、ワイワイ騒ぎながら、夕食を酒を酌み交わしならがら、食べて居る様子が目に飛び込んで来た。
勘太郎「親分!やっぱり、土産は小渕沢で買わないと、この先は気の利いた土産は在りませんぜぇ!」
五郎「そうですよ、安中で蒟蒻とか買って帰ると、若親分や雪崩の野郎が怒りますって。」
清六「だから、軽井沢辺りで根付とか、何んか、気の利いた土産にすれば宜いんだろう?」
勘太郎「根付何んて?在りますかねぇ?」
五郎「そうですよ、コケシとか張り子とかじゃ、切れられますぜぇ。」
清六「まぁ、碓氷峠の横川辺りに『峠の釜飯』が有るだろう?最悪、釜飯で誤魔化そう。」
間違いない、其処に居るのが、荒浪ノ清六と朝比奈勘太郎、小勇ノ五郎、そして彼等の子分の八人だと確信し、
雪崩ノ松蔵と今弁慶ノ金太は、草鞋を脱がぬまんま、土足で板張りへ上がり廊下を通って、八人が酒盛りしている座敷へ上がり込んだ。
流石に、其れを見た女中が「お客さん!草鞋を脱いで下さい!」「土間以外は、土足では困ります。」と悲鳴をあげた。
其れでも、お構いなしに、座敷へ侵入して、その場にヘタレ込む二人でした。そして、
松蔵「親分!大変です。若親分が奉行所に捕まり、明後日には磔刑に処せられます。」
清六「オーイ、誰だ?!お前たち、松に、金太じゃねぇ〜かぁ、なぜ此処にお前たちが居る?丹次がどうした?!
何んか有ったのか?!そりゃどう言う理由(ワケ)なんだ?ゆっくり順序立てゝ判る様に噺をしてみろ!!」
松蔵「ハイ、事の起こりは高崎城下の本町に在る呉服屋、近江屋伊兵衛って大店の、嫁娘のお華さんって若旦那の内儀、
この女(ヒト)の身投げを利根川の堤で見掛けたが為に、之をアッシと親分、其れに金太の三人で助けたのがそもそもの始まりなんです。」
清六「おかしいだろう?なぜ、身投げを助けて、丹次が磔刑になるんだ?」
金太「其れがですね、親分!お華さんの身投げの原因と言うのが、親分もご存知、倉ヶ野で一疋狼を気取ってやがる痣の重吉!アレが原因なんです。」
清六「倉ヶ野の重吉、野郎、一疋狼と言えば聴こえは宜いが、実際は倉ヶ野の新六親分から破門を喰らった鼻摘まみじゃねぇ〜かぁ。
家にも食客で置いたら、手癖が悪くて松にコッ酷く殴り付けられて、半殺しで追い出した半端者だぞ?!」
松蔵「其の重吉が、近江屋のお華さんを、去年の八幡様のお祭ん時に手籠にして於きながら、其れを夫婦約束だとか寝言を抜かしやがって、
その半年後、お華さんが近江屋へ縁付けられたのを耳にした重吉の野郎が、人の女房を勝手に奪いやがってと、
突然、難癖を付けて店に殴り込み、近江屋の商売を店先で邪魔して、慰謝料だ!手切金を払え!と、強請り出したと言うんです。」
金太「それで、そんな理由(ワケ)を聴いて、若親分が黙って居られる筈も無く、重吉の野郎からお華さんを助けてやれ!と、
近江屋に強請りに来た重吉と、店先で大喧嘩して、野郎をコテンパンにブチのめして、糞塗れの半殺しにしたんですよ。」
清六「何んだ?人助けしたんだろう?なぜ、其れで、丹次の奴が、磔刑に成るんだ?益々、分からん?!」
金太「この喧嘩で、若親分はあの、特注で拵えた莨入れと煙管を落として仕舞いましてねぇ、そいつを悪用されちまうんです。」
清六「悪用される?誰にだ?!」
松蔵「その喧嘩のあった日の夜中に、近江屋の主人、伊兵衛さんと若内儀のお華さんが、匕首で刺し殺されて、
其の現場に若親分の莨入れと煙管が残されていて、若親分に下手人の容疑が掛けられる事になるんです。」
金太「しかも、金子が二百五十両盗まれるんですが、若親分が近江屋からミカジメを取ろうとして、主人の伊兵衛と揉めていたとか、
痣の重吉の強請り、アレは実は若親分が仕組んだ罠で、重吉を八百長喧嘩で負けさせて、用心棒代を取ろうとしていたとか、
近江屋の番頭、彦七とか言う野郎がある事ない事、でっち上げて奉行に吹き込みやがって、其れが元で若親分が召し捕りに成ったんです。」
清六「何んってこった。でも、なぜ白状したんだろう?丹次の奴。」
松蔵「どうも、奉行の柏木半左衛門と吟味与力の池田叉助には、例の番頭から袖の下を、タップリ掴まされていて、
若親分を一日も早く磔にする為、激しい拷問を連日連夜喰らわせて、無理矢理白状させたに違いありません。」
清六「併し、なぜ、番頭は其処までするんだ?番頭の狙いが分からねぇ〜なぁ?」
松蔵「実は、近江屋の倅、若旦那の伊太郎も二人が殺された同じ晩に行方不明に成っていて、母内儀も大病で郷に帰されて居るらしいから、
若しかすると、番頭の彦七の野郎、莫大な近江屋の身代を狙って、主人殺しをやらかして、若親分に濡れ衣を着せた可能性が御座います。」
清六「本当か?!」
金太「松蔵とも、若親分が召し捕りに成って莨入れ煙管の一件と、近江屋を殺して誰が得をするか?其れを考えると番頭が怪しいって噺になり、
一方、若親分の釈放を白状する前に、藩の重役へ嘆願してみたんですが、奉行と吟味与力が鼻薬(賄賂)を嗅がされていて正攻法では無理だ!と謂う、
而も其れが半端な金額ではなく、出所は近江屋の番頭、彦七だと申しますし、之は番頭が仕組んだ罠と考えれば全部辻褄が合います。」
清六「成る程。ヨシ、兎に角、明日朝寅刻、早駕籠で俺と四天王は高崎へ戻るぞ。若い連中も走って成るべく早く付いて来て呉れ。
そうすれば、丹次の処刑が予定されている前日の夕刻には高崎城下へ入れるから、兎に角、丹次を助けてから、一旦、九蔵町の家へ連れて帰ろう。
丹次の身柄を、勘太郎、五郎、そして金太の三人と子分達で守っている間に、俺と松の二人でお城へ再吟味の訴えに行く。」
松蔵「親分、藩の重役は何方か面識が御座いますか?」
清六「もう二十年近く前だが、倉ヶ野と新町で、利根川からの用水を引き込む止水工事あり、
その件で、家老の原兵庫様と用人の上田主水様とはよーく見知っているから、このお二人に、再吟味を直に談判してみる。」
勘太郎「其れで、処刑場へ殴り込みを掛けて、役人が抵抗したら、親分、叩き斬りますか?」
清六「出来るなら、峰打ちにするが、止もう得ない場合は斬り捨てゝ構わねぇ〜、責任は全部俺が一身に引き受ける。お前達は存分に暴れて呉れ。」
松蔵「いいえ、アッシらは親分が其のご覚悟なら、付いて行くだけですから、必ず、若親分、丹次さんを助け出します。
それから俺に宜い作戦、ちょいと考えがある。だから、明日処刑場へ若親分を助けに入る前に、オイラが策を授けてやるから耳を貸して呉れ。」
そう謂うと荒浪ノ清六、雪崩ノ松蔵、朝比奈勘太郎、今弁慶ノ金太、そして小勇ノ五郎の五人は、早駕籠に乗り翌朝日の出前の寅刻に塩灘を出発。
佐久、軽井沢、二丁の駕籠を乗換え、そして難所である碓氷峠を越えて、更に安中へと到着すると又新しい駕籠へ。
予定通りに、観音ノ丹次が城下の馬場の処刑場へと、裸馬で引き出される前日の夕暮、酉刻に九蔵町の屋敷に帰った荒浪ノ清六。
子分「お帰りなさい、親分!若親分が大変です。」
清六「そいつは、松と金太から聴いた。其れで、丑蔵の奴は?!」
子分「丑蔵の兄貴は、若親分の引き廻される馬に取り憑いて、最期のお言葉を聴くのが役目だと言って、今夜はもう帰りました。」
清六「其れなら、丑蔵は宜い。此処に何人居る?八人か。。。ヨシ。
時期に若衆が五人戻るから、十三人、丑蔵と朝比奈、五郎、そして金太で十七人なら御の字だ。」
子分「どう謂う事ですか?親分。」
四天王以外の九蔵町詰めの子分達に、荒浪ノ清六は、明日、観音丹次を救出に向かう事、そして丹次救出後は、
雪崩ノ松蔵と清六の二人で、高崎城へと出張り、丹次の無実を訴えて、家老の原兵庫、用人の上田主水に再吟味を請求する事を打ち明けます。
さて、又、時計の針を進め、市中引き廻しされて、その身柄を処刑場の竹矢来の中へ連れて来られて、磔台がオッ立てられて、
その前に検屍役と執行役の、朝比奈十兵衛と池田叉助の二人が、床机に座して、今か?今か?と、待って御座います。
池田「観音ノ丹次を、馬から下ろせ。丹次、其れでは、之より貴様の罪状を読み聴かせる。神妙に承れ!!」
さて、執行役の与力、池田叉助が立札と同じ文面の宣告文を読み上げますと、当然、無実の観音丹次、悔し泪が自ずと流れて仕舞います。
執行の実行を致します、処刑人の四人に対して、池田叉助は「では、始めッ!」っと号令いたしますと、
まず、一人が丹次に手拭いを取り、目隠しを致しまして、足の悪い丹次に肩を貸して、三尺高い処刑台へと立たせます。
更に、槍を持った二人の処刑人が、槍先に水を掛けてから、処刑台の左右に分かれて、下から丹次の脇下を刺す見当に構えます。
そして、最後に、槍で刺し殺した丹次の死骸から晒し首を斬り落とす、お試し役が、大刀の抜身に水を流し出番を待っております。
観音丹次の目の前に中腰で槍を構える処刑人の二人。是は役人、武士ではなく、身分は非人で御座います。
処刑開始のデモンストレーションと言うかぁ、お約束の前戯が有りまして、二人の処刑執行人は、丹次を威嚇する様に、
彼の顔前、面の前で、この槍先を左右からチャリン!チャリン!と、音を立てゝながら、丹次の脇の下を突き刺すタイミングを合わせに掛かります。っと其の時。
待てぇ〜!待て、待て。
と、大声で叫びながら、竹矢来の処刑場へ、竹を繋ぐ縄を切って乱入して来た一人の漢、そうです、荒浪ノ清六で御座います。
此の曲者の乱入に、床机に腰を下ろしていた吟味与力の池田叉助が、立ち上がって怒鳴り付けた。
池田「ヤイ、汝(おのれ)何者だ?狼藉は許さん!!」
池田叉助が言葉を発した時には、子分四天王も竹矢来の処刑場の中で、清六が合図を送ると、兼ねて用意の四人は、
手にした小石を、槍を構える処刑人と池田叉助目掛けて投げ付けた。「アッ!」「痛い!」「止めろ!」と叫んで逃げ出す三人。
丹次「オヤジさん!来て呉れたんですね。恩に着ます。」
清六「当たり前だ。今、縄を解いてやる。」
丹次「でも親分、俺、足がやられてゝ歩けねぇ。面目ねぇ〜。」
清六「ヨシ、だったら、金太!お前の糞力で、この処刑台を引っこ抜いて、其のまんま担いで九蔵町まで持って行って呉れ。」
金太「へぇ、親分、合点だ。」
と、六尺五、六寸ある大男の今弁慶!十字架の様な正木の磔台を、ヒョイ!っと地面から抜いて背負うと、ゆっくり処刑場を出ようと致します。
之を見た、池田叉助は慌てゝ、伴で来た四人の同心に下知を飛ばします。一人は検屍役、もう一人は試し役、残る二人は裸馬の護衛役。
その後ろへ隠れる様にして、池田叉助も刀を抜いて構えまして、
池田「朝比奈!貴様は、検屍役だ。刀を抜くには及ばぬ。だが、裸馬に乗って、奉行所に居られる柏木様に、この事を知らせて呉れ、急げ!」
と、検屍役の朝比奈十兵衛を、高崎城中の奉行、柏木半左衛門に荒浪一家が処刑場を襲撃していると応援を呼びに出すのである。
併し、荒浪ノ清六が中条流免許皆伝の腕で、二尺五寸の大太刀を抜き、アッと言う間に、峰打ちで三人を斬り倒します。
先ず一人は、肩を叩かれて鎖骨が折れ、次に二人目は脇腹を打たれて悶絶し倒れ、最後の三人目は、頭に受け脳震盪を起こした。
此処で、竹矢来の外に居た野次馬から、拍手が起こり、声が掛かります。
野次馬A「いいぞ、荒浪の親分!!賄賂塗れの与力なんぞ、斬り付けろ。」
野次馬B「荒浪ノ清六、日本一。銭で汚れた奉行所を成敗して呉れ!」
野次馬C「もっと遣っ付けろ!親分。袖の下で悪党の味方する役人など、懲らしめて呉れ!」
野次馬D「そうだ!そうだ!悪党は奉行所だ!奉行と与力、同心なんぞ、糞喰らえ。」
野次馬から荒浪ノ清六に対しての喝采と、逆に役人側には、日頃の不満が爆発し、金権体質を非難する野次が飛びます。
一方、頼りない同心達の瞬殺に、池田叉助は、刀を引いて逃げようとしましたが、荒浪四天王の小石を投げる攻撃、
更に野次馬からの応援の小石を使った第二波をモロに受けて、池田叉助はその場に座り込んで動けなくなり、石の粒手で血塗れになります。
さて、処刑場の役人を小石の粒手と、荒浪ノ清六の剣術で蹴散らして、無実の罪で磔刑にされる寸前だった観音丹次を救った荒浪ノ清六と子分四天王は、
磔台の十字架を引っこ抜いて、其れを担いだ今弁慶ノ金太を先頭に、雪崩ノ松蔵、朝比奈勘太郎、小勇ノ五郎、そして親分である荒浪ノ清六が二列に成って、
ゆっくりと、九蔵町の我が家を目指して歩き出す。すると、竹矢来と壁として貼られた筵(ムシロ)を剥がした野次馬共が、
竹に筵を旗の様に致しまして「荒浪ノ清六、日本一!」「奉行と与力、同心の賄賂、袖の下を許すな!」「銭で、悪党に味方する町奉行は、早く辞めろ!」
「観音の親分は無実だ!」「奉行の柏木を辞めさせろ!」「観音の親分は無実だ!」「与力の池田も辞めさせろ!」「袖の下を受け取る役人なんか皆んな頸だ!」
民衆の奉行所、役人、特に町奉行の柏木半左衛門と、吟味与力の池田叉助に対する日頃の不満と鬱憤が大爆発して仕舞います。
あの処刑場に集まった野次馬のうち、高崎藩の奉行所、役人から不公平、不条理な仕打ちを受け続けた人々が清六達五人の行動に乗っかり、
三千人、四千人、そして遂には五千人と群衆は膨らんで、丸で一揆の様な暴徒と化して、九蔵町の荒浪一家の屋敷へ向かって行進します。
一方、其処へ、検屍役、朝比奈十兵衛から知らせを受けた町奉行、柏木半左衛門が馬に乗って、「上意である!」と、叫び、五、六十人の役人、捕方、岡っ引きを伴に引き連れ、
磔台と観音丹次を離せ!其処へ置いて行け!と、是を奪還して再び磔刑に処すと、あくまで、再審再吟味など有り得ぬ!と町奉行は主張しますが、
荒浪一家側には一般市民五千人が付いており、「観音の親分は無実だ!」「町奉行の柏木を辞めさせろ!」「観音の親分は無実だ!」
「与力の池田も辞めさせろ!」「袖の下を受け取る役人なんか全員頸だ!」と、口々に叫び声を上げて、
そして掲げる筵旗には『丹次は無実!』『妥当!町奉行』『柏木、死ね!』『袖の下、撲滅!』『再審請求!』『丹次勝訴!』『一日一善!』
一般市民がゆっくり、筵旗を掲げて騎馬の奉行達を取り囲み、一斉に小石の粒手を投げて、此の六十数人の役人を、一瞬で血達磨の半殺しに致します。
更に、九蔵町に観音丹次を置き、医者を呼んで介抱する姿を見届けると、荒浪ノ清六と雪崩ノ松蔵の両人は、
半紙に簡単な訴状、要求内容をサラサラと書き上げて、丹次の再吟味を叶える為の訴えてに、『下』と書かれた訴状を竹の先に挿し、
今度は九蔵町の荒浪屋敷から、高崎城へと出張ります。今度も別に先頭の二人が号令した訳でもなく、野次馬達は更に膨らみ一万二千人。
rolling stones、坂道を転がる石が大きくなる様に、いやいや正に雪達磨式とはこの事で、藩の政への不満!金萬政治への不平が爆発します。
さて、こうして訴状を先頭に、例に寄って筵旗に、『観音丹次、無罪!』『妥当、金萬政治』『再審請求!』『柏木、辞めろ!』と、
一揆が城へと攻めて来た緊張感で、高崎藩側も、下手な対応に出ると、一万二千人の群衆が投石しますから、迂闊な対応は出来ません。
兎に角、『下』の訴状を受け取り、即刻重臣が集まる評定が開かれますが、何んせ殿様である松平右京太夫輝延は老中職で江戸在住。
訴えての要求にある、再吟味を実現するには、何んせ町奉行が、賄賂、金権腐敗でけしからん由え、
是を罷免して、初めて新しい町奉行の元、再吟味が出来るので、お殿様に、町奉行、柏木半左衛門の罷免を承認して貰う事が何より先決。
其処で、高崎城下が一万二千人の一揆に制圧されていて、こんな事態が公儀に知れたら、大河内松平家八万五千石は改易間違い無しだから、
兎に角、諸悪の根源、賄賂塗れの柏木半左衛門の罷免を、即刻認めて、お墨付きを出して欲しいと、早馬で使者を江戸屋敷に送ります。
是を受けた側の高崎藩江戸藩邸でも、一万二千人の一揆に驚き、城主である松平右京太夫は、高崎への一時帰郷さえ考えますが、
天下の老中職ですから、二日と千代田の城を離れられず、即刻、穏便に一万二千人の一揆を解散させる事を最優先にと指令を出しますので、
荒浪ノ清六が求めた、家老原兵庫と用人上田主水との、高崎城内での直接面会が許されます。
清六「私が、この度自訴致しました、城下九蔵町に住まいを置きまする、荒浪ノ清六で御座います。
どうか、私は如何なる罰も受ける所存ですが、無実の罪で、殺されかけた、倅、丹次だけはお助け願います。」
上田「拙者も、原様も、利根川の止水工事の件で、貴殿の事はよう知り於いて御座れば、倅殿が、奉行所の度を超える折檻にて瀕死とか?」
原「奉行の柏木半左衛門は、日頃より不届き千万、商人や無宿渡世の二足の草鞋より、賄賂の金品を度々受けては、
藩の利権を勝手に私の判断で譲り、横車を押す所業目に余る。依って殿より、罷免の許可を得たので、先程、吟味与力の池田叉助共に解任と致した。」
清六「其れで、倅、丹次の再吟味は如何相成ります?」
上田「其れは、其の方の倅の怪我の回復と、新奉行を選出の上、再吟味を前向きに検討させるので、暫く待って呉れ。」
清六「では、倅は暫く自宅にて療治致しても宜しいですか?」
原「勿論だ。逃亡の恐れは無いし、治療して構わぬ。そして、遅くとも七月迄には、新奉行による再吟味の方向で検討致す由え、
あの表の一揆の連中を、即刻解散させては呉れまいか?清六殿。城を筵旗の連中に囲まれては、枕を高くして眠れぬ。」
上田「以後は、賄賂、袖の下には気を付ける様に、奉行所内のコンプライアンスには厳しく致す由え、早々に一揆の解散をお願いします。」
清六「分かりました。表の野次馬は、即刻解散させますが、彼等に対しても、労いに酒と饅頭くらいは振る舞いたいので、
一人一朱として百五十両。其の半分、七十五両はお上で負担して頂けますか?残り半分の七十五両はアッシが出しますので、
彼等が解散仕易くするのも、お上の仕事で御座いますから、宜しくお頼み申します。」
と、野次馬で集まった連中の事も考えて、一人一朱の割前に相当する手間を、藩と荒浪一家で出してやりますから、
またまた、荒浪ノ清六、並びに一家の評判は鰻上りで一万二千人が、ご苦労さん!と、銭を使うから城下の下々の商人も潤います。
さて、こうして再吟味に道が開けて、愛でたい様に思いますが、藩の重臣にとっては、柏木半左衛門、池田叉助が掃除出来て、良かった面は有りますが、
賄賂で甘い汁を吸っていた、町奉行所の与力、同心、岡っ引きの収賄側からは勿論、贈賄側の悪徳商人、町役人、無宿渡世の長脇差からは、観音丹次が反感を益々買う結果となります。
さて、まだ、新たな奉行はどうなるのか?そして近江屋事件の顛末は?
更には、主人公・観音丹次は、何時に成ったら江戸へ出て剣術修行と仇討ちをするのでしょうか?
私、神田伯龍も、まだまだ続きを語りたいのは山々ですが、残念ながら本の紙が足らずの泣く泣くの切れ場で御座います。
そんな事情で、この続きは、この『吾妻錦血染色褪』のもう一人の主人公「小天狗小次郎」、この物語、新刊本の中で続きは語りますから、
どーか、「小天狗小次郎」の新刊本も買って頂いて、其れをお楽しみ頂けますよう、ご贔屓様には、宜しくお願い致します。
では、ここで「観音丹次」はひとまず、大団円とさせて頂きます。お粗末!!
完