代々木の里に在る押田常陸守の下屋敷に居る姫様付きの腰元、お捨と密会していた藤岡藤十郎は、
その現場に、常陸守の娘、雛姫が突然、踏み込んで来て修羅場と成りかける。併し、お捨ての冷静な対応でその場を上手く切り抜ける。
それどころか、自身が起死回生に放った『苦肉の策』に依って、雛姫とも近しく成る事に成功した藤十郎であった。
こうして、二匹目のどぜうを手繰り寄せつつ在る藤岡藤十郎は、三人で逢うと言う提案により、
兎に角、主人家、新見家の暇を見付けては、代々木の里へと足繁く通う様になります。
申刻辺りに牛込富士見馬場を出ますと、代々木の里へは酉の下刻辺りの到着に成ります。夕飯を丁度、姫様・お捨・藤十郎の三人で頂いてから、
由無し事を噺したり、時には百人一首や、琴、笛、三味線の合奏をしたりと、此処は野中の一軒家、みたいな物ですから、何んでも好き勝手のヤリ放題です。
また、三人で遊びをやりますと、どうしても、雛姫とお捨の間には、明らかに主従の上下関係が存在し、次第にそれがあからさまに見える様になります。
そうなると、藤十郎はお捨の許婿(いいなずけ)だからと、最初(ハナ)は姫君もお捨に遠慮がちだったのが、二月を過ぎると全く立場が逆転します。
そして遂に、遊びのタガが外れて、次第々々に遊びはエスカレートして行き、或日、三人で湯殿に入り、ここで雛姫と情交を持ち、雛姫は益々、藤十郎に溺れて行きます。
雛姫は、藤十郎と逢瀬を重ね、女子から雌へと変貌し色に狂いますから、見境なく欲望の渦が広がって行きます。
一方、もうこうなると藤岡藤十郎の方も、新見家の暇を見付けて代々木の里へ行くと言うよりも、新見家の仕事に大穴を空けてでも、萬度雛姫に逢う様になる。
軈て、『藤十郎は申刻から寅刻までは何処かに出掛けている!』との噂が先ず広がり、
新見家も押田家も、家臣・奉公人など誰彼無く、藤十郎は雛姫と代々木の下屋敷で密会している事を知るに至ります。
或日、藤岡藤十郎は朝から部屋の書庫整理をしようと思い立ちます。必要な本ともう読まない不要本の種分けしておりますと、一人の男が部屋にやって参ります。
男「オイ、藤十郎!藤十郎は居るか?」
藤十郎「ハイ、何で御座いましょう?」
男「急な御用とかで、殿様がお前をお呼びだ。書斎に居らっしゃるのでなぁ、直ぐに行って呉れ。」
藤十郎「ハイ、畏まりました。」
『何で有ろう?突然。』、面倒な顔をして、宜い方の袴を履いて紋付の羽織を着ながら、藤十郎は考えた。
『まさか、養子にして呉れるのか?』、羽織の紐が喧嘩結びに成らぬ様に。。。藤十郎は正装に着替えて、奥の書斎へと向かいます。
藤十郎「藤岡藤十郎めに御座います。火急の御用と賜りまして、罷り越した次第に御座います。」
と、言って書斎へ入り、畳の縁を踏まぬ様に交わして平伏しますと、手近へと新見八郎右衛門から呼び寄せられます。
新見「藤十郎、こうして儂と、相対して物を言うのは何時以来になるかぁのぉ〜、さて、南町同心の藤田監物殿からお主を推挙されたのは、
お主がまだ七つの時で、病のお主の父が曲者に殴り殺されて、財産を奪って逃げたその曲者を、お主が曲者の家を見付け、自身番へ知らせたからだと、
お主を推挙した藤田監物から聴き及び、儂がいたく感銘を受け、実際にお主と会って噺をさせて貰ったのが仕官のきっかけだったなぁ〜。
そして、行く行くはこの新見の家をお主に任せる積もりで、お主を我が子同然と思って手塩に掛けて、儂は育てた積もりだ。
文武両道に、学問所と道場にも通わせ、武士としての料簡を学ばせた積もりだったが、この新見の家に来て早や十二年、
併し、お前は残念ながら、儂の意に沿う武士(もののふ)には育っては呉れなかった。」
藤十郎「仰せの通り、老父めが無惨な最期を遂げた後は、拙者、御殿様の恩義を賜り、渇命をお救い頂くのみならず、
文武両道の修行まで身に余る光栄!この御恩は藤十郎、一生忘れません。
また、仰せの趣き『愚臣』との烙印には、些か、承伏致しかねまする。そう言えば、我が老父、藤右衛門も藤十郎は『白眼なり』と決め付けて御座いました。」
新見「『子曰く、利口の邦家を覆す者を悪む。』と言う言葉を、藤十郎!お主なら知っておろう。
家長と言う者は、小賢しい利口者が申す、耳障りの良い言葉ばかり聴いていると、必ず、最後は足元を救われるもんなのだ!
分かるか?藤十郎、お主は確かに賢い、利口者である。併し、貴様がその叡智を注ぐのは、全て私利私欲である。
其れを何故、貴様は主家や大切な隣人の為には使わないのか?!其れをして、お主の父は白眼也と称したに違いない。
貴様の其の料簡は、武士では無い。武士には、己の欲望より大切な物、守らねばならぬ物が沢山ある。
そして、其れは貴様の様な一代限りの土民では根付かない『文化』なのかも知れぬ。だから、武士の精神は、代々血に依って受け継がれて行く物なのかも知れぬなぁ〜。
さて、藤十郎。貴様は武家の家風にそぐわぬ由え、今日より長の暇を取らせる。亡き父上の思いを宜く考え、先非を悔いて身の過ちを反省するがよい!」
藤十郎「殿!どうしても、お許し頂けませんかぁ?!」
新見「ならぬ!共に苦学した源吾の思いや、押田家に対する無礼は、武士として許す事はならん!手打ちに致さぬは、血筋無き者由えぞ!」
と、新見八郎右衛門は、怒りに震える様に、藤岡藤十郎への解雇を申し渡すのだった。
こうして、藤十郎は突然浪々の身となった。僅かな手切金のような金子を渡され、着の身着のままで、牛込富士見馬場の新見屋敷を追い出される事になり、流石に路頭に迷うのだった。
がっかりして、身の回りの整理をしながら、お恵みに頂いた貴重な最後の手当金を押し頂き開けて見ますと、何やら一緒に入っている物が御座います。
『何んだ?此の書付は。。。ご主人からの別れの文言なるや?』
と、手に取りますと、複数の書付。。。是は!拙者が押田の雛姫様へ宛た艶書だ!でも、何故?殿様の手に在るのか?!
そうかぁ、この艶書は『源吾』と拙者は名乗りおるから、殿は源吾の件も拙者の仕業と見抜かれたのかぁ〜、南無三、策士策に溺れるだ。
其れにしても、誰が?殿様へ密告(チンコロ)したのか?雛姫自身が渡すハズはない!押田家中よりの密告だろうか?
何にしても、「是は誤まちぬ過ち也!」と独り言を呟いた藤岡藤十郎、傍輩に暇乞いをして、牛込富士見馬場の長年暮らした新見邸を出て行くのであった。
牛込神楽坂の毘沙門天は至って霊験灼然なりとて毎月寅日に市が立ち、老若男女が集まりまして大変賑やかで御座います。
普通は広いはずの参道で御座いますが、両脇に露店などが建ち並びまして、飴菓子屋、団子屋、植木屋、蝦蟇の油に絵草子屋などなど、
肩摩雑踏限りなき中、一人の漢が宗十郎(頭巾)を深く被り歩いております。
するとスレ違う一人の女子、奥女中風のその女の跡を付けて、見え隠れしながら、築土の陰に女が入りまして、周囲(まわり)に人が無いのを見計らい声を掛けます。
頭巾「コレ!其処へ行くのは、お捨殿では御座らぬか?」
呼び止められた女子はびっくりした表情で、振り返り、小腰を屈めて訝しそうに、用心しながら頭巾の中を覗こうと致します。
お捨「ハイ確かに私は捨に御座いますが、貴方様はどちら様ですか?頭巾で目だけしかお見せになりませんので。。。」
言われた漢は、宗十郎頭巾の下を取り、お捨に顔を見せニッコリ笑いながら、
漢「之は失礼、お捨さん!久しぶりだなぁ〜。私です。」
と、言った。そして其れは、大層落ちぶれた藤岡藤十郎であった。お捨は、其の姿を見た途端、悦び差し寄って、
お捨「思い掛け無き源吾様!その後、どうなさって御座いましたかぁ?」
藤十郎「そう押田屋敷の腰元をなさる貴女に問われると、実にお応え難い事なれど。。。
拙者が出した姫様への艶書が、何故か新見の殿様の手に渡りましてなぁ。姫様との情交全てが露見し、拙者、新見家を長の暇と相成り申した。
まぁ、其れからは苦しく貧しい毎日で、屋敷を追い出されて、身寄りが御座いませんので、友人知人宅を独り彷徨う浪々の日々が三ヶ月。
この様な見窄らしい有様では御座いますが、今日はお捨さんに逢えて嬉しい!此の侭別れて仕舞うのはお名残り惜しい。
どうです、積もる噺を、料理屋の二階で、猪口を遣ったり取ったりしながら差しつ差されつ致しましょう。」
相変わらず口の上手な色事師の藤岡藤十郎で御座いまして、お捨の手を取り、近くの小料理へと上がります。
一つの猪口を二人で遣ったり取ったりしておりますと、次第にお捨の頬は赤く薄紅色に変わりまして、
お捨「私も先月押田のお屋敷よりお暇を頂戴して宿に下がって御座います。そして、本日は、雛姫様に長の御礼を申し上げに、押田屋敷へ参った帰りで御座まして、
姫様は大層貴方の事を気になさって居ましたよ。『源吾は!源吾は!』と。
お手紙をお書きなされませ、私が届けて差し上げます。それと、何処へ行ったのじゃ?と、
雛姫様は仕切りに貴方の所在も知りたがっておられました、今、貴方は何処へお住まいで?」
藤十郎「最前、拙者が申しせし如くで、住居といって屋敷は御座らん。朋友宅を転々とする居候だ。」
お捨「其れでも今は、真逆(まさか)!野宿と言う訳ではないので御座いましょう?」
藤十郎「蒲鉾小屋の野宿では御座らぬが、今は水道町の中程に在る『池田』と言う屋敷に厄介になっている。」
お捨「明日、その水道町の池田様に、私伺いますから、雛姫様にお便りをお書きなさいませ。姫君様は大層、貴方の事を案じて御座います。」
藤十郎「有難う、お捨殿。」
そんな事を噺て二人、此の後も一刻ばかり語らい合って此の日は分かれます。
翌日、お昼前、巳刻頃にお捨が現れて、是から牛込富士見馬場の押田屋敷に雛姫を訪ねるからと言って、藤十郎の手紙を受取り出掛けて行った。
押田屋敷を未刻過ぎにお捨が訪ねると、実に塩梅良く主人常陸守は不在で、奥の居間にて雛姫と二人っきりで面会出来る事になる。
雛姫「お捨、二日続けて来て呉れ、嬉しいぞよ。」
お捨「姫様、実は先日、此の帰りに源吾殿と、神楽坂の毘沙門天の縁日で偶然お逢い致しました。」
雛姫「何ぃ!源吾殿と、而して、今何処に?」
お捨「其れが、源吾殿、今は浪々の身で、大変見窄らしくお成りで、住む家は無く、朋友宅を渡り歩く生活であるとか、金子にもお困りのご様子でした。そして、之れを。」
雛姫「何じゃぁ?之は。」
お捨「源吾様の文に御座います。今朝、捨が預かりました。」
雛姫「誠かぁ?!」
差し出された巻物を、引っ手繰る様に奪い取った雛姫は、行方知れずに成ったと、風の便りに聴いていた愛しい藤十郎の、其の文字が見られた事に落涙。
生憎に忘れえぬ過ぎし其の夜。睦合いし戯言に二世の契りは今は昔。言葉は偽り無く、引き裂かれし思いが募ります。
身の成行を不憫と思いし賜えど、筆に任せて哀れ気を込めて綴りし文なれば、繰り返し繰り返し読む雛姫は、背中から羽が生えて飛んで行きたい思いで泪致します。
漢の心を察して泣いた雛姫は、この様子では其の日の暮らしにも困り果て。。。死を選んで仕舞うかもと、憂いた雛姫、
咄嗟に自らの頭の物を、二つ、三つと抜きやりまして、是を手拭いで包み、上から紫の帛紗を掛けて、
雛姫「お捨、いずれ返事の文は書きますが、先ずは、是を源吾殿へ届けてくりゃれ。金子が有れば金子に致すが。。。宜しくお願いしますよ。」
と、雛姫は、お捨に帛紗に入れた櫛を二つに簪一つを渡して、是を藤十郎へ届けて呉れと頼みます。
押田邸を出たお捨は、まだ申刻前なので、そのまま水道町へと足を伸ばし、再び、藤十郎に面会します。
お捨「御免ください、源吾殿。なるべく早い方が良いと思いまして、雛姫様に逢った直後、此方へお知らせに上がりました。」
藤十郎「態々、有難う御座います。雛姫様はどのように?」
お捨「貴方様の貧困ぶりを、いたく案じておられまして、手元不如意由えにと、此の品々をお恵み下さいました。」
と、例の紫の帛紗包みを差し出します。いずれも、大臣旗本の令嬢が持つ品ですから、柘植の塗り櫛と鼈甲櫛、更には銀無垢に一寸程の珊瑚玉の簪です。
藤十郎「有難う御座います。お捨殿、貴方にも感謝致します。之れで源吾は、死なずに済みまする。」
と、畳に額を擦り付けて土下座をし、感謝する藤岡藤十郎に、お捨は恐縮してしまいます。
そして、また近いうちにお礼をするからと、約束をして、藤十郎はお捨を見送ります。
翌日早速、雛姫からの恵みの品を持って馴染みの質屋へ持ち込もうと出掛ける支度を始めた藤岡藤十郎であったが、
櫛二個と簪一本、是等を質屋で金子に換えても所詮が十両、宜くて十五両だろう。ならば。。。
と、元来奸智に長けたる此の漢、何んの芸も無く是等を換金しては、俺は唯の雑魚だぞ!と、得意の奸計を巡らせて見る事にすのである。
兎に角、此の三品を質種にするは『愚策』。なれば何んとする?そもそも、今の困窮、新見家を追われたるは、
雛姫を手中に納めて調子に乗り、本業を疎かにした事が一番の敗因である。
二人の仲が広く噂に成った事で、押田家の用人辺りが動いて、あの拙者が雛姫に出した艶書を見付け、
是を盾に、新見家に捩じ込んで来たに相違ない。其れにしても是が源吾の一件まで露見させるとは大誤算だった。
そして、俺は浪々と成る訳で、もう浪々の身となりし拙者に、雛姫はどれ程の価値が御座ろうや?
まだ、新見の養子の目も在る、新見家臣だったからこそ、俺は雛姫に近付き情交に及んだが、肝心の俺が浪々の身では何の意味ない。
此の侭、ズルズル雛姫と交際(かんけい)を続けても先は無く、拙者の将来は間違いなく貧困の末の野垂れ死にだ!
ならば、此処は拙者の将来を鑑みて、身の立つ為の道を探るが肝要。即ち、この恵みの三品は最大限に『金の卵を生む鶏』にして使うべし。
さて、新たなる奸計を思い立った藤岡藤十郎は、例の三品を持参し、牛込富士見馬場の押田屋敷へ駆け込みまして、
「御用人に会わせろ!」
と、訴えますが、取次の者がやって来て、全く相手に致しません。そりゃぁ当たり前、相手は三千石の大臣旗本です。
取次の仲間(ちゅうげん)と、藤十郎が揉めております声を聴いて、押田家臣、浅川五郎兵衛という人物が現れます。
この浅川五郎兵衛、押田常陸守には先代より仕えて勤四十五年。御年五十を超えた老臣で御座います。
浅川「何事やあらん?!」
仲間「之は浅川様、いやはや、此奴が藪から棒に、御用人様に会わせろ!などと申しまして。」
浅川「あぁ、相分かった。さて、貴殿は?」
藤十郎「拙者、ご当家の隣家、新見八郎右衛門に十二年使え、三月ばかり前に理由(ワケ)有って暇を頂戴致した、藤岡藤十郎、
勤めし以前は、通称を『源吾』と申す者なれば、以後、お見知り於き下さいませぇ。」
浅川「で、その藤岡某殿が何んの御用ですかなぁ?!」
藤十郎「お訊問無く共申すべし、当お屋敷へ罷り越したる用向きは、余の儀に在らず、当家の御息女、雛姫様とは疾々の潜みて通じ合い、
恥ずかしながら二世迄も堅く契り情交なしたるに、如何せし仕業や、其れが我が主人家に聴こえ、今は屋敷を放逐致されて、
斯く成る上はこの寄る方なき身の難渋致すも、元を正さば御姫様より起こった事故。雛姫様を内儀に貰い申さんと、本日推参仕りました。
外には四、五人の朋友共を待たして御座います。彼らにも姫様を披露致したく、何卒、奥にお取次願いまする。」
浅川「其れは其れは、仰せの用向き主人にお伝え致しますが、お返事御座います迄、暫時此方の部屋でお待ち願います。
また、主家の令嬢と情交(わけあり)と仰るからには、何ぞ証拠が御座いましょうなぁ?
町家のくっ付き合いとは訳が違う、三千石の旗本のお姫様を頂こうと仰るからには、万一、間違いの時は、此方も武士で御座る。
刀に懸けて、そのお命を頂戴する事に成りますが、お覚悟は宜しいでしょうなぁ!!」
と、百戦錬磨の老臣が、きらりッと目を輝かせて、藤十郎を睨み返します。
藤十郎「証拠無くして、何で又、斯云う事を申しましょうや、勿論、貴殿仰せ如く御大身なるご当家へ、斯る事情を云い出す上は、
御殿様の逆鱗に触れ、両人重ねて四つに致すと、時代の御沙汰も有ろうかと、
拙者、兼ねて覚悟を決めて御座いますれば、自分の骨は自分で拾いますので、外の朋友にお申付けて下さい。
浪々の拙者に恐い物(モン)無しで御座います。三千石のお姫様が道連れなら、冥土の土産には重々御の字です。」
と、飛んでもない大胆不敵なホラを吹いて、藤岡藤十郎は、雛姫の三品を浅川五郎兵衛に渡すのでした。
さて、雛姫よりお恵み頂いた三品を、より高値に換える為、藤岡藤十郎は押田屋敷へ駆け込むと、『御用人に会わせろ!』
と、訴え叫び、応対に現れた老臣、浅川五郎兵衛に『雛姫を内儀に貰い受けに来た!』と、大胆不敵な口上を述べて、既に命は棄てる覚悟と猛烈にアピールした上で、
外には無頼の輩を四、五人引き連れての殴り込みだと、張ったりもカマしつつ、雛姫からの三品を浅川五郎兵衛に渡して、玄関脇の控えの間に鎮座していた。
折柄間の襖が開き、現れたのは押田家用人、山菅寛次である。
寛次「用向きは浅川より賜りましたが、当家の雛姫様を貴殿のご内儀として差し上げるには、些か、当家主人の義理合いの次第もあり、
事は武家の法度を犯し、斯る始末に及びし者へ、当家の姫様を生きて差し上げる訳には参らぬが道理。
よって、お望みとあらば、法度に従い姫様と汝(そなた)を並べて二つに斬る選択と相成りまするが宜しいか?!」
と、いきなり言われ、流石の藤十郎も、ギョッと致します。
藤十郎「何様に貴殿の仰る通り、其れが道理では御座ろうが、死ぬ程惚れ合っている二人では在るが、首と胴が離れて夫婦にされても詮無き事。
道理を外しても構わぬ由えに、生きて尚浮かぶ瀬は御座らぬか?山菅氏。」
寛次「捨てこそでしょうなぁ、浮かぶ瀬は。。。嘘!嘘!座興で御座る。
では、是にて姫様の三品はお戻し願い、以後、他言関わり無用に願いまする、藤岡氏。」
と、言うと御用人山菅寛次は、懐中より百両入の帛紗包みを取り出して、藤十郎の前に起きます。
帛紗を払うと、顔を出します山吹色の二十五両の輪留が五つ。半ベソ欠いていた藤十郎は、途端に戎顔に成りまして、其れを袂に仕舞います。
藤十郎「旦那、お見事なお裁で!勉強に成ります。」
寛次「この約状には、ちゃんと署名致して、血判したから行けよ。」
そう言れた藤十郎は、二度と雛姫には会わぬと誓う約状に血判し、
百両の銭を懐中に仕舞ったまんま、何処へと消えて仕舞い、二度と牛込界隈へは姿を現わしませんでした。
つづく