藤岡藤十郎は、是まで自身が使い込んだ主人の金子の償いに窮していた所を、弟弟子とも言うべき、新見家の書生・源吾にまんまと負わせて、
其の罪を逃れましたが、『天網恢恢疎にして漏らさず』の喩え通り、このシッペ返しのお噺は後日致します。
一方、押田常陸守の娘、雛姫に仕える腰元、お捨は、漸く願いが叶い『源吾』(実は藤岡藤十郎)を臥房(ふしど)に引き入れ、
募る思いの丈を全て話そうと思っていたが、現れた相手は、源吾には似ても似付かぬ別人で、驚き慌てて、操を守る為とは言え、「曲者!」と大声を上げて取り乱し、騒ぎを起こした事を悔やんで居た。
そして、此の騒の素は、自分がお慕い申し上げている藤十郎が仕組んだ巧妙な奸計であるなど、全く知る由もなかったのである。
さて、思いの外奸計が上手く行き、最も簡単に罪を源吾に着せる事に成功した藤岡藤十郎は、お捨との関係に欲が出て仕舞います。
最初(ハナ)は、五十両の罪を源吾に負わせたなら、もう、二度と近くまいと思っていた押田屋敷だったが、
もう一度、お捨を利用して、押田家の雛姫に近づく事が出来るのでは?!と、良からぬ下心が芽生え始めたのである。
そこで、藤十郎はまず、押田屋敷との境界側の塀に近付き、相手側への謎の呼び掛けを始めます。
喩えば、「今日は当家に植木屋が入りまして、境界の塀近くで、桃の枝を伐採致します。
故に、切った枝が、常陸守様のお庭内へ散乱致すかも知れませんが、ご容赦願います。」と、
塀越しに大きな通る声で中へ噺掛けるのである。すると、お捨は勘の良い賢い女性で在るが由えに、この藤十郎の問い掛けに対して、
お捨「念の入りしお言葉を頂戴し、家内へその趣き直ぐにお伝え申しまする。」
と、同じく大きな声で返しやります。こうした繋ぎが有って、塀越しに、壁の耳を互いに気にしながらも、藤十郎は『源吾』に成り済まして、仲を育み深めて行くので御座います。
さて、押田家の姫、雛姫は実に美しい容姿の姫で、才色兼備の鏡の様な御方、内外からの周囲の評判も上々な御方に御座います。
そして、又、此の腰元のお捨とは、姉妹の様な主従で、互いを大変に尊敬し合う間柄で、何か在ると「お捨!お捨!」と、姫は言って片時も離れない関係です。
さて、皐月五月、梅雨から夏へと向かう季節に、押田の雛姫が、どうも体調が優れず、微熱と目眩が御座いまして、医者に診せると是が所謂、『ぶらぶら病』。
碌々、食事も取らずに青白く痩せて行きますから、両親(ふたおや)はいたく心配して、医師に色々と相談致します。すると、
人の出入の激しい牛込富士見馬場の上屋敷に居ると、返って鬱々として治る病気も治らないとの医師の助言も御座いまして、其処で、
代々木の里に在る下屋敷ならば、閑静な土地なれば、当分、元気に成る迄は此処へ逗留させて、静養させるが一番と、ご両親は考えたので御座います。
さて、こう成りますと、当然、雛姫に付いてお捨も代々木の下屋敷へと出張る事と相成ります。
あゝ折角、少しづつお慕い申す『源吾』(実は藤岡藤十郎)様とお噺出来る様に又成ったのに。。。と、少し残念がるお捨。
又、殆ど空き家同然の下屋敷で、閑静と申さば聴こえは宜しいですが、要は人全く気の無い辺鄙なド田舎。
そんな所へお姫様と二人で行き、三度の食事は通いの女中が造りに来るが、日常の大半を二人っきりで過ごす生活です。
琴や大量の絵草子を持ち込んでも。。。退屈すぎる毎日。もう、厭や!正絹の足袋は?と、夏木マリに成りそうな日々を想像するお捨。
まぁ、何より藤十郎と離れ離れに成る事が一番辛いお捨は、色々と準備を理由に出発を先伸ばしに致しますが、
何んせ、主人である雛姫様のぶらぶら病の治療第一ですから、十日も二十日もは先延ばしには出来ません。
皐月五日、節句を過ぎた或日、お捨は雛姫のお伴に付いて、藤十郎の『必ず、逢いに行きます。』
この言葉を胸に、下屋敷の在る代々木の里へと家移り致します。
さて、女子両人の、代々木の里生活。現代で言うと携帯電波も、テレビ、ラジオ、Wi-Fiも繋がらない無人島で生活するに等しい環境だと思います。
朝昼は、持込の絵草子など読みつつ、女子同志の雑談などに花を咲かせます。雑談に花を咲かせるとは言うものの、
人に会うなど、日常の変化に乏しい代々木の里ですから、女子トークの題材は絵草子から見付けた話題に限られます。
そして、夕食(ゆうげ)が済むと、お琴を奏でるくらいしかやることはなく、夏場は藪蚊が多いのでそれも早々に蚊帳へ入る事に相成ります。
そんな二人の生活も三ヶ月が過ぎ、長月・神奈月の秋を迎えようとしていた。
お捨「さて、お姫様(ヒーさま)、昨夜は久しぶりに『小督』を浚って見ようか?と仰っていましたよね?
『小督』は捨も大好きに御座いますれば、丁度季節も秋に御座います、淋しき代々木の里にも映え、ていと美しきと存じます。
この代々木を、嵯峨野に見立てまして、一曲、お聞かせ願いまする。さすれば捨は謡ます。」
と、雛姫思いのお捨が申しますれば、其れに応えて雛姫も、
雛姫「妾(わらわ)も、『小督』は好きなれど、久しく弾いて御座らねば、途中、あやしき所が。。。お捨、止まりましても、笑わいで教えて賜もれ。」
と、言うと雛姫は琴を引き寄せ、小箱より爪を出して、糸の調子を合わせに掛かります。
お捨「お姫様、私は琴の調べに合わせ、謡まする。イザ!」
・ツレ
げにや一樹の蔭にやどり。
一河の流れを汲む事も。
他生の縁ぞと聞くものを。
あからさまなる事ながら。
馴れてほどふる軒の草しのぶ便りに賎の女の。目にふれ馴るる世のならい。
あかぬは人の心かな。
・地謡
いざいざさらば琴の音に.立てても忍ぶこの思い。
せめてやしばし.慰むと。
せめてや暫し慰むと。
かきなす琴のおのづから。
秋風にたぐえば.なく虫の声も悲しみの。
秋や恨むる恋やうき。
なにをかくねるおみなめし。
我も浮き世の嵯峨のみぞ。
人に語るな.この有様も.はづかしや。
・シテ
あら面白の折からやな。
三五夜中の新月の色。
二千里の外も遠からぬ。
叡慮かしこき勅をうけて。
心も勇む駒の足なみ。
よるのあゆみぞ.心せよ。
牡鹿なく.この山里と。詠めけん。
・地謡
嵯峨野のかたの秋の空。
さこそ心もすみわたる。
片折戸を知るべにて。
名月にむちをあげて駒をはやめ急がん。
・シテ
しづが家居のかりなれど。
・地謡
もしやと思いここかしこに。
駒をかけよせかけよせてひかえひかえ聞けども。
琴彈く人はなかりけり。
月にやあこがれいで給うと。
法輪に参れば。
琴こそきこえ来にけれ。
峯の嵐か松風かそれかあらぬか。
たづぬる人の琴の音か楽は。
なにぞと聞きたれば。
高倉天皇の寵愛を一身に集めていた、小督局は平清盛の横車で、中宮の地位を其の娘・徳子に奪われて、失意のうちに中宮を去った。
そして、小督は嵯峨野で隠遁生活を送る。以後、嵯峨野の小督の隠れ家では、悲しい思いを琴の音でまぎらわそうとするのだが、
その風情にお捨は今の自分を重ね合わせ、『小督』を謡います。
さて突然!萩の垣根から顔を突き出す者が在り、是を見驚いたお捨は、悦に入り謡っていたのをピタリと止めて仕舞います。
『曲者!』と頭に浮かんだ途端に、呪われた夜!偽源吾事件のトラウマが、お捨の声を止めて仕舞うのだった。
併し、次の瞬間、垣根を越えて侵入した曲者は、小石の礫を石燈籠へと投げて音をさせ始めたので、お捨は『之は本物の源吾様だ!』と、思い直し、再び、続きを謡い始めます。
すると、垣根を越えて忍び込んで来た、藤十郎は、そのまま石燈籠の陰に隠れて、お捨と二人ッきりに成れる機会を待つ事に致します。
・トモ
仲國御目にかからざらん程は帰るまじきとて。
あの柴垣の下に露にしおれて御入り候。
勅定と申しいたわしさと言い。
何とかしのばせ給うらん。
こなたへやいれ参らせさむらわん。
・ツレ
げにげにわれも左様には思えども。
餘りの事の心乱れに。
身のおき所も知らねどもさらばこなたへと申しさむらえ。
・トモ
仲國こなたへ御入り候え。
・シテ
勅定の趣き真直ぐに申しあげばやと存じ候。
さてもさてもか様にならせ給いて後は。
玉体おとろえ叡慮なやましく見えさせ給いて候。
せめての事に御ゆくえを尋ねて参れとの宣旨を蒙り。
忝くも御書を賜って。
これまで持ちて参りて候。
おそれながら直の御返事を給わりてて。
奏し申し候わん。
・ツレ
もとよりも忝けなかりし御恵み。
及びなき身のゆくえまでも。
頼む心の水茎の。
あとさえ深き御情け。
・地謡
かわらぬかげは雲井より。
なお残る身の露の世を。
はばかりの心にも。
とうこそ涙なりけれ。
げにやとわれてぞ身にしら玉のおのずから。
ながらえてうき年月も。
うれしかりける。住居かな。
・ツレ
譬えを知るも数ならぬ。
身には及ばぬ事なれども。
・地謡
妹背の道は隔てなき。
かの漢王のその昔。
甘泉殿の夜の思い。
たえぬ心や胸の火の煙りに残るおもかげも。
軈て、雛姫の琴とお捨の謡は此処でお開きとなり、雛姫は奥の間の臥房に下がって行った。
ヨシ!っとばかり、庭先の縁側へ飛び出したお捨は、震える様な声で庭へ呼び掛けます。
お捨「合図の礫に、最前は息が止まり謡が途切れて仕舞いました、貴方で御座いますね?源吾様。」
藤十郎「そうです、正真正銘の源吾です。偽源吾では御座いません。
上屋敷で最後に別れた時、必ず、逢いに行きますと申しながら、三月以上の歳月が流れ。。。正直言って忘れられたか?と、思いました。」
お捨「何故、私が貴方様を忘れましょう!」
藤十郎「ハイ、礫の合図を覚えて呉れて居て安心しました。」
お捨「貴方に逢えたら、聴きたい事、話したい事が一杯有るのですが、まだ、姫様が就寝なさっておりません。
このシゴキを残して行きますので、必ず、是を手首にお結び於き下さい。
姫様の就寝を確認して、私が手繰り寄せますので、此のシゴキを道標に、私の臥房までご案内申します。」
藤十郎「了解しました。」
と、二人は一旦分かれて、お捨は一人奥の臥房へと消えて行き、廊下の上には其のシゴキが極楽浄土へ導く糸の如く繋がっていた。
ツン!ツン!
魚釣りの当たりの様な引きを手首に受けた藤岡藤十郎。お捨に渡されたシゴキを頼りに廊下を奥へと進み入ります。
細く空いた障子戸を開け、更には先の唐紙も開けて奥の、お捨の待つ臥房へと入る藤十郎。其処には薄暗い行灯の下、お捨が座りおります。
お捨「シゴキをお取りします。寒くは御座いませぬか?」
藤十郎「寒くは御座いません。さて、お姫様の臥房は近くで御座いますか?」
お捨「ハイ、唐紙一枚向こうの、次の間で御座います。由えに声は控え目に願いまする。」
藤十郎「承知仕ります。いやはや、誠に、偽源吾の件では大変なご迷惑をお掛けしました。」
と、いきなり平伏し、土下座する藤十郎。是にはお捨も恐縮致します。
お捨「お頭をお上げ下さい、源吾様。私は理由(ワケ)が知りたいダケに御座います。
私が、端無く(はしたなく)不束にも、女子の身で在りながら、私の方から艶書を貴方様にお渡し致しましたが、
貴方は、是を受け入れて下さり、其れが由えに、文の遣り取りが三度、繰り返されたと、私は思って居りました。其れが。。。
初めて、お逢い出来ると、夢心地で居た忘れもしない弥生二十日、偽源吾が突然現れて…
もう、押田のお屋敷は蜂の巣を突いた様な大騒ぎで、姫様がお庇い下さったから罰や仕置きは受けませなんだが、
陰では色々と、悪い噂を致す輩も在り、大変、肩身の狭い思いを致しました。
依って、あの夜に何が有ったのか?なぜ、貴方様では無く、偽源吾が来て仕舞ったのか?有体にお聴かせ願います。」
藤十郎「話せば長くなりますが、あの輩は『藤十郎』と申しまして、主人家の親戚筋の御家人の三男坊で、書生を致して御座いました。
拙者とは、漢学の学問所が同じで机を並べて学ぶ間柄で、屋敷長屋の部屋も隣り同士で御座いました。
後から気付いた事なのですが、藤十郎の奴、拙者がお捨殿より賜った文を、勝手に盗み読みしたに相違御座いません。
あの日、拙者は外出の予定もなく、夜は丑の上刻に、貴方の臥房へ、今日の様に忍んで参る所存でしたが、
あの偽源吾の藤十郎の奴が、昼に突然、腹痛だと訴えて、自身が行くはずの横浜へのお遣いを、拙者に無茶振りして来たのです。
私は、厭だ!と断りましたが、主人の新見八郎右衛門様が、直々にどうしてもと申されますから断り切れず泣く泣く横浜へ行きました。
併し其の折り、拙者、藤十郎に頼んだんです。押田の腰元・お捨さんに『今日は中止に致します。』とダケ、必ず伝えて呉れと。
余計な事を教えるとややこしいから、中止とダケと口を酸っぱくして、頼んだのに。。。
横浜から翌朝帰ると、まぁ〜屋敷は大騒ぎです。隣りに曲者が押し入って『源吾』と名乗ったと言うので、真っ先に私が疑われました。
ただし、その日の昼に、横浜の先方から主人に返書があり、私の容疑は晴れたのですが、
あの偽源吾の藤十郎が行方不明に成っていたんです。そして、屋敷の手文庫から五十両も盗まれていると分かり、全部、藤十郎の仕業だったんです。
つまり、之があの弥生二十日の真相と言う訳なんです、お分かり頂けましたか?お捨さん。」
あくまでも、『毒を喰らわば皿までも!』と、全て自分の奸計なのに、源吾に罪を擦り付ける藤十郎です。
お捨「そうだったんですかぁ〜、よーく分かりました。納得です。スッキリしました。」
そう言ったお捨は、行灯の火を消し、身体を藤十郎に預けます。一つ布団に二つの枕、お捨の操は慣れた色事師、藤岡藤十郎に奪われて仕舞います。
藤十郎「では、もう寅の下刻。帰らねば拙者がお屋敷をしくじります。お名残り惜しけどさらばで御座る、お捨殿。」
お捨「また、きっと来て下さい、源吾殿。」
何時又逢えるかは知らのども、互いに掟厳しい屋敷内、お捨は多くを口にせず、ホロリと落とす一雫の泪が、袖を伝わり畳に消えます。
是を見た藤十郎とて、思いは同じ。此の時ばかりは打算無く、お捨の細い身体をギュッと抱きしめてやります。
暫し時が止まりますが、藤十郎、「屋敷へ戻りまする、又。」と、お捨に声を掛けて、ゆっくりと立ち上がり、踵を返して廊下へ出ようとした、
其の時でした!!
次の間の唐紙が、ツツ、ツッと開き、雪洞(ぼんぼり)を突き出して、人影が一つ、静々と入って参ります。其れは、
ハイ、誰あろう押田常陸守の娘、お捨の主人である雛姫で御座います。是を見るなり、お捨はただただ、袖口を噛んで呆然と前の藤十郎の方を見詰めます。
一方、此の奸計百出、二匹目のどぜうを狙う悪党、流石の藤岡藤十郎も、善悪邪正定まらず、声も出せず呆然と立ち尽くすのみで御座います。
この様な場面では、男よりも女の方が肝が据わって御座います。お捨は、黙ったまんまで居ると、主人雛姫は益々、懐疑的になり在らぬ疑いが増すばかりと思いますから、
お捨「姫君様、暫く、暫く此のお捨の噺を聴いて下され。」
と、言って、複雑怪奇な藤十郎との馴れ初めを、ゆっくりと考えながら語り始めますが、
脇には驚きの余り魂が抜け、ただ佇みボーッと立ち尽くす藤十郎と、
又正面には、恥ずかしい物を見た!っと言う表情で、顔を赤く染め、近付く事すら憚られる、穢い者を見る様な目で睨む、雛姫が立って居るのである。
お捨は、ゆっくりと自分に言い聴かせる様に、言葉を選びながら、先ずは、若君様の凧上げの馴れ初めから語り、
次に、桃の節句に桜の枝をお願いして、其処でお捨自らが、艶書を認めて、藤十郎に懸想している事を告白。
ここから、相思相愛となり手紙の遣り取りで、愛を育みながら、何時の日にか、二人だけでひっそり会う約束をしたが、
藤十郎と言う偽源吾が現れて、此奴が大変な悪党で、新見の金蔵から五十両盗んだ上に、
源吾殿に成り済まし、夜這いを掛けて、あの弥生二十日の大騒動を引き起こします。
そして、私と源吾さんは、艶書には懲りて仕舞い、時々、塀越しに二言、三言、言葉を交わすだけの関係を大切にしていましたが、
姫様の御病気で、私が代々木の里の下屋敷住まいとなり、完全に牽牛と織女状態に成りました。
其れでも、源吾殿は、「必ず、何時か逢いに行きます。」と言って呉れ、私も其の言葉を信じて待ちました。
すると、今夜。『小督』のお浚い中に、願いが叶って、源吾殿が来て呉れたと言う訳なのです。
私が、源吾殿に会えたのは、きっと姫様のお琴のお陰です。そう言って、お捨は雛姫に礼を言ってその場に頭を下げて平伏しました。
是を聴いた雛姫は大分表情が和みます。しかし、多々懐疑的な事柄も持ち合わせて居る感じでは御座います。
すると漸く此処で、藤岡藤十郎は奸計の再構築が済んだ様子で、雛姫を其の場に座らせて、膝を付き合わせて、最後の仕上げに掛かります。
藤十郎「雛姫様、お初にお目に掛かります。拙者、新見八郎右衛門が家臣、大高源吾と申します。
今、お捨殿が申した通りの馴れ初めで、お捨殿とは手紙を遣り取り致す間柄になり、
何んとか二人きりで、じっくり噺がしたいと常々、思っておりましたが、併し、
常陸守様の上屋敷では、余りに人目が多く、四日、五日に一度、壁越しに二言、三言交わすのが関の山です。
更には、藤十郎なる不埒者のお陰で、あの様な偽源吾事件が起き、二人っきりで、じっくり話すなど夢の又夢と成り申した。
そしたら、この様な言い方は誤解をされたく無いのですが、姫様のブラブラ病のお陰で、お捨殿は、お伴としてこの下屋敷に住む事に成りました。
其処で、拙者は何んとか仕事をやり繰りして、今夜、お捨殿と初めて一刻ばかり二人っきりで噺が出来ました。
信じて下さい!確かに私はお捨殿の手は握りましたが、まだ、私たちは清い関係です。
そして、二人の事は、明日の朝、夜が明けたなら、お姫様には全て打ち明けるつもりだったのです。
もう一つ、今夜、二人の将来について、じっくり噺をして決めた事が御座います。それは、
屋敷の掟は絶対です。だから、此のまま、私とお捨殿は、時々、噺を致したいと願いますが、必ず、お姫様を入れて三人で逢う事を約束します。
そして、いずれお姫様から、お捨殿がお暇を頂戴出来る時が来たら、然るべき、媒酌人(なこうど)を立てて、私の内儀と致します。」
雛姫「判りました。貴方達が真剣に愛し合っているのが、よーく判りました。
源吾殿、三人で逢うと言うのは大賛成です。そして、まだ、妾(わらわ)はぶらぶら病が続いた方が宜い様ですね。」
こうして、藤岡藤十郎は、雛姫を巻き込んで、三人で語らう機会を得て、尚且つ、お捨とは清い関係だと思わせる事に、まんまと成功します。
更に、一石三鳥なのは、お捨には、押田の家から暇を頂く時には、お前を内儀にしてやるぞ!と、
プロポーズされたと思わせる事にも成功していますから、今後の奸計の巡らし方もより遣り易く成る事間違い無しなのです。
つづく