さて、卍巴に降る雪の中、日本橋本石町三丁目の公事宿『小山屋』を出た大石内蔵助は、

サクサク、サクサクと其の雪を踏み締めながら、向かう先は麻布の南部坂、三次浅野家の下屋敷で御座います。

此処、三次浅野家には、亡君の内儀(奥方)阿久里、今は剃髪し尼と成りました瑤泉院が預かり於かれます。

伴に参りますと言う倅主税には、宿の精算を申し付けまして、一人、黒の紋服の上には二つ巴の麻裃、仙台平の新しい袴に白足袋の雪駄履き。

威風堂々たる大石内蔵助の出立ちに御座います。薄い合羽に柘植笠を被り、傘を差して雪の中で御座いますから、

現代で御座いますれば、東京メトロを乗り継いで日本橋から東西線で茅場町、其処から日比谷線に乗り換えると二十五分で広尾ですから、南部坂には三十分で着けますが、

この時代、駕籠も使わず雪ん中サクサク、サクサク、徒歩で日本橋から麻布南部坂を目指すと、間違い無く二刻は掛かったと思います。

因みに、史実では南部坂に瑤泉院が住んでいたのは、切腹の翌日から四日間だけで、五日目には、三好浅野家は南部坂から移転命令が出ていて、討入り当日は、南部坂には御座いませんでした。

この瑤泉院(佐久間良子)と言う方、浅野内匠頭長矩(尾上菊五郎)の内儀でして、名を阿久里殿と申しました。元禄十四年三月十四日、内匠頭守が松ノ廊下で刃傷、切腹と成りましてからは、

緑の黒髪を落としまして、名を瑤泉院と改めまして、日々ただひたすらに、亡き内匠頭の菩提を葬う毎日で御座います。

そんな瑤泉院が、心の内に待っておりましたのは、大石内蔵助(三船敏郎)よりの仇討ち本懐の便りばかり。

其処へ、この雪を推して、態々、内蔵助が日本橋からこの南部坂へ、遥々参ったと聴いた瑤泉院!胸が高鳴らないハズが御座いません。

内蔵助「大石内蔵助、罷り越して御座います。」

と、取次から先ず、戸田局へ。

さて、この戸田局と申しますのが、小野寺十内の妹、小野寺幸右衛門の叔母に当たります。この戸田局は、兎に角、出来た女、

現代で申せば『女子力が高い女』だったそうで、茶道、花道、詩歌徘徊、そして武道は薙刀の師範、合気道の心得も有ると言う。

史実には、居ない人ですが、外山局がモデルとなり講釈師が創造した人物ですが、映画やドラマだと必ずと言っても過言ではない位に登場致します。

のドラマでは、東郷晴子さん戸田局を演じており、東郷さん、ハコちゃんは、宝塚のトップスターで

花の昭和12年組、越路吹雪、月丘夢路、乙羽信子、大路三千緒が宝塚の同期で御座います。

このドラマでも、絵に描いたような戸田局で御座いまして、こう言う女優さんを、ドラマに起用すると、場面が引き締まります。

この戸田局が、大石内蔵助を取次に出て参りますと、

戸田局「まぁまぁ、之れは之れは御城代様、ようこそのお運びで御座いまする。久しぶりに御座いまするなぁ?!

御公室様は、昨年来、貴方様の訪れなさるのを、今か?今か?と、待ち兼ねて御座いました。ささぁ、どうぞ此方へ、どうぞ此方へ!」

っと、長の廊下、通る一同。待てば程無く、サッと唐紙、左右に押し開かれ。現れ出ましたるや瑤泉院で御座います。

まだ失せやらぬ残り香は、山百合の香がスッと立ち込めて、鼻を掠めて参ります。

身に付けましたるが薄絹の友禅、手には水晶の念珠を持ち、もう片方には『冷光院殿前少府朝散大夫吹毛玄利大居士』のご位牌。

大名の奥方にあって、この上なく美しいと言われていた瑤泉院。この時、まだ二十九歳で御座います。

瑤泉院「之れは之れは内蔵助。久々にてご無事の様子、お懐かしゅう御座いまするぞ。」

内蔵助「御公室様に於かれましては、相変わらずのご機嫌にて、内蔵助、恐悦至極に存じ奉りまする。

早ようにお伺いをせねばなりませぬ所、浪々の身の悲しさ、貧しさ由え雑事に追われ、ご無沙汰致した段、平に、平に!ご容赦、お願い申しまする。」

瑤泉院「何んの、何んの内蔵助。其方が江戸表へ下向して参って、久しゅう成るに、ただの一度も罷り越しさぬは、

定めし大事あらむと安じよりました。然るに、態々、この雪の中をお出になられたは、定めし宜き知らせ、在るに違いない。

内蔵助、来たのであろう!?本懐遂げる日が。そうであろう?内蔵助、早よう、その日を聴かせて賜もれぇ!」

日頃、賢き方には有るまじきお姿。お人払いもなく、『仇討ち本懐を遂げる日は何時か?』と、真直球(どストレート)な質問です。

流石に、この座に居合わせし諸侯は、ハッとなり見合す顔と顔。

併し、今更、この後に及んで『お人払いを!』と言うと、其れは其れで討入りの日時が定まった事を白状した様なもの。

内蔵助「ハッハハぁ〜、之は之は御公室様、お戯れを。何を申されますかぁ。

拙者、仇討ちをする積もりなど毛頭御座いません。この度の内匠頭様切腹、並びに、お家改易は御公儀の沙汰なれば、

仇討ち、討入りは、公儀への謀反にて、本懐遂げれば、この三次浅野家、並びに芸州浅野本家に害が及びまする。

依って、御公室様、夢々左様な事は申されますなぁ。」

瑤泉院「之れ!内蔵助。其方、何を言いやるぅ?主君の仇を討たずに於く積もりかぁ?」

内蔵助「ハイ、毛頭御座いません。理由(ワケ)は今申せし通り。御一門に火の粉の掛かるは、亡き殿もお喜びには成りますまい。

そして本日参りましたる儀は、之、お預かりした御化粧料の収支会計のご報告、並びに、残金の御返金で御座いまする。

又、この内蔵助、二君に仕える気持ちは毛頭御座いません由え、この上は主税共々山科へと立ち帰りまして、百姓などして亡君の菩提を弔う所存に御座います。

依って、之が今生の別れと成りますので、最後のご挨拶申し上げたく、江戸へは罷り越して御座いまする。

遅くなりましたる事は、重ねてお詫び申しまする。本日は瑤泉院様への暇乞いに御座いまする。山科へ立ち帰り刀を鍬に持ち替える所存なれば、左様な事は、二度とお尋ねめさるなぁ。」

瑤泉院「くッ、内蔵助!其れでは亡君の無念、お主は晴らす積もりは無いと、申すのかぁ?!併し。。。赤穂では。。。討つと決起したと聴き及ひしぞ!内蔵助。」

内蔵助「確かに、赤穂にて刈谷城引渡しの折、左様な事も考えて、『清書』に血判して同志を集めた事も御座いました。

併し、悲しきかなは、時の流れ。日々の暮らしに追われますれば、貧しさには勝てず、同志は此の一年半の内に、一人減り二人減り、

誠、櫛の歯の抜けて行くが如く、最早討入りなど成し遂げられる勢力は残っては御座いません。」

瑤泉院「内蔵助!心配ご無用である。其方は用心深いお方なれば、人目を気にして御座ろうが、妾(わらわ)の身内同然の者しか聴いてはおらぬ。他に漏れる心配は無い。言うて呉れ!内蔵助。何時なのじゃぁ討入りは?」

内蔵助「瑤泉院様!我が心は既に折れ申した。志残った者同士で協議も致しましたが、残念ながら仇討ち断念もやむなしが一同の総意に御座いまする。

喩え、十人、いや五人でも討入ると申す輩も御座いましたが、討入って上野介の白髪首が取れなんだ時は、恥の上塗り、後世まで赤穂の腑抜け!と、誹りを受けまする。

流石に、其れは亡き内匠頭様の本意にあらずと成りましての決断に御座いますれば、夢々、討入り本懐などとは、口になさいますなぁ。お願いに御座いまする。

ただ、最後に一つだけ、内蔵助、お願いが御座いまする。是非最後に、内匠頭様のご位牌の前で手を合わせてから、山科へと帰りとう存じまする。」

瑤泉院「何んと!其れが其方、本心と言わるゝかぁ?内蔵助、其方の忠義は腐り果てたのですか?!

いーえ、許しませぬ、お位牌に手を合わせるなど。。。許すものですかぁ!

其方の山科での遊興放蕩が伝え聴こえて来た時、妾は敵を欺くには、内蔵助はそこまでするのか?!と、其方の忠義を信じ、西に手をして拝んで居た妾が馬鹿でした。

二君に仕えなば、忠義は立つとお考えか?内蔵助。顔を見るのも穢らわしい。下りおれ、下りおらぬかぁ!この畜生侍めがぁ。」

余りに我が意に反した大石内蔵助は言葉に瑤泉院、生まれて初めて込み上げる怒りに震えて、内蔵助に対し罵詈雑言を浴びせて仕舞います。

そして、すっくと立ち上がると踵を返し、奥の仏間へと入って行った。

此の後ろ姿を見送っておりました大石内蔵助、畳の上に両の手を着き、ただただ、暫し畏まるばかりで御座います。

其処に現れましたるは、戸田局。サッと奥女中二人を下がらせて、内蔵助の傍へ進み寄ります。

戸田局「之は之は、申し訳御座いません、御城代。普段は温厚なお方では御座いますが、長い間お待ち由えに、心が千々に乱れ、短慮にあらせられましたご様子。

依って、あの様なご無体な物言いに成って仕舞ったのだと思います。奥女中を配したままで、討入りの日取りを尋ねるなど言語道断!平に、平に、ご容赦下され。

併し、只今なれば御城代、この戸田だけに聴こえる声にて、お囁き下さい。本心を打ち明けて下さいませ!」

内蔵助「戸田殿までがその様な、『天狗裁き』みたいな事を申されるとは。。。

最初は瑤泉院様が聴きたがり、次に戸田殿も聴きたがる。そして、最後は奥女中までもが聴きたがるので御座ろうかなぁ?!

本心からこの内蔵助、討入り仇討ちなどと言う考えは御座いませんから、信じて下され。

第一に、なぜ、拙者が御公室様に偽りを申す道理が御座いましょうやぁ?仇討ちの心底など、毛頭御座いません。」

戸田局「な、な、ならば、先程のお言葉!誠のご心底だと申されるのか?!

イヤ併し、他の江戸に集まりし者。全てが諦めたと最前仰られましたが、私には信じられません。

兄、兄小野寺十内は、何んと申しておりましょうやぁ?兄・十内が仇討ちを諦めたなど、信じられません。」

内蔵助「小野寺殿は愛妻家で、御内儀、丹殿をこよなく愛しておられる。由えに、二人で徘徊や詩歌に勤しみ、旅などをして余生を暮らすと仰っておりましたぞ。

其れに、京の伏見、島原では知らぬ者がない、天下一品の幇間(タイコモチ)だ。その腕前は大したもんですよ、伊達に風流を愛してはおらぬと見えまする。」

戸田局「タイコモチ???では兄は、太鼓、山鹿流陣太鼓の先生をして御座いますか?ならば、まだ武士の一分を捨ててはおりませんね。」

内蔵助「タイコモチは、そんな堅い商売では御座らん。酒宴に入って酒を呑みながら、客を楽しませる幇間、所謂、男芸者で御座いまする。

十内殿は、出鱈目な謡曲を披露したり、釜掘り音頭で裸踊りをしたりと、他の幇間に無い技が御座る由え、御祝儀をたんまり貰える一流幇間で御座る。」

戸田局「兄が幇間!!」

内蔵助「戸田殿!気を確かに持たれよ。」

と、気絶した戸田局に喝!を入れて起こしてやります。

内蔵助「大丈夫で御座るか?戸田殿。」

戸田局「ハイ、ちょっと目眩がしたダケです。では、甥は?幸右衛門は何をして暮らしておりまするか?」

内蔵助「幸右衛門かぁ、幸右衛門殿は力自慢ですからなぁ。大坂は堺の港で、荷上げ人足をしておる。」

戸田局「人足?」

内蔵助「人足と言っても、日雇いでは御座いませんぞ!列記とした雇い人足で御座る。和泉屋と言う廻船問屋に召抱えられておる。」

戸田局「兄は幇間、甥っ子は人足!!情け無い事に御座いまする。年老いるは恥多き事。

こんな事なれば、お尋ねせねば宜かった。知らぬままが花でした。」

内蔵助「其れは拙者とて同じ事。最後に亡君の位牌に手を合わせる事も許されぬならば、暇乞いなどしに来ない方がマシだった。

おぉ、そうだ之は拙者が東下りの道中に書き記した由無し事。俳句や短歌、其れに絵も描いて御座る。

瑤泉院とご一緒に、御気分宜しい時にこの内蔵助を思い出して、目を通して頂けると幸いで御座る。」

戸田局「左様で御座いますかぁ、お気の付かれる事。そんな気配りが御座いますなら、少し忠義の方に回せば良いものを。。。

瑤泉院様お怒りのご様子ですから、見て下さるかは約束致しませんが、取り敢えず、お預かりは致しましょう。」

内蔵助「では、拙者、之れにて退散仕りましょう。御免!」

と、言って大石内蔵助は、やや小止みながら、まだ卍巴に降る雪の中、サクサク、サクサクと、今夜は夜明かしで呑む約束の堀部彌兵衛の家へと向かった。

一方、帰りは見送る事も出来ぬ程、内蔵助の言葉に打ちひしがれた戸田局、漸く正気を取り戻して、瑤泉院の愚痴を聴いて宥め透かし、此方も揚々寝間に案内して自分の部屋へと戻ります。

時刻はもうすぐ暮四ツ、辺りはすっかり暗い時分、『何んと年は取りたく無いものじゃぁ!』と、呟き、大きな溜息を吐く戸田局。其処へ入って参りましたのが、今年十八歳になる腰元の紅梅。

まだ、勤めて一年半ばかりでは御座いますが、若いのに気配りが出来て、テキパキ動いて、仕事が丁寧と来ておりますから、戸田局のお気に入りで御座います。

紅梅「お戻りなさいませ!旦那様。今夜は寒く成りそうなので、お炬燵(おこた)を入れて於ました。」

戸田局「おうおう、宜う気が付くのぉ〜。ありがとう。紅梅、疲れたであろう?本日はもう良いから、其方も床に付きなされ!」

紅梅「いいえ、大丈夫に御座います。まだ、やる事が御座いますし、そうそう今日は、元御城代の大石様が御公室様をご訪問だったと伺いました、

大層忠義のお方と聴き及びます由え、定めし宜しき事が有ったので御座いますか?旦那様。」

戸田局「之れ!紅梅、部屋住の者が、左様な立ち入った事を軽々しゅう訊くでない!」

紅梅「之は誠に失礼致しました。」

戸田局「まぁ、宜い々々。あぁ、之れはその大石様からの頂き物じゃぁ、そこの戸棚に閉まって下されぇ。さぁもう遅い、其方も下がって早ようお休みなされ。」

紅梅「ハイ。承知しました。」

と、言って腰元の紅梅は、大石内蔵助からの巻物を預かりまして、戸棚に仕舞うと自分の寝室へと下ります。

さて、お炬燵で暖かい布団に入った戸田局でしたが、疲れてはいるハズなのに全く寝付けませんで、『何んと年は取りたく無いものじゃぁ!』と、床に着いても溜息です。

あぁ〜、其れにしても口惜しい一日だった。揃いも揃って不忠義者の多き事かぁ?!武士の魂など太平の御世には存在しないのか?

思い出せば、出す度に悶々として目が冴える戸田局。何度も寝返りを打ちますが、眠りに全く付けません。すると、

スッと

唐紙を誰かが細く開きます。開いた隙間からは、外の雪灯りが反射して、人影を写します。

誰れか?入って来る。

寝たフリをして、入って来た賊の様子を見て驚いた!其れは一刻半ばかり前に出て行った腰元の紅梅。

そっと息を殺して入って来た紅梅、先程、戸田局より命じられ仕舞った巻物を、戸棚から又、そっと持ち出し、懐中に入れて立ち去ろうとした、その時!

コレっ曲者、出会え!出会え!

と、発した戸田局、ダッと布団から飛び出しまして、直ぐに盗賊紅梅の腕を掴むと、後ろ手に締め上げた。

紅梅は、在らん限りの力で抵抗しましたが、武芸の嗜みに差が有り過ぎます。直ぐ傍に有ったシゴキを手にした戸田局に、高手小手に縛り上げられて仕舞います。

戸田局「この恩知らずめ!何んと言うことじゃぁ。忠義者と信じたればこそ、目を掛けてやったのに。。。飼犬に手を噛まれたとは、貴様のことぞ、紅梅!

大石様の巻物に手を出すとは、貴様、何処の間者かぁ?吉良か?公儀か?其れとも上杉かぁ?!命までは取らぬ、有り体に白状致せ!」

紅梅「申し訳御座いません、出来心で御座います。父が病に倒れまして。。。つい何か金目の物をと。。。出来心で御座います。」

戸田局「ホホホ、ホぉ〜、白こいのぉ〜、紅梅!塞後兵衛さんは何処ですか?とか言うつもりですか?羊羹の盗み喰いとは、訳が違うんですよ!

お金は、手文庫に有るのは貴方が一番宜く知っているハズ。其れを態々、戸棚から物を盗み、而も金子が欲しいなら、大石様の巻物だけのはずがありません。

本当の事を白状しないと、痛い目に合わせますよ、紅梅!!」

紅梅「御免なさい!本当に出来心で、気が動転して戸棚から巻物を盗んだんです。本当です、旦那様。」

戸田局「まだ、白を切るとは。仕方ない、痛い思いをしなさい。」

ボキボキ!!痛い。

いきなり縛られて身動き出来ない紅梅の、白魚の様な指を二本、真逆に曲げて折る戸田局、流石、武道の心得が違います。

戸田局「まだ、嘘を付きおるかぁ?紅梅。」

紅梅「本当です、出来心です。」

戸田局「紅梅、言うなら今のうちです。指を十本折ったら、次は薙刀で鼻を削ぎます。更に言わないと、小刀で目を刳り抜きますが、どうしますか?まだ、出来心ですか?!」

紅梅「分かりました、申し訳御座いません、白状します。私は実は赤坂新町八百屋久兵衛の女(むすめ)に御座います。

そして、父が商売で出入りしていたお屋敷が、柳生但馬守様と、柳生道場で御座います。

日頃、お世話になっている加倉井林蔵様と丸木七之介さまから頼まれたの御座います。

赤穂の大石内蔵助様より届く物が有る由え、其れを盗み、柳生の間者に渡せと。

言う事を聞かないと、父の八百屋を出入り止めにすると脅されて。。。仕方なく言いなりに、許して下さい!申し訳御座いません。」

戸田局「えーい!目を掛けてやれば増長しおって!米の飯がテッペンに登るとは、貴様の事だ。」

紅梅「旦那様、其れは違うと思います。」

戸田局「黙れ!黙れ!ちょっと六代目圓生の真似をしたかっただけだ、さぁ、早く巻物を返しなさい。」

と、戸田局が紅梅の懐中より、巻物を抜き取ろうとした其の時!巻物を縛って有った紐の結び目が解けて、巻物が開いて仕舞います。すると!

畳の上に広がる巻物。其れを戸田局が手に取り、どれどれ御城代は、道中どんな歌を詠まれているやらと、見てやれば!!

討入りは当夜十四日。

そして、此処に浅野内匠頭長矩様へ忠義を誓う四十八名の志士ならむ。と有って、大石内蔵助義雄以下、

正に本日、本所松坂町吉良邸へと討ち入る面々の名前が書かれて、血判が押されて御座います。

大石内蔵助良雄

大石主税良金

原惣右衛門元辰

片岡源五右衛門高房

堀部弥兵衛金丸

堀部安兵衛武庸

吉田忠左衛門兼亮

吉田沢右衛門兼貞

近松勘六行重

間瀬久太夫正明

間瀬孫九郎正辰

赤埴源蔵重賢

潮田又之丞高教

富森助右衛門正因

不破数右衛門正種

岡野金右衛門包秀

小野寺十内秀和

小野寺幸右衛門秀富

木村岡右衛門貞行

奥田孫太夫重盛

奥田貞右衛門行高

早水藤左衛門満尭

矢田五郎右衛門助武

大石瀬左衛門信清

礒貝十郎左衛門正久

間喜兵衛光延

間十次郎光興

間新六郎光風

中村勘助正辰

千馬三郎兵衛光忠

菅谷半之丞政利

村松喜兵衛秀直

村松三太夫高直

倉橋伝助武幸

岡嶋八十右衛門常樹

大高源五忠雄

矢頭右衛門七教兼

勝田新左衛門武尭

武林唯七隆重

前原伊助宗房

貝賀弥左衛門友信

杉野十平次次房

神崎与五郎則休

三村次郎左衛門包常

横川勘平宗利

茅野和助常成

寺坂吉右衛門信行

毛利小平太元義

目を掛けていた腰元が、柳生の手先として潜んでいる場所では、迂闊に討入りの日時は明かせぬは必定。

其れを、我慢して黙って去り行く忠義の武士、大石内蔵助の真意を初めて知る戸田局は、泣かずにはおられません。

戸田局「兄十内も!甥幸右衛門も!御座いまする。御公室様、今日で御座いまする。」

叫びながら、両手に広げて巻物を持った戸田局が、瑤泉院の寝室に飛び込んで参ります。

瑤泉院「何事です!戸田。気は確かですかぁ?!」

戸田局「曲者を捉えて見て初めて、大石殿の忠義が見えまして御座います、御公室様!!」

瑤泉院「何を言うのです、戸田?!」

戸田殿「之れを、之をご覧下さい。」

戸田局が広げた巻物を見て、今度は、瑤泉院が悟り泪致します。そして、大石内蔵助に、亡君に位牌の前で手を合わせ、最後の別れを拒絶した自分を責めるのでした。

瑤泉院「此の様な忠義の家臣を、不忠と罵った私の口がよう曲がらんだ!」

戸田殿「代わりに、紅梅の指が二本曲がりました。

瑤泉院「落語のサゲみたいな事を言うでない!戸田。許して賜もれ!内蔵助。」

そして、この巻物を手にした瑤泉院。奥の仏間に入りますと、夜が明けて、吉報を耳に致すまで、此の巻物を仏前に押し広げ、一心不乱に祈り続けたと申します。

そして、やがて寅の上刻となりますと、会稽山に越王が、恥辱を雪ぐ大石の、山と川との合い言葉。

そうです、此の後、いよいよ、討入りとなるのでは御座いますが、先ずは、その直前、『南部坂 雪の別れ』をタップリお届けしました。

p.s.

色々と個性が有るので、比べて下さい。

◇野川由美子編 戸田局⑮忠臣蔵(Chushingura The Loyal 47 Ronin)https://www.youtube.com/watch?v=K38eZj5RKjkリンクyoutu.be


◇講釈 神田すみれ先生

講談 神田すみれ・陽子「南部坂雪の別れ」日本の話芸である落語を中心に、講談・浪曲もお楽しみください。チャンネル登録はアイコン または https://www.youtube.com/c/日本の話芸BG演芸よりおねがいします。日本の話芸@リンクyoutu.be

◇浪曲 春日井梅鴬

浪曲『南部坂雪の別れ』初代 春日井 梅鴬 小山觀翁撰集五代目 一龍斎貞丈につづいて今週も、忠臣蔵にしました。歌う浪曲(なにやぶし) というジャンルを、 天性の明るさで完成させた、 春日井 梅鴬(かすがい ばいおう)の 最高傑作と思われるものです。 九段会館1974年10月5日収録。 そして同年10月22日になくなりました。 *********************...リンクyoutu.be

つづく