山田宗徧(岡田英次)に入門を許された大高源五(御木本伸介)が、茶会に潜入して十日余りが過ぎて、いよいよ十一月も残り五日。しかし、吉良上野介主催の、次の茶会の日程は決まる様子は無かった。
そんな中、師走を前に赤穂浪士の脱落者は、小山田庄左衛門に始まり、中村清右衛門、鈴田十八(鈴木重八)、そして仲田利兵衛次が抜けて、五十名を切った状態だった。
一方、渡り仲間(ちゅうげん)として、柳沢出羽守の屋敷に潜入している寺坂吉右衛門(小林昭二)から、礒貝十郎左衛門(長谷川昭男)に対し、
上杉邸に米沢から来客が極月二日に到着。この来客は吉良上野介の血縁である為に、その接待は上野介自らが当たるのだが、
当日、五代将軍綱吉公の命で、上杉綱憲侯は、上野宮様の接待で、城中能の饗応役を仰せつかり、多くの上杉家家臣が、江戸城詰めとなり、
上杉江戸上屋敷は、非常に手薄な中、米沢の来客の『おもてなし』を、吉良上野介が単身行う事になるとの情報が齎される。
磯貝十郎左衛門と単細胞の竹林唯七(砂塚秀夫)は、この来月二日、上杉江戸上屋敷への討入りを大石内蔵助に進言致しますが、
内蔵助は、頑なに上杉を討入りに巻き込む事を嫌い、しかも、この都合の良過ぎる上杉家を手薄にさせたのは、柳沢出羽守に違いないと言って全く取り合おうとは致しません。
しかし、この様子を見ていた堀部安兵衛(渡哲也)。大石内蔵助(三船敏郎)の考えは、尤も!だとは思う反面、大石内蔵助があくまでも、討入り先を本所松坂町の吉良邸だ!と言うと、
同志の一部は、分裂、脱盟しても、上杉江戸上屋敷へ討入ると、言い出す輩が在ると確信します。
そこで、大石内蔵助には、此の後に及んでの分裂だけは避けたいとその対策を願い出る安兵衛に、内蔵助は、残る同志四十八名を江戸の何処に集めよ!と、指示致します。
さて、四十八人の同志を江戸で集めるとなると、其れは其れで、難題を大石内蔵助から頂戴した堀部安兵衛、思案に呉れる事になります。
そんな、安兵衛の元に、中山安兵衛時代の旧友と言うかぁ、少し義理のある渡世人、半次(牧伸二)がやって来ます。
無宿渡世の半次、半次は半次ですが、『焼津の半次』ではなく、中萬の半次。
昔、中山安兵衛が恋仲で同棲していた中萬一家の親分辰五郎の娘、お榮(工藤明子)。その辰五郎の一の子分、代貸の半次(牧伸二)でした。
中萬の半次を演じるのは、この当日『大正テレビ寄席』で大人気の浅草芸人、コント55号並に人気者、全盛期の牧伸二先生です。
この『大正テレビ寄席』は、私は毎週観ていました。若日の駆け出しだった、牧伸二先生の弟子・泉ピン子がギター漫談していたのを知っている最後の世代です。
まぁ、泉ピン子は『ウィークエンダー』で売れて、橋田壽賀子に媚びて、女優面しているけど、所詮、ギター漫談芸人、紙一重!一発屋波田陽区みたいに成ってた可能性も有ったのに。。。そして、芸名は三門マリ子だった。
牧伸二さんが自殺した時のピン子の態度は、本当に、リアル世間は鬼ばかりと思いました。
世間が牧伸二さんの葬儀で引く位に泣いて、朝鮮の泣き女かぁ?!と、突っ込まれても宜い位に牧伸二先生にお世話になりながら、
『えなりかずき』を共演NGにして、相変わらず女優です!って泉ピン子を、私は認めませんし、だから早くテレビからは消えて下さい。
ッと、この映像に在る若い牧伸二先生を観れば、観る程、泉ピン子が憎らしく思えるのは、多分、私だけだと思います。
あと、『大正テレビ寄席』と言えば、『あゆみな箱』のバーゲンセールと言う名のチャリティー・オークション!
そのオークションのワゴン車を押していたのが、ミキ&ミワ時代の元北野武夫人、幹子さんでした。
あぁ〜、『大正テレビ寄席』の思い出だけで六千字を超えるくらいに懐かしいです。
さて、この牧伸二先生の半次の訪問に、渡哲也の堀部安兵衛は驚きますが、中萬のお榮には内緒で、半次が独断で、中萬の親分が急死して、今夜がお通夜!と、知らせに来たのでした。
続きまして、お榮を演じるのは、大坂で遊女と心中をした猪突猛進の赤穂浪士、橋本平左衛門役を演じた大出俊さんの実の奥様!
小野寺十内の妻、丹は似合わない!と以前申した事がある工藤明子さんです。そして此のお榮は似合うと思います。
中萬一家のお通夜から帰った堀部安兵衛安兵衛ですが、四十八人が密かに集まる場所は、中萬一家のお榮が営む船宿が最適!とは思いますが、それは、内儀であるお幸の手前遠慮して出来ないで居た。
併し、そんな安兵衛の思いを読んだお幸が、安兵衛の元カノのお榮に直接会って、安兵衛の為にと、中萬一家の船宿を借り受けて、
無事に、赤穂浪士の極月二日の秘密会合が行える事になるのです。
このお幸の内助の功を受けて、旧友であり中山安兵衛時代の堀内道場の同門で、今は柳沢出羽守の参謀の一人である細井廣澤(原保美)に、知恵を乞う。
すると、細井廣澤は赤穂と吉良の諍いに上杉を巻き込み、謙信公から五代続く誉れ高い上杉家を取り潰しに掛かる柳沢出羽守の所業には、
廣澤本人が家臣でありながら、出羽守の考えには反対を唱え、万一、安兵衛達赤穂浪士が上杉家に討入っても、上杉にはお咎めが無い様に、五代将軍綱吉様に進言する事を約束するのです。
堀部安兵衛を通じて赤穂浪士に協力し、討ち入り口述書の添削をおこない、また『堀部安兵衛日記』の編纂を託されていたので、
吉良邸討ち入り計画にかなり深い協力をしており、安兵衛からは、かなり信頼されていたハズです。
この赤穂事件の間の元禄十五年に柳沢家を放逐されたと言うのも、史実で、廣澤が幕府側用人松平輝貞と揉め事を抱えていた友人の弁護のために、
此の代わりに抗議した結果、輝貞の不興を買い、廣澤を放逐せよとしつこく柳沢家に圧力をかけるようになり、吉保がこの圧力に屈したというのが放逐の原因である。
併し、吉保は廣澤の学識を惜しんで、浪人後も廣澤に毎年五十両を送ってその後も関係も持ち続けたと言われている。
この細井廣澤を演じるのが、原保美さん。この原さんは、全く時代劇のイメージの役者では御座いませんが、
この忠臣蔵の堀部安兵衛が、中山安兵衛時代から信頼していた唯一の学者で、柳沢吉保に召し抱えられて、全く袂を分かつ関係だったのに、
上杉を巻き込む一点で、安兵衛と廣澤は心をまた通じ合い、廣澤は将軍綱吉を動かしても、柳沢の陰謀を阻止すると約束致します。
是で、喩え、大石内蔵助が反対しても、細井廣澤の助成があれば、上杉邸討入りも正当化されると、二日は胸を張り、中萬の船宿に向かう堀部安兵衛でしたが。。。
細井廣澤の登城を、加倉井林蔵(高松英郎)と丸木七之介(千波丈太郎)が阻止して、柳沢家の座敷牢に幽閉します。
併しこの時、柳沢出羽守の屋敷には、寺坂吉右衛門が仲間(ちゅうげん)として、潜伏しているので、寺坂は廣澤を助けに走りますが、
廣澤は、「上杉邸への討入り、成すべからず!」と言う書き物を、吉右衛門に託して、五代将軍綱吉に、細井廣澤の思いが届いていない事を伝えるのだった。
結局、極月二日の中萬一家船宿からの上杉邸討入りは中止されたが、中萬の女主人、お榮は、吉良の家臣の狼藉に巻き込まれて殺されて仕舞います。
「安兵衛さん!お先に、三途でお待ち申します。」と、言い残す、お榮の言葉が涙を誘います。
さて、もう赤穂浪士は資金的にも、精神的にもギリギリの中、大高源五から、朗報が齎されます。
茶会は極月六日!
併し、此れは直ちに延期の知らせが走ります。なぜなら、その前日五日早朝に吉良上野介の孫、上杉綱憲の息子、若君、上杉吉憲が江戸表に米沢からの援軍を引き連れず、上杉江戸上屋敷に単身、独りで現れたからです。
その上杉吉憲は、父、綱憲に対して、吉良と赤穂浪士の争いに、米沢十五万石を巻き込みたくないと、ハッキリ、祖父吉良上野介の目の前で宣言したので、
是に対して、吉良上野介は激怒し、米沢からの上杉の援軍無しには、本所松坂町での茶会は出来ないと迄、言い出します。
そして、直ちに駕籠で、上杉江戸上屋敷へと入り、上野介は籠りっ切りとなり、上杉邸から出て来なくなります。
そして、その五日夕刻には、参加予定者全員に『茶会延期』の知らせが、綱憲の病気を理由に出されたのです。
そうなんです。又、柳沢出羽守からの司令であの二人、加倉井林蔵(高松英郎)と丸木七之介(千波丈太郎)の二人が罠を仕掛けて、上杉家の改易を画策するのです。
そうなると、当代綱憲公の次代を担う、若君!上杉吉憲(池田秀一)は、千坂兵部(丹波哲郎)にとっては、我が子に等しい若君ですから、千坂は命に変えてもお守りしたい。
若しかすると、千坂にとっては綱憲公よりも大切な若君であり、其れをなぜか?公儀隠密、而も、柳生黒鍬衆なのに、お蘭(上月晃)が、察してお守り致しますと、やんちゃな吉憲の後見を務めます。
さて、上杉吉憲役の池田秀一さんは、俳優としてより、私達世代は、『機動戦士ガンダム』の紅い彗星!シャー・アズナブルの声でお馴染みです。
そして、多分ガンダム が縁で戸田恵子さんと結婚し、今は別の女優さんと夫婦の池田さん。
80年代までは、俳優としても、ドラマでお見掛けしましたが、知らぬ間に声優が本業の様になりました。
池田さん、本当に背が低いから、時代劇とか結構辛い配役の時がありました。居酒屋の女中よりチビな同心役とか有りましたからねぇ。
一方、六日の本所松坂町での吉良上野介主催の茶会が延期されて、その代替日を偵察する大高源五(御木本伸介)は、
山田宗徧(岡田英次)が主催の野立ての茶会で、宗徧の娘、千代(十朱幸代)と、初めて出会うのですが、ここから十日弱で大恋愛する展開となります。
大高源五と言えば、其角宗匠との上の句、下の句のやり取りが有名で、偶然、両国橋の上で出会った二人が、連歌に興じると言う噺が、講釈や浪曲では有名ですね。
其角の「年の瀬や水の流れと人の身は」と認めた、上の句に、大高源吾は「明日待たるるその宝船」と下の句を詠みます。
ただ是、実際のふたりの附け合いは、其角「草も木もこうなるものか冬枯れて」の上の句に、
大高源五「明日待たるる銀の盃」と、下の句を繋いだと言うのが本当だそうでございます。
更に、愛山先生は、其角「花も実も こうなるものか 冬枯れて」に対し、源五「明日待たるる銀の盃」と繋いだと紹介されました。
まぁ、この連歌の下りが、このドラマにはなく、大高源五も、山田宗徧の娘・千代とのラブロマンスがその見せ場になっていて、このドラマの時、二十九歳から三十歳だった十朱幸代さんがピチピチ状態で登場致します。
そんな中、大石内蔵助(三船敏郎)は、神崎輿五郎(中丸忠雄)、近松勘六(工藤堅太郎)を前にして、
大高源五(御木本伸介)に対して、現在、四十八人の同志が耐えられるのは、年内が限界なので、
何んとしても、極月中に開催すると延期された吉良上野介主催の茶会の日取りを突き止めよ!と、厳命が下る事になる。
赤穂浪士全員の期待を背負う格好の大高源五は、山田宗徧との接近を再度密にして、出来る限り早い段階での茶会の日取りを探りに掛かりますが。。。
商用で年内に上方へ戻ると言う子葉(大高源五)に対し疑念を抱き始める山田宗徧。
そして、子葉が元赤穂藩士・大高源五と知り、自身の口からは茶会の日取を子葉には伝えないと宗徧は決意し、娘・千代には、
「子葉は、赤穂浪士なので、心惹かれてはいけない!!二度と近付くな。」
と、珍しい強い調子で、而も、命令口調で宗徧が言うのである。
是には、生まれて一度も、父・宗徧から強いられた事がない千代は戸惑うが、仲を裂かれれば、裂かれる程、子葉(大高源五)への思いが募る千代だった。
さて、非常に強く山田宗徧が、千代と子葉の仲を遠ざけるのには、単に、三十年以上、吉良上野介と茶道仲間というだけでなく、
実は、千代の本当の父が吉良上野介であり、千代と子葉は仇同士だからなのである。而も、其れを千代は全く知らない。
併し千代は、父・宗徧の言い付けに反き、子葉の元へ連歌を習いに通い続けます。そして、
子葉「燃え切るを 許させ賜え 落葉焚く」
と、言う発句を貰って帰るので、御座いました。
一方、吉憲を巻き込む加倉井林蔵の作戦は、浅草の縁日に一人で江戸見物に出た、米沢の『お登りさん』吉憲に、
ゴロ付きの歌舞伎者、旗本奴の水野十郎左衛門の手下みたいな輩に喧嘩を仕掛けさせて、その喧嘩両成敗を理由に、
吉憲と吉憲を助けに入った千坂兵部を同時に罰して仕舞う作戦に出て、まんまと千坂兵部に刀を抜かせて、旗本数人を斬らせる事に成功します。
しかし、千坂兵部は捨て身に出て、若君吉憲を廃嫡などと処分すると言うならば、評定所に訴状を出して、
旗本奴には黒幕が居ると訴えて、旗本奴の黒幕と刺し違える覚悟がある!と、千坂は柳沢吉保を直接脅しに掛かるのです。
是には、柳沢も折れて、上杉吉憲の処分は見送り、代わりに旗本数人を斬った千坂兵部にだけは、江戸家老の職を解いて、米沢に戻す処分を下します。
そして、千坂兵部が江戸を追い出されると知ったお蘭は、加倉井林蔵にたっぷり、嫌味を喰らって、上杉十五万石を取り潰す算段の手伝いを改めて申し付けられるのです。
千坂兵部が、お蘭に送った別れの言葉は、「今の季節、米沢の雪は深い。隠せるものなら、お蘭!お前を隠したい。」でした。
さて、吉良上野介は、先延ばしにしていた茶会の日取を極月十四日の夕刻と決めます。そして、これが山田宗徧宅を訪れて直接伝えられます。
すると、此れを聴いた宗徧は、娘の千代が子葉(大高源五)に伝えるのを阻止しようと、お前の実の父は、吉良上野介義央で、
吉良家の腰元がお手付と成って生まれた子供が、千代!お前なのだと、告白されるのです。
大いに動揺する千代ですが、宗徧が居る前で、上野介に「貴方は私を娘だと思って下さいますか?」と聞きますが、上野介は、
「お前の様な妾腹でもない、女中風情が生んだ女子が高家筆頭!由緒ある源氏の血を引く吉良上野介義央の娘のハズがないではないかぁ!この無礼者。」と、言い放ちます。
そして、子葉の元に、千代からの返句が届きます。
千代「落葉焚く 何処の空や 十四日」
千代は山田宗徧の元を去り旅に出て、大高源五は宗徧から千代が上野国の落とし種だと聞かされ、「そっとして於いて下さい。」と、言わるのです。
こうして、吉良上野介の新茶室のお披露目の茶会記日取りは、極月十四日と赤穂浪士に知れて、その夜が討入りと決まりました。
つづく