いよいよ明けて翌日は、元禄十四年三月十四日。五代将軍綱吉公、勅答の儀と言う事で、御白書院には、側用人、老中・若年寄、

更には譜代大名十八州の守も集いまして、皆素襖大紋に立帽子で威儀を正し、厳重に伺候ある。

終わって殿中大広間に於いて、勅使饗応というのであるから、殊に大切なる日柄で御座います。

されば、天奏饗応使たる内匠頭長矩も、未明より登城致し、万全に備えんと、夜半に寝所を飛び起きて、『斎戒沐浴』、衣類を改めんと致します。

ところが!次の間に用意し、寝所へ入る前に確かめたはずの、白無垢が御座いません。近習方用人はいたく驚き、探しますが、見付かりません。

不思議で仕方ありませんが、見付からぬものは詮方ない。新たに別の物を至急用意させて、其れ身に付け、内匠頭は登城致します。


いやはや、何んと不思議な事がと、誰もが解せぬと、再度、屋敷内を隅から隅まで、よーく探索してみると、

内匠頭の居間の下から白無垢が出て参りますが、見れば散々に、引き裂かれて御座います。しかも、刃物で裂いた痕では御座いません。

何やら獣が、牙を用いて噛み付き裂いた様な痕で、しかも、獣の臭いを帯びた鮮血にて、穢された様子も御座います。

何の仕業か?!と、居間を更に、探っておりますと、一匹の狐のような獣が現れ、しかも、其れは白狐!では御座いませんか?

物凄い勢いで、その白狐は庭の築山目掛けて、驀地(まっしぐら)に駆けて消え去ってしまいます。

『何が起こったやら?!』一同家来衆は、顔を見合わせて、不思議がっておりますと、堀部彌兵衛金丸、暫くは小首を傾げていたが、突然、ハッと気付いた様子で語り始めます。

彌兵衛「ご一同、承知でも御座ろうが、ご当家お屋敷には古より、一匹の白狐が住み付いて御座いまする。

そして此の白狐、誰が呼び出したか、浅野稲荷大明神と呼ばれ、其れをご当家守護神と崇め奉りまする。

そして、ご当家に何か一朝あるごとに、此の白狐が姿を現すと言い伝えが御座いますれば、今回の白無垢の件も、

白狐、浅野稲荷大明神の仕業なれば、之れ、正しく、当家に凶事の起きる前兆を、白狐様がお示し召されたのではなかろうや?!

日頃のご様子承りますますれば、殿には天奏饗応使のご大役、且つは高家筆頭吉良上野介殿と、御心合で屢々手違いが有り、

まして、今日は大切なお日柄の事由え、何か良からぬ変事の起こりはせんかぁ?心配に御座る。兎にも角にも、じっとしている場合では御座らんぞ!各々方。」

彌兵衛の進言に、一同『さも有りなん!』と、芝の愛宕にある大明神へ「武運長久」「息災延命」の祝詞を脩し、別当は護摩を燃げて、一心に祈りを捧げた。

然るに、その護摩行の最中に、火が跳ねて、不吉にも、「武運長久」「息災延命」の八文字のお札を焼いてしまったと言う。

浅野家中では、内匠頭の安否を心配し、俗に虫が知らせると言うのか、兎に角、じっとして居られないと、一同、神に祈りを捧げた。


是より先、内匠頭長矩は殿中に出仕致して、天奏饗応使の役目を全うする事になる由え、種々斡旋をしている。

万事、解らぬ事、不慣れに迷いの有る時は、師匠番である、上野介の所へ出向き、逐次指図を仰ぐのだが、

同じ役目でありながら、伊達左京亮殿のようには、都合よく事が運びません。

内匠頭「アイ、お師匠番様、お尋ねしたき儀之れ有り申しまする。今、宜しゅう御座いますか?!」

と、内匠頭が尋ねますれば、憎っき浅野めぇ!と、蔑むような流し目で睨みまして、

上野介「何の御用か知らねども、暫くお控え下さい。」

と、廊下に手を付き土下座する内匠頭を放置して、平気で厠などに席を立って仕舞います。

其れでも、内匠頭は『するが堪忍!』と、じっと我慢で待ちますと、

上野介「内匠頭殿、すまぬがお洗手をお願い致しまする。」

と、ニヤっとして、汚い手を差し出して、濯ぎを待っております。

余りの無礼に、内匠頭が震えながら、我慢をしていると、又しても追い討ちを掛けて参ります。

上野介「内匠頭殿、お洗手をお願い致すと申しておる、呑み込みの悪い御人だ!

其処許(そこもと)は、従五位の上、朝散の太夫、拙者上野は従四位の少将、

その御先祖と申さば、其処許は尾州名古屋郡浅野村の百姓!浅野彌平なる人、拙者は清和源氏の流れを汲む、上様とは親戚筋に当たる武士。

つまり、拙者は雲上人の血筋であり、其処許は百姓の血筋だ!よって、手を濯いて呉れと申しておる!アッハハ〜、アッハハ〜!」

流石に、自身の言葉に酔いしれて、言い過ぎたか?と、ハッとしたが、あくまでも不遜の上野介で御座います。

そのまま、手を清めて立ち去ろうとしましたが、内匠頭が、語気を強めながら、再度、申します。

内匠頭「お師匠番様、先の件、まだ、答えをお聴きして御座いません。何卒、お指図お願い申します。」

上野介「何事ですかぁ。。。只今、御用多忙につき、後刻、暇を見てお指図致します。」

と言って、上野介は立ち去り、内匠頭も、何んとか怒りを我慢して、控えの間に下がるのだが。。。


軈て、老中から出された『奉書』が、問題を引き起こします。『奉書』とは、幕府における指図書、命令伝達書の非常に畏まった形態です。

そして此の『奉書』には、東山天皇の勅使・柳原資廉・高野保春、及び霊元上皇の院使・清閑寺煕定の三名に対して、

此の度の江戸訪問、特に綱吉公の御生母・桂昌院様への官位一位を賜った事への返禮の言葉を、綱吉公が本丸御殿内の白書院で勅使に奉答する予定で、

この為に、饗応を差配する品川豊前守、大友近江守、師匠番の吉良上野介、そして、天奏饗応使の浅野内匠頭と伊達左京亮に対し『奉書』が出されました。

『奉書』伝達の為、其処に名の連ねられた品川豊前守以下五名が、殿中松之間に集められた。

すると、上野介は、直ちに賜った『奉書』を手に取ると、連名の各人一人一人を、松之間の廊下側の隅に呼び、この『奉書』を見せながら、何やら耳打ち致します。

然しながら、内匠頭だけには、決してこの『奉書』を見せようとは致しません。然るに、品川豊前守と言う人が、是を気の毒に思い、内匠頭を呼び寄せて、

品川「御用向きの御奉書なれば、貴殿の名前も連名に御座いました。貴殿のお名前も在ること由え、急ぎ拝見なされよ!」

と、助言して呉れました。其れを聴いた内匠頭は、吉良上野介に向かって、

内匠頭「連名の御奉書が出たと、品川様より伺いまして御座います。お師匠番様、私にも、御奉書を拝見させて下さい。」

と、言って両手を差し出して、その場に平伏した。すると、上野介、

上野介「之れは其処許(そこもと)などに軽々しく見せられる物に有らず。」

と、言い放って、『奉書』を懐中へ仕舞って了う。是を見た内匠頭は、

内匠頭「暫く!左様では御座ろうが、拙者の名前も在ると、品川豊前守様より伝え聴きまして御座います。

且つ、之は御用の向きに関わる事に御座いますれば、是非とも、拙者にも拝見させて下さい。宜しく、平に!平に!お願い奉りまする。」

上野介「何を言われましても、其処許には見せる訳には参らぬ!邪魔だ、お下がり召されい!!」

と、言い放って、その場を廊下へ出て行こうと致しますから、内匠頭は上野介の裾を押して、

内匠頭「いや!暫くお待ち下され、如何なれば、同じお役目を勤める拙者に対し、かくはお隠しめさるゝぞ?!奇怪千万の次第、ご料簡の程伺いたい!」

と、詰め寄った。『地蔵の頭も三度撫でれば腹が立つ!』と申しますれば、余りの無礼に内匠頭は拳を造り、歯を真一文字に結んで、上野介を睨み付けました。

血相が明らかに変わり、尋常ではない血走った目で睨む内匠頭の様子に、流石の上野介も、驚きビビるのですが、まさか、刀を抜いて斬り付けて来るとは思いませんから、

上野介「何を百姓の分際で無礼者めがぁ!!」

と、言って、持っていた中啓(末廣)にて、内匠頭の大紋の裾を祓って立ち上がります。

更に、是を仰ぎ見て、まだ睨んでいる内匠頭長矩の頬を、この中啓でハッシとばかり打擲し、

上野介「あぁ〜、鮒だ!鮒だ!この鮒侍がぁ!」

と、罵りながら廊下へと出て行きます。大勢が見て居る前での屈辱。内匠頭は、勃然として色を変え、思わず大喝一声!!


覚えておれ、おのれッ上野!


今は既に耐えに堪えた『堪忍袋の緒』は、一時に断絶したものと見えて、内匠頭、轟くと立ち上がる。

其れより早く、結べる烏帽子の紐をプッツり切ると、後方に投げ放ちかなぐり捨てて、腰に差した小刀を、抜く手も見せず電光石火!!

松之間前、松の廊下へと飛び出して、前を行く吉良上野介義央に、「この間の遺恨覚えたるか!!」と叫び、いきなり斬り付けます。

背中を肩から斬られた上野介、傷はさして深くはないが、余りに突然の凶行に、「ワッ!」と悲鳴を上げて、その場に倒れます。

是を見た内匠頭長矩は、「締めた!トドメだ。」と、大上段から二の太刀を振るいますが、

この一撃は上野介の額を見事に捉えますが、烏帽子に入っていた額を押さえる金具が邪魔をして深傷(ふかで)を与える事は出来ません。

ならばと、内匠頭長矩は、三の太刀をと、今度は上野介の喉を突きに掛かり、小刀を逆手に持ち変えて、トドメだ!っと斬り掛かろうとしました。


が!


松之間の廊下には、桂昌院様付きの留守居役、梶川與惣兵衛という人が控えて御座まして、この御人、怪力の大男にて、

上野介の悲鳴を聴いて此の場に駆け付けて、トドメを刺そうと、小刀を振り上げた内匠頭を背後から羽交い締めに、動け無く致します。

内匠頭「誰じゃ?!離せ、離せ!」

梶川「お止め下され、殿中で御座る。」

内匠頭「その声は、梶川殿。お離し下され、武士の情けに御座る。」

梶川「なりません!浅野様。刀をお離し下され!」

内匠頭「おのれ!死ね、上野。」

と、最後に内匠頭が投げ付けた刀も、上野介は悪運強く頭の上を通り過ぎて、次の間の畳に突き刺さっただけだった。


この梶川與惣兵衛、内匠頭と上野介の遺恨の仔細など全く知らず、殿中で刀を抜いて刃傷となれば、その身は切腹、お家は改易と知って御座いますから無我夢中で止めに入るは必定。

この與惣兵衛をして、馬鹿力の粗忽者と揶揄する向きも御座いますが、確かに、與惣兵衛が止めねば、上野介は間違いなく、此の場で殺されて、赤穂浪士の討ち入りは無かったでしょう。

そう考えると、この梶川與惣兵衛と言う人は、『赤穂義士傳』に於いては、かなり大切な役回りの重要人物と言えると思います。


さて、此の刃傷の場面、『アッ!と、驚く茶坊主』が登場します。内匠頭が斬り付けた所から見ているのですが、

絶対に巻き込まれたく無いから、ジッとただただ静観しているのですが、梶川與惣兵衛が止めに入り、内匠頭が凶行を諦めたタイミングで、

「大丈夫ですか?上野介殿!」と、善意の第三者を装って、上野介の傷の手当てを始める強かな茶坊主。

この茶坊主役は、数多い有名人、役者、芸人の中で、私は三遊亭白鳥師匠以外ないと確信します。

まぁ、小心で小悪党。場当たり的で風見鶏。しかも、運だけは持っていて、常に、自分が一番、兎に角、自分さえ宜ければと言う利己的な一面。アッと驚く茶坊主は、白鳥師匠で決まりでしょう。


万事は既に休す。


当然の如く、『饗応役の浅野内匠頭長矩が、高家筆頭、師匠番の吉良上野介義央を、松の廊下にて刃傷!』の噂は殿中を駆け巡ります。

すると、老中方、大目付は上を下への大騒ぎになりまして、当然、上様の耳にも入りまして、このめでたき日に、何んて事をして呉れるんだ!と、内匠頭には将軍様の怒りが集中します。

さて、刃傷の現場は?と、見てやれば、近くに居た諸大名を始め、表坊主にお数寄屋坊主などがまず駆け付ける。

そんな中にも、播州龍野城主、脇坂淡路守、同國のよしみを以って、平素より長矩候とは深い付き合いが御座いますから、

今殿中刃傷と聴いて、南無三!なぜ、その様な事をしでかしたか?と、現場へ飛び込んで見たなれば、血汐に塗れた上野介が、茶坊主の介抱を受けている。

淡路守は、『之が評判に聴く、悪名高い吉良上野介か?内匠頭殿とも揉めていたそうなぁ、いい気味だ、拙者も一つ懲らしめん!』

と、心で呟き、部屋にドシドシと押し入りまして、「之はクリリンの分!」と、上野介が呆気に取られる中、思いっ切り撲り飛ばして出て行きます。


まぁ、こんな有様を見ても、大名諸侯は間違いなく内匠頭に同情的で、殿中にこの時居た人の大多数も、内匠頭に理解を示します。

一方、内匠頭長矩自身はと見てやれば、怒り心頭、『堪忍袋の緒が切れ』、憎っくき上野介を滅っしてやる!と、斬り掛かるも、梶川與惣兵衛に止められて、是を断念。

既に、諦め切って観念し、静かなる境地へ達している様子で御座います。

與惣兵衛より、内匠頭の身柄を預かった目付、役人が、四方より取り押さえて居るのに対し、

内匠頭「拙者は乱心致さぬ。衣服を直しとう御座る。お手を!お手を離されよ。」

と、完全に平常を取り戻された様子にて、お目付役、天野傳四郎、曾根五郎兵衛らに監視される中、蘇轍の間杉戸の後にて控えるようにと言われ、只々、評議の沙汰の下るのを待っていた。

軈て、大目付よりの使者が参り、内匠頭には、素襖大紋を麻裃へ着替えるようにと沙汰があり、お召替えの後、お目付役・多門傳八郎預かりと決まります。

そして内匠頭の身柄は、紅葉の間へ移されまして、当日の趣意を糾弾されましたが、内匠頭は既にご覚悟は定まり、少しも悪びれず、

内匠頭「お上に対しては些かの不満、恨みなど一片も御座らぬが、ただ、吉良上野介には許し難い遺恨が有り、刃傷に及びまして御座る。

よって此の段に対する責めは、如何なるもの甘んじて受けます所存。ご返答申し上げる気は、毛頭御座いません。」

と、首服された。すると、一方の上野介の言い分はと見てやれば、

上野介「拙者、儀、内匠頭より遺恨を受ける覚え之無く。思うに之は一重に内匠頭の乱心が招いた事故。

其れが証拠に、拙者、背後からも手傷を受けて御座います。之が何よりの証拠、何卒、宜しくお取り成しお頼み申します。」

と、あくまでも内匠頭の乱心が原因だと主張したので御座います。

そして、此の報告を受けた若年寄・松平美作守よりの裁定は、上意を汲んで、

美作守「老人上野介は実に神妙にして、受けた傷は喧嘩にあらず。して、一切のお構い無しと致す。手創治療充分に致すべし。」

と、口達されて、御前の首尾残る所なく、自邸へと引き取るのである。

又、梶川與惣兵衛は、其の場の働き神妙なものありと、お褒めの言葉と共に五百石の加増が言い渡されます。

しかし、この裁定は『武士の情けも知らぬ馬鹿は、恥を知らぬ由え、慶んで五百石を受けおった!!』と、陰口を叩かれて、憎しみを受ける事になります。


さて、五代綱吉公は、老中を集めて、内匠頭の処分を評議なさいます。そして。。。

綱吉「内匠頭、今日の所行不届き千万。我がおめでたき日を血で穢すとは許し難し、よって、即日切腹を申し付けよ。」

と、将軍は申された。一同、余りに峻烈なと思いましたが、桂昌院様のめでたい日を血で穢したとまで言われては、返す言葉無く、

一同「ハッ!御意に。」

と、言って引き下がるしか無かった。特に柳沢吉保候は、吉良上野介を此の機会に、喧嘩両成敗で腹を斬らせたかったが、

将軍綱吉の剣幕が余りに激しく、とばっちりを被るのは厭なので、この場は、他の老中と共に引き下がるのでした。

すると、老中の末席ながら、稲葉丹波守正通が一人、意を決して手を上げ、「暫く!暫く!」と口を開きます。

丹波守「内匠頭が犯した罪は深く、法度に照らして見ても、切腹はやむなしと拙者も同意致します。

ですが、播州赤穂五万三千石の処遇については、内匠頭乱心の件も含め、今暫く、慎重に吟味しては如何で御座いましょう?!」

と、云ったが、全く聴き入れられず、内匠頭は駕籠に乗せられて、芝の田村右京太夫方へ預かりとなって仕舞います。

そして、公儀は直ぐに内匠頭切腹の使者として、多門傳八郎を引続き此の任に当たらせて、傳八郎は大検使を拝命し、家来二名を検使に、

又介錯人としては御徒士目付役、磯田武太夫とその配下数名を連れて田村邸へと臨んだ。


さて、この多門傳八郎という旗本、大の大名嫌いで、特に地方大名を仇とばかりに忌み嫌うお人ですから、

田村邸に入り、内匠頭が切腹する場所を検分するのですが、小書院を田村家側はどうか?と提案したのに、

『重き罪人だから!』と言い放ち、その書院前の庭が白洲に成っている所を選びまして、筵を敷き、古い畳をその上に並べます。

そして、この周りを白い幕で覆う様に致しますから、見るからに、大罪人が山田朝右衛門に斬首される様な刑場が出来上がります。そして、是を見た田村家の用人が、

用人「本日、お腹を召される御人は、罪人では御座いますが、一國一城の主で御座います。如何に武士道に基づくお仕置きとは言え、

庭に筵を敷いて、そこで切腹させると言うのは、些か憚られまする。如何なる所存で、室内ではなく庭なので御座しょうや?!」

と、詰問しましたが、傳八郎、冷淡に、

傳八郎「之は御検使、正田下総守様からのご指図です。公儀の決めた事に、田村様はお逆らいなさるのか?!」

と、傳八郎、全く聴く耳を持ちません。

用人「武門の作法をご存知ないのか?此の様な作法にあるまじき行為を、当家内で行われるのは、甚だ解しかねる。」

傳八郎「解しかねると申されるか?このご公儀より大検使を仰せ遣った多門傳八郎が、之れで宜いと言うものを、

曲げて屋敷内で切腹せよ!と、仰せられますか?拙者は、座敷内では仕置にならぬと申しておるだけ、ご理解、頂けませんか?!」

と、傳八郎と田村家用人の間で、切腹の場所を巡る口論の最中に、田村家の玄関番、取次の役人が入って参ります。

この取次が、田村右京太夫に耳打ち、右京太夫、暫く!暫く、と言うと、傳八郎と正田下総守に言上致します。

右京太夫「さて、今しがた播州赤穂、浅野家家臣で片岡源五右衛門なる者が参りまして、主従の暇乞いに一言、主人に面会致し述べたいと、申し玄関先に参って御座います。如何取り計らいましょうやぁ?」

田村右京太夫が申しましたので、争いを中断して、傳八郎が下総守に申します。

傳八郎「正田様、ここは一つ武士の情けを示して、面会を許しましょう。梶川與惣兵衛の二の舞は御免ですから。」

下総守「相分かった。ご勝手になさいませ。」

今の争いが有るから、下総守は苦々しく語気を荒げてこう返します。

傳八郎「しからば、田村殿、早く面会を!」

と言う訳で、浅野内匠頭長矩と片岡源五右衛門高房の面会が許されるので御座います。



つづく