中山安兵衛が頼った江戸の伯父、菅野六郎左衛門は、伊予西条の三万石の城主、松平左京太夫頼純の家来で、青山百人町に道場を構える剣客で御座います。

此の菅野六郎左衛門と言う人は、松平公並びに、同藩の家臣たちからの信頼も非常に厚く、大変、武芸にも秀でていた存在で、御指南番を仰せ付けられていました。

元は、この人も、新発田藩で安兵衛の祖父、安左衛門同様、溝口信濃守に仕えていたのですが、兎に角、曲がった事が大嫌いで、

藩政に付いても歯に絹着せぬ物言いで、上司や重臣連との折り合いが悪かった。更に、兎に角、武家全般に大変な自信家で、

越後の新発田なんぞに燻って我慢などするか!!と、一念発起。自ら浪々となり、江戸表へ出て武芸の修行を重ねます。

そして七年目に自らの道場を持った菅野六郎左衛門は、百人からの門弟を瞬く間に集めて、江戸でも評判の道場主となるのです。

この評判が、松平公の耳にも入り、参勤交代をしない定府大名の松平公の麹町の屋敷へ招待された六郎左衛門は、剣の腕前を披露すると、

是を松平左京太夫が、いたく気に入りまして、直ぐに御指南番として、破格の五百石で取り立てられるのです。


それを妬む輩が、藩内には有って、特に、菅野六郎左衛門が指南番に成る前から、指南番を拝命していた村上庄左衛門の怒りは尋常では御座いません。

落語『井戸の茶碗』にも語られる様に、指南番の上に指南番が来て、『八南蛮』に成った訳で、闇討ち事件に発展する遺恨は十分に有ったと申せます。

更に、村上庄左衛門が五百石より禄高が高いのなら、まだ、自分より下級な指南番が来たと、上から見下せば済むので御座いますが、

庄左衛門は三百石取りなのに、後から採用された菅野六郎左衛門の方が五百石取りでは、怒り心頭となるのも無理は御座いません。

名人、天才は、自ら宣伝や吹聴せずとも、自然にその高名は家中の噂や口コミから広まるもので御座いまして、

最初は、若い藩中の家臣に六郎左衛門の評判が伝わり、次第に重臣、若殿様、殿様へと広まって、次第次第に家中の殆どが六郎左衛門の道場に集まる様になります。

そして、二人の仲を決定的に悪くしてしまう事件が起こるので御座います。其れは、若殿様の誕生日を祝う宴席、桃の節句での事。

村上庄左衛門は、菅野六郎左衛門に恥辱を与えて、藩の衆人の前で見せしめにしてやろうと企むので御座います。


庄左衛門「拙者、若公の愛でたき日に、余興として、得意の『兜割り』の妙技を披露致しまする。

さだめし武芸全般に秀でて居られる、菅野氏も、朝飯前に『兜割り』ごときは、容易く熟されましゅうから、兜は拙者が用意致します由え、腕比べと参りましょうぞ!!」

と、若殿様の御誕生日の、見世物の余興に、『兜割り』を披露して、腕比べと致したいと、村上庄左衛門が言い出します。

しかし、迷惑そうに、村上庄左衛門の方を睨み着ける菅野六郎左衛門でしたが、その場は、この腕比べの座興に盛り上がり、引くに引けない空気が出来上がります。

さて、夕刻になり、誕生日の酒宴が始まると、村上庄左衛門が、桐の箱入りのピカピカに光る、大層分厚い兜を持ち込んで、床の間に飾ります。

そして、集まった藩の衆人たちに、此の兜が、屈強で容易くは割れる代物では無い事を、入念に改めさせるのです。その上で、

庄左衛門「では、拙者から先に参るが、宜しいかぁ?!菅野氏。」

六郎左衛門「構わぬが、お主が、見事に其の兜を真っ二つにした後、拙者には、どの兜を斬れと申されるかな?!」

庄左衛門「拙者が真っ二つにした、残りのどちらかを四半分になされれば、勝負は五分と認めましょう。宜しいかぁ?!」

六郎左衛門「分かり申した。」

こうして、先に、言い出した村上庄左衛門から、兜割りに挑戦するのだが、勿論、狡賢い村上庄左衛門、全く仕掛け無しに素で『兜割り』に挑戦など有り得ない。

態々、浅草奥山の見世物小屋の親方に、五両という銭を握らせて、仕入れて来た、偽の『兜割り』を仕込んである、偽装(トリック)満載の兜を持ち込んで居たのである。

この兜、触ったり木槌で叩いた位では、藩衆人には分からない様に出来ているが、兜を正面から斜め袈裟懸けに、所定の位置を綺麗に刃を入れたら、

誰にでも簡単に切れる様に、鉛を埋め込んだ一寸半程の幅で、溝が入っていて、当然、その溝に沿って切る練習を、何度も繰り返して、庄左衛門は此の場に望んでいた。


しかし、


五、六十人からの観衆が見守る中、藩重役や若殿様なども居て、その万座の席上での『兜割り』に、緊張し捲る村上庄左衛門。


お前は、竈門炭治郎かぁ!!


その位に大きく深呼吸を繰り返して、何度となく素振りをしてから、エイ!!と気合いを入れて、斬り込んだのだが、刀の軌道が鉛の溝から途中逸れて、なんと!三日月の様な微妙な位置で刀が不自然に止まって仕舞います。


「溝が切って在るぞ!」

「何んだ!仕掛けが在るのかぁ!」

「イカサマだ!其れでも武士かぁ!?」

「恥を知れ!其れでも指南番かぁ?!」


と、四方八方から罵声が、村上庄左衛門に浴びせられて、村上庄左衛門、真っ赤な顔で、その場でモジモジ始まり、更に、是位厚かましい輩になると、此の期に及んでも、こんな言い訳をいたします。

庄左衛門「申し訳ない、各々方、弟子に兜を用意させたら、余計な忖度をしおって。。。夏目!貴様、能くも拙者に恥をかかせたなぁ!貴様の様な奴は、破門だぁ!」

と、怒鳴り散らして、村上庄左衛門、門弟の夏目真吾を殴り飛ばそうと致しますが。。。六郎左衛門が間に入り、是を制します。

六郎左衛門「待たれよ!村上氏。余りに、不様に見えまするぞ、兎に角、その兜を持ってお帰り下さい。余りに見苦しい。」

庄左衛門「ははッ?はぁ〜、我が弟子のしくじりに便乗して、『兜割り』から逃げる口実にするつもりで御座るなぁ?」

六郎左衛門「馬鹿を申すなぁ?!逃げたりは致さぬ。」

庄左衛門「ならば、斬れると申すされますか?!」

六郎左衛門「当然だ!」

そう言うと、怒った様子の菅野六郎左衛門。兜から庄左衛門の刀を抜き去ると、正面から直角に兜の位置をずらして、

兜の側面の、全く鉛の溝とは関係ない位置から、『兜割り』を試みようと致します。

ゆっくりと呼吸を整えて、蹲踞(そんきょ)の姿勢から、スッと立ち上がると、上段に構えて気合い一閃。


エイ!!


と、掛け声と共に刀を振り下ろすと、兜を置いた台座ごと、村上庄左衛門が持ち込んだ兜は、綺麗に真っ二つに成ります。

其の兜の断面は、村上庄左衛門が斬って失敗した溝の鉛色とは異なり、鋼色の光沢を放つ切り口で、見物の藩の衆人は、ヤンヤ!ヤンヤ!の喝采で、

その真っ二つに成った兜の切り口と、菅野六郎左衛門の刀に、刃こぼれの一つ無い状態を、マジマジと眺めて、感嘆の声を上げるので御座いました。

流石に、ここまでコケにされ、剣の腕前の違いを白日に晒された、村上庄左衛門は、この場を、舎弟を含め数人の門弟を連れ、早々に立ち去ります。

そして、二日後、松平公にお暇の願いを出して、直ぐに認められ、僅かな功労金を手に、浪々の身と成るのですが、

村上庄左衛門くらいの厚かましい悪党に成りますと、是を身から出た錆とは思いませんで、一重に、菅野六郎左衛門を恨むので御座います。


そして、この村上庄左衛門が頼りました先が、自身の剣術の師匠、牛込穴八幡に町道場を構えて御座ます、中津川勇範と申します剣客です。

勇範「どうした!?庄左衛門、弟の庄次郎も一緒とは?何が御座ッた?」

庄左衛門「実は、カクカクしかじか。拙者の後に指南番となりし、菅野六郎左衛門と申す、青山百人町に道場を構える還暦をとうに過ぎた老剣士が御座ます。」

勇範「おう!青山の菅野道場なら拙者も、聴き及んでおる。其れがぁ、如何いたした?」

庄左衛門「師匠が、どんな具合に噂を耳にされているかは、存じませんまが、この古狸が、飛んでもない山師で御座いまして、

拙者に『兜割り』で、勝負しろなどと挑発し、若殿様の目の前で『兜割り』勝負をさせて。。。兜に仕掛けを施した手妻を使いましてなぁ。

拙者は、何んとか兜に、刀を食い込ませはしたが切れず、菅野の奴は、兼ねて用意の切り溝に、太刀を入れて、見事に自身の力で恰も兜を斬ったかの様に見せたので御座います。

かくして、桃の節句・若殿様のお誕生日の祝宴で、拙者は赤っ恥をかかされて、奴の策略に嵌り、松平左京太夫様より、お暇を頂戴する羽目に成り申した。

かくなる上は、拙者、菅野六郎左衛門に仕返しがしたく、ついては、師匠にご助成をお願いしたく、こうして罷り越しました。」

勇範「何ぃ〜、菅野とは、そんな悪党であったかぁ?!ヨシ、可愛い弟子の為だ、拙者が道場を上げで助っ人致そう。」

と、まぁ〜、丸で自分が仕掛けた『兜割り』の悪巧みを、菅野六郎左衛門が仕掛けて来たかの様に騙して、村上庄左衛門は、師匠の中津川勇範の加勢を約束させます。

そうした上で、青山百人町の菅野道場へ、『果し状』を送り付け、村上庄左衛門と菅野六郎左衛門の一対一の真剣勝負を申し込みます。

その対決の場所が、そうです!『高田馬場』。此れが元禄七年、桜舞い散る三月の事で御座います。


一方、是を受けた菅野六郎左衛門は、売られた喧嘩から逃げる様な人では御座ません。直ぐに、この決闘を受けると返事を致します。

明けて、高田馬場の決闘当日、朝早くから村上庄左衛門と庄次郎兄弟は、長鉢巻に襷姿で、高田馬場に陣取りまして、幕を張り床几に腰を下ろしてワイワイと、騒いで降ります。

勿論、門弟数人と、師匠の中津川勇範を始め、中津川道場からの助っ人が十名程を加えた、十四、五人が、刀や槍、鎖鎌など、思い思いの武器を振り回し、

威嚇練習(デモンストレーション)をして居ますから、多くの野次馬が、五ツ半にもなりますと、集まり此方も賑やかに騒いでおります。


さて、話は全く別の趣きから、此処に播州赤穂五万三千石の浅野内匠頭長矩の家来に、堀部彌兵衛金丸という人が御座いました。

此の人は、至って律儀な人柄で、ご奉公第一と勤めに励み、真面目が着物着ている様なお方で御座います。

その彌兵衛の奥方と、娘のお照殿の両人で、雑司ヶ谷の鬼子母神へと参詣に来た帰り道。この鬼子母神は、子宝と縁結の神様で、

良縁には特に大変、霊験新か!との評判で御座いますから、親子して堀部家の良縁を祈願してのお詣りで御座いました。

お照「妾(ワレ)に良縁を与え賜え、御利益をもって、天下の英雄、豪傑を婿に、授け賜え!!」

と、祈りましての帰り道に御座います。

母と娘二人して、良縁のお札とお守を買い求めて、鬼子母神を出て、丁度、高田馬場に差し掛かると、縁日か?と、思う賑わいで御座います。

野次馬・甲「大変(てぇ〜へん)だぁ!大変だ!」

野次馬・乙「何が、そんなに大変だぁ?!」

甲「喧嘩だか、仇討ちだか知らないが、侍が、十四、五人集まって、幕を張り巡らして、鉢巻姿で、ヤットウの稽古をしてやがる。」


此の野次馬の言葉を聞いた奥方とお照殿は、武家の身内らしく、雄々しき気性なれば、全く怯む様子などなく、

早く決闘が始まらぬのか!?と、野次馬の群れを押し分けて、最前列で幕が張られる正面へと進みでます。

さて、幕の内側はと見てやれば、気合い十分にして、村上庄左衛門、庄次郎兄弟を始め、師匠の中津川勇範、師範代の近藤忠作は、準備運動も整いまして、樽酒で酒盛を始めて御座います。

所詮、この村上庄左衛門や中津川勇範などのような野蛮な輩は、武士道!武士道!と、口では申しますが、本寸法の武士(もののふ)の美しき流れとは天と地、月とスッポンで御座まして、

冷酒を煽り勇気を得るような、不埒な連中で御座いますから、最初(ハナ)から高い志など在ろうはずも御座いません。

庄左衛門「先生!老ぼれ爺ぃめぇ、まだ、出て参りませんなぁ?!」

勇範「まだ、参らぬかぁ〜、ウーヒッ!」

庄左衛門「逃げましたかなぁ?!」

勇範「うーん、あの菅野道場の道場主が、真逆!逃げはせんだろう。刻限は正午なのであろう?まだ、一刻は余裕がある由え、時期に参るであろう。」

庄左衛門「其れにしても、憎っくき相手よ、六郎左衛門!早く来い、腕が鳴る!!腕が鳴る。」

まぁ、太平の世になり六、七十年を数えた元禄年間で御座いますから、果たし合だの決闘だの、見る機会の無い時代です。

ですから、悠長に幕など張り巡らして、お祭の様な態で、野次馬もいよいよ黒山になり、香具師が食い物の店を出す始末で御座います。


甲「また、一段と人が集まり出したぜぇ、兄弟!幕ん中の侍は、十四、五人だが、弓槍、鎖鎌に、刀と鉄砲まであるらしいじゃないか?」

乙「相手は誰なんだ?宮本武蔵か?、荒木又右衛門?、それとも、柳生十兵衛か?!

甲「さぁ、しかし、よくもまぁ〜奉行所、役人は放って於くなぁ〜。」

乙「しかし、もう此処まで酒が入り、十四、五人の方は興奮し切って、いよいよ、荒々しく成ってやがるから、止めに入っても、止まらないぜぇ!」

甲「そうは言うけんど、こんな連中相手に、誰が闘うんだ?相手の顔が見てみたいぜぇ。」

などと、野次馬が、決闘は今か!?今か!?と、待ち侘びておりますと、そこへ一人の老侍が現れる!!


六郎左衛門「やぁ〜、お通し願いたい!先を急ぐ由え、お通し願いたい。」

と、言いながら、袴の股立ちを高くした、老剣士が、幕を張った侍達の方へと分け入って参ります。

甲「爺さん!そんなに前に行くと危ないぜぇ、今から決闘だか、仇討ちだかが、始まるんだ。年寄りが、そんな所でマゴマゴしてると、巻添えになるぜ!」

六郎左衛門「イヤイヤ、ご親切は忝ないが、そこを空けて下され。」

乙「やめなぁって、其れこそ年寄りの冷水だ。本当に流れ矢や流れ弾に当たると、大怪我するぜぇ、爺さん。」

六郎左衛門「誠に、ご親切には感謝致すが、拙者が前に、進まなんと果たし合いが始まらぬ由え、通して下されぇ!」

甲「何んだぁ、爺さん、行司か?!」

乙「果たし合いや決闘に、行司なんて居るのか?!」

六郎左衛門「儂は行司ではない。仇じゃぁ。」

全員「エッ!爺さんが、仇?!何人なんだぁ?爺さんの組は?」

六郎左衛門「何んの拙者一人だぁ。さぁ〜、そこを空けて、通して呉れ。」

甲「爺さん一人?止めときなぁ、あの幕ん中には、十人以上が手ぐすね引いて待ってるぜぇ!」

六郎左衛門「拙者、歳は取り申したが、こう見えても武士。売られた喧嘩は買わぬ訳には、参らぬ。さぁ、お通し願おう!」

乙「本当に、一人で闘う積もりか?命知らずの爺ぃだなぁ〜!」

六郎左衛門「正々堂々の果たし合いよ!」


そう言って、幕の前に菅野六郎左衛門が出て参りますと、幕の内より、バラバラと七、八人の武士が飛び出して参ります。

庄左衛門「来たかぁ!老ぼれめが、今日と言う今日は目に物見せてやる!覚悟致せ、六郎左衛門。」

勇範「之は之は!青山百人町の菅野先生、お初にお目に掛かる、拙者は、之れなる村上兄弟の師匠に当たる牛込穴八幡に道場を構えます、中津川勇範と申す者、

貴殿とは、お初にお目に掛かるが、我らは、村上兄弟の師匠筋で、彼らに合力致す。悪く思わんで呉れ!菅野氏。」

六郎左衛門「ホー、左様で御座るかぁ、貴方がご高名、雷の如く轟き渡る中津川先生。私が菅野六郎左衛門で御座る。」

勇範「さて、この度は予期せぬ出来事とは申せ、勢い己もう得ず、今日に成って村上兄弟より差し出したる所、

流石、百人町に此の人有り!と名高い老人、直ぐにご承諾頂き、此方へ一人でお出ましとは、実にご立派な事と存じる。

付いては、拙者をはじめ我が道場の一門が、兄弟を助成致す旨、此処に改めて申し述べて置きます。」

六郎左衛門「其れは、どうも御念の入り様。各々方が、庄左衛門、庄次郎のご兄弟を助成なさるは、構わぬが、助成なさるからには、此方も手加減は致しませんので、悪しからず。」

勇範「元より覚悟は出来て御座る。ささぁ、汝も、支度めされよ!」

六郎左衛門「委細承知致した。では、参る。」

と、菅野六郎左衛門は、羽織を脱ぎ捨てると、サッと襷十字に綾成して、懐中から白い長鉢巻を取り出し、是を締めて、ゆっくりと雪駄を脱ぎ捨てますれば、此方も支度は整いまして御座います。


さぁ、この様子を見ていた野次馬が驚いた。

甲「オイ!あの爺さん、一人で十五人を相手にするらしいぞ!!」

乙「にしても、あの幕前に行くと、腰の曲がった様子が、シャキッとして、支度も万端、凛とした様子に見えるから不思議だ。」

甲「だがぁ、よー!幾ら何んでも、七十近い爺さん一人に飛び道具まで用意して、十五人で掛かる、あの幕ん中の連中は、卑怯だよなぁ〜。」

乙「あぁ〜、俺たちだけでも、爺さんを応援してやろうじゃねぇ〜かぁ。判官贔屓は、江戸っ子の常、だからよーお。」

甲「アタ棒よ、こちとらも江戸っ子よぉ!爺さん頑張れ!」

乙「幕侍!卑怯だぞ!一対一の勝負しやがれ!それでも、漢かぁ?!」

弱きを助けるのが、江戸の人情ですから、野次馬は、菅野六郎左衛門を、こぞって応援致します。

兎角するうちに、幕の内側から村上兄弟が飛び出て参りまして、長刀を抜いて正眼に構えて、六郎左衛門と対峙し、大きな声で喚き始めます。

庄左衛門「ヤイ!ヤイ!六郎左衛門、能〜く承われ!去る三月三日桃の節句、若君の誕生日、大勢の藩の衆人の前で、我が兄弟に能くも赤ッ恥をかかせて呉れたなぁ〜!

その遺恨、遣る方無く、今日に至り漸く中津川先生の御助成願い、此処に恨みを晴らさんが為に、勝負を致す心底、十分に至り賜え!!」

と、叫び終わると、喰い気味に不意を突こうと、兄弟で同時に斬り掛かります。


しかし、菅野六郎左衛門、ニッこり笑いながら、是を簡単に交わし、言葉を浴びせ返してやります。

六郎左衛門「いよいよ、愚か者よのぉ〜、村上兄弟。馬鹿に付ける薬なく、死んでも治らないとはウヌ等兄弟の事よ、笑止千万!!」

そして、漸くゆっくりと鞘を払いまして、まだ、刀は構えず、右手にダラリと持って居るだけで御座います。

すると、幕の内側より近藤忠作、内山軍兵衛、松下輿五郎などなど、中津川の門弟が七、八人、刀や槍、薙刀、鎖鎌などを片手に、

六郎左衛門をぐるりと取り囲み、十人程で、一斉に討ち掛かる構えを見せますから、野次馬はが『卑怯者!』と、罵倒し始めます。

甲「ヤイ!卑怯だぞ、村上兄弟。助っ人なんぞと言う者は、正々堂々と闘った上で、負けそうになったら出て来るモンだ。

其れを最初(ハナ)から出て来て、一斉に掛かるとは、爺さん一人相手に、恥を知れ!恥を。其れでも侍かぁ〜、貴様等は。」

乙「本当だぞ!卑怯者の大馬鹿モン。豆腐の角に頭をぶつけて、死んじまえ!ベラ棒めぇ。」

と、野次が四方から浴びせられますが、元より、羞恥心など持ち合わせない、兄弟ですから、対角線上に居た、

村上兄弟の舎弟、庄次郎と中津川道場師範代、近藤忠作が同時に、背後と前から一斉に菅野六郎左衛門へと斬り掛かります。

しかし、是も動きを見切った六郎左衛門、前に一歩踏み込んで、正面の庄次郎に小手を喰らわせ、刀を落とさせると、

更に前へと進み、突然、体を180°回転させると、返す刀で気配だけを頼りに、近藤忠作を横一文字に斬り付けて倒して仕舞います。

忠作は、ハッとして下り掛けたのですが、全く間に合わず、『ギャッ!!』と短い悲鳴を上げ、その場に大の字に倒れて、夥しい血を流します。

さて、是を見た村上兄弟、中津川一門は、六郎左衛門を囲んだ円を、少しだけ外へと広げまして、槍を持った内山軍兵衛と鎖鎌の松下輿五郎が、

軍兵衛は槍を片手に腕を伸ばして回し、輿五郎は鎖の分銅をグルグル回しながら、六郎左衛門に襲い掛かろうと致します。

さて、この続きは?どうなりますやら、中山安兵衛は、伯父の六郎左衛門の助っ人として、何時現れるのか?!

大変、盛り上がって参りましたが、残念!この続きは、次回のお楽しみでございます。



つづく