さて、幡髄院長兵衛の講釈ですが、1894年の速記本では、三代目伯山の『幡髄院長兵衛』は、前回の第二十四話「水野邸討入り!」が大団円なんですが、

第二版の1915年の速記本では、この後にスピンオフ的な感じで、『白井権八傳』が五話追加されております。

そして正に、今回お送りする「白井権八の山賊退治」は、立川談志が落語でもやっているお話で、現役では談春師匠が、師匠談志のまんまやって呉れています。

あの!「お若けぇ〜の、お待ちなせぇ〜」の科白で有名な、芝居でも散々二枚目が演じる『白井権八傳』を、三代目神田伯山の速記からお送り致します。

ただし、談志師匠の落語とは、かなり異なる展開です。


さて、お届けするお噺は、幡髄院長兵衛が、脇役として活躍の芝居でも有名な悲恋の物語。所謂、比翼塚が目黒に御座います。


平井権八郎と遊女小紫の比翼塚 (東京都目黒区下目黒、目黒不動瀧泉寺仁王門前)


つまり、此れから語る物語は、実在の人物で、講釈、芝居では、『白井権八』と呼ばれている因州鳥取侯の家臣は、実名は『平井権八郎』と申します。

そして、此れ又、余談中の余談ですが、比翼塚繋がりの男女は?と、調べてみますと、日本国内は、この八人が確認されて御座います。


・木梨軽皇子と軽大娘皇女 兄妹の比翼塚 (愛媛県松山市姫原 軽ノ神社付近) 

・蜂谷小太郎と紅蓮尼の比翼塚 (宮城県宮城郡松島町 三聖堂)

・八百屋お七と小姓の吉三郎の比翼塚 (東京都文京区 吉祥寺)

・谷豊栄と盛紫の比翼塚 (東京都荒川区 浄閑寺)

・坂田山心中事件の男女の比翼塚 (東京都府中市 多磨霊園)

・吉野太夫と灰屋紹益の比翼塚 (京都府京都市北区 常照寺)

・三勝と半七の比翼塚 (奈良県五條市 桜井寺)

・お夏と清十郎の比翼塚 (兵庫県姫路市 慶雲寺)

そして、国外にも、大戦前は日本國だった台湾にも、この比翼塚が御座います。

心中雪解車事件(中国語版)の鳴戶と梅田末太郎の比翼塚 (台湾 台北市 三板橋共同墓地(中国語版))


さて、是よりお噺申す『白井権八』は、生國は因州鳥取で、その容姿の素晴らしさから、小姓として城主池田相模守光仲の寵愛を、一身に集める存在で御座いました。

そして、この権八は、藩内きっての犬好きであり、家中の同輩から『犬狂人』と呼ばれる程で、

又、同役の小姓には、同じ『犬狂人』の本庄助太夫と言う人物が御座いまして、是が犬好き同士、最初は仲が宜しかったのに、

飼っている犬の強さの事で、何方が強いか?と、事ある毎に言い争いとなり、遂に、互いの犬を決闘させる事になり、

犬同士の果たし合いのはずが、権八の犬が、助太夫の犬を嚙み殺して仕舞うに至り、逆上した助太夫が、権八の犬を斬り殺して仕舞うと、

是をキッカケに、権八と助太夫の決闘へと発展。剣士としては数段腕の優れた権八が、助太夫を討ち取り、死なせて仕舞います。

当然、殿様から愛されていたとは言え、私闘の末に、同輩を斬り殺した白井権八は、藩から処罰され浪人となり、

殿様からの功労金、三十両を持って因州鳥取を出て、妻の八重と共に、東を差して下って参ります。

山陰道を越えて、備前岡山へと抜けて、其処からは、山陽道、東海道と泊まりを重ね重ねて、旅を進める白井権八と妻の八重ですが、

箱根の山を越える辺りで、八重の足が動かなくなりまして、峠道を、泊まる宿もなく困っておりますと、其処に一軒の荒屋を発見致します。


地獄に仏


と、民家を見付けたつもりになった白井権八。この荒屋に一夜の宿を願おうと致しますが、其処は山賊の巣で御座います。

知らずに飛び込みますと、快く「休みなさい。」と奥の部屋を貸して呉れて、休みなさいと布団も貸して呉れる。

一安心と、二人が寝ると、深夜九ツを過ぎますと、ぞろぞろと、人相の宜しからぬ獣の皮のチャンチャンコを着た連中が、集まって参ります。

賊の頭目の名前は『雷ノ政右衛門』。その手下には、閻魔ノ堂六、赤鬼ノ喜兵衛、青鬼ノ甚八、斬られノ三太、向う見ずノ啓太郎、

そして暗闇ノ丑松など、荒くれものが、五、六人車座になって、何やら密談をしております。其れを隣の部屋で耳を澄まして聴いておりますと、

二人を殺して、持って居る金品を奪う算段を始めますから、思わず、八重がビックリして声を上げて仕舞います。

さて、白井権八!唐紙を蹴破り、隣の部屋へ斬り込めば、三、四人なら瞬時に片付けられますが、六人ともなると、八重の事が心配です。

ここは、まず、八重を少しでも遠くへ逃がす事が先決だと、後ろの雨戸を開けて、庭へと飛び出し逃げようと致します。

隣の部屋の物音が聞こえた政右衛門一味。直ぐに隣へ踏み込んで見ますと、引き入れた鴨の二人が庭へ降りて逃げようとしている最中です。


逃がすな!捕まえろ、野郎ども。


政右衛門の号令で、閻魔ノ堂六と、赤鬼・青鬼の四人が庭へと飛び降ります。政右衛門は、木こりが用いる鉈の様な柄物を持ち、残る三人の武器は匕首です。

力任せに、鉈を振り回す政右衛門の動きを見切った白井権八。正眼ねの構えから、鉈の柄を打ち払うと、横一線! 政右衛門の首を斬り落とします。

流石に、首領の政右衛門がアッと言う間に討ち取られた、手下三人に動揺の様子が伺えます。三人は、やや広がって一気に襲い掛かる機会を狙いますが、

次の瞬間、権八が真ん中に居た、閻魔ノ堂六に面を打ち込み頭を真っ二つに割りますと、その夥しい返り血を浴びた、赤鬼と青鬼は、

完全に戦意を喪失して、その場で動けなくなります。是を見た白井権八。返す刀で、赤鬼ノ喜兵衛を袈裟懸けに斬り捨てると、青鬼ノ甚八は、匕首を権八に投げ付けて、その場から逃げ出します。

是を見た権八は、「逃がさぬ!」と叫んで、跡を追い、背中から青鬼ノ甚八を、刀で突いて串刺しにして仕留めます。


さて、権八が八重は何処まで逃げて呉れたやらと、庭へと戻りますと、まだ、竹藪の入口で立ち止まり、

この惨劇で盗賊たちが、自分の夫に斬り殺される姿を見て、恐怖のあまり身体が動かなくなっておりました。

白井権八は、何んとか八重を落ち着け様と側に寄って言葉を掛けてやりますが、生まれて初めて人が斬り殺される場面を見た訳で、

早々簡単に平常心には戻りません。すると、其処へ、斬られノ三太、向う見ずノ啓太郎の二人が竹槍を持って現れます。

三太も、啓太郎も、兎に角、向う見ずな狂人(クレージー)で、怖いもの知らず。「よくも親分と仲間を殺して呉れたなぁ!」「仇を討つから覚悟しろ!」

と、狂った様に、長い竹槍を、糞力で振り回して掛かって参ります。しかし、白井権八。冷静に是を交わしながら、

まず、斬られノ三太の足、脹脛と脛を斬り付けて動けなくし、向う見ずノ啓太郎には、竹槍を真ん中から真っ二つに斬り、武器を使えなく致します。

そうして置いて、二人の首を跳ねて討ち取りますが、更に、首が二つ落ちるのを見た八重は、前にも増して錯乱し、庭から建屋の方へ駆けて行きます。


すると!!


其処には、盗賊の中で一番の巨漢、暗闇ノ丑松が待ち受けて居て、八重を゛ひょい!〟と肩に担いで、庭とは真逆な、谷の方へ八重を連れて逃げ出します。

是には、白井権八も慌てまして、丑松の跡を追いますが、五、六軒の距離の差がなかなか詰められません。

しかし、幾ら怪力巨漢の丑松とは言え、七、八丁ばかり走りますと、八重を抱えておりますから、軈て、権八に追い付かれてしまいます。

権八「八重を離せ!下郎。」

丑松「親分と仲間、六人を殺して於いて。。。この女(アマ)も仇だ!死ねぇ〜。」

と、抱え上げた八重を、丑松は、目の前の谷底へ投げ捨てます。「厭やぁ〜」と言う悲鳴に似た八重の声が真っ暗な谷底に木霊し、消えて行くのを見せられた、白井権八。

権八「何をしやがる!もう、許さぬ。」

と、再び、刀を抜いて、暗闇ノ丑松に斬り掛かり、抜き胴を浴びせて、腹を真一文字に斬り裂きまして、是を討ち取りますが、

真っ暗な中、箱根の谷から真っ逆様に落とされた、八重の行くへはまだ、分かりません。そして、暫く待って、辺りが白んで来てから、

白井権八は、恐らくは亡くなったに違いない、八重を探す為に、其の谷底へと、険しい岩場を降りて行きました。


しかし、


途中、大きな岩に大量の血痕を見付けた権八。万一、奇跡的に八重は生きているのでは?!と、言う思いを失ってしまいます。

そして、谷底を二刻ほど探し廻りましたが、八重の姿は見付けられず、仕方なく、あの山賊が居た小屋へと戻ります。

そして、再び、旅を続ける支度をして、小屋の中を物色すると、古い葛篭の中に二十両ばかりの金子を発見して、是を路銀の足しに致します。

一日も早く江戸表へ下り、亡くなった八重の追善菩提を弔ってやりたい。そう念じながら箱根山を下るのですが、

山賊とは言え人を七人殺し、その悪党から二十両を奪い、更に通行手形は、夫婦と成っているが、自分独りと成ったからは、関所を通るのは憚られます。

そこで、人気の無い山道、獣道を、山北方面へと大きく迂回して、小田原の宿を避けて、国府津へと抜けて、その日のうちに平塚まで足を伸ばします。


翌日、疲れからか?朝早く立つ事が出来ず、東海道を必死に下ったものの、暮れ六ツにやっと、大森宿へと差し掛かり、月灯を頼りに差し掛かったのが、『鈴ヶ森』


人殺し、助けて呉れぇ〜!!


と、年老いた、男性の叫び声を、白井権八は耳に致します。

さて、咄嗟に大きな木の影に身を隠し、その月灯の向こうを、目を凝らして見てやりますと、身体中に『刺青』をした数人の雲助たちが、

五十過ぎの商人らしき老人を取り囲み、何やら脅迫(おどし)に掛かっております。

雲助「やい!旅の人、俺は水谷ノ亀五郎、こいつは黒田ノ甚吉って雲助、駕籠カキだ!昼間は、鈴鹿音頭を『坂は照る!照る!鈴鹿は曇る。』

何んてご陽気に歌いながら平塚から川崎辺りを百や二百の端下銭を目当てに、流して商売しているケチな野郎だが、

夜中の俺たちは、ちょいと違うんだ!貴様のような呑気な旅人を見付けた日にゃぁ〜、大きな声と強面で脅迫(おどし)に掛けて、酒手を恵んで貰おうって商売に早替わりさぁ。

お前さんが、平塚、藤沢、神奈川の三宿で集金した銭を懐中にたんまり持っているのは、ちゃぁ〜んと知っているんだ!

二、三百両は、持っているのはお見通し、全部寄越せと阿漕な事は、言わないから、痛い目を見ないうちに、半分だけ置いて行きなぁ!

左もないと、俺たちゃぁ〜江戸っ子だ!気が短いんだ!此処、鈴ヶ森はご存知、処刑場だから、貴様も仏にして、一緒に並べる事になるぜぇ!!」

商人「済みません!雲助さん、人違いです。私は、集金の銭など持ち合わせておりません。お助け下さい。人違いです。」

亀五郎「やい!爺さん。この後に及んで、白を切るとは、宜い度胸だ!野郎ども、遠慮は要らねぇ〜、爺さんを可愛いがってやれ!」


さてこの時代、首斬りの処刑場だった『鈴ヶ森』は、悪い雲助たちの巣窟で、夜に通る旅人が有れば、徒党を組んで襲い金品を巻き上げるという事件が横行しておりました。

そして、其処へ通り掛かった白井権八。可哀想な商人だと思いますし、内儀の八重を殺された箱根の山賊の一件も跡を引き、

此の雲助たちに、木の影から飛び出して行き、立ち向かうのです。

権八「待てぃ!!」

亀五郎「何んだ!三品。何者だ?!」

権八「拙者は、通り掛かりの旅の武士だ。そこの町人の叫び声が聴こえて、参った次第だ。 さて、町人。此処は拙者に任せなさい。立ち去るが宜い。」

商人「ハイ、有難う御座います。」

と、年老いた商人は、一目散に品川方面へと逃げ出します。

亀五郎「何んて事をして呉れんだ!この三品。野郎ども、この三品に、鈴ヶ森の恐ろしさを教えてやれ!!」

そう言うと、駕籠用の棒や、匕首を抜いて、身体中刺青だらけの雲助、八人が、白井権八目掛けて襲い掛かりますが、

権八が刀を抜いて、棒切れを振り回し襲い掛かる、亀五郎と甚吉の二人を一刀両断に斬り捨てて仕舞うと、

残る六人は、命有っての物種、雲助だけに、蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げ去ります。

さて、刀を鞘へと納めた白井権八。其れにしても、自らの命を守る為とは言え、僅かに、三日余りで、悪党とは申せ、九人を殺した。

人助けの度に、この様に人の命を奪うのが、江戸表と言う所なのか?人を斬る事に、何んの躊躇いも無くなる自分が、少し怖くなる様に感じる権八でした。

そして、品川へと自分も進み掛けた、藪の影に、人影が御座います。「誰だ?!」と、見てやれば、其処にはさっきの老人の姿が御座います。

権八「お前は、先程の町人!?如何いたした。」

町人「いえ、命をお助け頂き、お礼がどうしても言いたくて、此処で様子を見ておりました。」

権八「左様であるかぁ、まぁ、相手は雲助だ、礼を言われる程の事はない。どうせ、降り掛かる火の粉。払って当然の輩だぁ。」

町人「私は、江戸は浅草、山ノ宿で呉服屋を営みます、彦兵衛と申します。お武家様も、江戸へ参られるのですか?」

権八「そうだ、江戸へ参る。拙者は、因州鳥取藩の浪人で白井権八郎と申す。」

彦兵衛「其れでは、池田相模守様のご家中。江戸屋敷へ参られまするか?!」

権八「いいえ、訳あって浪人の身だ。江戸屋敷へは参らん。」

彦兵衛「まだ、お若いのに、ご苦労をなさってますね。江戸は何処か、宛が御座いますか?」

権八「いいえ、宛は御座らん。取り敢えず、馬喰町辺りで宿を取る積もりだが。」

彦兵衛「それなら、家に来て下さい。命の恩人ですから、落ち着き先が決まるまで、お世話をさせて頂きます。」

権八「其れは忝い。宜しくお頼み致す。」

と、そんな訳で、因州鳥取藩を浪人となった白井権八は、ひょんな事から『鈴ヶ森』で、雲助に襲われていた、

江戸浅草の呉服商、彦兵衛を助けた縁で、此の彦兵衛の家に暫く世話になる事となりますが、果たして、この続きは次回のお楽しみと相成ります。



つづく