狭い路地裏で、幡随院長兵衛、唐犬ノ権兵衛達に挟み撃ちにされて捕らえられた侍。山岡頭巾を取られて、その面体を晒されます。

長兵衛「おい、誰かこの野郎を見たことの有る奴は居るか?!」

と、長兵衛が一同に声を掛けると、その時、勝手口から、編笠を被った人品の宜しい武家が庭へと入って来て、笠を取ると!それは山脇荘右衛門でした。

長兵衛「之は先生!」

山脇「聴いたぞ、長さん。 水臭いなぁ、清兵衛親分と櫻川関が賊に襲われて見罷ったそうだなぁ、本当にご愁傷様である。

それにしても、酷く戒められとるなぁ、松の木に。。。はて、お主は『長澤庄九郎』殿。」

長兵衛「この野郎を、知ってんですか?先生!」

山脇「知っているもなにも、儂の兄の道場で一緒だった男だぁ、今は、八千石の大身、旗本御三家を気取る、水野十郎左衛門殿の指南番の一人だぁ。」

権兵衛「やっぱり、水野の家来ですぜぇ、元締。 どうしますか?」

山脇「この男は、中々、口は割らぬぞ、権兵衛。 それより、懐中は探ったか?」

権兵衛「いいえ。」

山脇「殴ったり、蹴ったりするよりは、懐中を探り調べて、更には、この男の家に参って、内儀を騙して上手に家探しするのが寛容かと存ずるがぁ。」

長兵衛「そいつは名案ですね。流石、先生だぁ。」

山脇荘右衛門の助言も有って、懐中の紙入れを見ると、水野十郎左衛門からの手紙が早速出て来て、

『昨夜の闇討ちの真相を幡随院がどこまで知っておるや?急ぎ探索せよ!』、と、命令した事が知れる。

更には、長澤庄九郎の家を家探しすると、事前に、水野十郎左衛門の提案で、

万一、黒鷲が櫻川に負けた場合の手立を、この長澤庄九郎が考えて、

今回の闇討ちも、用意周到に準備していた事が、全て露見致します。

此処に及んで、幡随院長兵衛から、水野十郎左衛門との手紙を時系列に並べて、厳しく問い詰められた長澤庄九郎。

もう逃れられないと観念し、自らが竹槍で、背後から櫻川を刺した事まで、全てを供述し、告発状に署名して血判に及びます。


そして迎えた、櫻川五郎蔵の四十九日の法要。

長兵衛「母上、どうしても水口の在へお帰りでぇ?!」

母「ハイ、水口にはもう、縁者は残って御座いませんが、私と五郎蔵が住んでいた時代の庄屋様が、造り酒屋の隠居として健在で、

そのご隠居が寺方に隣接して庵を構えて御座いましてねぇ。そしてその寺で五郎蔵の墓を預かって呉れると言うので、

私ももう余生は長くは御座いません。だから、生まれ故郷に戻り、息子の墓守をしながら、静かに暮らしたいと思います。」

長兵衛「お袋さん、水口は、造り酒屋が沢山有って、たいそう賑やかな宿場だそうですねぇ。アッシは残念ながら行った事がないが、

近江國の隣、伊勢亀山で此のお葦さんは生まれなすったそうで、それはそれは水口はお酒が有名だと言っていた。」

母「ハイ、それで造り酒屋のご隠居が、是非とも銘酒『櫻川』を、水口で造って流行らせたいと、

そう仰って呉れて。。。私はそのお手伝いをして余生を送りたいと思います。」

長兵衛「そいつはいい。お袋さん! アッシも贔屓にします。そして、江戸で流行らせます。 なぁ、小平!!」

小平「勿論です。 アッシは『櫻川』しか呑みません!」

そんなこんなで、噺はトントン拍子に決まりまして、十日も過ぎますと、櫻川五郎蔵の母は、江戸を離れて故郷水口へと戻って行きます。

水口の造り酒屋からは、若者が二人道案内に付いて、お袋さんの世話役だった小平とお葦の夫婦を幡随院側の後見として付けてやります。

お葦「元締!何んです? 私じゃなくて、ウチの人に用だったんじゃありませんか?」

長兵衛「違う!違う!是非、お葦さんにと思ってねぇ、之は道中の路銀。小平に直に渡すと、二十両ばかり偽る(抜く)といけないからぁ。お葦さん!お袋さんを頼んだよ。」

お葦「エッ!こんなに。。。切り餅が二個(五十両)! お母上様は、疲れないようにゆっくり旅させます。」

長兵衛「くれぐれも無理させないで呉れ。今は、俺のお袋だから。」

お葦「ハイ、元締。」

法華の親分を捨てて、幡随院にやって来た、この庵崎ノ小平を長兵衛は大いに買っていた。そして、是までの功績に感謝をしていた。

更には、その小平を支え、今度の事では、櫻川五郎蔵の母を一番大事にして呉た小平の内儀、お葦にも礼がしたかった。

小平「では、お袋様を水口まで、送って参ります。 元締!必ず、二月で帰って来ます。ですから、それまで水野の野郎との喧嘩は待っていて下さい。お願いします。」

長兵衛「あぁ、判っている。お前、抜きで仇を取りに行ったりしないから、安心しろ! それより、お袋さんとお葦さんの事だけ考えて水口へ行って来い!

それから、倅の小吉は半七が面倒みるそうだ。寡の俺よりは適役だ!」

小平「ヘイ、何から何まで有難う御座んす、では行って参ます。」

こうして、まだまだ暑さの残る六月。櫻川の母親を産まれ故郷へ送り届ける為に、幡随院一家の番頭!小頭の庵崎ノ小平は夫婦で水口へと旅立った。


さて、小平たちを送り出した幡随院長兵衛。直ぐに、水野十郎左衛門を襲撃する準備に取り掛かります。

まず、正面切って生き証人である、長澤庄九郎を盾に、水野十郎左衛門の指示で櫻川五郎蔵とブツクリの清兵衛に闇討ちを仕掛けたと公儀(おかみ)に訴え出ます。

是は評定所への直接の訴えで、町奉行、大目付には、本多大内記政勝公からの予めの口添えもあり、たとえ八千石の大身旗本、水野十郎左衛門と言えども、

評定無しで、訴えを門前払いには出来ず、二度、三度と、評定所へ呼び出されて吟味を受けましたが、長澤庄九郎は確かに当家家来として召し抱えていたが、

素行不良を理由に、事件の数日前に解雇していた。其れを逆恨みして長澤庄九郎が幡随院長兵衛と結託して起こした狂言だ!と、主張したのである。

結局、一月ほど吟味は続いたが証拠不十分で、水野十郎左衛門に対して、評定所としては厳重注意程度で済ませるのだった。

当然、この結果に幡随院長兵衛と、その子分達は納得がいかず、遂に、水野邸襲撃の計画が水面下で準備され始めた。

実行役には、幡随院一家でも腕の立つ命知らずの三十二人が選ばれた。そして、三十二人を四つの班に分けて、八人が組となり綿密な襲撃計画練られるのである。

一番隊・イ組は唐犬ノ権兵衛隊長、二番隊・ロ組は夢ノ伊知郎兵衛隊長、三番隊・ハ組は橋場ノ半七隊長、そして本隊には、幡随院長兵衛総大将と赤鬼、白鬼など精鋭が集められた。

こうして、集められた三十二人は、八人単位の組で、寝食を共にして、ありとあらゆる場面で、息と間が合う関係を作るように訓練されて行くのである。

そして、小平とお葦が、沼津まで着いた頃、幡随院長兵衛は、三十二人の精鋭を集めて、最後の晩餐を執り行うのである。

長兵衛「いよいよ、明後日、水野十郎左衛門の屋敷を襲撃する。襲撃に参加するのは、あくまでも三十二人だけだが、

この日まで、水野邸に潜入して、屋敷の見取り図を作って呉れた八五郎たち、そして、出来るだけ水野十郎左衛門、一人を打ちたい我々の為に、

水野邸が、最も手薄になり、無益な殺生をせずに済む、明後日という決行日を探って呉れた伊右衛門たち、皆の力が有ったからこそ、

我々三十二人が、命を賭して戦えるのである! 本当に、俺は皆んなに感謝している。」

全員「オーウ!」

長兵衛「では、最後に俺を含む三十二人には、渡す物がある。明後日は、之を着て水野邸へ討ち入る事とする。」

そう言って、幡随院長兵衛は、三十一人の襲撃役の子分達に、白い羽二重で拵えた『死装束』を配り始めます。

流石に、名前を呼ばれて、この死装束を渡された面々は、身の引き締まる思いで、兎に角、水野十郎左衛門の首を取ってやるぞ!と言う意気込みは恐ろしいものがありました。


そんな結団式の翌日朝五ツ、長い竿の、なかなか江戸でもお目に掛かれない立派な黒塗り駕籠、その竿の真ん中には、『澤瀉』の家紋が入って御座います。

仲間奴が一人、草履取りで付いておりまして、駕籠の前を捌きながら、屈強な担手が駕籠をゆっくりゆっくり進め、幡随院長兵衛の家の前に止まり、

麻裃を付けて、仙台平のこげ茶色の袴姿、歳は還暦を過ぎた様子で白髪まじり、そんな老臣が、駕籠よりゆっくりと出て、白い足袋に草履履で門を潜り、玄関で声を掛けます。

老臣「御免! 御免!下されぇ。」

取次「ヘイ、どちら様で御座いましょう?」

紋が紋だけに、取次の子分も緊張が走りますが、『澤瀉』は水野家だけでは御座いません。何処かの大名筋から『屋敷渡世』の仕事の噺かもしれないのです。

老臣「拙者、水野家用人、水野主水と申します。 元締、幡随院長兵衛様がご在宅であれば、お目に掛かりたい。」

取次「ヘイ、暫くお待ちを、伺って参ります。」

いやぁ~、何しに来やがった!?水野の家来だ!とは思いましたが、取り敢えず、玄関脇の客間で待たせて、取次の子分は急いで奥の長兵衛にご注進です。

しかし、是を聴いた長兵衛。意外にも驚く様子はなく、「逢うので、客間へお通ししなさい。」と答えます。

取次の子分は、なぜ、こんな奴と、元締は噺をするのだろうと、悶々とした気持ちで、この水野主水と言う用人を案内します。

それでも、決してこんな野郎に、お茶を出したり、煙草盆を持って行ったりはしない!!茶菓子なんぞは、横ッ面に投げ付けてやる!と、怒り心頭です。

客間では、既に下座に長兵衛が座って待っておりまして、水野主水は床の間を背に上座へと案内されます。

長兵衛「どうも、私が幡随院長兵衛です。」

主水「水野十郎左衛門の用人をしております。水野主水重孝と申します。」

長兵衛「おい!お茶と煙草盆を。」

言われた、先の取次の子分が、仕方なく台所へ行きますが、茶を入れる急須を持つ手が震えます。そして、煙草盆には地雷火でも入れてやろうかぁ?!と、

又、悶々としていると、是を見て居た橋場ノ半七が、諭すように語り掛けます。

半七「俺も、似たような経験を、法華ノ長兵衛ん所で昔味わったぜぇ。出入(喧嘩)の支度をしていたら、お定まりの『喧嘩状』を持って、敵の子分が来たんだ。

すると、親分が「生かして返せ! 譬え仇が来ても口濡らさず帰すな!」って、その野郎に湯吞で酒までご馳走してやがった。

この後、一刻もしたら、段平振り回して殺し合う相手に、何でそんなぁ真似をと、そん時は思ったけど。。。分かるかぁ?源治」

源治「分かりません!」

半七「譬え敵味方に分かれている相手でも、仁義を切ったり、挨拶したり、ってそんな場面では中立に接してやるもんなんだぁ。

そんな余裕、ゆとりが無いと喧嘩なんてもんは勝てなんだぁ。分かるか?常にカリカリしていて、宜い作戦なんて浮ばないだろう?

そして、喧嘩の後もあるって事だぁ。昨日まで親の仇と憎んでいた相手を、突然、仲良くしないといけない場面もあるのが、侠客の世界なんだ。

その辺を理解して呑み込めるような料簡にならないと、侠客としては一人前じゃねぇ~んだぁ。まぁ、相手は侍、しかも、旗本だから、難しいとは思うが、美味しいお茶を出してやれ!」

源治「ヘイ、兄貴!」

そう言われて、怒りを殺した源治は、煙草盆を置き、茶を出して、「粗茶で御座んす!」と、胸を張った。


長兵衛「それで、ご用人様が、どんなご用でしょう?」

主水「お願いが御座いまして、罷り越しましたが、出来れば人払いをお願い致します。」

長兵衛「ヘイ、判りました。 オイ、てめぇ~達、次の間へ下がって居ろ。」

長兵衛にそう言われた子分達は、少しためらった。そりゃぁ~そうですよねぇ、死装束で斬り込む相手の番頭格の老臣と元締が二人っきりなんですから。

そして、この水野主水と言う侍、ちゃんと小刀だけは、前に差しておりますから、譬え、九寸五分でも襲われたら、長兵衛が危ない。

仕方なく、その場に居た唐犬ノ権兵衛以下、子分達全員、次の間へと下がります。

長兵衛「之で宜しいでしょうか? では、お願いとやらを聴かせて下さい。」

主水「単刀直入に申します。 水野邸への出入(喧嘩)を中止して頂きたい。」

長兵衛「燃しも、アッシが厭やだ!と、言ったらどうなさいます。」

主水「その時は、拙者、この場で腹を横一文字に斬り果てる事になります。元締に『ハイ』と首を縦に振って貰わないと、水野家八千石がお取り潰しとなり、

我ら一族、家来、使用人、三千人が路頭に迷い、その家族を含めると、一万人の人間が地獄に落ちる事になります。」

長兵衛「其れ由え、頼みに来たと申されますか?」

主水「ハイ。武士(もののふ)として、胸襟を開いてお噺を致し、お願いするしか、道は無いと思って罷り越しました。」

長兵衛「アッシは、ただの町奴ですよ、武士ではない。」

主水「いいえ、正直、貴殿は十郎左衛門よりも武士です。私は『芝居の喧嘩』の時からそう思っていました。」

長兵衛「其れは買い被り過ぎです。其れに、私が引くと思いますか?」

主水「思うとか思わないと言う次元ではありません。一万人が地獄に落ちるか、今に留まれるか?なのです。首を縦に振って頂けるようにするのが拙者の使命で御座います。」

長兵衛「その為なら、死ねると申されますか?」

主水「私一人が死ぬ事で、事が解決するのなら、喜んで死にます。 しかし、元締、貴方はそんな事ぐらいでは引いては下さらない。

拙者が、貴殿を納得させる様な何かをお示し出来ねば、喧嘩に突っ込んで行くお方だぁ」

長兵衛「さて、どうアッシを納得させて下さいますか?」

主水「まず、十郎左衛門に、七軒町の親分と櫻川関に線香を上げさせます。その上で遺族の方々への謝罪をさせます。

次に、醜敵同士ですから旗本奴と町奴が、先ずは互いに出くわさない事が肝要です。そこで、白柄組には、当面の間、最低向こう一年は、相撲と芝居への出入り止めを誓わせます。

そして、最後に、之は私自身のケジメですが、私、水野主水は元締が喧嘩をしないと誓って下されば、この髷を切り仏門に入り、亡くなられたお二人の供養に、残る人生を捧げる所存です。」

差していた小刀を取り、其れを畳の上に置いた水野主水は、座布団を外して、その場で「お願いで御座る!」と、土下座をした。

是を見た長兵衛は思った。まだ、幕府が誕生する前、此の水野主水は戦場(いくさば)で命を懸けて駆け巡って来た生き残りだ!、そうに違いないと。

長兵衛「分かりました、主水殿。明日、水野邸へカチ込む積もりでしたが、貴方の提案を受け入れる形で、この度は、一歩引いて我慢させて貰います。」

主水「有難う御座います、元締。」

と、言った次の瞬間。水野主水は、短剣の鞘を払うと、直ぐに自らの髷を落とした。

主水「此の髷は、元締に!是非、受け取って頂きたい。」


こう言って水野家の用人、水野主水重孝は自分の進退を懸けて、この喧嘩を阻止する事に成功する。

この後、水野十郎左衛門は、ブツクリの清兵衛と櫻川五郎蔵の墓へ参り線香を上げ献花をする。

そして、十郎左衛門は、清兵衛の後家と倅の前で謝罪文を読み上げるかたちで、遺族への謝罪をする。

更に三座の芝居と相撲の現場から、白柄組の姿を久しく見なくはなったのだが。。。


此の後、水野十郎左衛門が、思わぬ行動に出るのである。其れは、表向きは、長兵衛たち町奴との親睦を深めたいから、と言って、

長兵衛を水野屋敷へ単身ご招待と言う作戦に出ます。流石に、こんな露骨な誘いに乗る長兵衛では御座いません。

ですから、居留守を使う、仮病を使うなどして、幡髄院長兵衛は全く誘いには乗ろうと致しませんでしたが、水野十郎左衛門の方も執念く誘いを掛けて参ります。

そして、いよいよ長兵衛が、誘いに乗らないと業を煮やした十郎左衛門は、更に思い掛けない行動に出るのです。それは。。。

牛込から飯田橋、本郷、湯島、池之端から上野、稲荷町、田原町、雷門、そして花川戸と、

水野屋敷から、長兵衛の自宅までのあらゆる辻々に、この様な立札を設けて、幡髄院長兵衛を誹謗中傷し始めるのです。


幡髄院長兵衛こと塚本長兵衛は、その儀卑怯、未練に寄って、何度も使者を遣わすとも、仮病、居留守を使い之を避け、当屋敷へ参る事能わず。出逢い次第、蹴殺す者也。


権兵衛「元締!本当に放ッといて宜いんですか? 旗本の奴ら調子に乗って。。。最近は、芝居小屋の近くを彷徨いて、挑発して来ていますぜぇ!」

伊知郎兵衛「元締が、主水様の顔を立てて喧嘩しないのを幸に、旗本連中は増長し捲りですぜぇ!本当に、放っとくんですか?!」

長兵衛「俺が、約束したんだ。主水殿は髷を落として、仏門に入られたんだ。水野一族の安寧の為に、命を差し出すとまで言われたんだ。

そんな約束を俺の方から破れる訳がないだろう!我慢して呉れ!頼む、権兵衛、そして、伊知郎兵衛。」

権兵衛「努力はしますけど、アッシらも生身の人間ですから、限界ってもんがあります。堪忍袋の緒が切れたら。。。切れない保証は有りませんぜぇ、元締。」


そして、漸く、櫻川の母を故郷に送り届けて、小頭の庵崎ノ小平夫婦が水口から江戸に帰って来た。

小平「元締、今帰りました。」

長兵衛「ご苦労だったなぁ、お袋さんはどうだった。水口に戻って、故郷に馴染めそうだったかい?」

小平「ハイ、造り酒屋の御隠居は親切で宜い人で、あれなら心配ありませんよ。何んと言っても生まれ故郷ですから。」

長兵衛「そうかぁ、そいつは宜かった。さて、小平!帰って早々に悪いが、一つ頼まれて欲しい事があるんだがぁ、聴いて呉れるかぁ?」

小平「ハイ、元締。」

長兵衛「暫く、俺の代行を務めて欲しい。俺は、一人で気ままに、京と大坂見物に行ってこようと思う。

と、言うのも、カクカクしかじか、水野十郎左衛門が執念く俺の命を狙って来る。主水さんとの約束が無ければ、

とっくの昔にカチ込んで、水野十郎左衛門なと、叩き殺してた処なんだが、今回ばかりは喧嘩では解決できん!

そう言う訳だから、俺が身体(ガラ)を交わして居なくなれば、水野とてちょっかいの出し様が有るまい。

そうだなぁ、半年か?一年。西國を巡り見聞を広げて参りたい。本多様の播州姫路十八万石の城下も是非、此の機会に観て於たい。」

小平「分かりました。江戸の商売と権兵衛たち子分の事は、私に任せて下さい。元締が居ないのは淋しい限りですが、間違いが起こらぬ様に致します。まぁ、金持ち喧嘩せずとも言いますし。」

長兵衛「小平!俺は貧乏人だぞ!金持ちじゃない。」

小平「ハイハイ、分かりました。善は急げって申します。二、三日のうちに旅に出て下さい。」

長兵衛「宜しく頼んだぜ、小平。本当に、お前が居てくれて助かるよ。恩に着るぜぇ!小頭。」


こうして、幡髄院長兵衛は、庵崎ノ小平が江戸へ戻るのを待って、入れ替わる様に、生まれて初めての上方見物へと出掛けるのであった。

そして、この西國の旅で、幡髄院長兵衛はあの朝比奈藤兵衛と対峙する事になり、世紀の豪傑二人が激突する新展開は、次回のお楽しみです。



つづく