さて、浅草花川戸の家を出ました幡随院長兵衛は、子分の庵崎ノ小平を連れて、まずは千住へと向かいます。

ここで早目の昼飯を食って、暮れ六ツの頃には、越谷へ到着し初日はこちらで宿を取ります。

そして、二日目は朝七ツ立ちで春日部、幸手、栗橋まで進み、三日目は小山、四日目に宇都宮と順調に旅は進み、

五日目には黒磯へと到着し、翌六日目の昼過ぎに、奥州の玄関口、白河の関を通ります。


卯の花をかざしに関の晴着かな(曾良)


七日目には郡山へ泊まり、江戸表を出て八日目の暮れ六ツ、漸く、目的地の二本松へ到着し、笹屋治助という宿へと泊まります。

小平「親分、予定より二日ばかり早く二本松へは着きましたが、どうなさいますか?!」

幡随院「そうだなぁ、果報は寝て待てというが、取り敢えず、明日は八幡宮の下見に行こう。」

小平「ヘイ、畏まりました。」

二本松は初めての長兵衛と小平である。だから、祭禮が始まる前に、法華ノ長兵衛との対決の場となる八幡宮の下見をしておこうというのである。

二本松八幡宮は、二本松城下の南に位置し、城からは二里ほど離れた場所に在る。長い石段を登ると本殿があり、御本宮は九州の宇佐神宮である。

この日は、八月十日。跡四日後の夜から祭禮の宵山が始まり、この祭の胴元は、新潟の元親船船頭、福神丸の喜太郎が務める事になっている。

既に、祭禮の賽銭を集める勘定場が建っていて、それに隣接する形に小屋が設けられていて、この小屋が賭場となるのだ。

既に、『盆割』と呼ばれる各小屋の配置と、それぞれの賭場を仕切る親分の名前が貼り出されているので、長兵衛はその小屋割表を見ていた。

長兵衛「在った!在った! 法華ノ長兵衛の小屋は西の三つ目の小屋だぁ。」

小平「親分どうします? 宵山の日にいきなり、カチ込みますか?!」

長兵衛「いや、いや、そいつは具合悪い。やるのは、最終日・十七日の夕刻にしよう。」

小平「それまで、どう過ごします?」

長兵衛「胴元の福神丸の喜太郎って親分に、筋を通しに行っておこう。仁義を欠いてはいかんだろう。」

小平「ヘイ。」

長兵衛「あと、二本松藩、丹羽家にも挨拶はしておいた方が宜いだろう。もしかすると、この後、商売にも繋がるやも知れぬ。」

小平「ヘイ。」

まずは、小屋の建設の差配をしている男に声を掛けてみると、福神丸の喜太郎の腹心で辺見ノ虎造の一の子分、峯造という漢であった。

峯造「わざわざ、江戸表から来なさったのかい?」

長兵衛「ヘイ、親の形見。家宝にしている刀で御座いますから、どうしても取り戻したいんです。」

峯造「そうかい、取り敢えず、うちの親分に噺を通しておきましょう。もう少ししたら、こっちの様子を見に参りますから、そん時に紹介致します。」

長兵衛「そうつはどうも、忝のう御座います。」


そうこうしていると、賭場の小屋の出来栄えを確認する為に、福神丸の喜太郎の腹心二人、二本松の龍虎、城山ノ龍次と辺見ノ虎造が揃って現れます。

峯造「親分、ご苦労さんに御座んす。之は!之は!城山の親分もご一緒で、あのぉちょいと、江戸表から来た客人がちょいと噺が有るそうで。」

虎造「どうも、アッシがその峯造の親分で、辺見ノ虎造と申します。以後お見知り置き願います。さて、ご用件というのは、何んで御座んしょう?!」

長兵衛「早速のご配慮有難う御座んす。アッシは江戸は花川戸で、口入屋稼業を営みます、幡随院長兵衛と申します。」

虎造「お前様が、あの幡随院長兵衛さん。屋敷渡世の世界じゃぁ、知らないモンは無いとお聴きしておりやす。

アッシらは博徒なんで全くの畑違いですが、それでも長兵衛さんの噂はこんな片田舎の二本松にも轟いておりますよ。」

長兵衛「いえいえ、まだ本の駆け出しに御座んす。さて、実はかくかくしかじか、そういう訳で先祖伝来の宝刀『彦四郎』を取り返しに、

この二本松へ、子分の庵崎ノ小平を連れて参りました。そして、アッシから『彦四郎』を奪った法華ノ長兵衛が、

この二本松八幡宮の御會式博打に参加していると聴いて出張って来たと云う訳で、

先程、盆茣蓙の処場割に野郎の名前が有るのを見付けて、ご相談に上がったと云う訳なんです。」

虎造「左様でしたかぁ、そんなに悪い野郎とは、露知らず、盆茣蓙の胴ん中に野郎を入れて仕舞っておりやす、如何しましょう?」

長兵衛「取り敢えず、このまま野郎にアッシの存在を知られるのが一番まずいので、十七日の祭禮の最終日までは、胴を取らせて泳がせて於いて下さい。」

虎造「宜ぉ御座んす。では、素知らぬ振りして、胴を取らせておきます。さて、幡随院の元締はどちらに滞在ですか?」

長兵衛「ヘイ、城下の旅籠、笹屋治助さんの所に厄介になっておりやす。」

虎造「では、もし、法華の野郎が動くようなら、この峯の野郎を使いに飛ばしやすから宜しくお願い申します。」

長兵衛「いえいえ、こちらこそお手数をお掛けしやす。ところで、宜しかったら、二本松でお世話になる事だし、お近付きの印に、

福神丸の喜太郎親分もご紹介頂いて、辺見ノ虎造さん、城山ノ龍次さん、それに峯造さんも、笹屋で宴席を設けやしょう。

是非、祭禮で忙しくなる前に、今夜か?明日にでも、宜しくお願いいたします。」

虎造「そいつは有難い。なぁ~兄弟!」

龍次「おう!親分も船乗上がりだから、酒は滅法大好きな人だから。。。それに幡随院の元締と懇意に成れるなんて、夢のようですよ。親分もきっと喜びます。」

こうして、幡随院長兵衛と庵崎ノ小平は、二本松、いや、奥州の顔役である福神丸の喜太郎と、その子分、二本松の龍虎、城山ノ龍次、辺見ノ虎造の三名と親交を深めるのであった。


更に、祭禮の最中は、丹羽家の方へ出向いて、丹羽家重臣、國家老の大谷民部、勘定奉行の一色栄之介、そして大名行列を差配する道中奉行、矢野一馬の三人と面会が叶い、

有意義な仲間奴の口入商談と、十七日、祭禮の最終日に向けて二本松、藩の役人の手配に関する打合せを入念に執り行う事が出来た。

こちらの方は、本多大内記政勝公から、丹羽左京太夫重光公への親書が利いており、兎に角、長兵衛たちに怪我一つさせずに、『彦四郎』を取り戻す算段に協力的でした。

さて、こうして、祭禮の勘定場での御會式博打の主催者と、その警備・警護に当たる役人の両方に協力を取り付けた幡随院長兵衛、

この日の出立はと見てやれば、結城紬額裏の袷に下へ白羽二重に昇り龍の刺繍の長襦袢、盲目縞の友襟の合羽を着し、懐中には匕首一本、鰹節一本、

更に足元はと見てやれば、足袋の裏は牛皮の中敷入りで、指先には綿を詰めて、鼠色の新しい脚絆に草鞋履き、怪我にせぬ様厳重です。

二本松八幡宮の周囲は沢山の出店・テキ屋が出て御座いまして、老若男女、大勢の祭見物と、賭場でガラッポン!勝負、と云う連中が入り乱れて、其れは其れは大層な賑わいで御座います。

さて、西の三番目の法華ノ長兵衛が胴を取る盆茣蓙目掛けて、幡随院は小平を従えての二人連。笠を深く被りまして、中に入り様子を確かめるまでは正体が知れぬように用心致します。

中へ入る入口は、南北に二ヶ所。中は、駒替の勘定場などは無く、そのまんま小判を賭ける御會式博打そのもので、三十人ばかりの客が頭から湯気を出して勝負している。

そして博打は、勿論、丁半で、二つのサイコロを盆茣蓙の上で、もろ肌を脱いで鯉の瀧昇りの刺青見せの壺振りが勇ましい。

そして、盆茣蓙全体が見渡せる位置に、畳を十四、五枚積み重ね、高い位置に座って煙草をプカプカやりながら座っているのが、法華ノ長兵衛。

そして、その両隣に居るのが、元四天王の須田ノ十蔵と今戸ノ権六で、更に、その横に二人の浪人、時山正三郎と吉田玄内です。

長兵衛と小平は、出入口が南北に二ヶ所あるので、それぞれに近い南口に長兵衛、そして北口に小平が陣取りまして、相手の動きを見張っております。

すると、勘働きの宜い須田ノ十蔵が、長兵衛に気付きまして、『之は、彦四郎を取り戻しに来たなぁ!』と、思いますから、小さな声で、

十蔵「親分!幡随院の野郎が、中に居ます。」

と、呟くと、法華ノ長兵衛が脇に置いていた『彦四郎』の刀を、スルスルと手繰り寄せて、是を持って北口の方から駆けて出して一目散の随徳寺!!

しかし、北口には庵崎ノ小平が張っておりますから、逃がすものかと、是を追い掛けて行きます。そして、十蔵は境内から裏山の方へ、人気の無い方へと逃げて行きますが、

小平も逃がすものかと、是を追い掛ける。軈て、十蔵が三、四丁ばかり逃げた所で、追い掛けて来るのが、小平一人と知れますので、

この野郎一人なら、辛い思いをして走って逃げる事もないと、思いましたか? 小高く開けた場所で、小平を迎え撃つかの様に握り拳を固めて立ち止まります。


十蔵「小平!お前一人で、俺に勝てるとでも思っているのか?!」

小平「当たり前田のミネソタ・ツインズ!!」

十蔵「ミネソタ・ツインズだとぉ~、俺は前田は前田でも、前田健太じゃなく、前田智徳だから、東洋カープだ!!」

小平「前田健太も、元は東洋カープだ!!」

十蔵「当たり前田も、最初は『クラッカー』で、次に『UWF』、そして『AKB』、又、渋い所では『吟!』と云う寅さんの義弟のパターンも在った!」

小平「くだらない能書きは止めて、その『彦四郎』を、元締に返せ!!」

十蔵「返せ!と言われて、ハイそうですかぁ、と言えるかぁ!田分け、欲しければ力尽くで取りに来い!!」

小平「元は、同じ釜の飯を食い、法華四天王と言われた兄弟分だったから、情けを掛けているだけだ!

橋場ノ半七は、俺と一緒に元締ん所に世話になっているんだぞ!お前も屋敷渡世に来てみないか?!

こんな奥州で、法華のケツ持ちで賭博打を続けていても、仕方ないだろう?!

屋敷渡世は、宜いぞ! 元締、兄ぃ、などと周囲に慕われて、芝居を見て喧嘩して町奴として生きてみろ!漢冥利に尽きるぞ!十蔵。」

十蔵「何が、屋敷渡世だ! 親分に盃を返した不義理の半端者の癖して、太平楽を云うんじゃねぇ~」

そう言うと、もう我慢ならぬという感じで、手に持った『彦四郎』を一旦、木陰に置いて、小平目掛けて殴り掛かる十蔵。

しかし、小平は体を交わして其れを避けます。そして、両社は組合って、くんずほぐれつ、埃を立てて地べたを転がり捲ります。

そのうち、勢い余って、坂道を下り落ちて、二人共、水を引いた泥だらけの田圃に嵌ります。頭の先から足まで、着物も何もかも、泥んこで真っ黒の二人、

どちらが小平で、どちらが十蔵か分からないような状態で、泥田圃の中でもがき合っております。

すると、幡随院長兵衛が手配した役人が十数人、その場に現れて、小平を助けて、十蔵を捕えようとするのですが、

まぁ、泥塗れの二人。全く見分けが付きません。仕方ないので、役人、二人共縄で縛り、八幡宮の井戸端まで連れて行ってそこで初めて二人の区別が付いて、

こっちが小平だ!と、漸く小平は縄を解いて貰えます。自由になった小平、真っ先に十蔵が木陰に置いた『彦四郎』を取り返し、さぁ、元締に届けよう!と致します。


一方、小屋に残った幡随院長兵衛と、法華ノ長兵衛。法華が用心棒の二人の浪人に、「こいつが悪い長兵衛です。」と、盗人猛々しい事を云います。

まだ、御開帳中の小屋ですが、今戸ノ権六が「賭場荒らしだ!賭場荒らしだ!」と叫び、用心棒の時山正三郎と吉田玄内がギラりと刀を抜いて掛かりますから、

その場に居た、素人の客は、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ出して、侠客の賭博打も巻き添えは厭ですから、その場の銭を掴んで逃げ出します。

是を見た幡随院長兵衛ですが、全く驚く様子もなく、自らも刀を抜いて、時山正三郎と吉田玄内の動きを見張ります。

暫く静寂があって、時山正三郎が先に斬り掛かります。しかし、水鴎流の居合の極意を勝浦孫之丞に仕込まれた長兵衛の敵ではありません。

斬り込んで来た太刀筋を見極めて、その左腕を一瞬で切り落とす幡随院長兵衛。物凄い勢いで血しぶきが上がり、時山正三郎はもんどり打って地びたを這いつくばります。

そして次の瞬間、卑怯にも吉田玄内は、幡随院長兵衛を真後ろから突いて来たのですが、正に後ろに目が在るが如く、間合いに入った玄内の頭を真っ二つにして仕舞います。

こちらは、短いギャッ!と云う断末魔だけ。是を見た法華ノ長兵衛。腰を抜かした様子で、何とか自力で畳から落ちて逃げようとしますが、幡随院が逃がしません。

幡随院「最後に、云い残す事はあるか?」

法華「俺が悪かった!助けて呉れ、幡随院の元締。」

幡随院「駄目だぁ、往生せぇ~法華!!」


横一文字


法華ノ長兵衛の首が天高く飛び、悪党でも血だけは赤い紅で御座います。

其れを見た今戸ノ権六も、腰を抜かして動けませんで、それも長兵衛容赦なく斬り捨ててしまいます。

更に、役人が縄を打たれた須田ノ十蔵を連れて来ると、これも何んの躊躇も無く斬り殺してしまう、幡随院長兵衛。

庵崎ノ小平から、『彦四郎』を受取ると、本当に嬉しそうに笑う姿が、実にさっきまでとは対照的。

どちらの顔も幡随院長兵衛なんだと、改めて思う庵崎ノ小平。この人に一生付いて行こうと思うのであります。

こうして、幡随院長兵衛が『彦四郎』を、法華ノ長兵衛から取り返した噂は、奥州二本松から全国に広まって行きます。

そして、もう町奴の連中に、幡随院長兵衛に逆らうなんて奴がいなくなり、遂に、あの唐犬ノ権兵衛と夢ノ伊知郎兵衛が、

自ら頭を下げて、幡随院長兵衛の元へやって来て、「子分にして下さい!」と、願い出たと申します。

そして、ここで幡随院長兵衛一家に最初の掟が誕生するのです。それは!


鮫鞘の禁止


長脇差、鞘を鮫鞘に出来るのは、元締ただ一人という掟を決めて、幡随院長兵衛以外の身内の町奴は、鮫鞘禁止を掟と致します。

こうして、鉄の結束を誇る町奴、幡随院長兵衛一家が誕生するのですが、次回は、いよいよ、皆さんお待ちかね。

唐犬ノ権兵衛と夢ノ伊知郎兵衛が、水野十郎左衛門の旗本奴と、『木挽町の芝居小屋』で揉める!「芝居の喧嘩」

このお噺を遂にお届け致します。次回乞うご期待!!



つづく