喧嘩だ!喧嘩だ! 喧嘩だ!


と、吉原の大門を出て直ぐの堤(ドテ)八丁では、五人と一人が対峙して、抜き身の刀を構えて御座います。

その周囲を、吉原帰りの客が黒山の人集り。時も丁度大引けですから、野次馬が集まるのも、至極当然では御座います。

そんな中、吉原仲之町のお茶屋『近江屋』の二階、酌婦の女を相手にやっておりましたのが、神田紺屋町、金貸をしておりながら剣術使いの先生と言う、

今時の言い方をすると、二刀流の剣客、山脇荘右衛門が、騒がしい外の様子を眺めながら酒を呑んでおります。

すると、普段より見知った牛太郎、銀次が表を通りますので、是を呼び止めます。


山脇「銀次!戸外(オモテ)が騒がしいが何事だぁ?喧嘩かぁ?!」

銀次「そうです、大門外の堤(ドテ)の上で喧嘩に御座います。」

山脇「火事と喧嘩は江戸の華。毎晩四ツ時分にもなると、喧嘩の五つ、六つ起こらないと、江戸じゃないぜぇ、銀次!」

銀次「然し、先生。今日の喧嘩は役者が違いますから。」

山脇「誰と誰の喧嘩だぁ?!」

銀次「ヘイ、花戸川の幡髄院長兵衛の元締と、同じく町奴の雄、法華ノ長兵衛親分です。」

山脇「成る程、そいつは大きな喧嘩だぁ。此処は一つ仲人が無りせば、双方困ろうのう?!一つ拙者が受けてやろう。」

銀次「馬鹿言っちゃいけませんぜぇ、先生、怪我したすぜぇ?!」

山脇「田分け!俺様を誰だと思って居やがる、怪我など心配ご無用。」

銀次「そいつは凄げぇ~、是非お伴させて下さい。アッシが露払いを致します。」

山脇荘右衛門は、黒出八丈の小袖に博多献上の帯を締めて、黒縮緬の五ツ所紋付の羽織、其処へ短い奴を一本落と差しにして、庭下駄を履いて表へ出ます。

すると角町中万字屋勘兵衛の銀次が待って居りまして、この山脇荘右衛門を連れて、大門から堤へと参りますと、其れは物凄い黒山の人集りです。

是では、なかなか、喧嘩している連中の前に、割って入る事が出来ません。


ところが、銀次が『紺屋町の山脇先生がご到着だ!』と叫んで近付きますと、野次馬の中から、「紺屋町の先生だ!」と歓声が起こり、

丸でモーゼの十戒の様に、野次馬が左右に割れて、山脇荘右衛門が通る道筋が出来てしまうのである。そして、

山脇「あーっ!ご両人、暫く!暫く! この喧嘩暫く待たれぇい! 拙者、神田紺屋町、山脇荘右衛門と申す剣客に御座る。

どうか、双方刀を一旦鞘に収めて頂き、拙者を『仲人』と、認めて頂きたい!どうか、刀を収めて頂きたい!」

幡随院「之は之は、山脇先生!」

山脇「元締、間に合って宜かった。此処は、拙者の顔を立てて、刀を引いて下さい。拙者が仲人を務めるます。」

幡随院「おぉ~、其れは、忝い。宜しくお頼み申します。」

親しいと言う訳ではないが、『山脇荘右衛門』とは初対面ではなく、挨拶程度の面識はある幡随院長兵衛、

無用な血を流すつもりはないので、是幸いと刀を鞘に納めようとして、一つの違和感を感じた。

其れでも、この後、丸の内の阿波様と長州様のお屋敷へ行って、ガラっポンやっている仲間部屋で、

その仲間の手配を差配している組頭と商談する事になっております。だから、喧嘩していたと、先方に知られるのも具合の宜い事では御座いません。

山脇「元締、それじゃぁ明日四ツ半過ぎか?九ツ頃、あらためて神田の私の家へ参って下さい、宜しくお頼み申します。」

幡随院「ヘイ、承知しました。アッシもこれから丸の内へ行かないといけなくて。。。ご無礼致します。」

そう言って、幡随院長兵衛、庄次郎を送らせた田町の越前屋に、自分の分の駕籠も頼んでおいたので、その駕籠に乗って丸の内へと向かいます。


さて、山脇荘右衛門は、もう一方の仲裁先、法華ノ長兵衛たち五人の方に近づいて行きまして、同じく刀を納めて呉れと交渉致します。

法華「之は、山脇先生。お初にお目に掛かりますが、ご高名はかねがね聴いております。 野郎ども!刀を引け。」

言われて、四天王の須田ノ十蔵、今戸ノ権六、橋場ノ半七、そして庵崎ノ小平も刀を納めます。

山脇「法華の親分、早速、聴き入れて頂いて忝い、礼を申す。 さて、ここでは噺が出来ぬ。宜しければ花川戸の親分の家で噺をしたいのだが宜しいか?」

法華「へい、勿論、結構です。狭くて汚い所ですが、先生さえ宜しければどうぞ、ご遠慮なく。 野郎ども!引き上げるぞ。」

全員「へい!」

山脇「銀次、そいう訳で花川戸の法華の親分の家まで俺は出張るから、近江屋の払いを之で済ませておいて呉れ。」

そいうと、山脇荘右衛門、中万字屋の牛太郎、銀次に二両渡して、法華の五人と一緒に花川戸へと向かいます。


一方幡随院長兵衛の方はと見てやれば、阿波様の仲間屋敷へと来てみると、その賭場で七軒町の親分、清兵衛とばったり逢います。

幡随院「こりゃぁ、親分。目は出ておりやすか?」

清兵衛「目が出ていたら、こんな刻限までやってねぇ~よ、長さん。まぁ、あっちへ行って噺するかぁ?!」

幡随院「へい、そう致しましょう。」

と、仲間部屋の若衆に、酒を持って来させて、賭場の隅で、火鉢を囲んで長兵衛は、清兵衛親分に『かくかくしかじか』と経緯を話します。

清兵衛「そいつは、ご苦労だったなぁ。法華ノ長兵衛と言えば浅草じゃいい顔だぁ。喧嘩せずに済むに越したことはない。」

幡随院「山脇先生が、宜いことろで現れて呉れて助かりました。でもねぇ、

清兵衛「でもねぇ? どうかしたのかい?」

幡随院「どうやら、アッシが田町に庄次郎さんを送って行った隙に、必ず戻る証に貸した家宝の彦四郎を、法華の奴等にスリ替えられちまった様でぇ。」

清兵衛「刀をかい? スリ替えられた?」

幡随院「へい、抜いた時に違和感を覚えて、鞘に仕舞った時に確信しました。 いや、刀身だけ入れ替えてあるんだが、之がそんなに悪い刀じゃないだぁ。」

そう言って、刀を抜いて清兵衛に見せる幡随院長兵衛。

幡随院「俺の彦四郎と同じ正宗の系統の刀だぁ。おそらく、正宗十哲の誰かの作かもしれねぇ~。」

清兵衛「確かに法華の野郎、刀道楽で有名じゃぁあるけどなぁ。そんな業物を野郎が持っているのか?」

幡随院「兎に角、取り戻さねぇとまずいんで、明日、仲人の山脇荘右衛門殿の家へ行く前に、法華の親分を訪ねるつもりだ。」

清兵衛「しかし、お前さんも人が宜いと云うかぁ、元の主人家の為によく働くねぇ~。」

幡随院「何んの何んの、今の俺があるのは、全部櫻井様のお陰なんだ。」


さて、法華の五人と山脇荘右衛門の方は、花川戸の法華ノ長兵衛の家に着いておりまして。

山脇「幡随院の方は、丸の内に用が在ると申すから、明日にしたが、法華の親分、なぜ、幡随院と揉めているんだ?!」

法華「なぜって言われると、困るんですが。。。」

山脇「稼業の事か?」

法華「いえ、アッシは賭博打(ばくちうち)ですから、野郎と稼業で揉めるなんて事はありません。」

山脇「じゃぁ、女か?」

法華「確かに、高窓花魁を利用して、因縁付ける形にはなりましたが。。。色恋沙汰での喧嘩じゃ御座んせん。」

山脇「稼業でも、女でもないとすると? 何が原因だぁ?! さっぱり判らん。」

法華「まぁ、漢の意地と申しますかぁ、アッシも世間から『法華の親分』とか『花川戸の親分』とか呼ばれる身分で、

子分だって二、三十人くらいは抱えております。花川戸では一番の顔役だと。。。そこへ幡随院の野郎が後から現れて。。。」

山脇「漢っぷりも、一家の規模も、幡随院の方が何もかも貫目が上なので、お前さんが嫉妬したって訳かい?」

法華「まぁ、平たく言うと。。。そうなります。」

山脇「まぁ、そんな詰らない事で怪我人死人が出る前に、喧嘩が収まったから宜かったが、

あの幡随院長兵衛って人は、本多十八万石の兵法師、勝浦孫之丞から水鴎流の居合の極意を学んで、免許皆伝の腕前だ。

お前さん達が、十人、二十人束になっても、絶対に勝てる相手ではない!!本当に命拾いしたんだぞぉ!親分。」

法華「ヘイ、それは野郎の刀を見たら一目瞭然なんですが、後の祭と言うかぁ、こっちも意地がありますからねぇ。

それで、一触即発になったのですが、そこへ先生が『仲人』で現れて呉れて、命の恩人だと思っておりやす。」

山脇「まぁ考えようによっては、法華のぉ、お前さん宜い喧嘩をしなすった。虎穴に入らずんば虎子を得ず、敢て火中の栗を拾う、お手柄だぁ。」

法華「えッ!?一体、そいつはどいう訳です?」

山脇「判らんのか? 之で幡随院とお前さん、手打と成ると、当然お前と幡随院は盃を交わし兄弟になる。

歳はお前さんが大分上だが、貫目は幡随院が随分上、だから宜くて五分、普通に考えてお前さんが舎弟だ。

ただ、その盃兄弟になると、お前と幡随院は親戚付き合いをする事になる。そうなると、どうなると思う?」

法華「どうなると思う? どうなります?」

山脇「簡単な噺だろう、幡随院は大名相手の口入屋だぞ、その兄弟が賭博打って訳には行かないだろう。

幡随院は、直ぐに動くさぁ。まぁ、間口の五、六軒はある堅気の店を構えさせてお前を表見は商人にするね。

大名家に多数出入りの幡随院だぁ、客先は大名を紹介して呉れる。そしてお前は小間物商売か?海産物か?はたまた八百屋か?

大名に物を卸す商売にお前さんを表見はして、兄弟として釣り合うようにするに違いない。

そうなると、お前は新たに百からの若衆を抱えて、本業でも左団扇だ!月三百両は儲かる親分になる。だから直ぐに庫が建つ。

之はどう考えても、宜い喧嘩をしたと云わない訳にはいかんだろう?法華のぉ。一万両、二万両のお大尽だぜぇ!」

法華「なるほど!そいつは豪気だぁ!!」

と、喜びましたが、一つ後悔している事が御座います。そうです、幡随院の『彦四郎』をスリ替えた事です。

まさか、この喧嘩に仲人など現れるとは思いませんから、素直に『彦四郎』を返すと、全員斬り殺される!

それに『貞宗作』の銘を見て、欲しくて堪らなくなります。盗んでおいて、叩き斬る算段だったが、それも計算が狂った。

盗むに限ると確信した法華の長兵衛。十蔵がバレるからよした方がいいと、言うのも聴かず竜田川。。。

さて、どうしたものか?! もう、丸の内の幡随院にはバレている。。。毒を食らわば皿まで、ここは一番白を切り通すしか御座いません。

当然、仲人の山脇荘右衛門にも、刀スリ替えの噺は致しませんで、このまま黙って、仲裁のお願いだけを致しまして、この日は一旦お引き取り願います。


さて、法華ノ長兵衛。仲人の山脇荘右衛門を帰した跡、直ぐに『お前めぇ~たち余計な事を幡随院に言うなよ!』と、四天王の子分に口止めのつもりで二両渡します。

そして、湯呑を取り出して、ご苦労さんという事で酒盛りを始めるのですが。。。互いに酔って参りますと不満がふつふつと沸き上がります。

二両貰った方は、仲人の山脇先生が「一万両の庫が建つ!」と、言っていたのに二両かよ?!と思いますが、親分の手前、愚痴は呑み込みます。

そして、須田ノ十蔵、今戸ノ権六、橋場ノ半七は帰ろうと致しますが、スリ替え用の刀を提供した庵崎ノ小平は、この二両で我慢できません。

小平「親分、身代わりの刀を提供したアッシも二両なんですか?」

法華「おう、そうだ!俺が悪かった。お前を丸腰にしていたのを忘れていた。ほら、之で代わりの刀を買いなぁ!」

と、法華ノ長兵衛が庵崎ノ小平に渡した金子が、たったの五両で御座います。

小平「親分、何んのつもりの五両ですか?」

法華「いや、兎に角、丸腰って訳にはいかないだろう、その五両で恰好の付くようにしろっていう意味さぁ。」

小平「アッシは嫁さんの親の形見の刀を、親分がどうしてもって言うから出したんだ。それを五両って、洒落になりませんぜぇ!」

法華「だから、取り敢えず、丸腰はまずいから、体裁を整えろって意味の五両じゃないかぁ、足りないなら跡、三両やる、八両だ!文句ないだろう。」

小平「アッシが差し出した脇差は、こんな五両、八両の端金で買える代物じゃねぇ~んだ!冗談は止めておくんなせぇ~親分。」

法華「貴様、誰に向かって口を利いていやがる。俺は貴様の親分だぞ。百姓上がりの三下の癖しやがって、

俺は多摩の田舎郷士だが武士の三男坊だ! 百姓の貴様が、親分の俺の命令が聴けぬと言うのか、此のドン百姓!!」

小平「確かに俺は百姓の倅で次男坊だぁ。でもな俺の実家は庵崎村では一、二の土地持ち農家だ。

だから、持参金と家宝の刀、正宗十哲の一人、美濃國は志津三郎兼氏の作と言われる逸品を下げて武士の娘が嫁入りしたんだ。

そして、本家から二十反ほどの田畑を譲り受けて、十五人の小作人を使って悠々自適な、苗字帯刀の百姓生活を送っていたが。。。

武家筋の嫁を貰っても、呑む・打つ・買うは直らなかった。そして、仲間部屋の賭場で知り合った橋場ノ半七と攣るんで悪さしていると、

兄ぃだの、親分だのと周囲から呼ばれるようになり、そのうち世間様からは『庵崎ノ小平』と二つ名で呼ばれだした。

丁度その頃ですよ、親分!アンタと出会ったのは、もう、女房からは愛想尽かされて。。。本家や妹の嫁先からは出入禁止。

遂に二十反在った田畑は他人に全部取られて、残ったのはあの家宝の刀だけだ。そう!倅に残してやれる財産はあの刀だけになったんだ。

そんな俺に、長兵衛親分が目を掛けて呉れて、半七の野郎は親分の盃をもう貰ったと言うから、俺も子分になった。

そして、法華の親分とこの小平さん!と、呼ばれ出して、今では法華の四天王とか呼ばれるようになりました。

そんな俺でもね、倅にあの家宝の刀だけは残してやりたい!だから、五両や八両の銭で誤魔化されませんからね、親分。」

法華「何にぃ~、冗談で言ってんじゃねぇ~!俺が、何時お前を誤魔化した。 寝言は寝て云え!調子こいてんじゃねぇ~ぞ、ベラ棒めぇ!

お前が丸腰じゃみっともないから、取り敢えず、体裁を整えろ!と親切で言っているのが判らねぇ~のかぁ!!」

そう啖呵を切ると、目の前に在った湯呑を、小平目掛けて投げつけるもんだから、小平は避ける間も無く是を真面に額で受けてしまいます。


「ウぁっ!! 何をしかがる!!」


と、悲鳴を上げて額がパックリ割れてしまう、小平が割れた額を押さえていると、

仲のいい橋場ノ半七が台所へ連れて行き、切れた額を水で流し血止めをして呉れる。

そして、小平を台所の脇の四畳半に連れて行き、そこで二人きりに成って、怒れる小平を宥めに掛かります。

半七「お前が怒る気持ちは判るけど、親分もお前も、相当酒が入っているから、今夜の所は、お前の方から折れて謝れ!

どうせ、明日になると親分は今日の事何んて覚えちゃいねぇ~、ケロッと忘れているから、又、改めて明日、刀の噺はしたらいい、俺も一緒に言ってやるから。」

小平「半七、俺を庇って呉れるのは有難いが、あの刀だけは、直ぐに取り戻したい。俺にはもう、あの刀しかないんだ!

お前には、俺のこの気持ちは判らない。あの親分は、もう、幡随院に『彦四郎』を返すつもりは無い。

そうなると、幡随院も俺の『兼氏』を返すはずがなく、俺はスリ替えに協力損だぁ。」

半七「なぁ、兄弟、そんな短気になるなぁ、今日は取り敢えず謝って、明日又噺をしょう? 親分には俺も掛け合ってやるから。」

小平「半七、お前がこんな故事を知っているか?判らねぇ~が、論語には『過ちては改むるに憚ること勿れ』と言う諺がある。

俺は、死ぬまで法華ノ長兵衛の子分で、お前とは兄弟分で居続けると思っていたが、もう堪忍袋の緒が切れた!!

あんなセコで、因業で、人情の欠片もない親分の子を続けるのは、今日で終わりだ!!盃を叩き返して俺は人生をやり直す。」

「まて、小平!早まるなぁ!!」と、叫んで止めようとする橋場ノ半七を、跳ね除けて庵崎ノ小平は、親分である法華ノ長兵衛に盃を投げつけて啖呵を切ります。


やい!法華ノ長兵衛、今日限りで親でなければ、子でもない。盃を返してやるから、有難く受けやがれ!!

俺には、どうしても家宝のあの刀が必要なんだ!今から、幡随院の所へ駆け込んで、法華野郎は『かくかくしかじか』と、

お前がしでかした悪事と愚行を、全部幡随院に語って聴かせるから、覚悟して待ってやがれ!!

幡随院が、必ず、お前ん所に『彦四郎』を取り返しに来るからなぁ、血の雨が降るから覚悟しやがれ!ベラ棒めぇ~。


そう言って、庵崎ノ小平は、法華ノ長兵衛の家を飛び出して、闇の中へと消えて行きます。是には流石の法華ノ長兵衛も困惑します。

まさか、小平が親子の盃を叩き返して、幡随院長兵衛の所へ駆け込むなんて、想定しておりません。残る三人の四天王と、

この場で、酒の相手をしていたムササビの音吉に、小平を捕まえるように言い付けますが、この晩は逃げられてしまいます。

そして、まだ夜が明けぬ七ツ過ぎまで、子分たちは逃げた庵崎ノ小平を探し続けますが結局見付からず。

法華ノ長兵衛も、子分たちも兎のような赤い目で、一睡もできないまんま、翌日の朝を迎える事になります。

そして、翌朝、五ツを告げる遠寺の鐘が鳴る頃、奥の長火鉢の前で煙草を吸っている長兵衛の処に

ムササビの音吉が偉い血相を変えて、転がるようにして、飛び込んで参ります!!

音吉「大変です! 幡随院長兵衛が来ました!!」

法華「遂に来たか? 小平は? 小平も一緒に来たのか?」

音吉「そいつは。。。判りません。」

法華「判らねぇ~、で、幡随院は何人で来たんだ?!」

音吉「さ、さ、さ、さ三百人です。」

法華「何ぃ~、三百人って。。。こんな朝っぱらから、三百も従えて、来たって言うのかぁ?!」

音吉「じゃないかと思いまして。。。少し大袈裟に伝えてみました。」

法華「いいから、見て来い。」

音吉「ヘイ。」

と、音吉が再度、取次に出た子分に聴いてみると、小平も一緒ではなく、幡随院長兵衛はたった一人で来ていると判ります。

玄関脇の小部屋で少し待たされた幡随院長兵衛。そこへ、満面の笑顔で法華ノ長兵衛自ら出迎えに参ります。

法華「之は之は、朝早くから幡随院の元締、ご苦労様で御座んす。ささぁ、奥へどうぞ。」

幡随院「どうも、早くにお邪魔して。。。恐縮です。」

そう言って、二人は奥の客間へと入りますと、須田ノ十蔵、今戸ノ権六、橋場ノ半七、それにムササビの音吉が下座に控えて御座います。

法華「ささぁ、座布団を充てて下さい。 さて、こんな朝早くにどのような御用でしょうか?」

幡随院「実は、この刀を見ておくんなせぇ。」

そう言って、外見は昨日預けた刀と同じだが、刀身をスリ替えられている小平の刀を、幡随院が法華ノ長兵衛に見せようと致します。

法華「之は、昨夜、アッシがお預かりした、あんさんの脇差ですね。」

幡随院「そうなんですが、中の刀身が別物にスリ替えられていましてね。アッシが堤に戻る時、お前さん方、慌てて柄前に戻してらした。

恐らく、そん時に、誰か他の刀の刀身と間違えたんで、スリ替わったんだと思います。それに、之も正宗の十哲だと。。。」

法華「おい、待ちねぇ~、お前さん、俺に因縁付けに来たのかい?! 藪から棒に、刀身をスリ替えたとか言われても、全く身に覚えがねぇ~ぜぇ。」

幡随院「親分さん、アッシは確かに見たんだ、昨晩。お前さんの子分が柄前に刀身を入れているのを。そこの十蔵さん!あんたと、今は居ないもう一人の子分とで。」

十蔵「元締、アッシは知りませんよ。アッシが柄前を外して、刀身をスリ替えただなんて、何処に証拠があるんですか?!」

幡随院「いや、俺はあの刀が貞宗作の家宝で、オヤジの形見なんで、何としても取り戻したいだけです。」

法華「家宝だか、貞宗作だか知らないが、あらぬ因縁を付けて貰うのは迷惑だなぁ~、折角、手打ちの前なのに。」

幡随院「判りました。どうしても、知らぬ存ぜぬと仰るのなら、今日は引きます。この跡、山脇先生を訪ねる約束なので、一旦帰ります。」

法華「あのねぇ、何度来られても、うちには、そんな方は在りません。お引き取り下さい。」

幡随院「判りました。今日は失礼します。お邪魔しました。」

幡随院長兵衛、まさかの結果に不満と不思議が入り混じったまんま、取り敢えず、逢う約束の山脇荘右衛門の家へと向かいます。


さて、幡随院長兵衛、この刀のスリ替え、なぜか?腑に落ちない事だらけだと思いながら帰宅致します。

二束三文の刀身とスリ替えられたなら、それはある程度理解できるものの、スリ替えられた刀も正宗の時代物。

そして、何より法華ノ長兵衛が、あれだけ怒って無実を主張するのも不可思議である。あの態度だから、本当に知らないのか?とも思ってしまいます。

仕方ない、ここは一番、仲人でもある山脇荘右衛門先生に、直球で相談してみるか?と、思いながら神田紺屋町へと出掛ける準備を致します。

そして、次回は、法華ノ長兵衛の所を飛び出した庵崎ノ小平と、山脇荘右衛門が噺に絡んで来て、再度、今度は花川戸で法華ノ長兵衛との対決となる!

そんな二度目の刃を交える喧嘩!! どのように始まり、どのような終焉を迎えるか? 乞うご期待。



つづく