本多上野介正純が、安藤対馬守の長男、右京之進によって召し捕りとなったものの、宇都宮城は家老、河村靭負末武の下知によって籠城となります。

そして、この籠城に対して、雀ノ宮に本陣を置く、伊達中納言政宗卿が、城攻めの先陣を申し出て来たのである。

直ぐ様、三代家光公を囲んで大老・井伊掃部頭直孝、老中・土井大炊頭、酒井讃岐守、青山大蔵太夫、松平伊豆守、

そして、天下のご意見番、大久保彦左衛門の六人が集められて、この籠城に対しての評議が持たれます。

家光「さて、中納言政宗卿よりの密使によると、宇都宮城は籠城の構えで、兵力が凡そ六千との事である。

既に、城主・本多上野介正純は、幕府で捉えて評定所にて受牢致しておる。家老の指図で籠城しておるようだが、

このまま、政宗卿に城攻めの許可を出して、この籠城を鎮圧させても宜しいのではないのか?!」

掃部頭「私は、上様が許すと仰せられるのであれば、意義は御座いません。」

そう大老の井伊掃部頭が家光公に同調すると、老中の面々も是に従う意見が大勢を占めた。しかし、

ここで、大久保彦左衛門が、例によって、異を唱えて反論します。

彦左衛門「各々方、中納言政宗卿は戦国の世を駆け巡り、独眼竜と恐れられたお人で御座る。

まだまだ、豊臣の残党や、ご舎弟様、大納言殿の一件も御座います。ここは、政宗卿の抑止力のみ利用して、新たな使者を送り込み、

籠城を指揮する河村靭負末武なる者のみを、捉えてしまえば、宇都宮の籠城兵など烏合の衆になりまする。

よって、今一度、この大久保彦左衛門に任せて下さい。必ずや、河村靭負末武を捉えてお見せ致します。」

さぁ、是を脇で聴いていた掃部頭以下五人の大老・老中は、この爺さん、何処からそんな自信が湧いて出るのか?!

当の本人が、『任せなさい!!』と、大見得を切るのだから、ダチョウ俱楽部のように『どうぞ!どうぞ!』とやるしか在りません。

また、例によって、幕閣の家来、親戚筋と、旗本の倅連中が集められまして、前回の安藤右京之進の例が御座いますから、全員戦々恐々としております。


大久保彦左衛門。江戸城の大広間、三十数人の精鋭を前に、相変わらずの訓示を垂れております。

彦左衛門「この度、宇都宮城主、本多上野介正純は見事、我らが仲間、安藤対馬守殿の長男、右京之進の手柄により見事捕縛致す事が出来た。

しかし、なんと!不埒千万な事に、この上野介の家臣で、國家老の河村靭負末武なる者が手勢六千にて籠城に打って出た由に御座る。

そこで、今回も幕臣、旗本衆の中から、この籠城を諌め、上意を持ってこの河村靭負を捕縛する任を勤める者を選出致す。

さて、まずは、我こそは、河村靭負を上意を持って制して見せる!と、名乗り出る者は御座らぬか?!誰でも構わぬ。名乗り出る者は御座んか?!」

そう言って大久保彦左衛門が、立候補者を募りますが、勿論、自ら火中の栗を拾うような輩は現れません。

そして、前回選ばれたのが十六歳の若武者だったので、この日も、十代の若武者達は思いっ切り下を俯いて御座います。

それで、意地悪く、覗き込む様に彦左衛門が見廻って参ります。そして、今回白羽の矢が立ったのは。。。『大目付預かり、秋山修理』


彦左衛門「秋山氏、其方が今回の使者として、宇都宮へ出向いて貰いたい!!」

秋山「拙者で御座いますか?! 身に余る光栄、人生最後のお勤めのつもりで、粉骨砕身!頑張りまする。」

家光「おぉ、修理。。。その方が使者を勤めると申すか? 彦左、本当に修理で宜いのか?」

彦左衛門「勿論です。この籠城の説得の役目、秋山氏を於いて務まる御人は御座いません。」

家光「左様かぁ、ならば、この備前長船の一刀を遣わして、密使の役目、この秋山修理に仰せ付ける。」

秋山「有り難き幸せに御座います。」

周囲があっけに取られる中、この秋山修理という御大中御大、御年、八十四歳がこの籠城回避の使者として遣わされる事になります。

これには、大老、井伊掃部頭、老中の四人もピックリ仰天!先の使者が十六歳かと思ったら、今度御年八十四歳の棺桶に片足どころか、

全身棺桶に入っているんじゃないのか?そんな老人が、最後のお勤めと粉骨砕身、宇都宮へと出向くので御座います。


さて、籠城の宇都宮城。河村靭負末武の下知で、城兵は全員鎧兜姿、中には生まれて初めて鎧を締めて兜を被る若武者もありますが、

陣頭指揮を執る家老、河村靭負は、緋縄の紅の鎧に、大きな鍬形飾りの兜を付けて渡り端の前に床几を置いて座り、近衛兵が三十人ばかり列を成し、

その後ろには鉄砲隊が、背中に金扇と二菱の馬印を差して、二十人二列の四十丁で援護して御座います。

そこへ、八十数騎を連れた上意の使者、秋山修理。伴の家来達は、宇都宮側の鉄砲隊に驚いて、橋のかなり手前で馬を止めましたが、

秋山修理はと見てやれば、全く宇都宮側の鎧兜に驚く様子はなく、寧ろ、懐かしい様子で目八分目の高見を睨んで、馬を進めて行きます。

秋山「上意!上意に御座る。」

靭負「鉄砲、引けぇ! 之はご苦労様に存じる。」

秋山「その方が、宇都宮藩、國家老、河村靭負末武であるか?」

靭負「ハハッ、左様に御座います。 お使者、お名前を願いとう存じます。」

秋山「この度の籠城に対し、上意を持って城の解放を求めに参った、大目付補佐役、秋山修理に御座る。

先ずは、話し合いの場を持ちたい。一先ず、その方だけでも鎧兜を解いて、話し合いの服装に改めて貰いたい。」

靭負「宜しい。裃に着替えまする。」

そう言うと、靭負は鎧兜を取り、それを裃に変えて、秋山修理を玄関へと案内した。

そして、城内奥の客間へと通された秋山修理は、間髪入れずに、河村靭負末武に対し、この様に切り出した。


秋山「靭負殿、ご公儀にも温情、慈悲という物が御座いまする。このまま籠城となれば、お家は断絶、主君も貴方も流罪では済みますまい。

しかし、此処で兵を引いて、貴方独りで出頭なさるのであれば、主君本多上野介様の徳川への功績、又、御父上、本多讃岐守様の戦功を踏まえて、

大久保彦左衛門からの上様へのご助言なども賜り、寛大な処置をお約束致しまする。如何ですか?靭負殿、兵を引き、出頭する考えになりませんか?」

思わぬ秋山修理の提案に、河村靭負末武、やや自暴自棄に成っていた心を、少し落ち付けて考え直す事が出来るようになります。

靭負「秋山氏、それは誠に御座いますか?」

秋山「武士に二言はない。」

秋山「大久保様は、本当に、お約束頂けますか?何か確たる証拠を頂戴できますか?!」

秋山「それは、この秋山修理を信じて頂き、先ずは、貴殿が自ら潔く出頭して頂き、誠意を見せて貰わねば、始まりません。

靭負殿、貴方はお幾つですか? 七十四と。まだまだお若い。人生はまだまだで御座いますぞ!夢々判断を誤りなさるなぁ。」

そう言われて、七十四の俺が若いとは。。。この爺さん、幾つなんだ?!と、笑い出しそうになるのを堪えて、

河村靭負、もう一度、この秋山修理の提案を反芻した。六千で籠城し、武士の最期を天下に示して露と消えるのが花道と考えていたが。。。

最後まで、主人家が再興されるのなら、ここで籠城を諦めて、最期は主人、上野介君の為にもう一働きするのも孝行なのではないのか?

揺れ動く心を、結局、この秋山修理という漢に懸けて見ようと思いまして、籠城を止めて、河村靭負末武は、秋山修理に同道して蒼網の掛かった駕籠に乗せられ江戸へと向かいます。

こうして、大納言忠長卿の守役だった譜代の家臣は、宇都宮藩主・本多上野介正純、奥羽山形の藩主・鳥居左京太夫、浅倉播磨守と、全て失脚して流刑と決まります。

また、本多靭負末武は、評定所の牢の中で獄死を遂げてしまいますが、主君、本多上野介が流罪と聴き安らかな最後だったと申します。

また、あの怪力無双、石川八郎右衛門は、家光公を一人で担ぎ江戸まで運んだ功績で褒美、加増となるはずですが、

桔梗門を破った罪で島流しになります。しかし、この島というのが、隅田川の中州、佃島の一部で『石川島』と呼ばれる所になる島でして、

末には、人足寄場なども作られた『石川島』が与えられるのでした。

一方、もう一人の功労者、大久保彦左衛門ですが、この度の功で三千石からの加増を、三代家光公から打診されますが、勿論、是を断り『天下御免』を貫き通します。

そして結局、大納言忠長卿は、宇都宮釣天井の罪を一身に背負う形で、上野國高崎にて自害して果てるのです、享年二十八歳で御座います。