桔梗門で門番と「開けろ!」「門限があり、出来ぬ!」と、押し問答になっている石川八郎右衛門、東の空を見て、

八郎右衛門「御門内に申し入れる。最早夜も明け申す時刻と成りますれば、往来が出て参ります。

そうなれば、この様を町人風情に目撃されて、之れ恥辱の至り、門限破りの罪は、この石川八郎右衛門が一身に受けますれば、

どうか、速やかに開門願いたく、重ねて!重ねて!お頼み申しまする。」

そう、在らん限りの声を張り上げる八郎右衛門であったが、その返答は門番からは、返って来ない。

八郎右衛門「あぁ〜、もう宜い。斯くなる上は、手段を選ばす。町人の知る処となり、上様の恥辱となるぐらいなら、この門を、我怪力にて打ち破り中へ入らむ。」

そう決意した石川八郎右衛門。相撲のツッ張りの様に回転宜く門を叩いて見ますが、流石に、怪力無双の八郎右衛門といえども、門はビクとも致しません。

すると、駕籠の中の家光公が、お目覚めとなり、窓を開いてお声掛けになります。

家光「八郎右衛門!朝からご苦労。」

八郎右衛門「暫く、桔梗門を打ち破り、上様を城内へお連れ致します。」

家光「八郎右衛門、お前は朝比奈義秀かぁ?!」

八郎右衛門「上様、なかやかお上手な喩えをなさいますなぁ。」

と、あの鎌倉の南門を破って入った伝説の豪傑・朝比奈義秀に準えた家光公のお言葉に、力が漲る石川八郎右衛門。

今度は二軒ばかり門から距離を取り、助走を付けて桔梗門に体当たり致しますと、何んと!門が開き、中へと入る事が叶います。

と、申しますのは、この様子を見ていたお留守居役の池田備中守が、慌てて、關(カンヌキ)を外させたからで、

流石に怪力無双の八郎右衛門と言えど、朝比奈義秀バリに自力で桔梗門は壊せません。


さて、桔梗門が開き、石川八郎右衛門に手を取られて家光公が、お駕籠から出て参られて、城内へと歩み入りますと、

奥から出て来た備中守が、その場の玉砂利の上で土下座をして出迎えますから、門番の役人は『曲者!』と捕まえる積もりが、

一体全体何事かぁ?!と、思いながら、是に従い土下座致します。

八郎右衛門「上様のお成りである!頭が高い、控えおろう。」

備中守「上様、数々のご無礼、平に!平に!ご容赦願い奉りまする。」

家光「大事無い。備中!ご苦労、天下許す。」

その言葉を聞いて、緊張の糸が切れた石川八郎右衛門、駕籠を担いで一晩中走り抜いたせいで、家光公を無事に千代田の城へ連れ帰った安堵からその場に倒れてしまいます。

そして、是を見た家光公が備中守に向かって仰ります。

家光「備中!八郎右衛門を奥の部屋に寝かせて、医者並びに薬師を呼び介抱してやって呉れ。」

備中守「ハハッ!畏まりまして御座いまする。」

そんな会話を、家光公と池田備中守がしているところへ、刀を杖にして、大久保彦左衛門が到着しまして、

幕閣各位が戻り次第、登城せよ!と、御前会議の御触れがあり、急遽、外様衆には登城禁止の通達が同時になされました。


寛永十三年四月二十六日、八ツを告げる遠寺の鐘が聞こえて来る中、大老・井伊掃部頭直孝、老中・土井大炊頭、酒井讃岐守、青山大蔵太夫、松平伊豆守、そして大久保彦左衛門の六人が、三代家光公の前に集まります。

そして、この日の評議の儀は、『宇都宮城主、本多上野介正純の処分』で御座います。そしてまず、大久保彦左衛門が口を開きます。

彦左衛門「さて、この度の『宇都宮釣天井』による上様暗殺の企て、並びに、幸手・栗橋における発砲狼藉、いずれも本多上野介が首謀者である事は明白に御座います。

さすれば、本多上野介、一人を召し捕り江戸表の評定所にて吟味致せば済む事。決して、干戈(かんか)を差し向け、籠城戦などなさらぬ様、言上仕りまする。」

家光「確かに、宇都宮へ討伐軍を派遣などしとうないが、然し、上野介を一人だけ捕らえる事など容易ではないぞ!彦左。」

彦左衛門「恐れながら、燃し、彦左衛門に任せる!と、上様が仰られますれば、戦を回避致しまして、上野介一人を捕縛してお見せ致します。」

家光「左様かぁ、然らばその方に申し付ける。」

彦左衛門「ハハぁ〜」

そう言って平伏する大久保彦左衛門。戦場を駆け巡り生き残った此の老臣は、関ヶ原以前の武士(もののふ)の目になって周囲を見渡します。

残る大老以下の面々は、『相変わらずの天下御免の頑固オヤジが、又々、大風呂敷を広げて、飛んでも無い事を。。。

本多上野介を一人ダケ捉えるなど、手妻使いでも指南の技!!』と思っております。兎に角、巻き込まれるのだけは御免!と、下を俯いておりますと、

彦左衛門「誰かぁ!誰か在る。」

と、次の間に控えていた、上様の若衆を呼び付けます。そして、出て来た七、八人の中から、

彦左衛門「下手より三人目!その方が宜い。お名前は、何んと申される。」

若衆「ハッ!安藤対馬守が長男にして、『右京之進』と申しまする。」

彦左衛門「仔細は後程、ゆっくりお知らせ致すが、お主を名門安藤家の嫡男と見込んで、お頼み申す。上様のご命令達成の為、この彦左衛門に合力願えるか?!」

右京之進「ハハッ、大久保様のお見立て、光栄の極み、恐悦至極に存じ奉りまする。然し、如何なるご命令にも従いますが、まだ、若輩なれば、今一人助役をお付け願いまする。」

彦左衛門「若輩となぁ?御歳、お幾つなるや?」

右京之進「十六で御座います。」

彦左衛門「アぁイヤ、之はしたり。漢十六歳は充分一人立ちに御座る。拙者が戦場で活躍の時分は、十六歳にして一番槍を勤めた事も御座る。鳶巣、文珠山にて。。。」

家光「彦左!鳶巣文珠山の噺は、沢山だ!!止めぇ〜。」

彦左衛門「まぁ、兎に角、十六歳ならば一人前。お一人で勤めて呉れ、右京殿。」

右京「畏まりまして御座います。」

こうして、何故、この安藤対馬守の長男、右京に白羽の矢が立って、家光公より刀一振り『兼光の大刀』を賜り、本多上野介正純召し捕りの任務に着きます。


さて、任の詳細を彦左衛門から聴かされた安藤右京之進。武者震いですと言いつつ、事の重大さを身に染みて震えながら屋敷へと帰って参ります。

是を聴いた父、安藤対馬守は狼狽します。『あの老人め!ウチの長男を。。。生贄にするおつもりやぁ?!』と思いましたが、

既に、上様より兼光を頂いて戻ったのですから、急病!との仮病は通じません。安藤家では次男坊だけが小踊りして喜びますが、母親などは泣き崩れて寝込みます。

対馬守「この上は、大久保様の家に乗り込み、如何なる積もりで、其方を選びしや問い正し、大久保老人の心中を聴き出して参る!」

そう言って、対馬守が彦左衛門に、文句の一つもぶちまけて、憂さを晴らそうと致しますが、右京之進が、是を諌めてこう提案します。

右京之進「父上、大久保様がどの様な真意で、拙者を選ばれたかは存じ上げませんが、禍転じて福と成す。

此処は、もう上様の目の前で引き受けたのですから、右京之進が見事、一人で成し遂げたいと存じまする。

其れに付いて一つだけ、父上にお願いの儀が御座いまする。其れは、宇都宮へ上野介召し捕りに向かうに際して、相談相手の家臣を一人お借りしたいです。」

対馬守「何ぃ?!相談相手? 誰を連れて行く?!」

右京之進「其れは、沖忠右衛門に御座いまする。」

対馬守「何ぃ?!忠右衛門となぁ。。。正気かぁ?右京。」

右京之進「ハイ、勿論、正気に御座います。」

相談相手として、同道させたいと倅、右京之進が名指しにしたのは、家中でも悪評高い、沖忠右衛門と言う老僕でした。

この沖忠右衛門、人から『右へ』と言われれば、「右がよかろう。」、『左へ』と言われれば、「左様、左へ。」と、風見鶏が如く主体性の無い輩。

なぜ、倅はそんな役に立ちそうにもない、愚かな駄僕を連れて、宇都宮へ出向くと言い出したのか?!

余りの責任重大な任務に、気が違ったのでは?と、すら思いたくなった対馬守でしたが、倅の目を見る限り、そうではない様子。

此の老僕、ポンコツな沖忠右衛門を選んだ真意を測りかねながらも、翌日は、この二人を送り出して、伴揃えに八十人を付け、ただただ、無事に帰る事を神に祈ります。


山田「近藤!聴いたか?この度の若の初陣の理由(ワケ)?」

近藤「聴いたぞ、山田。何んでも、大久保彦左衛門様からの名指しで、宇都宮城主、本多上野介正純様召し捕り。

何んでも、宇都宮では、日光御社参に乗じて、城に釣天井の寝所を普請して上様暗殺を計画。あまつさえ、幸手・栗橋の間で鉄砲にて上様のお駕籠を襲撃したとか?!」

山田「そうだぁ!そんな上野介が籠城する宇都宮城に出向いて、上野介一人を召し捕れ!との下知が、上様より下されたとか。本当に出来ると思うか?!」

近藤「普通に見れば無理難題。しかし、若様は之をお受けになった。という事は若様には、何んぞ秘策がお有りに違いない。」

山田「やはり、そうなるかぁ。では、若様に秘策の中身、仔細を聴いて参ろう。細かい算段を事前にして於いた方が宜かろう。」

近藤「左様に御座るなぁ、聴いて参ろう。」

と、右京之進の側近、山田・近藤の両人は、右京之進に本多上野介召し捕りの秘策を伺う為に、岩槻の本陣で尋ねてみる事にした。

山田「若ッ!恐れながら、今回の宇都宮城主、本多上野介正純の召し捕り、籠城する相手の中から、上野介一人を召し捕る為の秘策を、事前にお知らせ願いまする。」

右京之進「秘策となぁ。其れは、拙者に聴くのではなく、相談相手の沖忠右衛門に訊いて呉れ。拙者に秘策など御座らぬ。」

山田「沖忠右衛門に?!。。。承知仕りました。」

言われた方が首を傾げたくなる答えに、仕方なく、今度は、沖忠右衛門の元を訪ねて、同じ質問を致します。

山田「沖殿、今回の宇都宮城主、本多上野介正純の召し捕り、籠城する相手の中から、上野介一人を召し捕る為の秘策を、是非とも事前にお知らせ願いまする。」

沖「秘策?何んの噺で御座るかな?!」

山田「イヤ、若様に伺ってみたら、貴殿に訊けと仰せられて、万事は相談相手のその方が知っていると。」

沖「馬鹿な、拙者は何んにも、知り申さん。」

近藤「しかし、若はお主が相談相手だから、上野介召し捕りの秘策は、その方に任せてあると!!」

沖「任せているお積もりだとしても、その方を『相談相手』にと仰られた時も、ご辞退したいのは山々なれど、

いずれは主君となるお方のご命令ですから、断る勇気がなく、流れに任せてお引き受け申したが、秘策など在ろうハズが御座いません。」

側近の両人は、この『白ヤギさんと黒ヤギさん』みたいな、他力本願の極みを見るにつけ、こりゃ駄目だ!と、思います。

そんな事を言いながらも、安藤対馬守の長男、右京之進の一団は、宇都宮の手前、雀ノ宮にある本陣に入ります。

此処には、宇都宮藩の動きを止める任を受けて、伊達中納言の行列の半分が留め置かれていて、

中納言政宗公自身は、持病再発との口実で仙台戻る積もりで、安藤右京之進に任を引き継ぐ所存で御座います。

其処へ、右京之進以下八十人が加わり、作戦会議が始まりますが、伊達勢は、早くこの右京之進に全てを預けて、引き上げようと致します。


さて、一方の宇都宮城内では、家老・河村靱負末武と、城主・本多上野介正純が、相変わらずこんな会話をしております。

靱負「殿、先に拙者が申しました様に、『釣天井』は最早露見致して御座います。一刻も早く籠城の手筈を整えて、徳川に一矢報いましょうぞ!」

上野介「イヤイヤ、何を申す!靱負。まだ、露見したとは決まってはおらぬ。」

靱負「何をまだ、未練がましい事を。露見の証拠が御座います。」

上野介「何んだ!?申してみよ。」

靱負「第一に、御台様ご危篤との事で、江戸表に戻られた上様のお駕籠には、松平越中守が乗り、代わりに越中の駕籠には、上様がお乗りでした。

何んの為の交換でしょうや?釣天井に気付いた由に他在りません。また、雀ノ宮に伊達中納言政宗卿の行列が、

上様は江戸表に帰られたのに、我が宇都宮城を見張るが如く、止まり居るのも、釣天井が露見致した証拠に御座います。」

上野介「駕籠を入替したのは、誠か?」

靱負「誠に御座います。」

上野介「しかし、伊達殿が雀ノ宮の本陣に居るら、ご病気由えと聞いておるが。。。」

靱負「その様な、持病なども申すは、仮病に違い御座ません。」

上野介「仮病かぁ?!」

靱負「御意に御座います。ですから、早く籠城の準備をし、守りを固めてしまわないと、大変な事態になりまする。」

上野介「ウーン。分かった、然し、念には念だ。お抱え医師の栗原堂春を伊達本陣に遣わして、仮病の真意を確かめよ!」

靱負「その必要は、無いかと思いますが。。。」

上野介「えーい!堂春を遣わせ、宜いなぁ、靱負。伊達中納言の仮病を確かめてから、籠城を決め申す。」

靱負「分かり申した。早速、雀ノ宮本陣へ、栗原堂春を遣わしまする。」

こうして、宇都宮藩お抱え医師、栗原堂春が、伊達本陣に、お見舞いと称して、その病の具合を探りに参ります。



つづく