油屋『鳳凰の間』での手打ちが済んだ、次郎長一家と安濃徳一家。手打ちの翌日、仲人が用意した宴席が、新茶屋桝屋という店で開かれます。

清水次郎長、寺津ノ間之助、西尾ノ治助、大政、小政、枡川ノ仙右衛門、大瀬ノ半五郎、法印大五郎、

奇妙院大五郎、鳥羽熊、大谷部ノ平吉、桶屋ノ鬼吉、追分三五郎、大野鶴吉、三保ノ豚松、関東綱五郎、

問屋場ノ大熊、相撲ノ常、辻の勝五郎、舞坂ノ富五郎、田中ノ敬太郎、滑栗ノ初五郎、玉屋ノ玉吉、

高森ノ清兵衛、豊丘ノ三次、喬木佐田五郎、阿智ノ平兵衛、下條司、門島ノ兵衛、阿南ノ諸文、売木ノ辰三、平岡ノ留五郎、飯島ノ熊蔵。

この三十三人と、仲人とその後見人、稲木ノ文蔵、武蔵屋周太郎、鹽濱ノ吉五郎、福田屋勘之助、梅屋ノ栄蔵。

更に、立会人名目で、集まったのが、松坂ノ米太郎、薹屋(ダイヤ)ノ琴次、そして、丹波屋傳兵衛の三人で御座います。

そして、そこへ山部ノ三蔵、鳥山ノ七五郎と、安濃徳がやや遅れてやって参りますが、この姿を見て一同驚きます。


丸坊主!!


次郎長「徳さん!アンタ、頭を丸めて。。。どう言うつもりでぇ?!」

安濃徳「女房には、大反対されましたが、ケジメで御座んす。妹を尼主にして於きながら、手前ぇは髷を残してたんじゃぁ、仁吉に合わせる顔が無いと思って、

潔く頭を丸めて、サッパリしました。こうでもしないと、仁吉の墓に手、合わせられません。」

次郎長「そうかい!何はともあれ、仲直りだぁ。」

と、次郎長が、クリクリ坊主でまだ、青い頭の安濃徳に、盃を渡し一献傾ける。そして、安濃徳がご返杯。其れを次郎長も飲み干します。

安濃徳「稲木のオヤジさんが、仲人で来て呉れた時に、信州の時次郎って旅人から、

『清水次郎長と喧嘩する何んて!大馬鹿野郎だ。』そう罵られたんですが、

あん時、あん時、気が付いていたら、こんな不幸は起きていなかったのに、俺は、本当に愚か者でした。清水の人。」

次郎長「もう宜って。其れより荒神山を放っては於けまい?伊勢の誰かが、盆割りを預からないと。

どうだぁ、徳さん!お前さんと吉五郎とで仲良く出来ねぇ〜かぁ。俺と稲木のオジキは大賛成だ。

本来なら長吉ん所に返すつもりだったが、あの野郎は駄目だぁ。漢じゃないから堅気にした。」

安濃徳「いやいや、アッシなんかより、鹽濱の貸元が一人でなさった方がぁ。」

吉五郎「いや、お前もって押したのは、清水の親分さんだぁ。俺も二人での方が心強い。」

次郎長「そう言う事だぁ。仁吉の墓に行ったら、其れも報告して許して貰え。」

安濃徳「有難う御座います。」

次郎長「気張れよ!徳さん。」

安濃徳「ヘイ。」


こうして、荒神山は安濃徳次郎と鹽濱ノ吉五郎の二人が盆割りを仕切り、来年からの花会を務める事が決まった。

此の後、安濃徳は清水次郎長の舎弟分となり、清水と桑名は切っても切れない宜い関係が続いた。そして、手打ちの帰りの船での事である。

鬼吉「そうだ?小政、お前、油屋のポッちゃりちゃんとはどうなった?!」

小政「聴くなぁ。振られた。渡世人は厭だとよ!」

鬼吉「渡世人のせいにするなぁ!お前が厭なんだろう?!」

小政「言うなぁ。それよりも、清水に帰るのは、何時以来だぁ?!」

鬼吉「三月の湊祭の前に、祭の銭と相撲の銭を使い込んだ、アレは確か梅から桃に花が変わる二月だなぁ。」

小政「ッて事は三ヶ月ぶりの清水かぁ〜、懐かしいなぁ。」

鬼吉「俺やお前みたいな、男寡は三ヶ月が半年、一年でも構わないが、親分は嬉しいハズだぁ。」

小政「確かに、二代お蝶のお喜美さんが、首を長くして待っていなさるからなぁ。」

鬼吉「知り合って、くっ付き合って二年半かぁ。」

小政「でも、仲人立てて祝言上げたのは、一月の末だったから、まだ、夫婦に成って四ヶ月だからなぁ。」

鬼吉「そりゃぁ〜逢いたかろう!?」

小政「確かに、逢いたかろ?!」


と、言う訳で、次郎長は、此の荒神山の喧嘩の直前に、お喜美、芸者上がりの『壺振りお喜美』と言う女と再婚しておりました。

今回は、時計の針をその辺りに戻しまして、次郎長とこの二代お蝶、壺振りお喜美との馴れ初めの恋の物語をお届けします。



さて元号が、元治から慶應へと変わった慶應元年、その夏の出来事で御座います。

次郎長は、子分の法印大五郎を連れて、三島、三ツ石神社の花会へと出掛けた時の事です。

この花会は、三島では最大勢力で、次郎長とは古い付き合いで兄弟分である『柿田川龍之介』と言う親分が仕切るもので、

駿府では、清水の湊祭の花会、そして、沼津の湊祭の花会と並ぶ、大きな花会である。

次郎長「柿田川のぉ、お招きに預かり、早速、遊ばせて貰いますよ。」

龍之介「清水のぉ!ゆっくり遊んで行って下さい。今年は、女の壺振りを入れていますから、楽しんで行って下さい。」

次郎長「有難う御座んす。」


そう言って、次郎長は、ご祝儀の五十両を勘定場で渡して、盆茣蓙へと法印を連れて入ります。

法印「なかなか、活気のある宜一賭場ですね、親分。そして、アレですかねぇ〜、女壺振り師ッて言うのは?」

次郎長「そうらしいなぁ。」

薄い鮮やかな紫色の盧の着物を着て、右手側は片肌を脱いでおります。

更に、着物の左側の袖が八ツ口無しで、細く詰められた短く先細り、壺を振る為の仕様になっているのでした。

そして、頭は見た事がない様な正月のお供えの鏡餅みたいに結い上げて、紅い珊瑚玉の簪が、妙に目立っております。

白い肌で、全く化粧ッ気がなく、胸だけが大きく膨らみ、口の左側に、小さい黒子が御座います。


法印「中々、いい女ですねぇ。所謂、男好きのする。二十四、五ってトコかなぁ?目力が半端なく有りますね、親分?」

次郎長「さて、壺振りに見惚れている場合じゃないぜぇ、法印。」

法印「ヘイ、では、勝負!と、参りましょう。」

そう言って、壺振りの前で、女の様子が宜く見える席に二人は入り、壺捌きを見ながら、勝負に参加致します。


五・ニの半!

一ゾロの丁!

一・六の半!

ニ・三の半!

三・六の半!

一・四の半!

三・四の半!


と、七番勝負を見(ケン)だった次郎長が、次に、壺が置かれた瞬間『丁』と叫び、丁に駒を二十両も張り込みます。

周囲からは、オぉーっと言う歓声とため息が漏れて、結局、次郎長の二十両に乗る客が多く、

胴元が、勝負を成立させる為に、三十二両を『半』に上乗せして成立。場には七十八両の大きな勝負が立つ事になりました。


勝負! 五・三の『丁』。


法印「やりましたね、親分!墓場の丁だぁ。」

次郎長「あんまり縁起の良くない目だが、どうやら、俺の読み通りの目が出た。」


『墓場の丁』


俗に、渡世人の間では、そう呼ばれる出目が御座います。是は、五(ぐ)の裏がニ、三の裏が四。



つまり、裏に『四・ニ』死人が眠っていると申しまして、渡世人が忌み嫌う出目の一つで御座います。

法印「ツラ目の半が、割れて丁に変わる潮目を読んだんですね?親分。」

次郎長「半分は、そう言う事になるが、本質はそこじゃ無ぇ〜。あの壺振りの女(アマ)、偽ッてやがる。」

法印「イカサマですか?!」

次郎長「そうだぁ。サイコロを独楽回しにして、思い通りの目を出してやがる。」

法印「アレですね、賽の片方は必ず決まった目が出る鉛入りの『起き上がり』を仕込んで置いて、

もう片方は、普通の賽だが、出る目を壺振りが独楽のように回転を付けて面で回し、出目を操作する、なかなかの高等技術ですよ。」

次郎長「そうなんだ、普通は片方に鉛を仕込んで、片目を固定して於いて、イカサマをやるんだが、

あの女壺振りは、鉛入りの『起き上がり』を仕込んでいない。何故なら、壺を持っている袖がアレだと具合が悪い。」

法印「確かに、袖を使って鉛の賽は隠したり出したりするから、あの袖では賽が隠せないですねぇ。

其れに細工を施した鉛の賽は、微妙に大きいからよーく見ると分かるもんだが、あの女壺振りの賽は両方とも同じ大きさだぁ!

あの女(アマ)、どんなやり方で、賽の目を操るんですか?親分には、其れが分かるんですか?」

次郎長「恐らく、あの女壺振り、二個の賽を同時に独楽回しにして、二個とも好きな目が出せる技を持ってやがる。」

法印「親分!馬鹿な、そんな事出来ませんよ!二個同時なんて、人間技じゃ無ぇ〜。」

次郎長「俺は、昔、江戸は深川の賭場で、その二個同時の独楽回しの技、『隼回し』って技を操る博徒を見ている。

そいつの名前は、『隼ノ喜三郎』。俺がまだ、一家を旗揚げして間もない頃だから、三十数年前だがぁなぁ。」

法印「本当ですか?その隼回しを、この女(アマ)が使っているって、なぜ、分かるんです。」

次郎長「どう回しているかは分からないんだが、『入ります!』と最後に賽の目を見せた時に、『六・一』の目が見えて、

しかも、六が横に二列の位置だった。だから、『五・三』か『ニ・四』が出ると睨んで、丁で勝負したのさぁ。」

法印「成る程、どう回すかは分からないが、準備した時の見せる目から、出目が読めるんですね!」

次郎長「そういう事。ッて事は、このカラクリを知っていて、俺以外の誰かも、女壺振りの出目を見て張っている、仲間、グルに成ってやがる野郎が必ず居るハズだぁ。」

法印「じゃぁ、その仲間を突き止めますか?」

次郎長「そいつは、もう、見当が付いている。あの、一番端から二番目の若い野郎だぁ。」

法印「太てぇ〜野郎だぁ、柿田川の貸元に教えますか?」

次郎長「いや、もう少し泳がせてから、仔細を探ろう。あの若い野郎が、此処を出たら、俺たちも合わせて、跡を付けるぞ!」

法印「ヘイ、合点でぇ。」


そう言って、次郎長と法印は、若い男が立つのに合わせて、賭場を出ます。

柿田川の若衆が、余りに早く盆を離れる次郎長を見て、「何か粗相が御座ましたか?」と、気にする場面も有りましたが、

急用を思い出したと、ご祝儀に五両を渡して、女壺振りの事を、若衆に二、三訊いてみた。

すると、箱根、熱海と流れて来た女壺振りで、熱海の稲川の貸元からの紹介で、三島へは単身の助働きだと言う。

男ッ気は無く、あれだけの器量だから、三島に来ても言い寄る奴が居たが、全く相手にせず、ただただ、壺振りに専念する変わった女だと言う。

こうして、男の跡を付けて行くと、野郎、三島の本町にある茶屋旅籠の『徳松屋』と言う立派な所へ入り、居酒屋で酒をちびりちびりやり始める。

次郎長と法印も、この居酒屋へと入りまして、男が見える座敷に座り、二合徳利を三本と、肴を適当に頼んで繋いでおりますと、

一刻半ほどして、四ツの鐘が鳴る頃に、案の定、あの女壺振りが、やって参ります。



つづく