清水次郎長は、子分、吉良ノ仁吉の本通夜で、大勢の参列者を前に、こう切り出した。
次郎長「皆さん、まずは、この仁吉の荒神山での武勇を、一緒に行った二十八名を代表して、
そうだなぁ、大瀬ノ半五郎!お前さんから、神戸へ行った今月五日から順に話しては貰えねぇか?!」
そう名指しを受けた大瀬ノ半五郎が、皆の前に出て、口を開きます。
半五郎「えぇ、清水の親分、寺津の親分、西尾の親分、そしてお集まりの御一統さん。
僭越ながらこの大瀬ノ半五郎、神戸での仁吉ドンの活躍を、之より申し上げたいと思います。
」
鬼吉「ヨッ!待ってました、日本一。」
小政「ヨッ!後家殺し。」
法印「音羽屋!! ご趣向。」
豚松「たーまッ屋ぁ〜、たーまっ屋ぁ〜!」
次郎長「五月蠅い!混ぜ返すなぁ。半五郎、早く続けろ!」
半五郎「へぇ、さて所々、うっかり、俺が忘れて飛ばすような事があったら、一緒に行った二十八人は助言してくんねぇ。
まず、今月五日、この三州吉良を立った俺たちは、翌日の早朝に神戸に着きやした。
そして、三親分に雇われた船頭さんが、上社に船を留置きましょう、と、言うのを、
『闘う前から、帰路の船はご無用に!』、命懸けで山には臨むぞ!と、言い出したのは仁吉でした。
そして、神戸の旅籠に着くなり、安濃徳の家へと掛け合いに参りました。
この時、行ったのは仁吉、長吉の二人と、清水一家の代表四人(よったり)、
清水ノ大政、桝川ノ仙左衛門、滑栗ノ初五郎、そしてこの俺、大瀬ノ半五郎で御座んす。
しかし、この日はもう安濃徳は、盆の割りで荒神山へ出張った跡で、留守。
代わりに女房ってぇ~のが出て来たんですが、これが驚き!桃の木!山椒の木!男勝りの鉄火な女郎で。
それでも、仁吉は構わず、筋道通して、道理を説いて聞かせるもんだから、
女房の方は、女ですから、感情的になり癇癪(ヒステリー)を起して、仁吉に離縁された義理の妹の事なんぞを持ち出して、
鬼の形相で喰って掛かるんですが、皆さんにも見せたかった!仁吉は涼しい顔で相手にもしません。
結局、安濃徳の女房は、泣きわめいて狂ったようになり、匕首を抜いて斬り掛かろうとしますが、
流石に、これは徳次郎の子分が総出で止めに掛かりました。
そんなすったもんだが在りまして、旅籠に戻ってみると、仲人になると言って稲木ノ文蔵親分が来て居ります。
文蔵親分は、病み上がりと言うかぁ、まだ、病が治り切っちゃおりませんで、それを押しての御出馬で御座んした。
このお人は、本に立派な親分さんで、最後の死に花を、この荒神山に捧げると言って、
起きて歩く事さえままならない身体を押して、うちらが居る旅籠まで出向き、仁吉やアッシらに勇気を下さいました。
そんな文蔵親分が、七日の午刻まで待って呉れと言うんで、俺たちは文蔵親分に仲人をお願いしてたんですが、
安濃徳の野郎、そんな文蔵親分の言葉にすら、耳を貸そうとは致しません。
結局、稲木の親分との交渉は決裂し、翌七日にアッシ達は荒神山へと登ったのですが、
この中腹で、福田屋勘之助、梅屋ノ栄蔵という二人の二足の草鞋の親分衆が、今度は仲人になりたいと言って掛け合いとなります。
この御二人の親分は、公儀(おかみ)の面子の噺をされて、形式だけでも先に代官所が動いた態で、仲人になりたいと仰います。
まぁ公儀に逆らうよりは、貸しを作って一日待つ方が得策だろうと、これも仁吉の奴の判断です。
荒神山に来る前に、親分から口酸っぱく言われた、『仲人の言う事は、まずは聴いてみろ!』という教えを、
この野郎は愚直に、それを守って、各方面に宜い仁義を見せていたと、アッシは本に思います。
然し、結局この二人の親分の掛け合いも不調に終わり、安濃徳とアッシらの直接の掛け合いは避けられぬ事態となるのです。
そして迎えた四月八日当日、アッシらが荒神山をいよいよ、九合目辺りまで登った所で、藤枝のオジキの子分と名乗る怪しい野郎が現れたんです。
藤枝、長楽寺ノ清兵衛親分と言えば、仁吉、長吉、そして玉吉の三人吉三の兄弟盃を取り持った親分で、次郎長親分の兄弟分でもある。
だから邪険にする訳にもいかず、困っていたら、此の!珍しく此の! 小政の奴の勘が当たりまして、長楽寺の身内とは真っ赤な大嘘!!
見事に之を見破り、安濃徳の最後の計略も交わして、いよいよ山頂の釈迦堂へと参りまして双方が対峙致します。
アッ!そうだうっかり忘れることろだった。このいよいよ山頂に差し掛かった辺りで、山から下りて来る神農(ヤキ屋)、商人と出会ったんですが、
この連中の不平不満を、仁吉は丁寧に聞いてやって、俺たち清水一家に正当性があり、悪い奴は安濃徳なんだと言って聞かせたのも仁吉でした。
親分、なかなか出来るようで、こんな事もなかなか若い時分には出来ませんよぉ。それを仁吉の奴は、涼しい顔でやってのける。
それから山頂で見せた、仁吉の切った啖呵、そして述べた口上の惚れ惚れするのなんの、本当に皆さんにも聞かせたかった。
理路整然とは此の事で、安濃徳は言い返す事もできず、ただただ、盗人!盗賊!の誹りを浴びるばかりでございまして、
ここで、仁吉が清水一家、長吉ドンに理があり、義理の源があると知らしめたからこそ、喧嘩が始まった途端に助っ人達が自ら引いて呉れたのであります。
そんな訳で、最初(ハナ)は、四百三十対二十九だった喧嘩が、仁吉の口上のお蔭で、二百五十対二十九くらいにはなりました。
やがて安濃徳側の助っ人、身内の主だった腕自慢が、仁吉は勿論、大政、小政、仙左衛門の活躍で次々に討ち取られて、
いよいよ、安濃徳の事実上の大将、信州松本浪人、角井門之助と仁吉の一騎打ちとなるのですが。。。
圓明流免許皆伝の仁吉の腕が、角井門之助の神道無念流の剣を押し始めた、その時!!卑怯な安濃徳の銃弾に仁吉がやられるのです。
木の上から敵の撃った銃弾は、仁吉の太腿を貫くと、地びたにカチンと埋まる程の勢いで、夥しい出血をする仁吉。
それでも、仁吉は最後まで諦めず、自分の刀まで投げつけて抵抗したのに。。。最後の奥の手で懐中から短筒を取り出して抵抗したんだが、
神戸の湊で海ん中に落とすドジこいてて。。。頼みの短筒が火を噴かず仕舞いで、角井の野郎に袈裟懸けに斬られちまう。
だが、この大政の兄貴が、直ぐに気が付いて、六尺槍で角井門之助の脇腹を突いて、腸を細切りにして呉れたぁ。
そして、最後は小政が首を跳ねて、大政が槍先に之を掲げて、勝鬨を上げたんだが、そん時は仁吉にまだ息が有って、
皆んなが、仁吉は、畳で死なせるんだって、必死で麓の旅籠まで運んで。。。畜生!!こんなに宜い野郎をぉ。」
次郎長「そうかい、半五郎。そうかい、そうかい。」
次郎長も、寺津ノ間之助も、そして西尾ノ治助も、皆んな泪が止まらず、啜り泣く声が漏れ聞こえて参ります。
集まった堅気の衆も、仁吉の身内、二十八人衆、皆んなが早過ぎる仁吉の死を悼み、安濃徳を憎みます。
次郎長「さて、皆の衆。泣いてばかりでは、仁吉の手向けにならねぇぜぇ。取り敢えず、一番手柄、首を上げた小政から焼香を始めよう。」
小政「親分、一番は俺じゃまずいぜぇ。」
次郎長「仇首を上げたのは貴様だと、半五郎が云ったぜぇ?!」
小政「首は跳ねたが、もう、野郎は死体だった。一番は政五郎(大政)ドンだぁ。」
大政「何を遠慮してやがる、首を跳ねたのは政吉(小政)お前だ。胸張って一番で焼香しろ!!」
小政「いやぁ、今回は兄貴が一番だぁ。」
次郎長「欲が無ぇ~なぁ、小政。普通は、俺が俺がと一番を奪い合うのが渡世なのに、曲がった事が余程嫌いなんだなぁ、お前は。」
そう、次郎長が言うと、すぐ脇で聴いていた、桶屋ノ鬼吉が堪え切れずに笑い出します。
鬼吉「ヘヘッヘヘッ!」
次郎長「桶屋ッ!何が可笑しい。しかも、へへッと蔑み笑い何んぞしやがる。どうしてだ?」
鬼吉「違うんだぁ、親分。小政が一番を他人に譲るから、今夜季節外れの雪にならねぇ~と宜いと思ったが、
よーく考えると、そうじゃないんだぁ。小政の野郎、焼香の作法が判らないんだ!!だから、一番は具合が悪い。」
小政「何をぉ~、余計な事を言うなぁ!鬼吉。」
鬼吉「フフッ、図星だなぁ?!」
次郎長「兎に角、もういい!大政、焼香を始めて呉れ。」
言われた大政が、最初に焼香を始めます。経を唱え始めた番僧に、会釈をして、線香立てに線香を上げて「南無阿弥陀仏!」と小さく呟き、リンを鳴らします。
蓋の開いている早桶を覗き込み、手を合わせて一礼。線香立のある机を離れ際には、また、喪主である仁吉の姉お久の方に改めて黙礼して下がって行きます。
次郎長「さぁ、小政。やり方は分かっただろう。とっとと、お前は番手の仕事をしろ!!」
小政「そんなぁ、よく見えなかったし、番手の仕事だなんて、競輪選手じゃあるまいし。。。やり方が。。。」
次郎長「やり方も糞もあるか? 線香上げて、チーンと鳴らして、手を合わせ礼をするだけだ。口上しろ!ってんじゃねぇ~んだぁ。後が詰ってるから、早くしろ!!」
小政「親分は、簡単な風に言うけど、之は之で、意外と。。。チーン!チーン!面白いなぁ、チーン!」
次郎長「ガキじゃないんだから、リンなんぞで遊ぶなぁ。手を叩かない。柏手打ってどうするんだ、それは神社のお参り、天神様じゃないんだから。。。」
小政「五月蠅いなぁ、親分は。天神様もお釈迦様も、俺にとっては一緒です。」
次郎長「さて、半五郎!三番目の功労者は誰だ?お前の主観でいい、教えて呉れ。」
半五郎「三番の功労者?難しいですね。俺は見物していた訳じゃないし、闘っておりましたから。。。」
と、大瀬ノ半五郎が考えておりますと、大政が次郎長に、何やら、ボソボソっと耳打ち致します。
次郎長「そうだ!三番は、功労と言うより、やっぱり、此処は長吉だなぁ。長吉!、お前の為に仁吉は死んだ。だから、お前が三番に焼香して呉れ。」
そう言われて長吉が前に出ようとした、その時です。
ちょいと、待って呉れ!!
と、物言いを付けたのが、誰あろう、寺津ノ間之助でした。鬼のような渋い表情で長吉を睨み返しております。
さて、日ごろ温厚な寺津ノ間之助が、何を言い出すのか?続きは次回のお楽しみです。
つづく