黒駒ノ勝蔵の行方を聴き出しに、畑中ノ鐵五郎と鯛屋ノ鶴吉を締め上げに出張った二十九人。

伊奈の飯田の旅籠『俵屋』に集結致しましたが、勝蔵は尾州から西へ逃げた様子だとしか行方は知れません。

仕方なく二十九人は、一旦、次郎長の待つ吉良ノ仁吉の家へと戻り、鐵五郎と鶴吉を締め上げて聞き出した内容を報告致します。

次郎長「さて、一同。滑栗ノ初五郎の仇討と、神戸ノ長吉の荒神山の一件が、どうやら伊勢で交わる予感がして来た。

其処で、まずは、三日後の夜に迫る荒神山の御會式博打。

この荒神山の件を安濃徳に、仁吉が談判しに行く際、お前達二十七人も一緒に伴をして、仁吉と長吉の援護をしてやって呉れ。

勝蔵が安濃徳に味方している確かな証拠が在るのなら、最初(ハナ)から、その口利きに俺も一枚噛むのだが。。。

取り敢えず、初手は二十九人で行って呉れ。そして、安濃徳が素直に荒神山を、長吉に返すようなら其れで宜し、

だが、四の五の言って荒神山を返さない時は、片っ端から荒神山に立つ盆茣蓙を荒らして来い!!

そして、構わねぇ〜から伊勢中の賭博打(ばくちうち)と喧嘩して、叩き斬って皆殺しだぁ!

いいかぁ、野郎ども、荒神山に血の雨を降らして来い!!」

此の次郎長の下知を聴いた小政が、大いに勇みまして、

小政「親分!何人斬っても、誰を斬っても構わないんですねぇ!?」

次郎長「おう、宜いとも。」

鬼吉「こんな血が騒ぐのは久しぶりだぁ〜、でぇ、親分!火はどの辺りから点けましょう。」

次郎長「馬鹿!賽銭勘定場が焼けてみろ、お釈迦様を敵に回して、全員打首獄門だぁ。」

と、言って桶屋ノ鬼吉の頭を思いっきり殴ります。

さて早速、足が自慢の仁吉の子分、飛松と龍三の二人を、寺津ノ間之助、西尾ノ治助の両親分の元に使いに出します。


この西尾ノ治助と言う親分も、次郎長の兄弟分で、間之助同様に、何か事が起きると相談仕合う仲で御座いまして、

又、この西尾ノ治助、又の名を、『人斬り名人』と申しまして、三州切っての武闘派一家。

ただし、無闇矢鱈と人を斬るのではありません、理屈に合わない奴や、生かしておくと、世間の為にならない奴を斬るだけで御座います。

因みに次郎長とは、五分の兄弟分で御座います。

治助「でぇ、飛松さんとやら、清水の兄弟は俺と間之助ドンに何をしろと言うんだ?

使える腕の立つ子分を助っ人に出せば、宜いのかい?!」

飛松「いいえ、頭数は清水から大政、小政、大瀬ノ半五郎といった面々が十七人出張っていますし、

うちの親分、吉良ノ仁吉の兄弟分、滑栗ノ初五郎親分も十人で助て居ます。

ですから、國境の三州の治助、間之助の両親分には、万一、安濃徳から助成の噺があっても乗らないで頂きたいのと、

荒神山で喧嘩して引き上げて来た、二十九人の面倒をお願いしたいんです。」

治助「分かった!任して於きなぁ。」

次郎長からの言付けを、二人の親分に呑み込んで貰って、万事、次郎長の思惑通りの下地が完全致します。


次郎長「さて、長吉ドンやぁ。」

長吉「ハイ、親分、何んで御座います?」

次郎長「之だけの人数が、お前さんの為に、お前さんの漢に惚れて、命を投げ出して、

そのお前さんの漢が立つ様にしようッてんで、汗をかくんだぁ。

だから、一切の仕切りは、仁吉を始め清水一家に全て任せて呉れ。

そして、お前さんは最初(ハナ)から最後(しまい)まで、口を開かない様にして欲しい。

間違ってもお前さんの顔を潰す様な真似はしないから、コッチに全部任せて呉れないかぁ?!」

長吉「えぇ、何んで口が挟めましょう。ただただ礼に泪を流すばかりで御座んす。」

次郎長「ところで、仁吉やぁ?!」

仁吉「ハイ!」

次郎長「仲人は時の氏神何んて事を言うがぁ、もしかすると、『この私がぁ!』と仲人に名乗りを上げる酔狂な野郎があるやも知れん。

決して、最初(ハナ)から煙たがらずに、仲人の噺を宜く訊け!

勿論、片手落ち、片方だけ贔屓する様な真似をして来たら、『そいつは噺が違います!』と、

きっぱりと宣言してから、断っても宜いが、一旦は、相手の顔を立てて任せてみるんだぁ!宜いなぁ。

しかし、忘れるなぁ、イザと言う場面では、腹を括って、覚悟を決めるんだぁ!宜いなぁ?!」

仁吉「ハイ!」

次郎長「大政、大瀬ノ半五郎、滑栗ノ初五郎、そして枡川ノ仙右衛門、

汝(てめぇ〜)達四人が、吉良ノ仁吉の相談相手に成って呉れ。そして、仁吉は何んでも、困った事は四人に何んでも訊け!いいなぁ?!」

五人「へぇ!合点。」

仁吉「ご配慮、有難う御座います。」

次郎長「その他の『龕灯/ガンドウ』連。コッチに並べ!!」

小政「何んだぁ?ガン、ドウ、連?」

法印「ラーメンの焼豚大盛りかぁ?!」

小政「それは、チャー・シュー・麺じゃねぇ〜かぁ?ガンドウ連だぞ!!」

鬼吉「ガンドウ連も知らないのかぁ?!小政、法印!」

法印「そんな事を言いやがって、鬼吉!お前に分かるのかぁ?!」

鬼吉「ガンドウでしょ。番屋で与力、同心かて、最近では龕灯を使いますからねぇ、知らいでぇかぁ!!

御用提灯の代わり、今日日、龕灯でっせぇ!法印や小政には、分からんやろうなぁ〜。」

小政「勿体付けず、意味を教え〜!意味を。」

法印「早よう、言え!桶屋。」

鬼吉「知らざぁ〜、言って聴かせてやしょう。ガンドウ連とは、綺羅星の如く、遠くまで光輝く選り優りって意味。

つまり、能ある鷹は爪を隠す、秘密兵器、切り札は、最後に出番がチャンと取って置いて在る!そんな意味ですよねぇ?!親分。」

次郎長「馬鹿!違う。本来ならば、提灯持ちッて言う場面を、ちょいとハイカラに、ガンドウ連と西洋かぶれしてみたダケだぁ!このタコ。

まぁ、五人が働き易い様に、足元を明るく龕灯で照らす役目!頼んだぜぇ、野郎ども!!」

鬼吉「ヘイ、足元を照らすよりは、叩き斬る方が性に合っていますから、血の雨降らして、参りましょう。」

と、桶屋ノ鬼吉は、相変わらずの太平楽を口にして、踏ん反り返って御座います。


次郎長「最後に、もう一度言って於くぞ! 大政、仁吉、初五郎、仙右衛門、そして半五郎。

此の五人が、お前達の司令塔!言わば、俺、次郎長の身代わりだぁ。

此の五人の下知に従え、決して、勝手はするんじゃねぇ〜。いいなぁ!

大政!もし、言う事を聴かない馬鹿が居たら、遠慮は要らねぇ〜、真っ先に叩き斬れ!!そんな馬鹿野郎は、味方討ちにして構わねぇ〜。

一人の我儘、身勝手が元で、仲間が多勢死ぬのが喧嘩だぁ。其れを肝に銘じて、暴れて来い。」

次郎長の最後の訓示を受けて、代貸の大政が、一言、物申した。

大政「今、親分が仰った様に、荒神山では俺たち五人の命令は、絶対だぁ。

背く野郎は、容赦なく斬る!泣いて馬謖を斬る覚悟で、心を鬼にして、味方討ちにする。

一人の我儘、身勝手が元で、仲間が多勢死ぬのが喧嘩だぁ。其れを肝に銘じて暴れて呉れ。」

この大政の言葉を聞いて、鬼吉と小政が、クスクスと聞こえる様に笑います。

鬼吉「なんだぁ、大政の兄貴、親分の二番を煎じてやがる!」

小政「オイ、兄貴達、味方討ち!味方討ち!ッて気易く言うがぁ、俺が本当に斬れるのかい?!」

と、少し茶化しながら、自らが五人に選ばれなかった不満を、意地悪く毒付く小政と鬼吉。

すると、是を見た次郎長が、大政に思い切った助け舟を出します。

次郎長「大政!お前には、この『兼元』を渡して於く。言う事を聴かない跳ね返りには、

俺の制裁だぁ、味方討ちを許したからには、この『兼元』で遠慮なく叩き斬れ。」

そう言って次郎長は、大政に愛刀『兼元』を渡し、五人以外の全員の口を黙らせて仕舞います。

次郎長「ヨシ!明日は早出になるから、お前たちは、早く寝てしまえ!船の準備は、俺と三蔵、慶之助でやるから、安心しろ!」


そう言うと、又、あの年寄船頭の丹蔵、傳助、茂八の三人に頼んで、速船の支度に取り掛かります。

時は慶応三年四月四日。夜明け前七ツの鐘より早く起きて支度万端の一同二十九人。

朝早くにも関わらず、寺津ノ間之助と西尾ノ治助の両親分までもが吉良の湊に顔を出しております。

次郎長「寺津のぉ!そして、西尾のぉ!わざわざ出張って貰って済まない。」

間之助「何ぁ〜に、治助ドンと噺をして、荒神山の喧嘩の出陣式に、顔を出さないのも義理を欠くってねぇ。」

治助「清水のぉ!其れに久しぶりに、お前さんの顔も見たいじゃねぇ〜かぁ。

其れに三州の渡世人(ヤクザ)は、皆んな安濃徳には、少なからず反発がある。

若いのに、神戸ノ傳左衛門の倅と、お前さん所の仁吉が立ち上がった。

傳さんには、俺も間之助も大変世話に成ったから、出陣の見送りぐらいするのは当然だぁ。」

次郎長「有難う!兄弟。 おい、長吉!船に乗る前に、何んかぁ、一言、気合いを入れてから出陣しねぇ〜。」

長吉「えぇ、親分衆、そして二十八人の合力下さった皆さん!この度は、私ごとき若輩の、私怨の為に、どうも有難う存じます。

此の御恩は、生々世々忘却致しません。重ねて!重ねて!有難う存じます。」

次郎長「俺らは宜いから、先ずは仁吉に礼を言って於きねぇ〜。

併し、長吉!治助ドンが言う通り、改めて俺も言わせて貰うがぁ、

長吉、お前の技量、貫目で、之だけの事がして貰えたと、自惚れなさんなぁ!

之だけの侠客が、命を賭して安濃徳に立ち向かうのは、みんな神戸ノ傳左衛門さんと、その内儀(おかみさん)が、

宜く交際(つきあい)して呉れて、過分な恩義に報いる為だからなぁ。!!

ご両親に感謝しろ!長吉。そして、荒神山を取り戻したら、オッカさんを大切にしろよ、いいなぁ、判ったかぁ?!」

長吉「有難う御座います。親分の御諭しは、肝に銘じ。。。孝行致します。」

次郎長「親の七光って、あんまり宜い意味では使われないが、お前さんが受けている七光は、宜い光だぁ。

お袋さんを大事にしろ、そして次郎長が宜しくと言って居たと伝えて呉れ!」

長吉「大層な土産のお言葉で、母も定めし喜びましょう。」

次郎長「ささぁ、行ってきねぇ〜!」

全員「親分!行って参ります。」


一同が吉良の朝日に颯爽と、蒼天駆ける日輪を浴びて船に乗り込みます。

船頭「お見送りの皆さん、船を出します。」

と、言って船頭が水棹を張ると、船は岸を離れてゆっくりと沖へと進みます。

岸に居た、次郎長、治助、間之助は、声には出しませんが、心の中で物言います。


皆んな生きて帰って呉れりゃぁ〜宜いがぁ。。。

大概、命を散らして仕舞うに違いない。


是が義侠に生きる親分、子分の定め。自分たちもそうして、親分とか、貸元と呼ばれる侠客に成ったのですから、仕方ない。

船は、水棹が届かない深さになり、帆を上げて沖を目指します。

舵は三里、帆は八里、次郎長たち親分衆は、船が水平線に消えるまで、小さく成った船を見つめておりました。



つづく