く石松殺害の十八日未明から、月日の経つのは早いもんで、十九日、二十日となりました。

石松を池に沈めた都鳥一家の七人は、保下田ノ久六の元子分の三人を殺(や)らずに済ませて、その三人を尾州から西国へ逃して、都田村を目指し戻る道中。

文久二年八月二十日の狂った様な残暑ん中、九ツの鐘を聴きながら、天竜川の畔の一軒家。元は町役人の重兵衛と言う人の倅で、

親分子分は持ちません、一匹狼の為五郎。無職渡世の仲間からは、『天竜の為!』と呼ばれている渡世人(ヤクザもん)が、

広い一軒家に住んでいて、馬子や雲助の世話をしながら、当人は賭博打(ばくちうち)とも付き合いをする。

そんな野郎が、家の前に長い番子(長椅子)を出して、フンドシ一丁の上からだらしなく、派手な単衣モンを羽織って帯もせず、渋団扇を扇いでおります。

為五郎「之は!之は!都鳥の親分さん、其れに御舎弟に、古参の四人衆までご一緒で、この前を七人連れで通って素通りは無いでしょう?!」

吉兵衛「何んだぁ、為五郎かぁ。判った!判った、茶を飲んで行けってんだろう?寄って行くよぉ。」

為五郎「こりゃぁ〜どうも、有難うさんです。都鳥の吉兵衛親分、何んに致しましょう。暖かい緑茶か?冷てぇ〜麦湯か?お好きな方を。」

吉兵衛「何んだぁ、為公!二種類も有るのか?賭博打なんか辞めて、茶屋のオヤジになった方がいいんじゃねぇ〜かぁ?!」

為五郎「半分成っているようなモンでぇさぁ〜。馬子や駕籠カキが休憩ん時は、大忙しですからぁ。

重兵衛さんの倅は、『天竜の為』何んて二つ名で呼ばれていたが、今じゃ料簡入れ替えて、茶屋の主人(オヤジ)に成っていると、噂されているぐらいだから。」

吉兵衛「そいつは、宜かった!宜かった!之で商売仇の博徒が一人減った。」

為五郎「其れより聴きましたぜぇ、親分。ここ遠州、三州を越えて、三州と尾州の國境まで行きなすったそうでぇ。何しに行きなすった?!」

吉兵衛「ちょいとばかり客人が有って、その客人を尾州まで送り届けて来たのさぁ。」

為五郎「客人てぇ〜のは、保下田ノ久六の元子分。布橋ノ鐘吉、小嶋ノ松五郎、そして、鹿嶋久松!の三人じゃぁねぇ〜のかい?!」

吉兵衛「なぜ、お前がぁ、其れを知ってやがる?!」

為五郎「お前、知ってやがるもなにも、この界隈の賭博打は、たいがいの者は、知っているさぁ。知らねぇ〜奴が潜りだぜぇ。」

吉兵衛「お前!其れを誰から聞いた?」

為五郎「最初(ハナ)聴いて来たのは、馬子の彦次郎だぁ。野郎は、小松村の七五郎親分とは、幼い頃からの友人だから、七五郎と街道でばったり逢ったもんで、噺が弾んだそうなぁ。

噺は皆んなもうバレてますぜぇ、都鳥の旦那。アンタ、森ノ石松から百両の金子を借金して、其れを踏み倒し、石松が『返せ?』と迫ると、返す振りして、さっきの保下田の元子分を利用して、

森ノ石松を閻魔堂で騙しに掛けて斬り殺して、死骸はあそこの瓢箪池に沈めて逃げたんだって?之を次郎長親分に知られたら、お前さん、きっと命は無いぜぇ。」

飲み掛けのお茶を、吹き出してしまう程、都鳥吉兵衛は狼狽いたしまして、声が吃り始めます。まるで、武井ノ安五郎だ!?

吉兵衛「た、た、た、た為ぇ〜。し、し、し、し七兵衛は、もももう!、次郎長ん所に着いて話したのかい?!」

為五郎「知るかいそんな事。俺は七兵衛の内儀でもなきゃぁ、舎弟でも無ぇから、そんな事、知るハズもねぇ〜。」

伊賀蔵「だから、親分!アッシは、あんな三人は打っちゃって置いて、七五郎と内儀を殺(や)ろうって言ったんだ。

其れを、石抱かせてあるから、当分はバレる心配は無いなんて、呑気な事を言ってるから、七五郎の野郎が災いを撒き散らして行くんだ。」

吉兵衛「そうは言うがぁ、常吉と梅吉が『七五郎の奴は剣術は達者だし、度胸も満点だから一筋縄じゃいかないよ!』って忠告したから、貴様もそうだ!と、賛成したじゃないかぁ?!」

伊賀蔵「確かに、七五郎は石松に輪を掛けて強いが、やっぱり、あの場面は、野郎の口を塞いで於くべきだった。」

吉兵衛「もう、過ぎた過去を悔やんでも始まらねぇ〜、この場をどう乗り切るかだ?」

音松「親分!このまま、有金持って、散り散りに逃げるんですか?親分!俺は逃げる路銀なんか有りませんぜぇ、親分!面倒みて呉れるんですか?」

そして、この様子を見た伴作と重太郎も、口々に逃げるんなら、先立つ物を親分から貰いたいと言います。

吉兵衛「まだ、次郎長にバレたとは限らねぇ〜。」

伊賀蔵「今のたった今はバレてねぇ〜かも知れないがぁ、七五郎が遅かれ早かれ、跡と、二日もしたら、清水湊に到着する。そしたら、全員次郎長に狙われますぜぇ!親分。」

吉兵衛「判っているよ!逃げると言っても、お前さん達に分けてやれる銭は、三両、五両が関の山だ。乞食に成りながら、逃げろって言うのか?伊賀蔵。」

伊賀蔵「親分が、石松を殺(や)ると言い出した時から、俺は何となく厭な心持ちがしたんだぁ。」

吉兵衛「今更、済んだ事をガタガタ言うなぁ、伊賀蔵。何とか、大前田の身内に、匿って呉れる先を探してみる。」

伊賀蔵「探してみるって、そんな悠長な事で大丈夫ですか?!」

為五郎「アッシも、外野、部外者ですが、伊賀蔵ドンに三千点。古ッ! そんな事より、今、たった今、清水次郎長が現れたら、お前さん方、皆んな揃って佛だよぉ。

時に、こんな見晴らしのいい立場なんだから、見張りぐらい立ててお茶を飲んだ方が宜しく有りませんかぁ?」


そう為五郎に助言されて、常吉と梅吉が、天竜川の堤(ドテ)に立って、東海道の東西を見張っております。

すると、西側を見ていた常吉が、堤の上から転げ落ちながら、茶屋へと降って参ります。

常吉「兄貴!次郎長が、七、八人連れで、こっちにやって来る!本当だ、次郎長だぁ!」

吉兵衛「本当か!見間違いじゃなかろうなぁ?こんなに早く、殺しに来るのか?次郎長は。伊賀蔵!伊賀蔵!お前も、見て来い。」

言われた、伊賀蔵。半信半疑で見に行きますが、間違いなく、次郎長一家の七人衆です。

吉兵衛「誰?誰が居る。」

伊賀蔵「そこまでは、詳しく判りませんがぁ、十から七、八丁先まで来ています。」

為五郎「親分、俺が見て来てやろうか?俺は関係ないから、馬で見て来てやろう。」


そう言うと、為五郎。裸馬に跨り、パカランパカランと、西の七人の集団を通り過ぎて、帰りは畦道を通り堤の裏手から、茶屋に戻ります。

為五郎「居た居た!間違いない、次郎長一家の七人衆だぁ。子分は大政、小政、大瀬ノ三五郎、枡川ノ仙右衛門、法印大五郎、奇妙院常五郎の六人だ。」

吉兵衛「此処に、このまま居るのは、まずかろう?どうする、伊賀蔵?!」

伊賀蔵「為!何処か、俺たちが隠れる場所はないかぁ?次郎長一家をやり過ごせるような、隠れる場所は無いのかぁ?!」

為五郎「丁度、七対七だぁ、喧嘩してみるといい。」

伊賀蔵「巫山戯るなぁ!お前を最初に叩き斬るぞ。」

為五郎「斬れるモンなら斬ってみやがれ。俺は先代の都鳥、源八親分にはえらく世話になったが、吉兵衛さんには、ちり紙一枚恵んで貰っちゃいねぇ〜。なぜ、助けてやる義理がある。」

伊賀蔵「判った、取り敢えず、ホラ、二両やる。隠れられる場所を教えろ。」

伊賀蔵から盗だくる(ふんだくる)ように二両奪った為五郎。

為五郎「さて。。。ヨシ其れなら、庭の端にある物置小屋が在る。アレなら七人隠れられるぜぇ。」

そう為五郎が、顎をシャクって示す先の物置小屋へ、都鳥一家の七人衆は、我先に隠れてしまいます。


さて、物置小屋には、茶店の番子が見える角度で、二つの節穴が御座いまして、その節穴から吉兵衛と伊賀蔵が、外の様子を凝視しております。

一人茶屋に残った為五郎は、仕切に汚な雑巾で番子の上と机を拭いておりまして、汲み置きの井戸水が入った桶で、汚な雑巾を濯ぎますと、

今度は、湯呑で出したお茶や麦湯の飲み残しを道端に放して、先程の汚な雑巾で之を拭いております。

伊賀蔵「親分!アッシらに出した時も、湯呑は、あの汚な雑巾で拭いたんですかねぇ〜。」

吉兵衛「だろうなぁ、まぁ、次郎長たちも、其れで飲まされるんだぁ、ざまぁ〜見ろだ。」

と、そんな会話をしておりますと、次郎長たちが、ゾロゾロと茶屋の前を通り掛かる。すると為五郎!都鳥にも見せた、あの満面の笑顔で、次郎長たちに声を掛けます。

為五郎「こりゃぁ〜皆さんお揃いで、清水次郎長一家の皆さんじゃぁ〜御座んせんかぁ!」

大政「てめぇ〜わは、天竜川の一本独鈷!小悪党の為五郎じゃねぇ〜かぁ。又、こんな所に蜘蛛の巣張って、素人から渡世人まで、手練手管で引き摺り込む算段をしてやがんなぁ?!

親分、気を付けて下さい。根性が藤みたいにネジ曲がった、根っからの悪党ですから、この野郎!油断は禁物です。」

為五郎「大政の兄貴、随分な言いようだぁ。確かに、善人じゃぁ〜ないさぁ。どちらかと言われれば、やや悪人だろう。

でもねぇ、殺したり、盗んだり、犯したりはしませんから、堅気と長脇差の間を取り持つ世話屋だ。小銭を貰って慎ましく生きている雑魚みたいなモンですから、大目にみて下さい。

ところで、今日は皆さんお揃いで。。。何か御座いましたか?喧嘩ですか?花会ですか?まさか、七人揃って女郎買い?!

まぁまぁ、冷たい麦湯が御座いますから、一服してって下さいよぉ〜、次郎長親分!」

次郎長「よく、パァ〜パァ〜喋るねぇ、お前さんは。口から生まれて来なすったのかい?俺たちは、用事が有って出掛けて来た訳じゃねぇ〜。

ちょいと義理のある親分さんから、一人凶状持ちを預かっていたら、それが、関八州の上役人に見付かって、その凶状持ちは、上手く逃してやったが、

逆に俺たちが、役人に睨まれて、清水に居られなくなった。そんでもって熱りを冷ましにニ、三ヶ月の旅に出たッて訳よぉ。」

為五郎「其れじゃぁ、まず、その汗をお拭きなさい、湯が沸いてますから、大きな盥を庭に置いて、フンドシ一丁で背中を流せるように致します。

子分の一同さんにも、桶に湯を張りますから、顔や首から手足を湯で洗って下さい。水では落ちない毛穴の汚れが取れてさっぱり致します。」

次郎長「そいつは宜い!気が利くなぁ〜、為五郎。有難う、世話になるぜぇ。」

為五郎は、真新しい豆絞りの手拭いを、十数本出して来て、次郎長はじめ七人に配り、清水一家の面々が、為五郎の家の庭先で、行水と洒落込んで身体を綺麗に致します。

一方、都鳥の七人はと見てやれば、狭い物置小屋に詰められて、蒸し風呂状態ですから、この行水が羨ましいのなんの。。。ただ、声は出せません。じっと我慢で御座います。

次郎長「甘露!甘露!って言葉は、こんな風に痒い所に手が届くもてなしに、使うんだろうなぁ、大政!!」

大政「御意に御座います、親分。しかし、悪党にしては、気が利きくなぁ、為五郎!」

為五郎「褒めたんですよね、大政の兄貴。さて、親分、さっぱりついでに、お茶か麦湯を差し上げましょう。」

次郎長「そうだなぁ、俺は麦湯を貰らおう。」


フンドシ一丁の七人が、赤銅色の肌を晒して、デカい湯呑で、麦湯を飲みながら、久しぶりに草鞋を履いて、この前の旅はと、其々が、七年半前の噺を始めます。

次郎長「光陰矢の如し!とは、宜く言ったもんだぁなぁ。七年半なんて、アッと言う間だぁ。」

小政「何んですか?その、法印厭の如しッて?」

奇妙院「知らねぇ〜のかぁ、小政。法印厭の如し、つまり、法印はお洒落しても持てないッて格言よぉ。」

半五郎「馬鹿!ちがう、法印じゃなく、行員。行員矢野如しで、銀行員、勘定方は矢野家に限る!!」

小政「何んだ!?同族企業なのかぁ?」

奇妙院「そうだ、矢野財閥が金貸しの世界では蔓延っているッて事だなぁ。」

大政「やめろ!小政が信じるだろう!誠に、親分、早かったですね。姐さんが亡くなって七回忌ですから。」

次郎長「そうだなぁ、亀崎の代官、竹恒三郎兵衛と保下田ノ久六の二人を斬ったのが、七年半前。散り散りに分かれて長い草鞋で、お前たちにも苦労を掛けたが、

兄弟分、深見ノ長兵衛の仇を見事に取る事が出来た。そして、情けは人の為成らずだ!

大前田英五郎と新門辰五郎、そして、小金井小治郎の三人が、俺の身代わりを二人を用意して、是を寺津ノ間之助の身内として代官所に自訴させた。

二人は獄門かと思ったら、恩赦で島流しで済んだ。それも伊豆大島だったから、これも全部、お蝶のお陰なのかも知れねぇ〜なぁ。」

大政「さぁ!身体も乾いた事ッたし、親分!そろそろ参りましょうかぁ?」

次郎長「そうだなぁ、おい!為五郎。世話になった。さっぱりして、活力が湧いた。之は少ないけど、取ってくんなぁ。」

と、次郎長が為五郎に差し出した金子が、十両。之を拝むように、両手を添えて、丁寧に受け取る為五郎。

為五郎「有難う御座います。えー、銭を貰ったから言う訳じゃねぇ〜がぁ、親分!ねぇ、人ってもんは、どうしたモンかぁ山吹色を目にすると、心が動きますねぇ。

思わぬ銭、莫大な銭を見せられると、銭に酔う!だから、自然に首(こうべ)が垂れて、稲穂になる。お辞儀しちまうねぇ。

大枚貰ったからじゃないがぁ、思わず突いて出るのよ、言わなくても宜い、余計な事が。お喋りだから、いけないねぇ〜」


さて、この為五郎の言葉を聞いた物置小屋の七人は、ゴクックン!と、唾を呑みます。何を調子こいて。。。余計な事は言うなぁ!と、祈ります。

しかし、為五郎の次の言葉で、七人は卒倒します。そして伴作と重太郎の二人は、しょんべんをちびりながら、悲鳴を噛み殺すのがやっとです。

次郎長「さて、為五郎!世話になった。また、俺ッチ等の熱りが冷めたら、清水に遊びに来なぁ。今日の礼をたっぷり、させて貰うぜぇ。」

大政「有難うなぁ、為!、見直したぜぇ、困った時は相談に来い!力になってなる。」

為五郎「有難う御座います。時に、次郎長親分、石松さんが、殺されたのを、ご存知ですか?」


何ぃ?!石松が。。。死んだ?!



つづく