安政三年五月二十八日、尾張の知多半島は、亀崎に着いた清水次郎長一家の八人は、宿場町の大野へとやって参ります。

廻し合羽に三度笠、そして其の八人の面々は、次郎長以下、大政、小政、大瀬ノ半五郎、枡川屋仙右衛門、森ノ石松、奇妙院常五郎、そして法印大五郎で御座います。

大政「親分!全員揃いました。斬り込みの段取りは?何時に致しましょう?」

次郎長「そうだなぁ、どうしたって九ツよぉ!」

大政「そうですかぃ。長い夜に成りそうです。」

次郎長「オイ、野郎ども。鰹節の大きさ奴を一本、並なら二本。袋にして三尺ん中へ入れて於きねぇ。」

石松「親分、俺は大丈夫経験者だ。干烏賊(アタリメ)を十枚も買って在らぁ〜。」

次郎長「そいつは、宜いところに気が付いた!石松、皆んなに一枚ずつ分けてやれ。其れで、尾張生まれは、大政?貴様一人かい?」

大政「ヘイ、今日の八人には、尾張生まれはアッシ一人で御座んす。」

次郎長「そうかい。大政、お前さんは万一知り合いに顔を見られちまうと具合が悪い。だから、頬冠りして笠は取らなねぇ〜ように頼むぜ。」

大政「ヘイ、判っておりやす。」

石松「親分、そんな事より、取り敢えず、腹拵えからやりましょう。腹が空っては戦に成りませんぜぇ。」

次郎長「あぁ、良いだろう。しかし、どの旅籠も混んでいて、飯どころじゃないぞ。」

大政「梅雨の終わりのジメジメ蒸し暑い季節に、珍しいですね、亀崎ッて所は。」

次郎長「そうだなぁ、でも仕方ない。もう少し先へ行って手頃な旅籠を探してみよう。」

そう言って一同が旅籠通りの中程から、場末へと進んで行くと行燈に『大野屋』と書かれた、静かで閑静で、些か時代は付いて於りますが、比較的大きく立派な宿屋が御座います。

大政「親分!此の大野屋は如何ですか?」

次郎長「大野の地で、大野屋。安直だが俺は構わねぇ〜よ、八人飯が食えたら何んだって宜い。どうせ、夜中には旅籠に銭を置いて、代官斬りに出掛けなくちゃならねぇ〜。建物には時代が付いているが異存はねぇ。」

大政「では、此の旅籠に決めましょう。」


そう言うと、大政が旅籠の中へ入り交渉に掛かると、中には主人と思しき爺さんが一人、居眠りしヨダレを垂らしながら帳場格子に居ります。

大政「御免下さい。宜しいですか?!」

主人「アぁ〜、何だい?お前さんは。 押し売りなら買わないし、道案内も御免だよ! さっ、出て行った!出て行った!ウチは忙しいんだ。」

居眠りオヤジがいきなり、不機嫌になり、罵声を飛ばして来るもんですから、大政、イラッと来ましたが、

此処は、赤穂義士『神崎与五郎』になった気分で、大事の前の小事と、グッと堪えて怒りを呑み込みます。

大政「済いません、ご主人。此方は旅籠ですよねぇ?アッシは客です。アッシを入れて八人で、晩飯を食って一泊したいんですが、お部屋は御座いますか?」

次郎長「爺さん!済まないが、部屋を貸してくんねぇ〜。見ての通り、俺たちゃぁ、流れ旅の渡世人だぁ。」

主人「エッ!アンタらお客様?!それならそうと早く言って下さいよ。人が悪い。押し売りみたいな妙な目付きで来るから、邪険にしちまったが、悪かったね!お客さん。

さて、お連れさん有りの八人衆、よぉー御座います。夕飯も食べる!素泊まりじゃない!嬉しい〜!!はいどうぞ!どうぞ!直ぐに上がって下さい。」

大政と次郎長を舐める様に見て、相手が客と知って態度を一変する旅籠の主人。歳はもう六十を過ぎた白髪の痩せギス。如何も強欲な感じが見え隠れ致します。

この時、次郎長は『何処ぞで、会っているかぁ?この爺さん。』と思いましたが思い出せません。

そして、大政と次郎長が残る六人を中へ呼び入れますが、なぜか?!女中とか若衆が奥から出て来る様子は御座いません。

大政「オヤジ!奉公人に足を濯いで貰いたいをだが?女中か若衆を呼んで、濯ぐように言って呉れ!」

主人「へぇ!足の濯ぎですね?ウチは、裏に川が御座いますから、その土間にある濯ぎ用の水下駄に履き替えて、其れで裏へ行って下さい。

『おもかげ橋』ってチンケな橋が御座いますから、堤(ドテ)を降りて橋の下に入って、足が綺麗になるまで、好きなダケ川ん中に立って居て下さい。

ただし、下駄を川に流すんじゃないよ!流すと片足罰金二十文だからね!古今亭(志ん朝)に、足を洗って下さい。」

大政「エッ!水は盥に汲んでないのかぁ?爺さん。」

主人「盥なんて、洒落たモン、此の旅籠には御座いません。皆さん、水下駄を履いて濯ぎに出て貰っております。

川の水が一番綺麗だし、なんせ使い放題!メートルの心配は御座いませんから、納得行くまで濯いで下さい。」

次郎長「何んだそりゃぁ?!貴様、巫山戯るのも。。。」

大政「親分!役人を呼ばれたりしたら、面倒です。大事の前の小事、神崎与五郎ですよ!堪忍、堪忍。 サッ、皆んな下駄履いて濯ぎに行くぞ。」

大政の号令で、次郎長以下七人も、愚痴をタラタラ言いながらも、下駄履きになって、近所の橋の下、川で足を濯いで戻って参ります。

次郎長「オヤジ!濯いで来た。サッ部屋へ案内して貰おうかぁ?」

主人「ハイ、その障子戸を開けてお入り下さい。」

言われて、次郎長が、勢いよく障子を開け放つと、真っ暗な中から畳のカビた様な厭な臭いが漂って来まして、明らかに『放置部屋』で御座います。

次郎長「おやおや、爺さん!何んだ此処は、真っ暗ん中、雲の巣だらけで、鼠の糞で畳は黒く汚れているし、カビの臭いがするぞ!仕様かぁねぇ〜なぁ〜 ッたく。」

主人「その通り!掃除なんぞしておりませんから。」

次郎長「不精床ッて髪結屋の噺は落語にあるが、不精旅籠(ぶしょうやど)は初耳だ!」

主人「知りませんか?三遊亭圓朝の最新作。」

次郎長「ああ云えばこう言う。ッたく口の減らねぇ〜爺だ。兎に角、先に灯りを頼む。」

主人「ハイハイ、明るくなりました。ヨシ、そしたら、先ずはその奥に箒が有りますから、それで部屋を履いて、突き当たりの廊下側の障子戸も開けて下さい。塵や埃を外に履き出して下さい。

そっちの坊主とチビと目ッカチのお三人さんは、この手桶にさっき足を濯いだ川で水を汲んで来て、雑巾掛けをお願いします。畳と廊下両方拭くんですよ。其れから勿論、障子戸も。皆さん、綺麗な部屋がお望みでしょう?」

小政「ヤイ、ジジイ!チビとは何んだ?」

主人「だって、チビでしょう?」

石松「コラ!ジジイ、客に目ッカチは失礼だろう?」

主人「名前を知りませんから、目ッカチ以外、貴方に伝わる呼称がありません。万やもう得ずです。」

法印「何んで、儂らが掃除させられんねん!客やぞ?俺は権助じゃねぇ〜からなぁ。それに、石松に目ッカチ言うのは、世が世ならLGBTで訴えられんぞ!ボケぇ〜。」

主人「面白い事言うお坊さんだぁ!?」

何んだかんだで、次郎長の子分七人は、十二畳ほどの部屋を爺さんの指図で、綺麗に掃除させられます。

主人「さぁさぁ、皆さん有難う御座います。お陰様で、すっかり綺麗になりました。ささぁ、お茶が入りました。粗茶ですが、遠慮なくどうぞ。」

次郎長「オヤジさん、茶も有り難いが、一服点けるから灰吹が欲しい!」

主人「人遣いの荒い親分さんだぁ、へぇ、では莨盆をどうぞ!」

次郎長「やい、ジジイ!火種が入ってねぇ〜じゃねぇ〜かぁ?灰吹と云ったら火種無くてどうする?お前は『猫と金魚』の番頭かぁ?!」

主人「親分、其れを言うなら、『抜け雀』の相模屋かぁ?!です。その火鉢に消し炭が在るから、其れを使いなさいまし。」

次郎長「ッたく!口の減らねぇ〜、ジジイだぁ。兎に角、煙吐いて茶を飲んだら、少し落ち着いた。」

主人「皆さん、御酒はお召し上がりでしょうか?」

次郎長「アタ棒よぉ〜、浴びるくらいと言いたいが、今夜はちょいと野暮用があるから、八人で二升も在ったら御の字だ。肴は地の物を頼むぜぇ!爺さん。」

主人「判りました。では、酒と肴を調達して参ります。お留守番をお願い致します。」


そう言うと大野屋の主人は、土間に降り例の水下駄を履て表に出ると、看板の行灯の灯りを消し、店ん中へ其れを仕舞います。更に大戸を全部閉めて、厳重に締まりをしてから買い出しに出掛けました。

大政「親分!何んですかねぇ?あの大野屋の主人。ちょっと臭く有りませんか?」

次郎長「確かに変んだ。大政、お前が最初(ハナ)一人で店に入った時は、煙たそうと言うかぁ、邪魔にしていたよなぁ。

それが、暫くして、俺の顔を見た瞬間、お客様とか言い出しやがって、突然上機嫌になったフリをしやがった。怪しい限りの態度だった。」

大政「其れに、俺と親分の二人を見て、アッシも親分も、互いの上下主従を明かさないのに、あの爺さん、親分の事を直ぐに決め打ちで『親分』と呼びましたよねぇ?」

次郎長「確かにそうだ。あの爺さん、亀崎代官所の回し者かぁ?亀崎の代官、竹恒三郎兵衛もそして保下田ノ久六も、俺が死んだと言う噂は耳にしているだろうが、どこまで信じて油断をして呉れているかは、未知数だ。」

大政「確かに、伊勢小幡での親分の葬式が、此方の計略だと思っているとしたら、代官所が隠密を此の大野に潜ませて、旅籠の看板を上げて待伏せするとも考えられますぜぇ。」

次郎長「第一、こんなに大きな旅籠に、奉公人が一人も居なくて、あの爺さん一人なんて商売が、普通、有り得ると思うかぁ?」

大政「何か訳在りだと思います。あの爺さん、代官所に駆け込みやしませんか?役人や取方を直ぐ連れて戻るんじゃぁ?」

次郎長「そいつは、構わねぇ〜。死ぬ覚悟は出来ている。もし、爺さんが取方連れて戻った時は、野郎ども!斬って、斬って、斬り捲り!そのまま代官所へ押し入るぜぇ?!いいなぁ、野郎ども。」

全員「ヘイ、合点でぇ!」

次郎長「ヨシ、爺さんが帰って来たら、問い詰めよう。きっと何か隠し事が在る筈だ。」


そうこうしていると、旅籠の主人、爺さんは二升の酒を背負って、大きな寿司桶を三段重ねにして、戻って参ります。

主人「酒は、此の辺りでは一番人気の『修羅若』が手に入りました。肴は寿司とヒラメの薄造り、そして初鰹の刺身(生)です。遠慮なさらず沢山食べて下さい。」

次郎長たちは、毒でも盛られたのでは?と、最初(ハナ)は警戒して、おっかなびっくり口に運んでいましたが、余りの旨さに箸が止まらなくなり、

いざと成ったら、八人が全員共に、命を捨てる覚悟は当に出来ておりますから、代官と久六を斬るまで、邪魔する相手は、皆殺しだと強い意志で、爺さんの酒と肴に舌鼓を打つのでした。

「美味い!美味い!」と、言いながら食べる子分を尻目に、次郎長が大野屋の主人に物申すのである。

次郎長「爺さん、この肴は本当に旨くて有り難いんだが、よーく考えたら銭を払って旅籠の料理を食っているんだから、遠慮なんて糞喰らえな訳だ。

あぁ〜、其れなのに、其れなのに、爺さん!お前さん、さっき変な物言いをしたよなぁ?『遠慮なさらずに沢山食べて下さい。』ッて。アレはどう言う意味何んだい?」

主人「エぇ、勿論、ご馳走させて頂きます、と言う意味で、親分さんからは、お鳥目をビタ一文頂くつもりは在りません。」

次郎長「へぇ〜、親分さんと、お前さん、アッシを気安く呼んでなさるが、アッシの事をご存知でぇ?!」

主人「知らねぇ〜で、何と致しましょう?!貴方は清水次郎長親分ですよね?!」

次郎長「エぇ〜ッ!俺は確かに清水次郎長だぁ!だが、爺さん、なぜ俺が次郎長だと知っていなさる?」

主人「そっちの旦那が、最初(ハナ)一人で見えた時は、断る気で居たんです。泊めるつもりは、サラサラ無くて。。。

でも、跡から親分が現れて、伊勢の小幡で、武蔵屋周太郎さんが、次郎長親分の葬式を出したって風の噂で聞いて居たから、

親分の顔を何度も、何度も見返して。。。やっぱり次郎長親分だと思って、葬式の噂は、親分の計略に違いないと確信して。。。

さては、非道の代官、竹恒三郎兵衛とか言う、深見の親分さんの仇!、其れにクッ付く金魚の糞!保下田ノ久六を、纏めて成敗しに来なすったに違いない。

そう思ったから、私は慌てて、表の看板を消して、中に仕舞い入れて、大戸の締まりもしたんです。」

次郎長「フーン、そうやってお世話をして呉れたって訳なんだ。そりゃぁ、なぜなんだい?」

主人「ハイ、親分。私は、貴方の子分だった。大野ノ鶴吉の実の父親!鶴右衛門と申します。」

次郎長「エッ!鶴吉の。。。オヤジさん。言われて見ると似てる。似てるぜぇ、とっツぁん。瓜二つだぁ。」

主人「似てる!似てる!と、よく言われますが、当の本人には、よく判りません。そんなに、似て居ますか?」


次郎長「さて、その鶴吉の奴は?何処に居るんだい?オヤジさん。」

主人「話せば長くなりますが。。。元々、私はボテ振りの行商の八百屋で御座います。畑を婆さんと二人で耕して、出来た野菜を近所と物物交換して、八百屋を営んでおりました。

鶴吉の野郎は、幼い時から手癖が悪く、婆さんの財布や私の売り溜ん中から小銭を盗み、ガキのくせして寿司なんぞを喰いたがる。

或る時などは、カブトムシを糸で吊るして賽銭箱に入れて賽銭泥棒をしたり、同じボテ振り仲間の魚屋を犬が魚を咥えて逃げたと騙し、干物を掻っ払ったりしておりました。」

次郎長「爺さん!そいつは、どっかで聞いた様な噺だなぁ、それで?」

主人「更に十五に成りますと、一端の賭博打(ばくちうち)で御座います。家を飛び出すと十日も二十日も帰って来ない。帰って来たと思ったら喧嘩して怪我して逃げて来やがる。

このまま、放って於くとろくな料簡にはならないぞと、深見ノ長兵衛親分から意見されて、長兵衛親分から『俺の兄弟分に紹介してやる』と、その紹介状を持って鶴吉の奴は清水湊の貸元の子分に成りやした。

そん時なんです。鶴吉が、本当に清水に行って親分に受け入れて貰えるかが心配で。こっそり付いて行って、親分のお姿を拝見していたから、親分だと判ったんです。

それから鶴吉の野郎の料簡が見る見る改まって、半年もすると汚い字ですが便りが来る様になって、二年が過ぎると、月に二両とか多い月には五両の銭が仕送りされて来る様に成りました。

私も婆さんも、次郎長親分を神か佛のように拝む気持ちになりまして、野郎が清水湊に出て十年が経った頃、婆さんの体調が急に悪くなって畑仕事が出来なくなります。

すると、次郎長親分から『俺は親孝行が出来なかったから、鶴吉!お前さんは両親が健在のうちに故郷に帰って親孝行して来い。』と言われて戻って参りました。」

次郎長「おぉ!そうだった、そうだった。」

主人「母親の婆さんが生きている時は鶴吉も畑を手伝いながら、八百屋をやっていたんですが、婆さんがとうとう病で亡くなると、

婆さんが生きている間は、堅気の自分を見せる事が一番の親孝行だと、鶴吉が申しまして、畑仕事と八百屋でしたが、

婆さんの初七日、三十七日、四十九日が済んだ跡で御座いました。次郎長親分から親孝行の門出だと渡された二百両が在るからと、言って、鶴吉は、この旅籠、茶屋旅籠の『大野屋』を居抜きで買って商売(あきない)を始めたのです。」

次郎長「成る程、そうでしたかぁ。あの二百両が役に立って何よりだ。其れで?鶴吉はどうなった。」

主人「ですから、この茶屋旅籠を始めたのは、一年半ほど前で、鶴吉本人が包丁が使えるもんで、茶屋旅籠はこの界隈の旦那衆にえらく評判となり繁盛しました。

そんな或る日、旦那衆が二十人ほどで大野屋にお出になり、鶴吉にこの旅籠の二階で、盆茣蓙を開帳したいと相談が御座いました。

鶴吉も元は賭博打ですから、保下田ノ久六の島内で、堅気が賭場を開く事が、どれだけ渡世の仁義に反するご法度かは、重々承知していますから断ったのですが、噺を聴くと。。。

保下田ノ久六の賭場が、そりゃぁ〜酷いそうです。普通、寺銭は五厘か一分が相場ですが、保下田の賭場は二分五厘取るそうです。

之れでは、金子を駒に変えた瞬間に勝負は負けですよ、十両を駒に変えたら七両二分しか貰えないんですから、胴元が取り過ぎですよ。

そんな盆なのに、稀に買った時が又大変で。。。やれぇ、ご祝儀をよこせと久六の子分が集りに来るんです。結局、尻(ケツ)の毛バまで抜かれてしまうと泣きが入ります。

鶴吉は賭博打の気持ちが宜く判りますから、二階を旦那衆に貸して、自身が壺振りなどを務めたりしておりました。」

次郎長「それで、どうなった?」

主人「最初(ハナ)は、月に二度。五日と二十日だけだったのが、半年もすると、五の日と十日、二十日、三十日の五日於、月に六回になります。

こうなると、保下田ノ久六の賭場が閑古鳥で、寺銭の上がりが明らかに減少しますから、どんなに馬鹿な久六でもおかしい!と、判ります。

或る日、二階に三十数人の旦那衆が集まりワイワイやっている所へ、久六の野郎、代官所の取方を連れて『御用!』と、踏み込んだんです。

鶴吉は、旦那衆から縄付は出せないと、必死に盾になり旦那衆を逃し、自分だけ、取方に捕まり、代官所の牢屋に入れられました。

鶴吉の奴が捕まる寸前、『オヤジ!堪忍してくれ、之で親孝行は打ち止めだ!其れでも堅気の旦那様には迷惑掛けらんねぇ〜、

此処で俺が仁義に反したら、保下田ノ久六と同じ穴のムジナ。次郎長親分に顔向け出来ねぇ〜!とっツあん!息子は死んだと諦めツ呉れぇ!』それが、かれこれ一月半ほど前の事で御座います。」

次郎長「それじゃぁ、鶴吉は生きているのか?代官所の牢屋で?」

主人「へい、死体を引き取りに来いとは言われてませんから、恐らく。」

次郎長「ヨシ、オヤジさん。鶴吉は俺たちが助け出すから、お前さんは、夜道になるが清水は池尻の和田島ノ太左衛門って貸元の所へ行って呉れ。此処に手紙を書くから、之を持って直ぐに頼む。」

主人「判りました。親分!鶴吉は、お前さんの教えを守り、立派な料簡で牢屋に居ります。宜しくお助け願います。

其れから一つ。親分にお土産が御座います。之です。尾張藩の御用提灯で御座います。親分が仇討に来たら、必ず渡すつもりで用意した品、是非、お持ち下さい。

又、年は取りましたが、私も十里やそこらなら歩いて行けます。明日朝六ツには、和田島の貸元の所に着きますから、ご安心下さい。」

次郎長「頼んだぜ、達者でなぁ!鶴右衛門さん。」


次郎長と子分七人が貪るように食事をする中、鶴右衛門は旅支度をして、裏口から清水湊を目指し出て行きます。

鶴右衛門「じゃぁ親分、何分宜しくお願い申します。首尾よくおやんなする事を祈りながら、道中参ります。皆さん!御免なすって。」

次郎長「爺さん、道中は夜道だ気を付けて。其れから倅、鶴吉の事は任せてなさい、必ず、助け出すから。」

鶴右衛門「ハイ、幾重にもお願いします。」

次郎長「和田島ノ太左衛門ドンにも、宜しく伝えてくんねぇ〜。」

鶴右衛門「ハイ承知しました。お名残り惜しゅう御座いますが行きます。」

大野屋の鶴右衛門は、水ッ鼻を擦りながら泪を溢して、清水湊を目指して出発致します。


すっかり仇討支度の済んだ八人は、時を待ち、九ツの鐘を聴いて火の始末を致しまして、大野屋を裏から出ます。目指す先は亀崎の代官所で御座います。

鶴右衛門が用意した『御本城御用』の、所謂、御用提灯で御座います。是は、夜中に代官所を出入りする際の、割符代り、通行証のような物で、門番に見せると代官所の門が開く仕組みで御座います。

城務めの経験がある大政が、この御用提灯を持って代官所の門へと向かいます。そして、「頼もう!頼もう!」と声を掛ける。

すると一段高い覗き窓から、門番は提灯を見て、その『御本城御用』の文字で、カンヌキを引いて扉を開けて申します。

門番「ご苦労様です。お入り下さい。」

すると、大政、提灯を左手に持ち替えて、握った右の拳で思いっきり、門番の小鼻を殴り付けて伸ばして仕舞います。

大政「早く中へ!!」

脇に隠れて居た七人を、代官所の中へ引き入れて門を閉めたら、大政、又カンヌキを致します。

すると、此処へもう一人の門番が、物見台から降りて来ますが、是も、大政が当身を喰らわして、伸ばしてしまいます。

次郎長「もう、いいだろう?門番は縄で縛りあげろ?殺すなぁ、縛って猿轡をかましてやればそれでいい。」

一同、牢屋が何処だか分かりませんから、狭い代官所の中ですが、二組に四人ずつに分かれて、提灯の灯は消して闇ん中、頬冠りをして西と東から代官所の建屋に入ります。

暫くして、次郎長、仙右衛門、石松、法印の四人の前に突然役人が現れましたが、電光石火!石松が是を斬り捨てる。

法印「親分!石の野郎が、役人を斬り殺しましたぜぇ、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」

次郎長「そいつは、飛んだ事をしたなぁ、石!」

石松「仕方ありませんぜぇ、親分。斬らなきゃ面倒な事になる。」

次郎長「判っている、ご苦労だった。だがなぁ、この先も、無闇な殺生はするなぁ。さて、アレが牢屋だ。法印と石松は、背後を見張ッていて呉れ。

仙右衛門、牢屋に鶴公が居るか?二人で見に行くぞ、サッ付いて来い。」

そう言うと、次郎長は柱に在った蝋燭を、手燭に乗せて、牢の内部を照らします。

次郎長「鶴公!ツル、ツル居るかぁ?ツル!」

鶴吉「誰だ?眩しくて見えねぇ〜よ。俺をツル!ツル!ッて、気安く呼び捨てにしやがって、何処の誰だ?貴様は。」

次郎長「俺だ!清水次郎長だ。鶴吉、貴様の父親に頼まれて助けに来た。」

鶴吉「エッ!親分でしたかぁ、こりゃまた失礼しました。」

次郎長「こりゃまた失礼って、お前は植木等かぁ?!」

仙右衛門「鶴、俺だ仙右衛門だ。今、鍵を開けて出したてやる。格子の方に出て来て呉れ。」

鶴吉「仙右衛門さんもご一緒で。」

石松「俺と法印も居るぜぇ!」

鶴吉「その声は、石さん!久しぶりだなぁ〜」

法印「大政、小政、奇妙院、そして大瀬ノ半五郎も一緒だぜぇ。」

鶴吉「法印のぉ〜、懐かしい。」

次郎長「懐かしい挨拶は後にしろ!サッ、鶴吉を出したら、代官の竹恒三郎兵衛を斬りに行くぞ!」

そうしておりますと、西から入った四人も牢屋の前に到着しまして、鶴吉の無事を共に喜んでおります。

そうしていると、牢の中の鶴吉と一緒に受牢中の囚人たちが、「鶴兄ぃ〜!アッシらも一緒に出して下さい!」と、言い出します。すると、次郎長。

次郎長「お前さん達は、出ない方が良い。お前さん達の着替えは無いし、囚人着のまま出て又捕まると、罪が重くなるだけだ。島流しで済む野郎は打首獄門、寄場送りは島流しだ。

逆に大人しく此処で我慢していたら、死罪は島流しで済むし、島流しは寄場送りだ。此処で辛抱する方がお前さん達には得だぜ。

ただし、お前さん達を此処に留め置くが、声は立て無ぇ〜で呉れ。其れだけは頼む。清水次郎長、一生のお願いだ。」

そう言って次郎長は、再び、牢屋に錠舞を掛けさせて、鶴吉だけを助けます。更に鶴吉には、囚人の衣を脱がせ、石松が斬り殺した役人の着物を着せて、大小も腰に差すようにと申します。

次郎長「鶴吉、どうだ?その刀切れるか?」

鶴吉「役人の脇差にしちゃぁ〜上モンです。鈍刀じゃ御座んせん。」

次郎長「ヨシ、鶴!お前は此処大野の在で、訛りが使える。その御用提灯で、代官屋敷に行って門番を騙すには、打って付けだ!」

鶴吉「合点!任して下さい。」


そう言うと鶴吉の案内で、代官竹恒三郎兵衛の下屋敷へと参ります。『御本城御用』の提灯を翳して、鶴吉が六尺棒を片手に提灯を見せておりますから、

是を窓をガラッと開けて見た門番は、こんな夜分ではありますが、火急の用でお城から、使者が代官屋敷に来たと思いますから、慌てて門を開ける。

代官所での大政のプレイバックを見ている様に、出てきた役人を、鶴吉の方は六尺棒で退治する。そして、二人目の門番も声を上げる暇も与えず当身で倒して仕舞います。

そして、外に居た八人に合図を送り代官屋敷へと向かい入れるのです。そして、いよいよ、次回は本当にクライマックス!!


血煙!大野の代官斬り


を、間違いなくお送りします。ダレ場が二回続き、如何にも講釈らしい展開ですが、次回をお楽しみに。



つづく