横浜にぎわい座の地下;のげシャーレホール開催の講談の会。
神田京子さんが、7年続けている会で、過去に2回聞いています。
これが三回目、会談噺をやると言うので、連続ものか?と、
期待して言ったら、テーマを決めて、読み切りの会でした。
今回のテーマは、「もののけ」で、メインは佐賀の夜桜、鍋島の化け猫です。
流石、講談師の中でも人気者の京子さん、120人くらいは集まっていました。
神田京子さんが、7年続けている会で、過去に2回聞いています。
これが三回目、会談噺をやると言うので、連続ものか?と、
期待して言ったら、テーマを決めて、読み切りの会でした。
今回のテーマは、「もののけ」で、メインは佐賀の夜桜、鍋島の化け猫です。
流石、講談師の中でも人気者の京子さん、120人くらいは集まっていました。
オープニングは、出囃子の代わりに、ショッキングブルーの「ヴィーナス」で登場。
なんと!手拍子が起きて、ノリノリで登場する京子さん。
この日もマクラを振りながら、東北の民話を幾つか紹介するのでした。
旦那さんと、3.11の復興支援のボランティアで東北を数回慰問。
その先々で仕入れたお話を、自分なりに講談仕立てにした噺でした。
この京子さん、去年1年間も独演会の後、募金箱を持って活動支援金を集めておりました。
それで集まったお金が10万円8千7百拾円、これを資金にして、
旦那さん(現代詩人で朗読もなさります)と二人、
詩の朗読と講談の夫婦芸人として、東北を慰問で回ったそうですが、
みなさん現地のボランティアさんが、宿泊、食事の世話をして下さるので、
東京から仙台までの旅費だけで、あとはお金が掛からず済んだそうです。
そこで、こんなに東北の皆さんが親切ならば、老後は夫婦で根無し草の芸人として、
地元の情けだけに縋って生きて行こうか?なんて事を考えたそうです。
そんな事を笑いにしながら語る京子さんですが、全仮設住宅を廻るなんてそうそうできません。
さて、前半のテーマ;民話と話芸。その起こりは、座敷に語べを囲んで10数人の聞き手。
蝋燭が1本、2本点されて、その灯りの中で、民話が語られたのです。
その雰囲気を再現しようというので、京子さん1本2千円、仏具屋に売っている、
今時のデジタル蝋燭を2本持参し、それを釈台の両端に立てて、講談民話を語りました。
まず、1つ目は、福島県いわき市の民話、巨人伝説ですね、久ノ浜のだいだらぼうです。
日々、太平洋の魚介を食べて暮らすだいだらぼうに、「あたいにも、おくれよ」と声を掛けるものが居る。
誰だろう?と、だいだらぼうが振り返ると、そこには、三盛山に腰掛けた大女!!
それは、だいだらっ子でした。だいだらぼうとだいだらっ子が出会い、二人一目惚れ。
仲良くなり、二人仰せを重ね暮らした後が、和泉町の大幡地区にある貝塚となったという話。
次に、福島は双葉の話です。この話に入る前に、チラシが落ちるガサガサ音がして、
京子さん、話を中断して天海祐希の舞台の代演を宮沢りえが勤めた話題に脱線!!
なんでも、その舞台を京子さん観に行ったんだそうです。
そして、配られたチラシを、今と同じく床に落として、シーンと静かな場面だったので、
その音が会場中に響いて、大変、恥ずかしい思いをしたらしい。
そうそう、京子さん、天海祐希さんが出た舞台も先に観ていて、
宮沢りえの代演となったものも観て、見比べができたと喜んでおりました。
そんな予断を挟みつつ、90歳の松木老人から聞いたという民話を語る京子さん。
その松木さんから聞いたお話その1が、双葉の渋川にある石仏のお話です。
石仏とは、地蔵のように人間の形をしているわけではなく、単に楕円で先の尖ったもの。
その石に、赤い布がタスキみたいに掛けられている。
なぜ、この普通の石が“石仏”と呼ばれるようになったのか?
それは、昔、渋川にそれはそれは美しい女性が居ました。
ここで、その娘がどのくらい美しかったのか?この喩えで、
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
このフレーズをアラビア語と、北朝鮮語で披露した京子さん。
勿論、前者はちゃんとやり、後者にはギャグが入って笑いにします。
この美しい娘、何か村で行事があると宴席に呼ばれて、
酒の相手や、唄や踊りを披露したりしております、ある日。
この年、村にできた新しい堤の完成を祝う宴で、代官に呼ばれた娘、
いつものように酒宴の相手をしている。
そして、盛り上がった場が、一瞬、静寂を打ったその時でした。
酒が切れているのに気付いた娘、酒を取りに台所へ。
急に立ち上がったので、下腹に力が入り、それはそれは大きいのを、
一発!!“プゥー”と、皆に聞こえる音量で出してしまった。
そうです可愛い放屁。オナラ、へ、転失気を一発やらかしたのです。
すると、娘。よっぽど恥ずかしかったのでしょう、表に飛び出して、
真っ赤になり、街道の松の根方でうずくまり、そのまま石になったのでした。
あまりに不憫に思った村人が、これに赤いタスキを掛けて、これを石仏にしたという話。
三つ目も松木老人の話でしたが、これは有名な遠野の河童伝説です。
いじめられていたた河童を、ある村人が助けて、後日、食あたりで難儀をした時、
この河童が恩返しに野にある薬草で薬を煎じて助かった。
更に、この村人は河童秘伝の薬草から作る薬で、一儲けするという話。
最後は、松本町に伝わる蛇塚の松由来お話でした。
これは、講談仕立てでやると時間がないので、あらすじだけ。
ある村人が田んぼに赤ん坊を連れて行って作業をしていると、
その赤ん坊が、蛇に襲われる。怒った村人たちは、この蛇を叩き殺したが、
後日、蛇のたたりで村に不幸が続いた。よってお祓いを頼んで、
蛇の鎮魂の為に松を植えて、蛇を祭ったら、この松が蛇がトグロを巻いたように成長したという話。
実際に、そんな松が松本町にはあるそうです。
ここまで40分程度の時間を要して、この日のメイン;佐賀の夜桜/鍋島猫騒動へ。
この噺も、講談では本当におなじみの作品。
1年くらい前の晩夏の頃、田辺銀冶さんでも聴いている噺です。
鍋島藩34万石に起きた事件を元に、化け猫騒動が起こります。
元は、鍋島家の主君筋だった、龍造寺。この龍造寺家で起きた事件に、
この鍋島猫騒動は端を発します。
龍造寺家は、秀吉の時代、秀吉に逆らいお家断絶。その後、龍造寺の土地を仕切ったのが、
龍造寺家のNo.2だった、鍋島家でした。で、鍋島家は龍造寺家があまりに不憫なので、
この一族を客分として、無役ながら1千石の家来として召抱えていました。
そんな龍造寺家、現在の当主:又八郎には、子供がないので、養子を貰うことに。
名前を藤三郎とつけて、末は、龍造寺家の当主にと育てていました。
ところが、藤三郎が十二歳の時に、又八郎の妻が懐妊。男の子を産みます。
これを又七郎と名づけて育て始めた矢先、又七郎は三歳で病に掛かり目を患います。
必死の看病の甲斐もなく、又七郎はめくらに成ってしまうのです。
こうなると、更に我が子が可愛く、両親の寵愛は、又七郎1人に注がれて、
藤三郎は、疎ましい存在へとだんだん変わります。そんな又七郎十六歳のある日。
剣術の稽古をしている時のやり取りで、又八郎が藤三郎を折檻します。
すると、あまりに厳しい折檻に、絶えかねた藤三郎の手が刀のツカに手が掛かる。
起こった又八郎が大刀を抜いてこれに切りかかる。そして…
同時に抜いた刃が、双方の首を跳ねて同士討ち。
二つの首が宙に舞って、桜の木の碁盤の上に並んだという。
後日、この碁盤に二人の怨念が宿り、気味悪がった龍造寺家は、
この碁盤を道具屋に二束三文で売り払うのですが、
これが廻りまわって、鍋島のお殿様の手に入る。
そして、ある夜、鍋島の殿様と又七郎が碁を打っている時に、
この二人の怨霊の仕業なのか?殿様に又七郎が手打ちにされる事件が起きる。
だが、殺した事実を隠す鍋島家。それを探る龍造寺の未亡人。
ここで、又七郎の死の真相を探るのが、龍造寺家に飼われていた黒猫タマ。
結局、タマが未亡人に事の仔細を伝えて、未亡人は自害して化け猫に変身。
化け猫となって、又七郎の恨みをはらさん!とばかりに、
数々の祟りを、憎き鍋島の殿様に対して起こすという噺に展開します。
ちょうど50分ぐらいで、殿様の側室に化け猫が乗り移って、
殿様を狙う辺りまでの読みきりでした。
神田京子さんらしい分かり易い講談でね。
本当に講談が好きな人には、やや漫画チック過ぎますね。
でも、初めて聴く人や神田京子ファンには大満足の会だったでしょう。
私、次回はヨチヨチSWANと重なっているので休むけど、
12月にやる四谷怪談には、できれば参加したいと思います。
私は、好きです神田京子さん。俗っぽい講談ですけどね。