神澤「何んだ?兄弟、俺を捕まえて、渡すだの受け取るだの。。。人を黄檗山の『金明竹』みてぇ〜に、渡す!受け取る!ッて何のつもりだ?」

まだ、仔細が飲み込めない神澤ノ小五郎に、頬冠りを取った次郎長が、含んで聴かせるような口調で噺始めます。


次郎長「おーう大五郎!大いにご苦労だった。」

法印「親分!道具七品は、こちらで御座んす。」

次郎長「大五郎、ついでに此の合羽と笠を、其方で預かって於てくれ。やい、のんこの茶碗!貴様が、南部の浪人、尾代小五郎こと、神澤ノ小五郎ッて渡世人(サンピン)かい?」

神澤「へぇ、お見それしまして申し訳ありませんが、確かにアッシが南部生まれの神澤ノ小五郎で御座んすがぁ〜、どちら様で御座んす?」

次郎長「オイラは、駿河國は川辺郡、清水湊の山本長五郎、通称・清水次郎長ッてもんだ。この面、覚えといてくんなぁ!」

神澤「エッ!貴方があの有名なぁ、次郎長さん。兼ねてよりその噂は、雷のように轟いております。法印の友達衆(ダチ)かと思いまして失礼致しました。

親分さんでしたかぁ〜、ご無礼しました。ハイ!アッシが南部藩浪人の尾代小五郎改め神澤ノ小五郎に御座んす。」

次郎長「いやぁ〜立派な仁義、痛み入ります。さて、この若衆に見覚えは無いかい?」

神澤「此方の若衆が、どうかなさいましたか?」

次郎長「そいつは、今から四年半前!」

神澤「エッ!。。。」

次郎長「驚きなさんなぁ。此奴は、興津の魚問屋『枡川屋』の倅で、仙右衛門ッてんだ。忘れたとは言わせねぇ〜ぞ!興津の枡川屋、お前が間男したお美津の亭主、佐太郎の一人息子だぁ。

貴様は、その佐太郎を興津出町の松並木、其処でお美津と企んで罠に嵌めて斬り殺し、大枚六十二両を盗んで甲州東島、武井村へと逃げて来た。そうだろう?!

更に此の甲州で、武井ノ安五郎の子分に成って駆け落ちしたお美津は安五郎へ妾として差し出し、二十五両で売っ払ったそうじゃないかぁ?

こっちはなぁ、お天道様と同じで、すっかり全部お見通しなんだ? いいかぁ?其の仙右衛門が父親の仇討ちをしょうッてんだ。万一、貴様の腕が勝る様なら返り討ちは覚悟の上だ!

その代わりこっちの腕が確かなら、貴様の其の命を貰うから、覚悟して支度しやがれ、ベラ棒めぇ〜。」

言われた小五郎の方は、慌てて背後に飛んで、次郎長と仙右衛門に挟まれながら、刀が簡単には届かぬ距離を確保した。そして、言葉を選びながら、次郎長に返事を致します。

神澤「冗談言っちゃいけない。夢みたような事を言いなさんなぁ!あの当時は、確かにアッシは東海道を東へ西へ彷徨って旅してましたが、そんな人殺しはやっちゃいません。」

次郎長「何にを言いやがるんだぁ!白らこいのぉ〜、問うに落ちず、語るに落ちるとは此の事ッたぁ〜、手前ぇ〜自らの口から白状してやがる。

ヤイ、あの当時は東海道を東へ西へフラッカ!フラッカ!歩いていたと云いやがったなぁ〜、あの当時とは、何時を差した言葉だい?

貴様、言い逃れして、この次郎長を、煙に撒こうたってそうは問屋が卸さねぇ〜よ!ネタは上がってんだ、こっちには立派なな証人が在るんだ!観念しやがれ、ベラ棒めぇ〜!」

神澤「こりゃぁ〜面白い、証人てぇ〜のは、何処のどいつですかぁ?!」

次郎長「お前の隣に居る!法印ノ大五郎よ!!」

神澤「エッ?!」ッと一瞬絶句した神澤ノ小五郎。「大五郎!お前、まさか?」

法印「流石、南部の指南番、察しが早い。すっかり吃安が間男した日に、俺は全部野郎の口から聞いているだ!観念しろ!小五郎。

お美津と組んで佐太郎さんを殺して六十二両奪ったのも、代官所に追われて吃安に匿われた事も、その吃安に二十五両でお美津を叩き売った事も、みーんなぁ次郎長親分に噺ちまった。潔く討たれちまえよ、小五郎。」

神澤「やい!法印、貴様は無職渡世の風上にも置けねぇ〜半端者の外道だぁ、俺は之まで数多の侠客と交際(つるんで)来たが、お前のような不実なぁ兄弟分は、見た事ねぇ〜!!」

法印「巫山戯るなぁ!どっちが不実だあ?どっちが半端者だ?人の内儀を取った上に、亭主を殺して銭を奪う!そんな外道が、他人を不実と云うたぁ〜、片腹痛いわぁ!」

神澤「其れは確かに事実だが、俺様は別なんだぁ、特別なんだ!選ばれし者だぁ。 もう、こうなりゃ仕方ない。どいつもこいつも、三人纏めて、返り討ちだ!覚悟しやがれぇ、三人纏めてあの世に送ってやる!」


ズラッと抜いた段平は、渡世人や町人が使う二尺足らずの道中差より明らかに、長い技物で、鞘払いの抜く仕草を見ただけで、此奴はできる!と、感じさせる堂に入った態度で御座います。

ですから、初めて真剣勝負の仙右衛門は、かなり緊張した表情でしたが、チャリン!チャリン!と、二、三度、刀同士をぶつけ合うと、極度の緊張が解れて来て、四年半の修行の成果を感じさせ始めます。

一方、次郎長はと見てやれば、兎に角、仇討ちですから、ここは最初(ハナ)一の太刀は仙右衛門に入れさせたいと願いつつ、

後にかの一刀正伝無刀流の山岡鉄舟をして、『凄腕』と言わしめた腕前と、無名ですが確かな備前の名刀を、何時でも抜けるように身構えながら、無言の圧力を神澤ノ小五郎に向かって発し続けます。

この圧をひしひしと感じている神澤は、五分は仙右衛門へと攻撃をしつつ、何時何時(いつなんどき)次郎長の刃が飛んで来ても対応できる様に五分は次郎長への受けに備えております。

そして、次第に仙右衛門の方が、小五郎に押され気味に成り出した、その時、次郎長が刀の柄に手を掛けた瞬間、小五郎が是に対応すべく、七、八割の神経が次郎長に向いたその時でした。

法印大五郎が、しめた!と言う表情になり、長ドスを居合の要領で抜き、神澤ノ小五郎の左腕をバッサリと斬り落としてしまいます。

「ウぁッ!!」っと叫んだ小五郎、右手で斬られた左腕を掴み刀を落としたその刹那、仙右衛門の鋭い太刀筋が、小五郎の肩から胸まで斬り込んで、天高く血飛沫を上げた小五郎は、大の字に倒れて絶命致します。


次郎長「大五郎、何をしやがる?!」

法印「何をッて、仇討ちの助っ人ですよ、決まってるじゃないですか?」

次郎長「馬鹿かぁ?お前は、第一の斬り込みは仙右衛門にやらせてやるのが、人情だろう。それを助っ人の貴様が奪ってどうする?」

法印「だから、命は取らず、腕だけ落としたじゃないですかぁ〜、それを馬鹿とは何ですかぁ、馬鹿とは。」

次郎長「まぁいい。仙右衛門、早く首を切り落として油紙に包んで、葛籠ん中へ終え!」

法印「野郎の死骸はどうします?」

次郎長「そいつは抜かりない。穴が裏の墓場の跡地に掘ってある。首を仕舞ったら胴は大五郎と仙右衛門で埋めてしまえ。」

仙右衛門「本当に、有難う御座います、叔父さん、そして、法印のおじさんも。」

法印「小五郎の死骸の始末は判りましたが、親分、お美津、内儀の方はどうなさいます?今は、吃安の妾になってますから、厄介ですぜぇ!」

次郎長「そいつは、オイラに任せてくれ。お前と仙右衛門は、先に清水湊へ帰って、佐太郎さんの墓の在る大長寺へ手向に行って、墓前に見せたら、後はその首、遠州灘に放り込んで仕舞え。」

法印「任せろッて仰りますが、どうするんですか?神澤ノ小五郎が戻らないから、用心されませんか?」

次郎長「なぁ〜に、心配は要らねぇ〜、俺が吃安に正面切って噺をして、お美津を引き渡して貰う。」

法印「ですから、親分!武井の貸元と噺をしても無駄ですって!常識が通用する相手じゃ有りませんから。」

次郎長「そうは、言うが誠意を見せれば、鬼の目にも、涙ッて事が有るかも知れん。当たって砕けろだ。」

仙右衛門「其れじゃぁ、叔父さん、私と法印のおじさんは、先に興津に帰りますが、叔父さん、気を付けて無理をなさらないで下さい。」

次郎長「宜いって事よ。用が済めばこんな所に長居は無用だ!さぁさぁ、早く行け。」


そう言われて枡川屋仙右衛門と法印大五郎は神澤ノ小五郎の首を持って、仙右衛門の父・佐太郎が眠る興津は大長寺を目指します。

一方、次郎長は武井の貸元、吃安に直に談判する為、再び山へと登り、又、この交渉がきっかけで、漢を売り出す事件が巻き起こるのですが、其れは又次回のお楽しみ!!



つづく