ドンドン、ドン!信濃屋義左衛門の店の戸を激しく叩く音が致します。刻は既に五ツ半を過ぎて四ツ近い深夜。番頭の治兵衛は、小僧に無闇に開けてはならぬと、釘を刺します。
小僧「何方ですか?当店は六ツの鐘が鳴りますと、店仕舞いに御座います。もう四ツ近くに御座います。明日朝五ツに商いを致しますので、又のお越しをお待ち申します。どうか今晩はお帰り下さい。」
お玉「私だよ、亀ドン!早く開けておくれ。」
と、明らかに女の声で戸を開けて欲しいと言われます。しかし、盗賊が蔓延るご時世ですから、小僧の亀吉は、用心深く対応致します。
亀吉「お玉お嬢様ですか?老婆やもご一緒に?!なぜ、こんな夜分に?」
お玉「母の実家浮田屋に居たら、盗賊に襲われて、庭へと逃げて老婆やの梅と命からがら逃げて参りました。早く開けてなさい!亀ドン。」
亀吉「分かりました、本人ならば、合言葉をお願いします。山川?!」
お玉「豊!こんばんは、鳥羽一郎です。」
亀吉「おー!ッ、お嬢様に間違いない。では、戸をお開けします。」
と、小僧の亀吉が戸を開けると、娘のお玉に続いて老婆やの梅ではなく、大入道の巌慶が入って参りまして、其の跡を梶原五左衛門以下二十一人の盗賊どもが雪崩込みます。
いずれも、連中は目だけを出した頭巾を着用し、大段平を抜身に抱えてドカドカと押し込みます。
亀吉「あぁ、大変だ!旦那様、賊で御座います!」
と、亀吉が叫びましたが、直ぐに梶原五左衛門が斬り付けて亀吉を殺害いたします。
人殺し!!
番頭治兵衛の声を聞いて、奥から信濃屋義左衛門が出て参りましたが、娘と老婆やが人質に取られて、亀吉の無残な死骸が転がっております。
梶原「静かにしろ!騒ぐと、お前ら全員皆殺しだ。早く表の戸を閉めろ。」
手代と小僧が、震えながら戸締りを致しますと、残りの者は義左衛門以下縛られて仕舞います。
梶原「やい!主人はどいつだ? 貴様か?」
義左衛門「ハイ、私で御座います。どうか?命ばかりはお助け下さい。」
梶原「貴様の親戚、浮田屋と言う絹問屋に押し入ったんだが、思ったよりも金子が少ない。二十人からで押し入ったのに、三十両しかない有様だ。
そこでこの人品宜しい美しい娘を見付けた。更に浮田屋に脅しを掛けたら、娘の実家呉服問屋の信濃屋ならば、千両は硬いと聞いて、この娘をダシにやって来たと言う訳だ。
娘を女衒に売られたく無かったら、千両箱の一つも出して貰おうか?サッ、千両箱を出しやがれ!!」
義左衛門「千両箱なんて、宇都宮のしがない呉服屋には有りません。」
梶原「無いはずがなかろう?娘を女郎にされても宜いのか?信濃屋。」
義左衛門「店の間口だけは、見栄で大きく張って在りますが、銭が有りそうで無いのが商人で御座います。」
梶原「無さそうで有るのが借金だと言いたいか?このベラ棒め!こちとらなぁ〜、万金が蔵に唸っていると踏んでやって来たんだ!」
義左衛門「どう致しまして、無い袖は振れません。日々の売り上げで、やっとお米を買って暮らしております。」
梶原「舐めた事をぬかしていると、本当に娘、女衒に売り飛ばすぞ!宇都宮城下で一、二を争い三とは下らない天下の信濃屋さんが、日銭の売り上げで米を買うはずが無かろうに。
おい!野郎ども、蔵ん中をひっくり返して来い!!」と、言うと信濃屋義左衛門を、拳骨で思いっきり殴り飛ばします。
そして言われた手下が、ご金蔵と思しき所を探してみますと、千両箱が二つ錠舞の掛かった状態で見付かります。
是を見た梶原五左衛門、怒りに任せて、更に義左衛門の胸を、思いっきり足蹴りに致しますと、哀れ義左衛門、動かなくなってしまいます。
梶原「野郎ども、千両!箱のまんまじゃ運びにくい、錠舞を壊して裸小判で運び出せ!」
坊主上がりの巌慶が、自慢の如意棒を取り出して力任せに錠舞を一発!二発!と叩き付けると、ギシギシ軋む様な音がして、三発目で蓋が開いて、中から山吹色した小判が現れます。
是に二十人の子分たちが我先に群がってアッと言う間に、千両箱は空になり。また、次の千両箱も錠舞が壊されて空っぽになるのでした。
そして、盗賊が去った後、娘のお玉と老婆やの梅が、二人して縛られた奉公人の縄を解いて、グッたりした父親、義左衛門の側に寄りますが、義左衛門はもう息絶えてあの世で御座います。
お玉と女房のお藤が泣いて義左衛門の亡骸へ縋り付きますが、もう事切れた後で、亀吉同様に返事は御座いません。
アさて、烏カァ〜で夜が明けますと、奥平大學町奉行をはじめ宇都宮藩は、慌ただしくなります。そして、自警団を組織している筑紫市兵衛の元にも、この信濃屋襲撃の強盗の一件は、直ぐ伝えられます。
是を聴いた市兵衛、この機会こそ!奥平家への恩返しだと思いますから、何としても、梶原五左衛門一味を、一網打尽に仕留めてやろうと考えます。
そして、その様な思いで居ります筑紫市兵衛は、間髪入れず奉行の奥平大學屋敷を訪れます。
市兵衛「御免下され!筑紫市兵衛に御座います。」
取次同心「之は之は、仲小町の先生。今日はどの様な用向きですか?」
市兵衛「例の信濃屋の一件で、お奉行にお逢いしたいのだが、お奉行は在宅で御座いますか?」
取次同心「ハイ、居られます。お取次致しますので、少々お待ち下さい。」
そう言って取次同心が、奥へと消えて奉行の大學を呼びに行く。そして直ぐに、市兵衛は奥の客間に通されます。
大學「筑紫先生、梶原五左衛門の盗賊一味の件でしたら、二千三百両が盗まれて、主人の義左衛門と丁稚の亀吉の二人が殺害されました。」
市兵衛「して、お奉行!どうなさるおつもりで?」
大學「梶原一味は、空き寺や梶原の旧領地の農家を転々としながら、町奉行所の目を避けて盗みを行ってはいるが、二十三人からの大勢由えに、潜伏先が滝谷町の空き寺『浄雲寺』と目星が付き申した。
由えに、明日は朝から五十人の取方、与力・同心を組織して、拙者自らが指揮を取り、梶原五左衛門一味を一網打尽に致す所存に御座る。」
市兵衛「奉行自らが、宇都宮十八万石の威信を掛けて出張るとなると、之は失敗は許されませんなぁ。ならば、先陣をこの市兵衛に任せては貰えませんか?」
大學「それは、如何なる考えに御座るか?筑紫先生。梶原五左衛門は、ご存知の通り奥平家家臣で御座った。それが首領を務めて悪事を働くからには、町奉行が討ち取るのが筋で御座ろう?!」
市兵衛「確かに、それが道理では御座いますが、万一にも、五十人の配下を組織して、大學様が梶原五左衛門を逃しでもしたら。。。切腹は免れません。
ですから、上手の手から水が溢れぬ為に、石橋を叩いて渡るので御座る。拙者一人にて、浄雲寺へ参るならば、旅支度で迷い込めば、奴等は油断して、
旅人を追い剥ぎに掛けようと致すに相違御座いません。そうして於いて、奴等を一気に攻めれば、二十三対一の勝負でも、案外上手く行く様に思うのです。」
大學「確かに、筑紫先生は薩摩の示現流の達人七人を一人で馬を用いて蹴り殺された実績が御座いますが、梶原五左衛門も一刀流の使い手に御座いますぞ。」
市兵衛「其れは存じております。しかし、いきなり奉行が出張られるよりは、この筑紫市兵衛に任せて下さい。必ず、最悪、手傷を与えて命懸けで一味を成敗致します。」
大學「ただ、拙者の一存で筑紫先生に盗賊成敗の許可は出せません。大殿大膳大夫様と重役面々の同意なくして、貴方を梶原征伐には行かせられません。」
市兵衛「承知致しました。其れでは、宇都宮藩重役会議にて、梶原五左衛門討伐の許可・同意を頂戴致しとう御座います。」
こうして、町奉行奥平大學の発議にて、『筑紫市兵衛に対する梶原五左衛門討伐の是非』が審議された。
中には、大殿や町奉行大學に贔屓にされている筑紫市兵衛の事を快く思わない連中もあり、梶原討伐は、断固、町奉行所並びに藩で行うべしとの意見もありましたが、
あの氷川神社での競馬にて、天晴れ!仁科孫大夫を打ち負かした手腕、並びに、薩摩浪士七人を馬蹄で蹴散らし成敗した業が有れば、梶原五左衛門一味など簡単に打ち負かせるとの声も上がります。
そして、何より大殿大膳大夫に繋がる、若殿九八郎公、家老奥平帯刀と町奉行奥平大學、そして勘定奉行山本主水之丞の主流派が後押ししますから、
大殿大膳大夫様からの下知ではないが、町奉行奥平大學が許すかたちで、宇都宮藩として筑紫市兵衛が先陣を務めて梶原五左衛門一味の討伐する事お構い無しとした。
ただし、町奉行奥平大學を総大将とした五十人の取方も派遣して、先陣筑紫市兵衛が浄雲寺へと討入った後、寺を五十名で包囲して市兵衛が呼子笛を鳴らすまでは待機する事にした。
アさて道場に戻った市兵衛は、弟子には何も語らず旅支度の様な姿(ナリ)を拵えて、七ツの鐘を聞きながら滝谷町の浄雲寺へと出発した。
さて、市兵衛の姿はと見てやれば、此処は武家姿は具合が悪いので、先ず髷の髻(たぶさ)を膨らませて町人風に致します。
そして刀も愛刀の志津三郎兼氏では商人には見えませんから、二尺に満たない長脇差を一本ブチ込んで落とし差しに致します。
振分けの荷物を抱えて薩摩絣に、だんだら筋模様の廻し合羽に菅の三度笠、手甲脚絆に草鞋履きと言う旅姿で御座います。
仲小町の道場を出た市兵衛、急ぎ足で滝谷町にある浄雲寺へと来て見れば、奥の方から盗賊どもが宴会をしているのか?賑やかな声が聴こえて参ります。
ヨシ!この荒れ寺に違いないと思いながら、市兵衛が中の様子を伺おうと、門の影から覗く見ようとした瞬間に、
中の方から歳の頃は二十七、八。背の高いガッちりした僧侶、巌慶と鉢合わせになってしまいます。そしてビックリした市兵衛に、巌慶が。
巌慶「おや?もしも、旅の人?」
市兵衛「ハ、ハ、ハッハイ。ななな、何か御用ですかなぁ?!」
巌慶「其れは、こっちの科白だ!こんな夕間暮れに、こんな所で商人が、何の用だ?!」
と、怒鳴り付ける巌慶。是に対して、市兵衛は『締めた!』と思い怖がる振りを致します。
市兵衛「いや、宇都宮城下に参る途中、この荒れ寺の前を通ると、何やら中から賑やかで楽しそうな声が致しますから、『何だろう?』と、覗いて見ただけで御座います。」
巌慶「何処から来た?!」
市兵衛「野州佐野からで御座います。」
巌慶「佐野?商人か?」
市兵衛「ヘイ、酒屋の番頭で御座います。主人の掛取の帰りに御座います。」
巌慶「そうか、宇都宮の旅籠に泊まる途中か?」
市兵衛「ハイ左様で。」
巌慶「宇都宮城下まではまだ、二里はあるぞ。どうだ?拙僧が、此の寺に泊めてやろうか?困った時はお互い様、袖振り合うも多少の縁だ。」
市兵衛「本当ですか?有難う御座います。」
巌慶「では、拙僧に付いて奥へ来なさい。」
市兵衛「有難う存じます。」
と、市兵衛は巌慶に連れられて、荒れ寺の中へと入って行きます。荒れ放題の玄関で、一応、草鞋を脱ぐように言われて、汚い廊下を進むと広い部屋があり、畳はササ呉れて所々剥げてはおりますが、如何にも『盗っ人宿』で御座います。
巌慶「サさぁ、中へどうぞ!」
市兵衛「ハイ、有難う御座います。」
そう言って部屋の真ん中まで、市兵衛が進みますと、突然、左右のボロボロの唐紙が開いて、十一、二人の盗賊が現れました。
そして、全員が片手に何やら武器を持ち、薄ら笑いを浮かべるような顔で市兵衛を睨んでおります。
そんな中、首領の梶原五左衛門と思しき四十凸凹の侍が、巌慶の横にピタリと張り付く様に立って、低い声で市兵衛に対して話し掛けて参ります。
梶原「ヤイ!間抜け野郎。此処はもう寺なんかじゃない。出家とその弟子たちはとうの昔に何処か遠くへ消え去って、空き寺になっている、其処へ俺たち盗賊が、盗っ人宿に丁度良い塩梅だと転がり込んだ、
そんな地獄の一丁目!、と言って二丁目や三丁目の無い、東村山とは些か違った、恐ろしい所なんだ!さあて、命が惜しけりゃ、有金全部、イヤ!身包み脱いで此処に置いて行け!」
市兵衛「ひぃー!!ワワわ、輪が三つ!ミツワミツワ!。。。ワワわ、分かりました。金子は置いて参ります。イイい命ばかりは、お助け下さい。」
と、梶原五左衛門の啖呵に、筑紫市兵衛は怯えた風を装って、盗賊の人数が二十三人、全員居る事を確認して、続けます。
巌慶「早くしろ!出さねぇ〜かぁ?!」
市兵衛「出します。出します。どうせ、因業な主人の金子で御座います。胴巻に百両一寸御座いますから、今、お盗賊様に差し上げます。」
巌慶「盗賊に、おを付けてどうする?!」
市兵衛「金子は差し上げますが、どーか、着物まで剥ぐのは勘弁下さい。旅が続けられません。」
巌慶「よし、素直に百両出せば、命と着物は許してやる。早く出せ!!」
そう言われた市兵衛は、クルりと背を向けて廻し合羽と三度笠を取ると、又、ゆっくり正面を向き直して、首領の梶原五左衛門を睨んで、見栄を切ります。
市兵衛「おう!おう!貴様が、此の盗賊一味の親分、梶原五左衛門で間違いないかい?!」
梶原「何んだと?余りに怖くて気が触れたのかい?町人。」
市兵衛「気は確かだよ!梶原五左衛門かい?と、聞いてるんだ!」
梶原「あぁ、そうだ。元奥平家物部役、梶原五左衛門だ、それがどうした?それより、早く金を出せ!」
市兵衛「うん、分かった待て待て、金は出してやる。出してやるが、拙者の金は、些か、長いがそれでも受け取れるか?!
ヤイ!ヤイ!ヤイ、その方らよーく耳ん中カッ穿って承れ、我こそは過る年、雀宮八幡宮にて薩摩浪士七人を馬蹄に掛けて蹴り殺した、
仲小町道場主で、奥平大膳大夫様より食客として禄を頂戴いたす、元唐津藩浪人、筑紫市兵衛定雄と申す者也。
この頃汝ら野盗が宇都宮城下を荒らし廻るが由え、城下の領民が枕を高こうして眠る事叶わず、拙者、其れを不憫に思い汝らを退治せんが為、此処浄雲寺へ推参仕った!全員斬り捨てる!覚悟致せ。」
梶原「寝言は寝て言え、素浪人が。オイ、巌慶!やって仕舞え。」
梶原五左衛門の下知で、傍の巌慶が自慢の鉄の如意棒で、市兵衛目掛け襲い掛かります。然しすかさず市兵衛先生、是を交わして体を入れ替えます。
すると、群衆の中から梶原五左衛門の奥平藩時代からの家来、織田長兵衛、加藤軍蔵、松田勘太夫、福原忠蔵の四人も、巌慶の後ろから、何時でも襲い掛かる準備を致します。
此処で巌慶坊主が、如意棒をブルん!ブルん!と振り回しながら市兵衛との間合いを詰め始めると、市兵衛はゆっくりと長脇差を抜いて構えます。
そして、如意棒の射程内に、市兵衛を引き入れたと感じた巌慶は、回転させている如意棒を、突然、市兵衛目掛けて振り下ろします。
その時!!
市兵衛が巌慶の方へと踏み込み、巌慶の掌を絶妙な間合いで斬り付けると、巌慶、思わず如意棒を畳に落として仕舞います。
慌てて巌慶が、落とした如意棒を拾おうと致しますが、一瞬早く刀を返し峰打ちで巌慶の肩から鎖骨辺りを打ちのめすと、
ウーンウーンと言って巌慶は、仰向けに倒れて、打ち所が悪かったのか?そのまま泡を吹いて気絶致します。
是を見た織田長兵衛と加藤軍蔵。目で互いに合図を送り同時に市兵衛に襲い掛かります。長兵衛は刀で、軍蔵の方は槍で掛かりますが、先ず長兵衛の首を峰で打ち、軍蔵には巌慶同様、掌へと小手を返します。
織田長兵衛は、その場で伸びてしまい、加藤軍蔵の方は槍を落とし、拾い上げようとした所を、軍蔵の側面から得意の抜き胴を峰でお見舞いすると、此方もウーンと言って気絶致します。
是を見ていた福原忠蔵は、大薙刀を振り回さずに下から上へと突き上げながら、市兵衛に攻撃を仕掛けますが、
部屋の隅に追い詰めたつもりで繰り出した薙刀の一撃を、横っ跳びに交わされて、薙刀の柄を、真ん中辺りで二つに切り落とされてしまいます。
すると、苦し紛れに柄を市兵衛へ投げ付けて、腰の一刀を抜こうとしたのですが、柄を交わしながら間合いを詰めて来た市兵衛に、渾身の右ストレートを、眉間に喰らって伸びてしまいます。
最後に松田勘太夫も、『えーい!』と声だけは勇しく大上段から勇しく市兵衛に斬り掛かるのですが、腕前の差は歴然!刀が二度、三度、チャリン!チャリン!と当たるうちに見切られて、峰でスネを掻っ払われて動け無くなります。
さて、真打・梶原五左衛門が大刀を抜きます。市兵衛の脇差よりも、七、八寸長い二尺四寸の段平なので、達人市兵衛とは言え侮れない相手です。
チャリン!チャリン!キーン!キーン!と、梶原五左衛門が斬り込むところを、太刀筋を見極める為に、市兵衛は受けて立ちます。
そんな攻防が四半刻も続き、流石に両者汗が滲み始めたところで、市兵衛、梶原五左衛門の太刀筋の癖で、面への打ち下ろしの後、必ず、左足を大きく引く事に気付きます。
そして、何発目かの面の打ち下ろし、梶原が大きく左足を引くタイミングに合わせて右に廻り込み側面から、鋭く太腿を突くと見事に是が当たり、
『ギャッ!』っと短い声を上げ、夥しい鮮血を飛ばしながら、梶原五左衛門は畳の上をのたうち回りました。
そこで、すかさず筑紫市兵衛、呼子笛を鳴らして奥平大學と、取方五十人を寺の中へと呼び入れます。
梶原一味の盗賊たちは、蜂の巣を突いたように逃げ廻りますが、大した抵抗もなく、御用となり、市兵衛が討倒した、梶原五左衛門、巌慶、織田長兵衛、加藤軍蔵、松田勘太夫、福原忠蔵の六人共々、全員が次々と縛り上げられてしまいます。
更に、奥の部屋からは近在で盗んだ品物や金子が見付かり、是らのも吟味の上、被害者に戻される事になります。
そんな彼らが盗みしモノは、金品ばかりではなく、若い娘も十人以上が縛り置かれていて、彼女たちも、此処で解放される事になります。
そして、奥平大學を先頭に、数珠繋ぎになって、二十三人の梶原五左衛門一味の盗賊たちは、町奉行所の牢屋へと、ドナドナの牛のように引かれて参ります。
大學「市兵衛先生、毎度天晴れに御座る。貴方のお陰で、梶原五左衛門をはじめ、一味の者を半刻でお縄に出来ました。
貴方が居なければ、無傷で、しかも悪党まで生捕りに出来はしませんでした。本当に、感謝致します。宇都宮藩十八万石の名誉が保たれ申した。」
市兵衛「なんの、事前にお奉行から聞いた指図・手筈通りに拙者は動いただけです。手柄は貴方様で御座いますよ、大學殿。」
こうして、筑紫市兵衛と奥平大學の連携で、見事、梶原五左衛門一味を討伐して、益々、筑紫市兵衛の人気は高まり、奥平大膳大夫、奥平帯刀、奥平大學の三人は、どうにかして、宇都宮城下に市兵衛を根付かせたいと、益々思うのでありました。
つづく