高萩ノ伊之松を斬りました赤尾ノ林蔵。贔屓の子分、周蔵と藤作の二人を連れて、生まれ故郷、武州入間郡を初めて離れ、甲州東郡は笛吹の大森ノ七蔵の所へ厄介になります。
しかし、三月になりますと、身延にある大野山本遠寺で開かれる祭に便乗して開帳される『御會式博打』。是を目当てに長脇差が、関東中から集まって来るッてんで、
その中には、高萩ノ伊之松の子分や兄弟分も来るだろうから、余計な争いを避ける目的で、三月の間だけ、上方見物にでも行きなさい、と、
大森ノ七蔵の助言も有りまして、赤尾ノ林蔵、子分二人を伴にして、京・大坂を目指して旅に出る事と成ります。
林蔵達三人は甲州東郡の七蔵の家から、先ずは大月へと出まして、此処から富士山の裾のを富士五湖の辺りを通って御殿場へと抜け、三島宿からは東海道へと出て、西へと進むつもりでおりました。
そんな林蔵、此処大月宿で思わぬ人に再会致します。其れは、次の四つのうち誰でしょう?
1.振られた女郎のおやま
2.剣術の師匠の秋山鷹助
3.指を全部斬られた子分の虎五郎
4.大月の大スター三遊亭小遊三の祖先
正解は?!
2番の秋山鷹助先生でした。大月宿に入った三人が旅籠を物色していると、向こうから人品の宜しい背の高い武士が、伴侍を従えて歩いて来る。
林蔵「おい!周蔵、向こうから来るのは、秋山先生じゃないかぁ?」
周蔵「そうですよ、早く、傍へ参りましょう。」
三人が秋山鷹助へと駆け寄ります。
秋山「ヲぉ〜、此方へ来るのは、林蔵ではないかぁ?!」
林蔵「是は是は、お師匠様。ご無沙汰しております。」
秋山「うん!久しぶりだなぁ〜、林蔵。」
林蔵「師匠もお変わり無く、ご機嫌麗しゅう御座います。」
秋山「まぁ、往来での立話も何んだ、何処かで呑みながら語ろうではないか?!」
そう言うと、秋山鷹助と林蔵達は、茶屋旅籠に入り、奥の座敷に座って、一瞥以来の挨拶を終えて、積もる噺へと成って行った。
秋山「林蔵、なぜお前は、そんな旅拵えで此処大月に居るんだ?!」
林蔵「実は、一昨年の十月に遺恨が御座いまして、同じ武州の貸元、高萩ノ伊之松の首を斬りました。」
秋山「其れは、宜い事をしたなぁ。」
林蔵「そんな訳で、國を越えて甲州へと参りましたが、来月から身延大野の御會式博打が始まるので、アッシが首を落とした伊之松の身内も大勢来るッてんで、上方へ身体(ガラ)を交わそうと、旅に出た次第です。」
秋山「フーン、で、その伊之松とやらは、何人程の子分が在るんだ?」
林蔵「そうですね、食客も入れると百五十くらいだと思います。」
秋山「何んだ、其れッぱかりなら、全員斬り捨てたら良かろう?」
林蔵「先生!高坂ノ藤右衛門の時は、相手が凶状持ちだったし、父の磯五郎が、まだ、若かったから。。。
それに、菅間と大竹の二人の名主が間に入り、仲裁の労を取って下さって、血腥い(ちなまぐさい)喧嘩(でいり)には成りませんでした。甲州へ逃げる段取りも、全て大竹の旦那が骨を折って下さったんです。」
秋山「名主二人が口を利いて納めたのなら、其れは其れで良かろう。だがなぁ、この大月でワシと出逢ったからには、林蔵!貴様は上方へ行くには及ばんぞ。甲州へ戻れ!」
林蔵「でも、先程申した通り、伊之松の身内も、大野山の開山祝で行われる『御會式博打』にやって参ります。
私が甲州で世話になっている大森ノ七蔵親分も、俺は甲州に居ない方が良いと、申しますので、上方へ参るつもりでしたが。。。」
秋山「大丈夫だ。高萩ノ伊之松の子分や兄弟分が、お前に手出しをする様なら、此の俺が奴等を叩き斬る!!
ワシも、久しく人斬りをしておらん。久しぶりに人が斬ってみたい。ワシが常に付いて居てやるから、甲州へお前も参れ!!」
林蔵「先生が其処まで仰るなら、林蔵、先生にお伴致します。さて、其方のお伴の方は、私はお初にお目に掛かりますから、先生、ご紹介下さい。」
秋山「そうであった。此奴は、私の所で所生をさせている、岸丈右衛門と言うんだ。丈右衛門!、此方が武州入間郡赤尾村の林蔵だ。」
丈右衛門「初めまして、岸丈右衛門と申します。以後、宜しくお願い致します。」
林蔵「此方こそ、赤尾ノ林蔵と申します。以後、お見知り置き願います。」
こうして、林蔵と子分二人は大月で踵を返し、林蔵の剣術の師匠・秋山鷹助に連れられて、甲州身延は、大野山本遠寺の御會式博打へと乗り込みます。
そして、秋山鷹助が甲州は甲府で頼って行った先が、切石ノ紋彌と言う甲府柳町の貸元で御座いました。
秋山「林蔵、丈右衛門、お前たちは少し門口傍で待って居て呉れ。俺が、紋彌に挨拶をしてから中へ呼び込むから。」
そう言うと、秋山鷹助は玄関から奥へと入り、久しぶりに遠方より来た恩師を、剣術の弟子である切石ノ紋彌は笑顔で出迎えた。
紋彌「秋山先生、ようこそ甲府へいらしてくれました。是非、大野の祭をゆっくり見物して頂き、万一、御會式博打の方に間違いが起こりましたなら、先生の剣の腕前を、存分に発揮して下さい。」
秋山「判っておる。その為に江戸の秋山道場は倅の鷹太郎に任せて、わざわざ、甲府くんだりまで参ったのだから。其れに、紋彌!喜べ。ワシの片腕と呼べる強者を二人連れて来ておる。
先ずは、あの旗本・窪田清音(すがね)殿の門弟で岸丈右衛門だ。そしてもう一人。是は俺の一番弟子で、武州入間郡赤尾村の貸元、林蔵と申す男だ。」
紋彌「エッ!赤尾ノ林蔵?!」
秋山「知っておるのか?林蔵を?」
紋彌「ハイ。秋山先生は、ご存知ですか?その赤尾ノ林蔵が、高萩ノ伊之松を斬り殺した事を?」
秋山「オウ!今し方、林蔵本人の口から聞いた。地元の名主が仲裁に入り、大きな喧嘩(でいり)には成らずに済んだと聞いた。其がどうかしたのか?」
紋彌「秋山先生は、ご存知ないかも知れませんが、アッシは、その殺された方の高萩ノ伊之松とは兄弟分の盃を交わしておりやす。
同じ様に、伊之松とは兄弟分と言う長脇差が、此処甲府には大勢居りますから、アッシは同じ秋山先生の門弟ですから、林蔵に加勢してやりたい気持ちも有りますが。。。中々、板挟みで苦しい立話です。」
秋山「兎に角、お前には、林蔵に会ってくれないかぁ?!」
紋彌「ハイ勿論。近くに来ているのですか?林蔵は?アッシは、高萩ノ伊之松の跡を取っている山ヶ谷ノ源太郎からの手紙で、万一、林蔵が甲府に現れたら連絡をくれと、頼まれております。
ですから、出来るだけ目立たない様に、裏の方から屋敷に上げて下さい。私が直接、噺を伺います。」
秋山「ヨシ、心得た!」
そう言うと、秋山鷹助は、岸丈右衛門と赤尾ノ林蔵、そしてその子分の周蔵と藤作の二人も連れて、四人を切石ノ紋彌の屋敷へと引き入れた。
林蔵は、紋彌に隠し事なく、高萩ノ伊之松側から縄張りを荒らされて盆茣蓙を敷かれた事を遺恨に、その首を斬り落としたと外連味なく語りました。
すると、切石ノ紋彌は、師匠の秋山たち五人を屋敷に匿い、近所に居ります兄弟分の濱松屋権兵衛に、この赤尾ノ林蔵の件を相談に行きます。
濱松屋「其れは、秋山先生の手前、林蔵の加勢をしてやりたい気も分かるが、やはり、此処はお前が直接匿ったりせず、何処か温泉のある旅籠にでも留め置くベキだぜぇ!兄弟。」
紋彌「兄弟も、そう思うかい?なら、俺の口から林蔵には噺をして、林蔵本人に秋山先生を説得させる事にしょう。」
そんなやり取りがあり、紋彌は濱松屋権兵衛と二人、林蔵を呼出して噺を致します。
紋彌「俺と権兵衛は、渡世の稼業では伊之松と兄弟分だが、剣術の世界では秋山先生を通じて、林蔵!お前と兄弟弟子だ。
此方を立てれば、此方が立たず。非常に悩ましい立場なんだが、秋山先生は、お前をこの『御會式博打』で、お前に漢を上げさせて呉れと仰るが、
お前が盆茣蓙に顔を出すと、伊之松の身内が大勢顔を出して居るから、どうしても間違いが起こる。
知っていると思うが『御會式博打』の建前は、本遠寺の祭の上がり、お賽銭の銭勘定をしているッて態で、駒替無しの金子(げんなま)を賭ける博打が公儀(おかみ)から黙認されているんだ。
代官所も、法華宗の祭典の一部だから、『御會式博打』を黙認しているし、其れにこの祭は無職渡世の祭ではなく、甲州の素人さんと身延山を信仰する法華宗の祭典だ。
其を、長脇差同士の喧嘩(でいり)で血で汚して、万一、来年以降公儀のお許しが無くなると、甲州の長脇差は勿論、宿場町全体の死活問題なんだ。
そこで、林蔵さん!秋山先生と岸の旦那には、御會式博打の盆茣蓙で、間違いを未然に防ぐ為に、用心棒をやっていて貰わないと困る。
その為に、先生には毎年御會式博打の盆茣蓙を仕切る親分衆から上納金を払ってあるんだから、凶状持の『旅打人』を見張って貰わないといけねぇ〜。
だが、お前さんまで用心棒に加わられると、噺がややこしくなるんで、お前さんには、山根村の温泉旅籠を用意するから、其処で大人しく御會式博打が終わるのを見守って居て欲しい。
そして、此の事を、お前さんの口から秋山先生へは伝える様にして貰えないだろうか?年に一度の一番の稼ぎ時なんだ、『御會式博打』は。判ってくれ!林蔵さん。」
林蔵「アッシも百足らずですが、子分を抱えて一家を構えておりますから、よーく判っております。私の口から、秋山先生には、お伝えします。」
濱松屋「有り難い!秋山先生のヘソが曲がらない様に、兎に角、上手く頼むよ。先生には用心棒だけは、立派に勤めて貰わないと困るから。」
林蔵「ハイ、承知しております。」
そんなやり取りを挟んで、秋山鷹助に、林蔵は子分二人を連れて山根村の温泉旅籠で控えているから、万一、出番があるなら呼んで下さいと伝えて、秋山鷹助も是を受け入れた。
さて、三月三日快晴の空ん中、桃の節句に併せて、大野山本遠寺の開山祝の祭典が始まりました。
勿論、この祭典に合わせて、甲州大野周辺と甲府の街では、六日の夜まで、もう一つの祭典『御會式博打』が行われます。
関東は言うに及ばず、全国の賭博徒(ばくと)達が此処大野に大集結して、丸四日間、七つの大きな盆茣蓙が敷かれて、甲州並びに関東の有名な侠客が胴元を張って『漢』を競います。
さて、その面々は!!
先ず、本遠寺境内脇の一番茣蓙は、地元甲州の雄!西部ノ周太郎で御座います。続いて、身延山久遠寺境内脇の二番茣蓙は、同じく甲州の龍!身延ノ半五郎で御座います。
続きまして、市ノ瀬宿の三番茣蓙は、関東一の弓張、上州大前田英五郎。そして鰍沢口の四番茣蓙は、下総・房州・上州を股に掛ける大侠客、銚子ノ五郎蔵。そしてそして、大前田、銚子の跡に控えしは、花輪宿の五番茣蓙を務めます、関東の麒麟児!土浦ノ皆次。
更に、甲府宿に立つ六番と七番の茣蓙をと見てやれば、六番は是また甲州の虎!祐天仙之助。そして、最後はやっぱり此の人、仙台から其の名は全国へと轟いている鈴木忠吉!で御座います。
さて、この甲州大野の『御會式博打』で巻き起こる大事件に、赤尾ノ林蔵が、どう関係して日本一の親分の仲間入りをするのか?次回をお楽しみに。
つづく