五助が、客のフリをして高萩ノ伊之松の賭場に入ってみると、盆茣蓙の中央、壺振りの真後に伊之松がどっかと座り、その両脇を、

山ヶ谷ノ源太郎、新田ノ源七、比企ノ岩殿、観音ノ菊次郎、富屋ノ仙八、八田ノ八田八などなど、子分衆が固めている。

其処へ五助が突然殴り込んで、盆茣蓙をひっくり返して、抜いた匕首を畳に突き刺したもんだから、素人のお客様方は、大騒ぎを始めます。

この客を、源七と仙八が奥の間から、庭へと逃して、そこから山を降りて一旦、角屋へと誘導致します。

一方、源太郎、岩殿、菊次郎、八田八の四人は、暴れ狂う五助を、何とか取り押さえますと、一転、大人しくなった五助は、盆茣蓙の上で大の字に成り、「さぁ〜、殺せ!!」と叫び開き直ります。其処へ、子分達を制して、伊之松が現れて、

伊之松「待て!待て!五助の命(たま)取ってどうする?!止めろ!止めろ!」

其れでも、五助は、「さぁ〜、殺せ!!」と埒が開きません。其処へ、今度は、源七と仙八がお客衆を逃して来たもんで、大慌てで、角屋の金兵衛が現れて、五助を説得し出しますが、五助は全く聞く耳を持ちません。

五助「やい、角屋!貴様は、坂戸宿の旅籠屋じゃないのか?盆茣蓙を開帳するんなら、地元の貸元に、うちの林蔵親分に声を掛けるのが筋ってモンだろう?!

其れを、他所者の高萩ノ伊之松何ぞに声掛けて、旦那衆を集めるとは、どういう料簡なんだ?!俺が納得できる説明をして貰おうじゃねぇ〜かぁ?!」

金兵衛「そう言うなぁ、お前が留守だったから、お袋さんに言付けして二十両の手付を払ってあるだろう?!

其れに、権兵衛と福松、代松の三人は承知してくれての事なんだ。そんな意地悪を言わないで、お前さんも了承してくれ!!頼む、五助、この通りだ。」

五助「お袋は素人で俺ッチの稼業には関係ねぇ〜。そら!二十両なんて銭は、今、叩き返してやる。其れに、権兵衛、福松、代松の三人がどういうカラクリで、お前さんに『うん』と言わされたかは知らないが、俺様は、金で親分を売る様な真似はしないからなぁ!!」

そう言うと、懐中から二十両の金子を取り出して、金兵衛目掛けて投げ付けます。銭を突き返された金兵衛は、是では取り付く島が無いと思いますから、

その場を伊之松に預けて、その場から駆け出して、此の件を、直ぐに大竹源右衛門と言う名主の元に持ち込みます。


金兵衛「旦那!カクカク、シカジカで御座いまして、飛んだ不調法をしでかしまして、何んとか仲裁の労をお願い出来ないでしょうか?」

源右衛門「まぁまぁ、小言は後にするとしてだ、五助を早く鎮めねぇ〜と、まずい事になるぞ。と、言うかぁ、もう成っている気もするがぁ。。。兎に角、行って噺をしてみよう。

金兵衛、お前が最初(ハナ)から一緒だと、五助が意固地になる。お前は、角屋で待って居ろ。俺が五助を連れて角屋まで連れて行く。」

仲裁に担ぎ出された源右衛門、臍がひん曲がった五助に、語り掛けます。

源右衛門「五助、俺が来たからには、お前の言い分をちゃんと聞いてやるから、ひとまず、山を下りて、角屋まで来て呉れ。悪い様にはしないから。」

五助「判りやした。名主様が仲を取ると言うなら従います。やい!伊之松、大竹の旦那の顔を立てて、話合いに行って来るがぁ〜、

金兵衛の出方次第では、また、戻って来て、貴様のその汚れた首を頂戴するからなぁ〜!!首を洗って待っていやがれ!!」

と、去り際にも、悪口を吐いてから、源右衛門に連れられて、角屋まで来た五助。

源右衛門「五助、お前は、どうしたら引いて呉れるんだい?!」

五助「取り敢えず、盆茣蓙を畳んで貰って、うちの親分が、許す!と、言わない限りは二度と坂戸宿の裏山では、博打開帳は行わない。そう誓って貰いたい。」

源右衛門「あの盆茣蓙を、高萩の島内に移せ!と、言うのがお前の要求だなぁ?」

五助「左様で御座います。」

源右衛門「お前ん所の親分は、派手に高坂宿で暴れたばっかだからなぁ〜、あまり大っぴらに賑やかな場面へは、まだ、出て来られない事情も分かるから、

取り敢えず、話合いが着くまて、坂戸宿の賭場は閉める様に、俺が伊之松に噺をしてみよう。いいなぁ!金兵衛、貴様も、この事は飲み込めよ!!

其れから、金兵衛、貴様が五助への確認を怠って、二十両も渡せば事後承諾できると、先走ったから、こんな間違いに成ったんだ。

だから、貴様が、直ぐに伊之松ん所へ行って、この場所替えの噺をして来い!五助を連れて行くと噺が又ややこしくなるから、貴様一人で行って噺をして来い!伊之松に『うん』と言わせろよ!頼んだぞ。」

金兵衛「へえ、畏まりまして御座います。」


大竹源右衛門に命じられ、金兵衛は裏山へとスッ飛んで行きますと、さっきまで角屋へ逃げていた客は、現金なもんでもう山に戻って、ガラッポン!やっている。

其処へ、血相を変えた金兵衛が、伊之松に向かって、拝み倒す様に懇願致します。

金兵衛「親分!、私の手違いで申し訳ありませんが、この場所での盆茣蓙は、一旦、畳んで頂いて。。。誠に恐縮何んですが、場所替えを。。。して貰えないでしょうか?!」

伊之松「角屋の旦那!!お前さん、板挟みでご迷惑なのは分かるが、此処で賭博を開帳すると、言い出したのは、お前さんだぜぇ?!

お前さんが、全て下地は段取りするからと言うから、我が一家は、其れに乗って用意させて貰ったんだ。

其れを、始める前ならいざ知らず、もう、盆茣蓙始めて五日経っているんだぜ?、それを、言い出しッぺの貴様が芋引いて、

今更、此処ではご開帳できません!場所替えをして下さいと言われても、俺も『高萩ノ伊之松』と言う、二つ名で呼ばれる親分だ!!

このまんま引いて仕舞ったら、俺の子分や兄弟分はどう思う?!


『赤尾ノ林蔵の島内に、威勢よく乗り込んで、賭場始めた伊之松だが、五助とか言うサンピンが、ちょいと殴り込んだら、盆茣蓙を畳んで高萩へ逃げ帰っちまった。』


そんな悪い評判が立つに決まってるんだ。だから、俺は死んでも、此の賭場は他所に移さないし、勿論、畳みもしない。是はなぁ!!漢と漢の勝負なんだ。」


這う這うの態で、大竹源右衛門の元に帰った金兵衛は、伊之松に賭場の移設は、聞き入れて貰えず、一蹴された事を伝えると、

源右衛門「成る程、其れは漢の意地だからなぁ〜。もう、俺たち堅気のモンが意見しても、伊之松が折れる事はない。

一方の赤尾ノ林蔵だって、高坂ノ藤右衛門とのいざこざの噺を聴くと、若いだけに、硬い信念で漢を貫きよる。」

そう言うと、大竹源右衛門は、腕組みをして目を閉じて深く考え込むのでした。そして、ゴクリと、音を立て唾を飲み込み噺始めた。

源右衛門「金兵衛!お前の娘のお禧久は、中村の彌左衛門の所へ嫁に行ったんだったなぁ?」

金兵衛「へぇ、左様です。其れが?」

源右衛門「中村の名主、彌左衛門はなかなか話せる奴だし、度胸満点と名主仲間では評判の男だ。其れに義に厚く面倒見が宜い。

その彌左衛門とお前は、婿と舅の関係じゃないかぁ?伊之松が盆茣蓙を移す場所として、中村の明神の森を用意させるんだよ。」

金兵衛「其れは宜い考えですね!」

早速、金兵衛は、店の若衆に酒を二斗買いに行かせて、その樽を台八俥で引かせ、中村の彌左衛門の家を訪ねます。

金兵衛「おーい、彌左衛門は居るかい?」

彌左衛門「是は是は、角屋のオヤジさん!今日は何んの御用でぇ?!」

金兵衛「実はなぁ〜うちの裏山で、高萩ノ伊之松に盆茣蓙の開帳を段取りしたんだが、赤尾ノ林蔵の身内で、五助ッて野郎が『俺の島内で、何しやがる!!』と暴れ込んで来やがって。。。

カクカク、シカジカよ。そこで、お前を婿、イヤ、漢と見込んでの頼み何んだが、其の伊之松の盆茣蓙を、此の中村の明神の森に移させて貰えないだろうか?宜しく頼む!!

このままだと、坂戸宿に伊之松と林蔵が激突して、間違いなく血の雨が降る。その発端がこの俺ッて事に成ったら、俺は坂戸で商売なんて出来なくなる。」

そう金兵衛に懇願を受けた、彌左衛門は、暫く首を傾げながら、思案した。そして。。。

彌左衛門「オヤジさんからの申し出なので、『うん』と首を縦に振りたい所なんだが、俺は中村の名主です。

坂戸で揉め事が起きた事実を知りながら、中村明神に賭場を移す事を承知したら、中村の皆さんからの俺への信頼が失われてしまう。

だから、たとえオヤジさんからのお願い事でも、是の噺は承知出来かねます。ただし、あくまで一般論ですが、万一留守中に起こって仕舞った事なら、仕方ないと思いますが。

さて、オヤジさん、そんな訳で賭場の場替えの噺は承知できませんが、アッシは是から、川越へどうしても抜けられない用が有るもんで、外泊になります。

アッシは留守しますが、お禧久が相手をしますんで、親子水入らずで、酒でも呑んで行って下さい。」

金兵衛「そんな事を言わずに、伊之松ん所の盆茣蓙を、中村明神の森に移させてくれ!頼むよ、彌左衛門。」

彌左衛門「駄目です。是ばっかりは、オヤジさんのお願いでも、首を縦には振れません。アッシは中村の名主ですから。

でも、留守ん時に決められてしまうと、飲み込む事になるんだが。。。さて、オヤジさん、アッシは川越へ出掛けます。留守にしますが、どうぞ、ゆっくりして行って下さい。」

金兵衛「彌左衛門、そんな冷たい事は言わずに、中村明神の森を伊之松に貸してやってくれ、此の通りだ!頼む。」

彌左衛門「駄目なモンは、駄目です。でもぉ〜、留守ん時に、決まったモンは飲み込むしかない。。。さて、アッシは留守に致します。。。

留守ん時に決まっちまうと飲み込むしかない。。。アッシは留守にします。。。留守ん時に決まったモンは仕方ない、アッシは留守に致します。」


流石に、鈍い金兵衛にも察しが付きました。正面から『中村の名主として許す!』とは、住民の皆様の手前、彌左衛門は言い出せないが、

留守中に、決まって仕舞い既成事実に成れば、あえて、其れを止めろ!と、までは言えないと、義父である金兵衛に助言する彌左衛門でした。

是を悟った金兵衛は、直ぐに、大竹源右衛門と五助の所へ戻りまして、中村の名主、婿の彌左衛門から、賭場の場所替えの了解を得たと伝えて、

伊之松の子分達は、なぜ、俺たちが場所替えなんて、せにゃならぬ!?と、反対を受けますが、伊之松の後押しと、大竹の旦那の意見も有り、

その日のうちに、客ごと中村明神の森へと盆茣蓙を移して明け方まで、ガラッポン!と、勝負を続け、此処に既成事実を作ります。


さて一方、その場では大竹源右衛門の顔を立て引いて見せた五助でしたが、腹ん中では、『伊之松憎し!』と、遺恨の火種は燻ります。

そんな五助は、権兵衛、福松、代松の三人を連れて、林蔵の元を訪ねて、この日の出来事を全て報告しますと、命を掛けて、島内を守った五助の度胸を労います。

また、五助は、伊之松に盆茣蓙の開帳を許した権兵衛、福松、代松の三人に、林蔵の前でこう言い放った。

五助「いくら、金兵衛に借金が在るからって、渡世の筋道を曲げちゃなんねぇ〜。そんな事は分かるだろう?権兵衛。」

権兵衛「へぇ、でも、それは建前で、実際に四十両、直ぐに払えと言われたら、金兵衛の言う事に負けて。。。すいません!意気地がが無くて。兄貴、申し訳ない!!」

五助「銭金で、道を曲げたら、親分に済まないとは思わないのかい?権兵衛。思わないなら、渡世人なんか、辞めちまぇ!!」

権兵衛「面目ねぇ〜。」

五助「ならば、俺たちだけで、高萩ノ伊之松を叩き斬って、中村明神の賭場を無茶苦茶にして、潰してやろう!俺に賛成して、高萩との喧嘩に参加する兄弟を集めよう。」

そう言うと、五助は、百両の銭を権兵衛、福松、代松の三人に渡して、角屋の金太郎に在る借財を、此の百両で綺麗にさせた。

その上で、赤尾ノ林蔵一家の子分全員に回状を廻して、高萩ノ伊之松を討つ算段への参加を募り、子分六十八人を毛呂山に集めます。

そして、一気に中村明神の森へ殴り込む勢いに成りますが、此の中に、林蔵の父、磯五郎の子分で、目明かしの福田ノ虎五郎と言う奴が居りまして、

此の虎五郎、目明かしでは有りますが、御用の筋で磯五郎の仕事には、殆ど直接的な貢献=下手人を捕まえる、要人を警護する、なんて場面では、微塵の活躍も致しませんが、

是が、所謂、情報通!!なんせ、裏社会に詳しく顔が利きます。ですから、林蔵が藤右衛門を斬り捨てた時も、何処へ頼めば、罪が軽くなるのか?

何んて事に知恵を絞らせると、天下一品の男だから、目明かし、兼、渡世人が務まっているのです。そして、林蔵の子分からも、兄ぃ!兄貴!と、慕われているのです。

そんなぁ虎五郎が、子分達に意見を致します。

虎五郎「まぁまぁ、待て!待て!。闇雲に、賭場荒らしに出て、伊之松が居なかったらどうするんだ?


バッタ巻き


物事、勝負ってモンは、後先考えてから、突っ込まないと。痛い目みるだけで終わるぜ!!まずは、誰か密偵(クサ)に成る奴を、盆茣蓙に潜入させて、確実に、伊之松が居る所を襲撃しようぜ!」

五助「確かに!虎兄ぃ〜の言う通りだ。おい!秀三、お前、誰か適役を知らないか?うちの身内で、高萩の連中に面の割れていない野郎で、密偵(くさ)が務まりそうな器用な奴。」

秀三「其れなら、青田ノ幸次が適役ですぜ。野郎は博打場で、莨を売ったり細かい用を博打客に提供して、小銭を稼ぐ『世話や』だ。」

五助「何んだ?その世話や?!」

虎五郎「世話やも知らねぇ〜で、よく博徒か務まるなぁ。世話やッてえのは、博打場の客の、痒い所に手が届く、お助け人よ。又の名を便利やだ。

まぁ、廓に幇間(たいこもち)ッて男芸者か居るだろう?あの、博打場版が、世話やとか、便利やって呼ばれる助け人だ。」

五助「そんな商売が在るんですね。でぇ、誰がその幸次に、密偵(クサ)をやらせるんだ?」

虎五郎「俺が、その役は引き受けた!!幸次からは何度か、店屋物の出前を頼んだ事が在るから、知らない間柄じゃねぇ〜。上手く手の内に入れて、密偵(クサ)を頼んでやるよ。」

直ぐに、虎五郎は『風俗を変えて』、幸次の家へと先手を打って訪れた。

虎五郎「オーイ、幸次!居るかい?」

幸次「ヘイ、どちら様で。。。何んだ?!福田の兄貴じゃ御座んせんかぁ。何んの御用で?」

虎五郎「何んの御用でぇは、ご挨拶だなぁ。大層忙しそうにしているじゃねぇ〜かぁ?」

正に、新しく出来たばかりの伊之松の盆茣蓙が、滅法流行っていると噂に聞いたから、幸次は、商いに中村明神の賭場へと行く支度の真っ最中でしたが、其れを正直には虎五郎に言えないので、適当に誤魔化します。

幸次「大して忙しく何んかぁ、有りませんよ。」

虎五郎「中村じゃねぇ〜のかぁ〜、其んなら今日は何処へ商いに行くんだ?」

幸次「へぇえ?!何処だって宜いじゃねぇ〜ですかぁ〜」

虎五郎「だから、何処へ行くんだ?」

幸次「えぇ〜、何処だって宜いでしょう。」

虎五郎「宜くねぇ〜よ。教えろ!!」

幸次「判りました。言いますよ。富士ヶ嶺の明神様ですよ。あそこの三十五座の花会に、商いに出るんですよ。」

虎五郎「そうかぁ、富士ヶ嶺で商いするのには、当然、座を銭出して買わないと、株仲間から所場は譲って貰えないんだろうなぁ。

残念だなぁ〜、今晩、館林の盆茣蓙で、壺と札の両方出来る野郎が居たら、紹介してくれと言われてて、三両の仕事だったのに、残念!!」

幸次「待って下さいよぉ〜、行きますよぉ〜館林!!」

虎五郎「おぉッ!やってくれるのか?」

幸次「勿論です。福田の兄貴の頼みですからぁ。」

と、調子の宜い事を言いまして、虎五郎の渡す三両を拝む様にして受取ります。そうして置いて、幸次は、女房に耳打ちしまして、弟の富十を本来の中村明神へ行かせて、自身は三両に目が眩み、虎五郎に付いて行きます。

そして、館林へ向けて進む道中、毛呂山の脇を通りますから、虎五郎が幸次に話しかけます。

虎五郎「おい!見てみろ幸次、毛呂山の裾の方が明るく光ってやがる。誰か集まっている様子だぜ?」

幸次「そうで御座いますなぁ〜」

と、言って幸次が毛呂山の方を見た瞬間、虎五郎が、幸次の横っ面を、思いっきり引っ叩きます。


パチン!!


不意を突かれた幸次は、その場に倒れて蹲る(うずくまる)、そこへ毛呂山から十人ばかりの子分が降りて来て、幸次の身体を胴上げしながら、毛呂山へと連れて行きます。

虎五郎「さぁ〜是で宜し!」

幸次「兄ぃ、何が宜いんだ?いきなり殴って、胴上げして担ぎ上げて、是は何のつもりだ?」

虎五郎「幸次、少しの間三両握らせて、計略で貴様を此処へ連れて来たんだ。」

幸次「えぇッ!!じゃぁ壺振りには行かないのか?!」

虎五郎「当たり大前田の英五郎だ。貴様に三両払って壺振りなんか頼む訳ねぇ〜だろう。壺なんて振りたい奴は五万と居るよ、馬鹿!!取り敢えず、三両返せ!!」

幸次「是は、兄貴から貰った銭じゃないかぁ。」

秀三「この泥棒野郎!早く三両返せ。見せ金出したのは、俺だ!!」

虎五郎「幸次、貴様が銭に汚いのは評判だから、三両を餌に釣り出してやったんだ。」

秀三「ほら、早く三両返せ!!」

と、秀三は幸次の懐中に手を突っ込んで、財布ごと取り出し、中を改め始める。すると、三両二分二朱と三百七十二文入っていた。

秀三「虎五郎兄ぃ!二分二朱三百七十二文余計に入ってますぜ?」

虎五郎「そいつは、手数料って事で貰っておけ!」

幸次「そいつはあんまりだ!?騙されて連れて来られて、殴られて、銭まで取られるなんて!!」

虎五郎「泣くなぁ!幸次。おい、秀三、銭は返してやれ。時に幸次、貴様、高萩ノ伊之松が出している中村明神の森にある盆茣蓙!あそこで、商いしているよなぁ?!」

幸次「イーエ。知りませんよ、中村明神の盆茣蓙なんて。」

虎五郎「白こいのぉ〜、俺に今日行くと言った富士ヶ嶺の三十五座の花会は九月十日じゃねぇ〜かぁ!!」

幸次「アレ?勘違いだったかなぁ?!」

虎五郎「やい!まだ白を切るつもりか?!中村明神の盆茣蓙へ、行くつもりだったんだろう?」

幸次「記憶に御座いません。」

虎五郎「どうしても白状しないつもりなら、コッチにも考えがある。 オイ、野郎ども!幸次の女房とガキを引っ張り出せ!!」

と、虎五郎が言うと、女房と三歳になる息子が連れて来られた。

幸次「お前たち!!なぜ、こんな所に居るんだ?」

女房「お前さんこそ、館林じゃなかったのかい?お前さんが福田の親分さんと出たら直ぐに、林蔵親分のとこの若衆がドカドカって来て、アタイと坊やは連れて来られたんだよぉ〜。」

幸次「福田の兄貴、こりゃぁ〜ど言う事なんだ?!何の真似だ?!」

虎五郎「だ・か・ら、貴様が素直に、伊之松の賭場へ商いに行くつもりだったと、白状しねぇ〜から、コッチもやりたくないが、貴様の女房子を、折檻しなきゃなんねぇ〜んじゃねぇ〜かぁ。

幸次?!まだ、白を切り通す積もりかい?其れなら、貴様の女房とガキを、痛め付ける事になるが、其れでも、いいんだなぁ?!」

そう虎五郎が言うと、秀三と五助が、木刀を出して地面を二、三発叩いて音をさせると、女房が恐ろしさの余り悲鳴を上げた。

すると、母親が恐怖に震える姿を初めて見た、三歳のガキが、びっくりした様子で火の付いた様に泣き出します。

幸次「兄ぃたち、分かった!分かったから、子供に手を出すのは堪忍して呉れ。その通りだ、伊之松の賭場に商いに行く積もりだった。」

虎五郎「最初(ハナ)から認めりゃぁ〜、女房子を脅したりしなかったのによぉ。さぁ、幸次!その中村明神の賭場へ、お前、是から商いに行け!

ただ、行くんじゃない。てめぇは密偵(くさ)だ。賭場に伊之松が居るかどうか?調べたら、直ぐに俺たちに知らせに来い。

間違っても、俺たちの様子を伊之松たちにチンコロしたりするなぁ?!女房子は預かってあるんだ。判るなぁ?!さぁー、早く行って来い!!」

幸次「へい、承知しました。」

泪を流しながら自分の家に駆けて戻り、女房に富十へ渡せと耳打ちした商売道具を持って、中村明神の森に急いだ。

道中、幸次は考えた。このまま、中村の賭場に行き、伊之松が居たら高萩と赤尾の一家同士の大戦争になり血の雨が降る。

そして、もし伊之松一家が全滅しないと、残党が、誰が林蔵にチンコロしたかと犯人探しが始まるに違いない。そしたら、命を狙われるのは、俺だ!!

かと言って、伊之松を逃すのも、バレたら女房子共に殺される。出来れば、今日の所は、伊之松が留守であってくれ!と、祈ります。

そして、中村明神の森に着いて、盆茣蓙が開帳されている小屋に入りますと、正に、幸次と入れ替わりで、伊之松は、子分の飯能ノ久次と國府ノ三太郎を連れて小屋を出る所です。


ヨシ!


ッと思いました。青田ノ幸次で御座いますが、さて、さて、この後、話は思わぬ展開から、一人の女を巡る林蔵と伊之松の『恋の鞘当』へと発展致します。



つづく