武州比企郡高萩村に、伊左衛門と言う百姓の倅で伊之松と言う者が在りました。是が後の長脇差、高萩ノ伊之松と言う正直者、曲がった事が大嫌いで有名な親分で御座います。
まだ、二つ三つのおしめを付けてよちよちしている幼い(ちい)さい時分から、棒切れを持って剣術(チャンバラ)の真似事をするのが大好き!やるのも大好き、見るのも大好き。
四つ五つになると、無闇矢鱈と山ん中を歩いてら、木を切り竹を切り、其れを振り回しては、野山を駆け巡ります。
親父の伊左衛門も、悪戯と山歩きが過ぎる伊之松を、叱り倒して小言を言うのではありますが、伊之松は、全く意に介さずと言うか、聞こうとも致しません。
そして、七つ、八つ、九つと成長しても、家の手伝い百姓仕事などは一切せずに、ただただ、棒を持って振り回しては、野山を駆け巡ります。
また、両親祖父母も、一粒種子の一人っ子だから、どうしても甘やかしてしまう傾向にあり、そんな伊之松が、丁度十一歳の時の事で御座います。
庭の縁側、暖かい所へムシロを敷き、其処に手頃な太さの竹を、裏の竹藪から切り出して、伊之松が、竹刀を造る為、是を並べておりました。
そして、世の中には、そんな人も居ると言う話なのですが、別に機嫌が宜いとか、悪いとかは別にして、どんなに挨拶をしても、
『蛙の面にしょんべん』
『糠に釘』
全く聞こえなかったかの様に無視する奴。居ますよね、挨拶なんて関係ないと思っていて、特に、目下の人間の挨拶を無視する奴。
この日、伊之松の前に現れた、五兵衛と言う老人がこの典型なのである。一方伊之松は、五兵衛を見たので、両手をついて頭を下げて五兵衛に向かって挨拶をした。
伊之松「旦那様、今日は宜いお天気で御座います。」
すると、五兵衛は、伊之松をジロっと厭な目付きで見ただけで、ウンともスンとも言わないで、通り過ぎてしまう。
是には、流石に伊之松はカチン!と来て癪に触った。ヨシ、あの爺に、村を代表して思い知らせてやろう!っと、伊之松は思うのである。
そして、天秤棒を持ち出して、五兵衛のハゲ頭を思いっきり後ろから引っ叩いた。叩かれた五兵衛の方は、堪られずそのまんま頭を抱えてしゃがみ込んだ。
更に、伊之松は容赦なく、更に天秤棒で、三発背中を殴り付けて、天秤棒はその場に放り投げで、
宜い心持ちだ!!
と、ニコニコ笑いながら、何処かへ伊之松は逃げて仕舞います。
一方、五兵衛の方はと見てやれば、まぁ〜、痛いの痛くないのって、頭で星がキラキラして、目ん玉から火が出るくらいの衝撃を感じております。
そして、ゆっくり起き上がると、辺りをキョロキョロ見渡しておりますから、そんな五兵衛爺さんの様子を、遠くから見ていた周囲の百姓たちは、
『どうだぁ、悪童の伊之松が、あないに無茶やって、五兵衛爺さんを天秤棒でドヤしたけど、本音を言えば宜い気味だ!
何時も何時も、威張り腐って、挨拶を無視するから、悪戯坊主に殴られたんだ。虎の尻尾踏んだ爺さんが悪い!!
是に懲りて、普通に挨拶を返す様になってくれると宜いがぁ、あの頑固爺だから。。。。。』と、心ん中では思っております。
大多数の百姓の本音がそうでも、年寄りの事だから、打っちゃって置くって訳にも行きません、上部だけは五兵衛の事を心配して見せますから、
百姓A「大丈夫ですか?怪我は在りませんか?五兵衛さん。」
五兵衛「いやはや、酷い目に合った。」
百姓A「そうで御座いましょう。背中がえかく腫れています。丸で!堤を拵えたようになっています。」
百姓B「旦那!お手をどうぞ。其れにしても、酷い悪童だ!」
百姓たちは、義理が御座いますから、腹では『宜い気味ッ!!』と、思っていても、親切ごかしに、五兵衛に肩を貸し、手を取りながら家まで送ってくれました。
さて此の事、五兵衛は合点が行きません。頭のハゲた老人を、ガキの分際で天秤棒で、本息で打擲するとは!?どんな料簡なんだ!!ってなもんで御座います。
怒り心頭
五兵衛は、伊之松の様な横道者は、村に置いて置くと村人の為にならないだけでなく、そのうち片輪にされる奴、いや!殺される奴が出るに違いない。
だから、此の村から追放しよう!!
と、先ずは伊之松の父、伊左衛門の所へ、カクカクシカジカ、伊之松はもう十一歳だから、奉公にでも出して、村には置かないで呉れ!
そう談判しに行く訳ですが、伊左衛門としては、一人息子を奉公になど出せない!と、是を、当然突っ跳ねてしまいます。
怒りの治らない五兵衛さんは、今度は、村人全体の総意だと言う『世論形成』に走り、村人一軒一軒を回り、伊之松追放運動の署名集め、みたいな事を始めますが、村人は誰も同意致しません。
いよいよ、怒り爆発!の五兵衛さん。遂には、名主にまで直談判して、伊之松を村から追い出そうと致します。
持ち込まれた名主は、五兵衛と伊之松・伊左衛門親子の板挟みで、片方を立てると、一方が立たなくなるので、困り果てて、
この一件を徳の高い旦那寺の和尚に相談して、和尚に裁定して貰うから、其れで納得して欲しいと、五兵衛の怒りを沈めます。そして、和尚が出した裁定は。。。
和尚「伊之松!お前は、なぜ、五兵衛爺さんの頭や背中を、いきなり天秤棒で打擲した!訳が有るならば、和尚に話してみよ。」
伊之松「ハイ、和尚様。私が五兵衛爺さんを殴った理由は、私が手を突いて頭を低く致して挨拶をしたにも関わらず、爺さんは是を無視致します。
大きな声で、態度に示して毎度毎度、丁寧な挨拶をするのに、爺さんは一切、挨拶を返しません。
私一人にそうするのなら、私に至らぬ点があるからだと、我慢も致します。ですが、爺さんは、村の大人達、自分より立場の弱い者に対してのみ、全て挨拶を無視致します。
つまり、名主さんや和尚様には、ニッコリ笑い挨拶をするのに、私を含む多くの村人には、一切、挨拶を返しません。
其れで私は村人を代表して、五兵衛爺さんを戒める事に打擲したのです。是が、私が五兵衛爺さんを殴った理由に御座います。」
周りに居た大勢の村人達から、『そうだ!』『伊之松、宜く言った!』『伊之松は悪く無いぞ!』『爺が傲慢だ!』『死ね、爺!!』『爺、お前が出て行け!『ヨッ、日本一!』『乙羽屋!』と、声が掛かり、そして、自然発生的に、
伊之松!伊之松!伊之松!
っと、伊之松コールが湧き起こるのでした。此の光景を見た和尚は、『喝! 静かに!!』と、その場を静粛にさせて、ニッコリ笑って裁定を下します。
和尚「伊之松、お前の義侠は、和尚も理解しました。また、今の村人達の伊之松コールで、お前の一人善がりでは無く、村人の総意を貴様が代表し五兵衛を打擲した事も真理である。
しかしだ、伊之松、いきなり暴力を解決の手段に用いるのは、必ずしも、人の道として正しくは無い。更に、五兵衛はお前よりも目上だ。
先人に対する敬意を持って、お前が五兵衛に対して接していれば、結果は変わっていたかも知れない。宜いか?伊之松。
一方、五兵衛!お前は何んだ!和尚が、伊之松でも、いきなりでは無しにせよ、おそらく、殴ったに相違ない。先ずは、貴様が悔い改めなさい!!宜いか?五兵衛。
そして、私の裁定は、今回は伊之松の『義』を持って出た行動なれば、特別に許すものとするが、二度と暴力は許さん!!今度、同じ様な事をしたら、伊之松!村を追放とする。」
和尚の裁定に、五兵衛も納得するしかなく、この件は、なんとか丸く治った。しかし、是を受け伊之の両親は、大いに伊之松の将来を考える事になった。そして、数日後。
伊左衛門「伊之松、今度の五兵衛さんとの件で、お父(おとう)は考えた。貴様をこの村で、此のまま、甘やかして遊ばせて大きくしたら、とんでもない横道者が出来て、必ず後悔すると。
そこでだ伊之松!百姓だろうと、職人だろうと、はたまた商人だろうと、貴様の好きな者に成る事を認めてやる。
その代わり、此の家を出て、他人様の飯を食って苦労するのが条件だ。伊之松、お前は何に成りたい?」
伊之松「お父さん!お母さん!俺は剣術使いに成りたいです。」
伊左衛門「何ぃ〜!!剣術使い?!、其れは困ったなぁ〜。」
と、伊左衛門が腕組みして考えていると、母親が横から意見を致します。
母親「アンタ!伊之が剣術使いに成りたいと言うのだから、無理に親の意見で職人や商人にして、途中で逃げ出してグレちまうよりさぁ、
この子は、二歳、三歳ん時から、棒切れ持って野山を其れ振り回して駆け廻ってたんだから、多分、性に合っているだよ、剣術が。」
伊左衛門「ヨシ、お母(おっかぁー)が、そうまで言うなら、伊之!幸い、この武蔵國には、天下無双、一刀流の達人で逸見太四郎って先生が、秩父尾澤口に道場を構えている。その先生に、お父が頼んでやろう!」
そう言って伊左衛門は、伊之松を連れて、直ぐに秩父の逸見道場を訪ねます。そして、五兵衛事件をカクカクシカジカ、この様な荒い気性で義侠な料簡の野郎ですがと願い出ると、
逸見「成る程その様な事が。。。其れは、宜い心掛け。」
そう言うと逸見太四郎は、色白でニキビだらけの伊之松の醜い顔を凝視するのです。
逸見「漢らしい宜い人相だ。頑固であるかなぁ?」
伊左衛門「えぇ、まぁ〜、強情モンで、なかなか他人の言う事に耳を貸しません。」
逸見「沈着冷静(おちつき)は?」
伊左衛門「生和な面もあるのですが、何かの拍子に鋭い眼光を見せる事、しばしばです。」
逸見「剣客とは、そのメリハリが非常に大切だ。さて、名前は?」
伊左衛門「ハイ、伊之松と申します。」
逸見「伊之松!立って私の前に出なさい。」
伊之松が、逸見太四郎の前に、流石の伊之松も、かなり緊張して小刻みに震えております。
逸見「うん、伊之松!もっと前に出ろ。で、歳は幾つだ?」
伊之松「じ、じ十一歳です!!」
そう言う伊之松の股に逸見太四郎は、手を突っ込んで、金玉を力一杯、握り潰します。そして、
逸見「痛いかぁ?伊之松。痛いかぁ?」
と、尋ねますと、伊之松は泪をボロボロ流しながらも、その場は堪えて、
伊之松「痛く、痛くありません。」
と、叫ぶ様に答えた。すると、逸見先生は、更に金玉を捻り上げて、尋ねます。
逸見「どうだ?参ったか?参った!と、言え。」
伊之松「い、い痛く。。。痛くない!」
もう、泪も枯れて失神寸前ですが、伊之松は耐えてみせます。漸く、逸見先生、手を離して伊之松に向かって、ニッコリ笑い。
逸見「お父上、確かに強情だ!この子は。子供でここまで我慢できるのは、そうザラに居るもんじゃない。伊之松、ハッパレだ。褒めて遣わす。
この子を十年預けなさい。必ず、剣の道で飯が食える様に、私が育てますから、立派な剣術使いにして見せます。」
伊左衛門「逸見先生!有難う御座います。どうかぁ、倅を宜しく頼み申します。」
逸見「其れでは、息子さんを預からせては貰いますが、私の道場で内弟子修行をするからには、其れ相応の覚悟をして貰う事に成ります。
其れは、商人の奉公とは違い年に二度、藪入りに息子さんを家に帰す様な事は致しません。
修行の妨げになるので、帰省は基本的に一人前の剣客と私が認めるまでは有りません。流石に、ご両親が危篤の場合だけは通夜と葬式まではお戻ししますが、其れ以外は逢えないと思って下さい。」
伊左衛門「畏まりました。委細承知に御座います。本当に、不束な愚息ですが重ねて、宜しく頼み致します。」
さて、逸見道場の末席に加わりました伊之松。是が三度の飯より、剣術が好き!みたいな男ですから、道場に住み込みで雑用さえ済ませたら、腹一杯四六時中剣術が出来る!!
先生の逸見太四郎の手ほどきだけでは、満足致しませんで、門弟の兄弟子相手の稽古!稽古!稽古!と、どっぷりと剣術漬けです。
そんな調子ですから、剣の腕前は、メキメキ上達し、十五歳になる時には、門弟で伊之松の稽古相手が務まるのは、師範代の権六と、最古参の門弟で水戸藩浪人の禽之進の二人だけとなります。
更に伊之松の剣の修行は、道場を飛び出し実戦化して行き、秩父の山へ出て弓や槍を使った、野駆けによる獣狩まで行う様になるのです。
そして、十八歳の時には剣の技術でけでなく、心技体、全てにおいて、弟子の中では一番となり、師匠である逸見太四郎と比べても、勝るとも劣らない剣客へと成長します。
こうなると、逸見太四郎は、伊之松を自分の後継者と意識し、対外的な指導や試合に出向く際は、伊之松を必ず連れて出向きますし、
百姓や商人、猟師たちに、剣術の指南をする素人教室の先生役には、伊之松に当たらせて、広く世間からは、伊之松は『若先生』『小先生』と呼ばれる様になります。
そして、伊之松が二十歳を迎えた正月に事件が起こってしまいます。
正月の道場行事も、恙なく(つつがなく)初稽古から順調に進み、松も取れた正月十七日の事、五日程前から風邪を引いて寝込んでいた師匠逸見太四郎の元に伊之松が呼ばれます。
逸見「伊之松、漸く熱が下がり咳が治り、喉の調子も良くなって来たので、決して贅沢で言うのでは無いが、山へ行って兎か雉子、もしくは山魚を捕って来ては呉れまいかぁ?!
いよいよ二十五日には、伊奈家の殿様の前での御前試合が催される。戦うのは伊之松お前ではあるが、拙者も顔を出し、審判くらいは務めたい。
たがら、何んぞ精の着く物が食したいと思うのだ。伊之松!師匠の我儘を、どうか叶えて呉れ!」
伊之松「御意に御座います。早速、山へ獣狩りへ参ります。」
師匠の手前、『御意に』とは、答えたがかなりの無茶振りである。この正月の雪深い秩父で、冬眠をしない獣なんて。。。又、魚もまず、餌は食わないから、釣りは無理!!
とは言え、師匠の命令、二十四孝の逸話を語るまでもなく、この様な場面では、山へ狩りに出るのが、子や弟子の務めなのである。
伊之松は、藁で造った山岡頭巾を被り、弓矢と大刀を落とし差しにして、カンジキを履いて秩父の山へと分け入った。
昼間九ツ半から、雪ん中をもう二刻近く歩き続けているが、獣の泣き声、足跡、糞など生き物の痕跡すら見掛けない。勿論、鳥の姿も。
流石にあと一刻。暮れ六ツ前にはゃぁ山を降りないと危険だと思うから、必死に雪を掻き分け獲物を探しますが、焦るばかりで見付かりません。
ズドーン!
鉄砲の音がしたかと思うと、次の瞬間、手負いの猪(シシ)が、雪を鮮血で紅に染めながら、伊之松目掛けて猛進して来ます。
紅の豚!?
是を必ず仕留ん!鞘走った伊之松、大刀で猪を滅多斬りにして、見事に仕留めます。そして、流石に一頭は持って下山出来ないから、後ろ足一本を切り落とし持ち帰ろうと思います。
素人の伊之松、全く要領が分からず、力任せに鉈を使って猪の足を切り落としていると、さっき鉄砲の音をさせた猟師の勘三郎と亀吉が、猪の血の跡を追ってやって来ます。
勘三郎「若先生!俺たちの獲物に、何をしてるんですか?」
伊之松「俺たちの獲物だぁ?猪を仕留めたのは、私だ。足だけ一本貰うだけだ。ヨシ、切りれた。礼を言え、残りはお前たちにくれてやる。」
勘三郎「何を寝ぼけた事を言うんだ、若先生。いいやぁ、若先生じゃない、貴様は馬鹿先生だ。俺の鉄砲玉が猪の脇腹当たったから、血痕を頼りに追って来たんだ。」
伊之松「馬鹿先生だと?!玉が当たったと言うが、擦り傷だ。猪は全力で俺を襲って来たんだぞ。其れを仕留め、絶命させたのは此の俺だ!だから、足一本で我慢してやるから、礼を言え!!」
勘三郎「赤ヤモリの猛毒を塗った玉だから、この血痕を付けて、地獄の果てまで追って来れば、猪は無傷で捕まったんだ。
其れをこんな滅多斬りにして、毛皮が台無しだ。普通、この大きさの猪なら四両では売れた毛皮が、ズタズタにされたから、二両二分だぁ。馬鹿先生のおかげで一両二分損した。」
伊之松「屁理屈を言うなぁ!さっさと、有難う御座いますと、礼を言え!」
勘三郎「馬鹿か?一両二分損した俺が、なぜ、貴様に礼を言うんだ。」
伊之松「人から施しを受けたら礼を言うのが、世の中の常識だ!!早く礼を言え!!」
勘三郎「寝言は、起きて言うもんじゃない、寝言は寝て言え!!」
伊之松「貴様、礼を言わぬならば、其れを持って帰るなぁ。其れは俺の猪だ。」
勘三郎「馬鹿も休み休み言え!何がお前の猪なもんかぁ、俺の猪だ。貴様こそ、足泥棒だ!!」
伊之松「何ぃ〜!優しく言っておれば、増長しおって、礼を言わぬならば斬る!!」
勘三郎「オーオー!斬れるもんなら、斬って見やがれ、さぁ!どっから斬る? 首から斬るか?手からか?足からか?胸か?腹か?
斬って赤い血が出なかったら、お代は要らねぇ〜、持って行け泥棒!!スイカ野郎たぁ〜、俺の事だ!馬鹿先生。」
勘三郎の啖呵で、落語『棒鱈』の田舎侍の様に頭に血が昇り、伊之松、刀を上段から一気に斬り下ろし、勘三郎の左肩から入った刃は右の脇腹から出て来た。
袈裟掛けに斬るとは言うが、普通は、背骨で止まり刀を最後は引いて、返り血を浴びるものですが、
この勘三郎の場合、背骨まで真っ二つで刀は反対側へ抜けて出てしまい、正に人間が真っ二つに分かれて転がり御座います。
是を見た、猟師の相方亀吉は、『人殺し!!』と、叫びながら逃げて行きます。ハッとして我に帰る伊之松ですが、もう、由良之助。
是は先生にも、道場にも大変な事をしたと思いますが、何よりも、この猪の足を先生に届けて、その上で一部始終を話し、最後は剣客らしく切腹しようと思います。
さて、是を聞かされた逸見太四郎は、自分が獣を食べたがった事を後悔しますが、覆水盆に返らずです。
まず、切腹すると言う伊之松を宥めて、殺された勘三郎の女房が何んと言うか?伊之松の首を欲しがるなら、その時は切腹しなさいと言い、
直ぐに名主、長役の所へ、病の身体を押して、逸見太四郎は出向き、勘三郎の女房の気持ちを聞き出します。
すると、伊之松の首よりも、まだ幼い子供を抱えて暮らしていけるだけの田畑が欲しいと言うので、五十両の金子で女房を納得させて、勘三郎を殺めた件はカタが付く。
しかし、是で伊之松を逸見道場の跡取にする噺は、ご和算となり、仕方なく伊之松は、居辛く成った秩父を出て、故郷の高萩へと帰るのでした。
つづく