竹船で佐渡から沖へ出た三人、嵐の真っ只中へ漕ぎ出した船は、『板子一枚下は地獄』何んて生優しいモンじゃない!!
下も地獄ならば、上も、左右も、みんな地獄。上下左右に激しく揺れて、時には揉まれて渦を巻く様に、船は立ち上がります。
権十「文吉!與三さん!大丈夫かい?!」
文吉「文吉だ!何とか生きているみたいだ、與三郎さんも、ご無事かい?!」
與三郎「全然無事じゃないが、もう吐き出す物は、みんな吐き出したから。。。時期に元気に成るだろう?」
権十「二人共、命綱、もう一度硬く締め直しておくんなせぇ〜!!」
権十の其の言葉を最後に、船は逆さまに転覆し、三人は会話できる状態ではなくなります。海ん中へ突っ込まれた與三郎は、身体が船に縛り付けられていますから、船を離れられません。
しかし、文吉はあまりの苦しさに、縄を緩め、頭を海から出そうと、嵐の中、一人泳いで出て行って仕舞います。
たとえ海の上は、嵐だろうと、海の中までは荒れて居るハズがないと言う考えなんでしょうが、激しい潮流に飲まれてしまい、文吉は何処ぞへと消えて仕舞います。
一晩中荒狂う海、岩礁にぶつかり佐渡の対岸へ着いた時には、船は完全に大破し、板っ切れ一枚に縄で縛られてた状態で、與三郎は浜へと打ち上げられます。
権十は何処へ!?
夜が明けたばかりの佐渡の対岸、此処は越後の國、新潟から七里南へ降った出雲崎、通称・地蔵ヶ原と申します浜辺で御座います。
所謂、台風一過、昨晩の嵐が嘘の様に晴れ渡る空、心地いい秋風が吹いております。そこへ、二人連れの男が、浜辺を松林に沿って歩いて参ります。
是は地元の、元大親分で弁慶ノ又五郎と申します侠客、歳は既に七十を過ぎておりますが、まだまだ元気で矍鑠(かくしゃく)としていて、
今朝は、昨夜の嵐でなんぞ間違いでも起きてないか?!と、子分の世話係の亀蔵を連れて、この浜辺を見て廻っております。
亀蔵「親分!アレを見て下さい、黄色いモノが見えます。アレは人じゃありませんか?」
又五郎「確かに人だ!行ってみよう。」
二人が近付いて見ますと、船の破片に縄で縛り付けられた、黄色い佐渡金山のお仕着せを纏った男が伸びて居りますから驚きます。
亀蔵「こいつ!島抜けですぜぇ。」
又五郎「確かに、金山のお仕着だなぁ?!しかし、あの島を抜けて、過去に生きて逃げ切れた野郎など、一人も居ない。どうだ、亀!生きているか?!」
亀蔵「生きています!息があります。」
又五郎「直ぐ、そのお仕着を剥がして脱がせろ、脱がしたお仕着は、海に捨てちまぇ!!そして、直ぐに、漁師小屋へ行って人手を集めろ、水と食いモンも忘れるなぁ!!早く、行け!」
亀蔵「親分!この野郎、キズだらけで、凄い顔と身体をしてますぜぇ?!」
又五郎「分かったから、早く漁師小屋へ行け!!」
直ぐに屈強な漁師が、四、五人参りまして、焚火をして身体を暖めてくれたり、水を吐かせ真水を飲ませてくれたりと、親身に介抱してくれますと、漸く、與三郎、意識が戻ります。
漁師「親分!息を吹き返しました!!」
又五郎「そうかい!そいつは良かった。」
與三郎が、気が付いて、声のする方を見ますというと、其処に居るのは地元の漁師たち、屈強な身体は日に焼けて真っ黒、おまけに頭はザンバラで、チリチリに縮れておりますから、與三郎、腰を抜かさんばかりに驚きます。
與三郎「ワタシは、ニッポンから来ました!ヨサブロウです。」
漁師「弁慶の親分!この野郎、アッシ等を日本人じゃねぇ〜と、思って居ますよ。」
又五郎「まぁまぁ、気が動転しているんだろう。ご苦労様、朝からすまなかった、是で、一杯やってくれ!親方。」
漁師「いやいや、何時もすみません、おーい!野郎ども、親分さんから小粒を頂戴した!お礼を申せ!!」
漁師たち「有難う御座んす!!有難う御座んす!!有難う御座んす!!おおきに!!」
亀蔵「親分!漁師ん中に上方の野郎が居ますよ。それより、この野郎どうしますか?!」
又五郎「取り敢えず、家に連れて行け。着いたら俺が事情を聞く、全ては其れからだ!場合に寄っちゃぁ〜、地頭に突き出すし、場合に寄っては助けてやる。」
こうして、與三郎は此処地蔵ヶ原で地元の親分、弁慶ノ又五郎に命を救われます。
又五郎「どうだい、少しは落ち着いたかい?!此処は越後の國、地蔵ヶ原と言う所だ。お前さんは、佐渡から島破りして、逃げて来なすったねぇ?!
いいんだ、助けた時に、お前さんが、佐渡のお仕着を着てたから、そいつは分かってたんだ!隠すこたぁ〜ない。
俺は、弁慶ノ又五郎と言う元は長脇差だ。この地蔵ヶ原から柏崎辺りが俺の縄張りだ。網元の漁師を束ねる貸元だったんだが、今は若い代に島を譲って、楽な隠居暮らしよ。
ところで、お前さんの噺も、身の上噺を、少し聞かせてくれねぇ〜かぁ?!折角、助けたんだ、知って置きたいじゃねぇ〜かぁ。」
與三郎「是は、申し遅れました。アッシは、斬られ與三、與三郎と申します、武蔵の國は江戸生まれのチンケな博打打ちで御座んす。
親分子分の盃事のある本格の無職渡世の皆さんから見たら、蝿かゴキブリみてぇ〜なぁ、任侠道なと縁の無ぇ〜半端者に御座んす。
ただ、江戸の『無宿人狩り』で、佐渡送りにされたのをきっかけに、人と人との絆の上に、アッチの様な虫ケラも、生きているんだ友達なんだ!と悟り。
手の、ヒラをお天とう様に透かしてみれば、真っ紅に流れるアッシの血潮です。メメズだって、賭場でケツの毛バまで抜かれた一文無し野郎だって、はたまたアメンボだって!!皆んな皆んな、生きているんだ、朋友なんだぁ〜!と、気付かされました。」
又五郎「與三郎さんとやら、オケラを、『賭場でケツの毛バまで抜かれた一文無し野郎』と表現するのは、あまりにマニアックで伝わりませんぜ。
ところで、お前さん、佐渡からは一人で逃げて来なすったのかい?!」
與三郎「いいえ、三人して島抜けしたんですが、途中船が転覆するまでは、三人だったんですか。。。次に気が付いてみると、アッシダケが浜に打ち上げられてて、あとの二人の行方は皆目。」
又五郎「そうかい!あの島から生きて逃げた奴は居ない。二人は生きてはいまいなぁ。そう思うとお前さんは本に運がお強い。」
與三郎は、又五郎の家の窓から見える、沖の佐渡ヶ島の方を向いて、手を合わせて暫く祈るのでした、『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏』と。
又五郎「與三郎さん、暫くはまともに身体も動かないだろうから、此処に隠れて養生するといい。是も何かの縁だ、神様が俺とお前さんを引き合わせたに違いない、早く身体を治す事だけに、貴方は専念しなさい。」
與三郎「有難う御座んす。何もお返し出来ませんが、親分の恩は一生涯忘れません。」
又五郎「ところで、與三郎さん、全快したらお前さんどうなさる?!」
與三郎「取り敢えず、江戸へ行って、『無宿人狩り』で、本来なら死罪、佐渡でも本来なら地獄の底の悪水汲みだった所を、助けて下さった、柳橋同朋町、芸者新道の萬兵衛さんに礼を言って、
次に、日本橋横山町三丁目、鼈甲問屋の伊豆屋へ行って両親に最後の別れを申しとう御座います。
又、横山町まで行ったなら、ついでと言っちゃぁ〜、語弊が在るが、関先生と薬研堀の源八親方には、板橋での礼を申しに参ります。
そして、是は叶わぬ夢かもしれませんが、最後に恋女房のお富と、一目で宜いから逢って、公儀にお恐れながらと訴え出て、仕置を受ける所存です。」
又五郎「そうかい、深い絆の仲間が、與三郎さんには沢山居るんだねぇ〜、じゃぁ尚更だ、早く身体を治して、江戸へ行けると、宜いねぇ。」
我が事の様に、嬉しい顔をする弁慶ノ又五郎が、與三郎には嬉しかった。また、此処に絆が生まれ、月日は流れて十月十日。
與三郎が、又五郎に世話になって一月を迎えようとしていたこの日、いよいよ、與三郎は、又五郎に暇乞いをして、地蔵ヶ原を立って江戸へと出発致します。
又五郎「與三郎さん!是は少ないが、道中の路銀だ。それと道中、中山道には無頼の輩も多い、脇差は用意できなんだが、匕首を一つ用意した、護身用に是も使ってくれ!!」
與三郎「何から何まで、弁慶の親分!本当にこの御恩!一生涯忘れません。では、與三郎!行きます。」
ガンダムに乗り込むアムロの様に、『行きます!』の言葉を残し旅立つ與三郎。路銀の三両と匕首を懐中に収め、地蔵ヶ原から中山道は長岡の宿へと先ずは向かいます。
さて、與三郎。佐渡金山を島抜けを大罪人で御座いますし、非常に目立つキズだらけの風態ですから、旅籠に泊まり昼間の移動はご法度です。
ですから、暮れ六ツ過ぎから夜明け前の、七ツまでに移動して、農家の納屋や、山小屋、地蔵堂を見付けては、昼間は此処に潜んで隠れております。正に夜行性、久しぶりにトレードマークの頬冠りをしています。
越後路から信州路へと入り、十五日あまりを掛けて漸く上州高崎へと入った與三郎。ここからは八州役人の目もあり、人通りが格段に増えて参りますから、抜け道、山道、獣道を通ります。
何とか十一月には、浦和から大宮へと参りまして、あと三日、四日で江戸へ到着すると言う段になって、路銀が底をついてしまって一文無しで御座います。
真夜中の松林、空腹と戦いながら、水だけで腹を膨らませて、與三郎は江戸へ行きたい一心で歩みを進めております。
そんな與三郎の目に、遠くの方で焚火が見えて参りました。秋も深まる冬隣、此の季節、火は一番のご馳走なので、その焚火に誘われ、與三郎は足を早めました。
そして、焚火の近くに来て見ると、其処には見窄らしボロを纏った乞食が、火の番をして居て、その横には、乞食の家と思しき蒲鉾小屋が建って居りました。
與三郎「大将!旅の者ですが、一緒に火に当たらせて貰って、構わないでしょうか?!」
乞食「旦那、大将は参ったなぁ〜、見ての通り、アッシは身体の不自由な乞食で御座んす。乞食の大将は、おかしくありませんか?!まだ、裸の大将とかの方がマシだ。」
與三郎「申し訳ない。当たらして貰って、構いませんか?」
乞食「へい、どうぞ。アッシも目が不自由で、焚火は、仲間が。。。正確にはアッシの親分が、起こしてくれたモンで、火の起こりが足りなきゃぁ、松林の枯枝を好きに焼べて下さい。」
言われた與三郎が、松林に入り枝と松毬(まつぼっくり)を手に戻り、火に焼べてやると、脂で炎が高く上がり松脂(マツヤニ)の焦げる独特の臭いが辺りに立ち込めます。
乞食「旦那、火に松の枝を足す時は、注意して下さい。脂を含んでやすから、火柱が上がる。それで、蒲鉾小屋を焼かれちまったら、アッシは寝る所が無くなりやす。」
與三郎「分かった!気を付けるよ。」
焚火の炎に照らされた、乞食野郎の顔を見ると、耳から頬に掛けて紫色に膿んでいて、手足の先は、更にドス黒い紫色で、乾いた地面の様にひび割れしています。
是は『かったい/癩病』だなぁ?!
與三郎は、そう思い乞食に近くと、目も煩っていて見えない様子。だが、何処かで見知った奴に思えるが。。。思い出せません。
すると、乞食は竹の皮に包まれた握り飯を食べ始めます。一日半、水しか飲んでいない與三郎には堪らない光景ですが、
かったいの乞食から食い物を恵まれるのには、些か気が引けるが。。。もう我慢ならないと見え、與三郎、勇気を出して切り出します。
與三郎「大将!その握り飯を、一つ恵んで貰えないだろうか?アッシは、二日間何も食べてなくて、腹がペコペコなんだ!!」
乞食「俺がこんな姿なのに、お前さん、よく近く気になったなぁ〜、見ての通り『かったい』だ。手も足もろくに動かせないし、顔もこの通りだ。
そんな俺が食べている握り飯を、分けてくれとは、恐れ入ったぜぇ〜、旦那。よっぽど腹が減っているのか?命が惜しくない御人だなぁ?!
こんな、塩も利かない握り飯で良ければ、遠慮は要らねぇ〜、どれでも一つ食べてくれ!!ただし、一つだぞ!!」
乞食に恵まれた握り飯を頬張る與三郎。どちらが乞食か分からない、丸で地獄の餓鬼の様に、その握り飯に、與三郎は貪り付いた。
與三郎「美味かった!有難う、大将。腹の虫が二日ぶりの飯に驚いてやがった。ところで、大将は、何時からこの松林に居るんだ?!大宮の人なのかい?!」
乞食「話せば長い噺になるが、此処、大宮に流れて来たのは一年半前の夏だ!!そん時は、まだ、『かったい』に侵される前の事だ。
俺には、一生付いて行くと決めた親分が居て、上総は木更津の赤馬源左衛門って大親分だ。そして、俺はその一の子分で、海松杭ノ松蔵って言うのがオイラだ。
そんな親分の下で、男を磨いていた俺だが、ある時不幸が突然やって来たんだ。江戸から木更津へ遊びに来ていた、鼈甲問屋『伊豆屋』の若旦那って野郎が、
事もあろうに、親分のご新造、お富ってんだが、此の人に間男しやがって、落し前に親分とアッシで野郎を寸刻みのナマス斬りにしてやった。
そん時、同じ江戸から来ていた髪結の江戸金って野郎に、命ばかりは助けてやって、奴の命を金に替えろとそそのかされて、百両で間男野郎を助けてやった。
ただ、其処からが、左前の始まりさぁ。親分はその間男の一件で評判を下げて、木更津どころかぁ、房州には居られなくなるんだ。
そんで、アッシと親分二人して、常陸から上州、そして此処、武蔵へと流れ流れてのドサ廻り、五年半の旅の末に辿り着いたのが、此処、大宮。
ところが、オイラは『かったい』を患って動くのもままならず、親分の足でまといになっちまって、其れでも親分は、俺を見捨てないでくれて、毎日食べる物を届けてくれて、偶に、顔も見せて下さるんだ。」
思わぬ所で、思わぬ仇と出会いました與三郎。海松杭ノ松は、何時でも殺せるこの有様だし、此処で待っていれば、赤馬源左衛門もやがて来るに違いないと思っていたら、案の定その夜の内に、赤馬源左衛門が、海松杭ノ松の蒲鉾小屋を訪れます。
源左衛門「松!ちゃんと晩飯は食ったか?!アレ、お客さんか?!」
松蔵「へい、親分。さっき知り合ったばかりですが、握り飯を分け合う仲で。。。仲間みたいなモンでやす。」
源左衛門「そうかぁ、仲間ができたのか?、でぇ、明日の飯はどうする?!まだ、足は動くんだろう?取りに来るか?」
松蔵「親分、動きはしますが、かったるいやぁ?!女中さんに届けさせて下さい。蒲鉾小屋で寝て居たいもんですから。」
源左衛門「分かった、それなら、女中に届けさせる。そろそろ、貴様には車を用意してやらねぇ〜と、塩梅悪いなぁ。」
松蔵「親分!何から何まで、ご面倒掛けます。」
源左衛門「いいって事よ。二人っきりの親分子分じゃねぇ〜かぁ。其れより、今夜は久しぶりに、この先の寺!妙覚寺で盆が立つそうだから、ひと勝負して、もし勝ったら、明日の飯は鰻にしてやるぜ!松。」
松蔵「有難う御座んす。せいぜい、お気張りヤス!!」
源左衛門「おう!松、大分寒くなったから暖かくして寝ろよ?!じゃぁ、あばよ。」
松蔵「親分、行ってらっしゃいませ!!」
赤馬源左衛門は、そう言って松林を、此の先の山の麓にある妙覚寺を指して、フラッカ!フラッカ!歩き出しました。
是を見た與三郎、何かを閃いた様子で、海松杭ノ松蔵に向かってこんな言葉を残し立ち去ります。
與三郎「松蔵さん、アッシも赤馬の親分に、小遣い銭を、松蔵さんの仲間だって言えば、一分か二朱くらいなら、恵んで貰えますかねぇ?!」
松蔵「貰えるさぁ〜。親分は寛大なお一人だ、俺の仲間って言えば一分どころが、二分か一両貰えるぜ、旅のお一人。」
與三郎「そうですかい。それなら、善は急げ!今から、追い駆けて行って、小遣い銭、貰って来ます。」
そう言うと、與三郎は赤馬源左衛門の跡を追って、松林から山道へと入ります。そして、途中竹林で手頃な竹を一本切って竹槍を拵えました。
直ぐに其れを持って、赤馬源左衛門に追いつくと裸足になって、そーっと!そーっと!背後から忍び寄ります。
一方、源左衛門はと見てやれば、全く気付く気配も、怪しむ気配は無く、新内節を妙に低音の鼻唄で口遊みながら、相変わらずフラッカ!フラッカ!歩いております。
ブスッ!
與三郎は、やや斜め背後から竹槍を、力任せに赤馬源左衛門の脇腹から、臍へ突き抜ける角度に突き刺さします。
ウぁッ!!と言う声を上げて倒れながらも、脇差に手を掛けて抜こうとする赤馬源左衛門。其処に、さっき焚火に居た、松蔵の客が立って居りますから、ビックリ致します。
源左衛門「貴様!誰だ?!仲間じゃねぇ〜なぁ〜!!」
與三郎が、ゆっくりと頬冠りを取って、赤馬源左衛門へ、最期の啖呵を浴びせます。
ヤイ!赤馬、こうなるのも、皆んな天罰だ!!
よくもまぁ〜七年跡(しちねんめぇ〜)、よくもまぁ、嬲り斬りにしやがったなぁ〜
與三郎だぁ!!覚えて居るかい?!
いくら長脇差の親分でも、こうなっちゃぁ〜往生だ!覚悟しやがれ!!
赤馬源左衛門、「金はやるから!!」と命乞いを致しますが、竹槍を腹に喰らい身動きができないまんま、與三郎の抜いた匕首を、胸に受けて絶命します。
赤馬の懐中から博打の種銭・四十五両と、赤馬が抜き掛けた長脇差を奪い、其れを自ら落とし差しにする與三郎。
最後に、返り血を綺麗に川で流し、赤間を刺した匕首の血も赤馬の着物で拭ってから、蒲鉾小屋へと戻って参ります。
松蔵「旅の人!小遣いは貰えたかい?幾ら貰えたんだい?!」
與三郎「頂きましたよ、たんまりと、四十五両。」
松蔵「エッ!!四十五両?!貴様?、誰だ」
おぅ!おぅ!オゥ!怪しむのはぁ〜尤もだ、やい!海松杭ノ松!!俺は、江戸横山町の伊豆屋の倅、與三郎だ!!(と、頬冠りをカッコよく取る)
そうよ、忘れもしねぇ〜七年跡、色には心深草のぉ〜
百夜に足らぬ、九十九里。汝が洒楽で赤馬に斬られた三十四キズ
佛まで討って、変わりし悪党も、皆んな雌鶏の薦めし時の不詳ぞと
相対間男美人局、その凶状で、佐渡送り、荒き波路の島抜けて
どうぞ生涯、今一度!!逢って怨みを晴さんと!待った甲斐が、此の大宮
出合い頭の源左衛門、竹槍喰らって血煙上げて、強者異名の赤馬(あかうま)も、冥土の旅へと急飛脚
その口取りの馬方は、言わずと知れた汝の役目、松は千歳の縁起もの。。。やさぁ〜海松杭のぉ〜、往生しやがれぇ〜!!
與三郎は、赤馬源左衛門から奪った長脇差で、海松杭ノ松を、一突きに殺してしまいます。そして、その亡骸を蒲鉾小屋に放り込んで火を点けました。
高く燃え上がる火柱を背に、仇を討った與三郎は、急いで故郷である江戸へと向かいます。しかし、その心の中は、佐渡の空の様に、なぜか晴れぬままで御座いました。
つづく