芝山観音の仁王祭を襲撃した、勢力富五郎と夏目ノ新介、上州ノ友太郎の三人は、公儀の八州及びに寺社方も敵に回す結果となり、
関八州では、代官所へ斬り込んだ上州國定村の長岡ノ忠次の次に格付された賞金首、百両のお尋ね者!Wanted!!で御座います。
そんな三人は、暫くの間、八日市場の倉田屋文吉親分の世話になり隠れておりましたが、八月、嵐が来る季節に成ると、
夏目ノ新介、熊ヶ谷半次、御郷宮ノ豊吉、蒲田ノ八郎次の四人を加えた七人の精鋭で、嵐が来たら手薄な銚子本陣を襲って助五郎の首を抱く最後の賭けに出ます。
そして迎えたその嵐の当日。海はシケて、利根川は増水しておりますから、助五郎の身内も、八州役人も、河川の備えや港の警戒に出て陣屋は大変手薄に成っております。
其処へ、夜陰と大雨風に紛れて、勢力富五郎、夏目ノ新介、憚りノ勇吉、上州ノ友太郎、熊ヶ谷半次、御郷宮ノ豊吉、そして蒲田ノ八郎次の七人の侍ならぬ七人の渡世人が、いきなり雨戸を蹴破り!殴り込みます。
しかし、詰めている役人、子分が手薄とは言え、常時、三、四十人の兵隊が助五郎を守っておりますから、斬っても!斬っても!次から次へと敵が現れます。
そんな中、まず一刻もせぬ内に、熊ヶ谷半次が斬られ、ニ刻半を過ぎると、御郷宮ノ豊吉と蒲田ノ八郎次も討死となります。
この頃には、夜が白々と明けて外に出ていた役人子分が陣屋へと駆け付けて、富五郎達への抵抗は一層激しくなります。
笹川一家は憚りノ勇吉がシンガリを務めて、勢力富五郎、夏目ノ新介、そして上州ノ友太郎の三人は八日市場の倉田屋へと逃げ帰ります。
文吉「富!どうだ?助五郎の首は?取れたのか?」
富五郎「面目無ぇ〜。コッチは半次、豊吉、八郎次の三人が殺(や)られて、多分、俺たちを逃すんでシンガリに残った勇吉も、召し捕りか?殺られちまっているだろう。」
文吉「そうかぁ、残念だったなぁ、で!!是からどうなさる?勢力のぉ!!」
友太郎「富五郎の兄ぃ!此処は一先ず、奥州の忠吉親分の所へ逃げましょう!」
富五郎「また、あの親分の世話になるのか?」
新介「仕方ありませんって。其れに、三人一緒は具合が悪いから、三人バラバラに分かれて、旅籠へは別々に部屋を取って旅を致しましょう。」
富五郎「ヨシ!分かった。奥州へ逃げるとしよう。文吉親分!色々と面倒お掛けしましたが、こいつらを連れて、仙台へ落ち延びます。本当にお世話に成りました。」
新介・友太郎「お世話様でした!倉田屋の貸元!!」
文吉「なんの!重蔵ドンの仇討ちだ、手伝うのが当然よ。其れから、此れは餞別だ。また、長い旅になる、勢力のぉ!身体を大事にしてくれ!!」
富五郎「最後の最後まで、すみません!恩に着ます。」
百両の餞別を懐中に八日市場を出た三人、芝山、成田は待ち伏せされている懸念があるので、成東へ下り迂回して四街道から佐倉に出ます。
また、今回は潮来、鹿島、大洗と言う馴染みの道順での奥州入りも危ないと思いますから、佐倉からは松戸、柏、春日部へと抜けて久喜へと参ります。
更に久喜からは、奥州街道をひたすら北上して、栗橋、野木、小山、小金井、石橋、雀宮、そして宇都宮。
更には、宝積寺、氏家、片岡、矢板、野崎と進みまして、現在の那須塩原に近い鍋掛ヶ原に、富五郎と友太郎が同じ宿、浪花講の看板を上げた御泊宿『大蔦屋善右衛門』と言う宿に滞在。一方夏目ノ新介は一人だけ、此処から三丁ばかり離れた別の旅籠に宿を取りました。
又三人は是まで、成るべく大きな宿に、他の一般客と相部屋で泊まる様に心掛け、しかも寝間着には着替えず旅支度のまま、脇差を抱えて布団に入ります。
勿論、風呂へは入らず、食事も飯に汁をブッ掛けて、アッ!!と、言う間に済ませてしまいます。八日市場を出てから六日目、仙台への丁度、中間地点に到着しておりました。
其処へ突然!八州役人が、宿改にやって参ります。
役人「八州の宿改である!戸を開けよ!!」
小僧「ハイ!何用ですか?お役人様。当宿は満室のお客様で賑わっております。火急の御用で無ければ、明日朝五ツ過ぎにお願い出来ないでしょうか?」
役人「田分がぁ!火急の用だから、この様な夜分にまかり越しておる!早よう戸を開けよ!!」
役人に怒鳴られて小僧は、慌てて主人善右衛門を呼びに、泣きながら奥へと参ります。
善右衛門「どうしました?松吉。」
松吉「怖いお役人様が!御用の筋だ!開けろ!と、表に来ております。番頭さんから、無闇に開けてはならぬと、キツく言われておりますので。。。明日にしてくれと頼んだら、お役人様がお怒りで。。。旦那様!どう致しましょう?」
善右衛門「分かりました、松吉。お前は自分の寝間で、もう寝なさい。私が応対します。」
松吉「旦那様、おやすみなさいませ!」
善右衛門「おやすみ。」
善右衛門が、戸口を開けると、八州役人が二人中へとズカズカ入って参ります。
役人A「御用の筋だ!この宿に、下総万歳群の勢力富五郎と申すお尋ね者が、泊まったとの訴えが参った。百両の賞金首だ!?隠し立てすると、為にならんぞ!!」
善右衛門「ご苦労様です。取り敢えず、其方に腰を下ろして下さい。番頭に宿帳を改めさせます、暫くお待ちを。
佐兵衛さん!番頭さん!宿帳を持って、直ぐに来て下さい。お役人様が、御用の筋で見えて居ります。」
佐兵衛「ヘ〜イ!」
善右衛門「番頭さん、下総からのお客様で、『セイリキ・トミゴロウ』ってお客様は、今夜、お泊まりかい?」
佐兵衛「さて、宿帳を調べます。下総。。。下総。。。下総からは、六人お泊まりで、ご夫婦が二組。此方は常連様で、郡山へ向かうお大尽、絹問屋の大和屋さんと、信夫の温泉宿の経営者、美濃屋さんです。
残る二人のお一人は、二十歳前後の旅芸人で菊之丞さん、この人は両替したんでよく覚えていますし、もう一人は六十六部の爺さんで歳は五十か六十のヨボヨボですよ!?」
役人A「下総と宿帳に、正直には書くまい。当人は四十過ぎだが、屈強な赤銅色の肌で、五尺八寸の大きな男だ!勢力富五郎、その様な男は泊まって居らぬか!?」
佐兵衛「『セイリキ』どころか、馬力も、万力も、当たりき車力のコンコンチキも宿帳には、有りませんがぁ!?因みに、私、佐兵衛は無類の怪力で御座います。」
役人B「宿帳に、住まいの地名を書かぬぐらいだ、本名を書く馬鹿は尚更、居らぬは!!もうよい!明日、明け六ツの鐘が鳴る前に、宿改に参る。其れ迄、誰も早立ちを許すなぁ!!八州が面体を改め!宜いなぁ!」
善右衛門「ハイ、承知致しました。誰も宿からは出しません。なんせ、当宿『大蔦屋』には、怪力番頭の佐兵衛が居りますから。」
役人A「ほーう、そんなに、其処の番頭は怪力なのか?!」
善右衛門「街道筋では、名代の怪力です。ねぇ〜佐兵衛さん!!」
佐兵衛「ハイぃ〜、怪力自慢に御座います。」
役人B「其れは見たい!」
佐兵衛「見たいですか?見たい?!、其れならご披露致します。台所から、飯炊きの燃料に致します粗朶、中でも太い粗朶を持って参ります。」
そう言うと、台所へ粗朶を取りに行き、太さが一寸五分程の太さの粗朶を集めて五本、持って戻ります。
佐兵衛「では!此れを一気に、ヘシ折って見せまする。エイ!!」
見事に粗朶は五本共、真っ二つに折れてしまい、見ていた二人の役人も、たまげて目を白黒しております。
善右衛門「この通り!うちには、怪力番頭の佐兵衛が居りますから、そのお尋ね者を逃す心配は御座いません。」
そう主人の善右衛門が太鼓判を押しますから、八州役人の二人は、明日朝の大捕物に備えて帰って行きます。
善右衛門「番頭さん!大変な事になりましたね?今夜お泊りの中に、どうなんだい?勢力富五郎さんは、居なさるのかい?!」
佐兵衛「十中八、九は居るのでしょうが。。。露骨に庇うと、大蔦屋が取り潰しになります。朝食(あさげ)の膳に八州役人の宿改めが在る事を、上手く謎掛けして、全てのお泊りのお客様にお知らせ致しましょう。」
善右衛門「お前さんも、八州役人はお嫌いかい?」
佐兵衛「大嫌いです。あんな弱い者虐めな輩は在りません。勢力富五郎って方も、虐めに合っておられるに違いない。」
善右衛門「其れにしても、番頭さんの怪力の技は、いつ見てもアッパレだが、折った牛蒡を翌日、客の朝食(あさげ)や夕食(ゆうげ)の汁の具に使わないといけないから、ちと難儀だねぇ〜。」
佐兵衛「旦那様!明日の朝食は、その牛蒡汁で八州役人が来た事を、お尋ね者の『勢力富五郎』さんにお知らせ致しましょう。」
善右衛門「ほーぉ?!そんな事に使えますか?あの牛蒡が?!」
佐兵衛「まぁ、任せて下さい、旦那様!!」
翌朝、七ツ半過ぎに、各部屋に朝食の膳部を持って女中が部屋に現れます。勢力富五郎の部屋にも例の牛蒡汁を小さな一人前用の土鍋に入れて持って来ました。
女中「お客様、朝はゴンボ汁です。必ず冷めないうちに頂いて下さい。この焼いた石を鍋ん中に入れてやると、熱々で美味いゴンボの汁が頂けます。」
そう言って膳部を置いて出て行った。富五郎は、何時でも宿を飛び出せる拵で、その牛蒡汁を食べ始める。女中に教えられた通り、焼いた石を土鍋に入れると。。。
ハッシュ〜!ハッシュ〜!
と、物凄い勢いで石の周りから湯気が立ち、鍋がシュー!シュー!音を立てた。なぜ、こんな鍋を夜明け前に態々(わざわざ)?!と、感じた富五郎は、
石を鍋に投入する音で宿の主人が、八州役人の手入れが、この早朝に行われる事を知らせてくれたんだと察知します。
そこで富五郎、少し離れた部屋に居る、上州ノ友太郎と共に、宿を早立ちしようと、二人して丁場で勘定を済ませて、正に大蔦屋を出ようとした時、
御用!御用!御用!
と、四、五十人の目明かし役人が、旅立とうとする二人に、「怪しい奴!」と、十手を向けて宿場の問屋場への出頭を命じますが、二人は此れを振り切り逃げ様と致します。
富五郎と友太郎は、広い通りに此のまま居ると、四方から取方、役人にハシゴを使って包囲されて、俥係りで攻撃されるのを熟知していますから、
あえて細い路地に逃げ込んで、遠回りしてでも、宿場を離れて裏手の山の方へと逃げてしまおうと致します。
それでも、追手の取方、役人とは激しい斬り合いになり、友太郎が後を食い止めながら、富五郎を先へ先へと逃しますが、
やがて、富五郎の前からも、遅れて駆け付けた取方、役人が行手を遮り抵抗しますから、富五郎はなかなか、宿場から出る事が出来ません。
そこへ、漸く、三丁ほど離れた別の宿を出た夏目ノ新介が二人に合流して、友太郎と二人で富五郎を逃がそうと致しますが、
鍋掛ヶ原の宿場に動員された取方、役人の数は、ザッと!百人を越えていて、空が白んで来た明け六ツ時には、いよいよ富五郎も、前には進めない膠着状態に陥ります。
そして、三人が分断されそうになり、細い路地から袋小路の空き地へと、勢力富五郎が追い詰められそうに成った、絶体絶命のその時!!
パン!パン!パン!
猟銃の銃声が轟き、屋根の上から、勢力富五郎を援護して、再び、路地から山へと逃げるように誘導してくれる助っ人が現れました。
富五郎「お前は!猿の傳次!!」
傳次「勢力の貸元、その路地から山へ!早く逃げて下さい。アッシが後は食止めます。」
細い路地から富五郎を逃したその助っ人は、清瀧ノ佐吉の子分だった『猿の傳次』でした。傳次な、その路地を蓋する様に、後から来る取方、役人を斬り捨てながら食止めます。
そして、富五郎の姿が見えなくなるまで、その場で役人達を足止めした猿の傳次は、正に猿の如く屋根へと登り、その屋根伝いに宿場外れの森の方へと逃げ始めます。
更に屋根から並木に飛び移り、木の枝から枝へと飛び移り、猿と化した傳次は、山の方へと逃げて行く!!
傳次「新介兄貴!友太郎兄貴!勢力の貸元は、無事に逃しましたから、兄貴達も、逃げて下さい。御達者で!!」
そう叫ぶ傳次の声を聞いた二人も、二人バラバラに、宿場を離れて、其々逃げてしまいます。是を見た取方、役人は、まず勢力富五郎の追走に、二十人。
そして森へと逃げた傳次の追走にも、二十人が、残り三十人程が夏目ノ新介、上州ノ友太郎の追走に向かいます。
しかし、既に一刻の戦闘で三十人以上を斬り殺した相手ですから、賞金首の百両欲しさに追手を掛けると言っても、役人や岡っ引も自らの命は惜しく、此処、鍋掛ヶ原での召し捕りは失敗に終わります。
さて、危機一髪で逃げた、勢力富五郎!この跡、どの様なドラマが彼に待っているのか?!次回はいよいよ、長い長い『天保水滸伝』も大団円となります。
つづく