御用!御用!と、取り巻いて来る役人を、女房のお常が、物干竿を二本!横に広げて食い止めていた。


あんた!逃げてぇ〜


そう叫ぶお常の声に押されて清瀧ノ佐吉は、雨戸を蹴破り、庭に出て垣根を越えて、外に飛び出した。

脇差一つ、着の身着のまま息が続く限り走り抜けた佐吉。そして、逃げた先は、諏訪神社でした。

神主「どなたですかなぁ?」

佐吉「宮司!アッシです佐吉です。」

神主「佐吉さん!どうなさいました?!」

佐吉「八州役人に追われて居ます。一晩だけ、此処に匿っちゃ貰えませんか?!」

神主「勿論です。御恩義の在る佐吉さん!貴方なんだ、匿うも何も。。。入って下さい。」

佐吉「宮司、すみません、ご迷惑をお掛けして。。。子分の中に、飯岡の回し者が居て、八州役人に追われて居ます。」

神主「分かりました。怪我をされていますね。此方に来て下さい。古い方の社務所に隠れて居て下さい。その傷が治るまでは、此処に居なさい。」


佐吉は、九死に一生、諏訪神社へ逃げ込んで宮司に匿われて、八州の役人も手が出せないその場所で、傷が治るまで半月留まる事になります。

やがて傷が癒えた政吉は、女房のお常が八州に銚子の陣屋へ連れて行かれて、八州役人の調べを受け拷問に掛けられている事を、駿河屋の留次郎から耳に致します。

政吉「留次郎さん!お常は、アッシの逃げる先など最初(ハナ)から知りませんから、白状も出来ないし、まさか役人から責め殺される事は無かろうと思います。

だが、勘次の野郎だけは許せねぇ〜。あの野郎を娑婆に野放しにして置いちゃぁ〜、破門にした猿ノ傳次と長次に顔向けが出来ねぇ〜。

留次郎さん!勘次の野郎が今、何処に居るか?!探っちゃぁ貰えませんか?是が佐吉、最後のお頼みです。」


そう頼まれた駿河屋の若旦那、留次郎が、勘次は成田ノ勘蔵の兄弟分で、芝山ノ勝蔵の所で熱りが冷めるまで隠れて居る事を聞き出して参ります。

直ぐに旅支度を致しまして、清瀧ノ佐吉は、芝山へと向かいます。既に、此方芝山へ逃げて来て十日余が過ぎ、油断をしている勘次。

今日も一人で、赤提灯の屋台の呑み屋で、おでんなんぞを摘んで一杯やっております。其処で半刻も呑んで、良い気分に成り、フラッカ!フラッカ!歩いて、勝蔵の家へと帰る途中、『勘次!』と、呼び止める声が致します。

声「ヤイ、勘次!ご機嫌だなぁ!?」

勘次「誰だい?ご機嫌だよ?悪いかい?!」

声「悪いなぁ!!勘次。俺だよ、清瀧ノ佐吉だ!!」


腰が抜ける程、ビックリした勘次。まさか、芝山まで、清瀧ノ佐吉が追い掛けて来るとは、夢にも思いませんから、必死に命乞いを致します。

勘次「親分!違うんだ。。。成田ノ勘蔵に脅されて。。。俺も騙されたんだ!?。。。役人が行くなんて、知らなかったんだ!?。。。勘弁してくれぇ!金?金なら在る!さ、さ、さ三両在る!!助けてくれぇ〜!親分。」

佐吉「三両が、三百両でも。お前だけは許せねぇ〜。お前を許したら、猿ノ傳次や長次に顔向けが出来ねぇ〜。其れに女房のお常も、八州にしょっ引かれて拷問を受けている最中だ!纏めて礼をするぜ!勘次。」

勘次「良い事を教える!飯岡から笹川へ送り込まれた回し者は、俺だけじゃねぇ〜んだぁ!?他に、あと、二人居る。二人居るんだ!其れを教えるから、助けてくれ!」

佐吉「勿体、付けず、早く!言え!!」

ゆっくりと、脇差を抜いて、先ず足。左足の甲に、雪駄の鼻緒の上から刀を突き指します。


ギャッ!

野田打廻る勘次。

佐吉「早く言わないと、手遅れになるぜ!」

勘次「言うから、刀を引いてくれ!親分。」

次に右足の脹脛(ふくらはぎ)を突き刺し、左の腿、そして右の尻にも刀を刺します。


勘次「言う!言う!、ハァ〜、ハァ〜、勢力ん所に居る、鶴吉と亀蔵の二人も、そうなんだ!奴等は助五郎の回し者だ!!」

佐吉「そうかい、最期に有難うよ!!」

勘次「騙したなぁ!ハァ!ハァ!ハァ〜、騙したなぁ!」

佐吉「お前さんに、騙したって言われるのは、心外だなぁ。あの世で、俺から心外だと言われた事を、重蔵親分に、ちゃんとお伝えしてくれ!!」


続けて、佐吉は勘次の左の肩、右の腕、左の肘、そして右の掌。。。と、半笑いに成りながら楽しむかの如く刀で刺した。

此の辺りで、勘次が気絶して騒がなくなりましたから、一度叩き起こして意識を戻し、今度は体を五寸で斬り刻み、身体中の血液が出なくなるまで、ナマス斬りに致します。


地獄に落ちろ!死にやがれ!!


最後に、そう呟いて勘次の喉に、刀を突き立てて止めを差しますが、既に、勘次は息絶えて居り、声も上げずに仕舞います。

此処で、佐吉は『しまった!』と、一つ気付きます。勘次にあの世の重蔵親分への伝言を頼んだが、この野郎は地獄に落ちるから、親分には会えねぇ〜や!と。

さて、取り敢えずケジメである勘次を殺(や)った清瀧ノ佐吉は、勢力富五郎と夏目ノ新介宛に手紙を書いて、猿の傳次と長次の二人を破門にした経緯、

助五郎を狙った三月二十一日の襲撃が、敵にバレて居たのは、飯岡ノ助五郎の回し者で、清瀧一家に潜入して居た勘次が密告したからだと伝えます。

更に、勢力富五郎一家の鶴吉、亀蔵も、同じ助五郎からの回し者なので、注意すべしと、忠告致します。

そして、暫くは、江戸に潜み、熱りが冷めるのを待って、必ず、また重蔵親分の仇を討ちに戻ると誓います。


尚、この鶴吉と亀蔵は、確かに助五郎の回し者として、勢力富五郎一家に潜入しては居りましたが、

既に、この時には、富五郎に全ての経緯を話し、助五郎のセコい『赤螺屋』より、豪放磊落で漢気に溢れる富五郎に、命を捧げる覚悟が出来ておりました。

同じ回し者が潜入しても、勢力富五郎と清瀧ノ佐吉では、やはり威光、貫禄が何枚も違う為か、その漢の魅力で敵を寝返らせられる勢力に対し、清瀧ノ佐吉は、まだまだ甘く身勝手な所が在るようです。


アさて、江戸へやって来た清瀧ノ佐吉。最初(ハナ)は、重蔵が健在だった時代に築いた傳(ツテ)を頼り、相撲興行の香具師金造の世話になります。

ただ、此れも長居をすると、親方から身内に成る事を薦められますし、なかなか、重蔵親分の仇討ちとの両立が難しゅう御座います。

結局、興行香具師の世話に半年ほど成った後は、其処を出まして赤坂檜屋敷の毛利甲斐守の大部屋に、中元として雇われ此処に住む事に致します。


一方、襲撃後の飯岡は?と、見てやれば、助五郎は、もう何時襲われるか分からないので、屋敷へは戻らず、銚子本陣に留まり、あまり熱心では無かった公儀の御用に専念します。

そんな状態ですから、一家の方は、成田ノ勘蔵に代替わりした様な状態で、この年も、芝山の仁王様のお祭が近いていて、

此処芝山も奥に観音様が祀られて、仁王様はその門番なのですが、何故か?芝山のお祭は、その門番仁王様のお祭なので御座います。

当然、この祭でも花会が御座いまして、成田ノ勘蔵、芝山ノ勝蔵、そして地曳ノ寅松の三人が仕切りまして、三日間の興行となります。

此処に、流石に助五郎は現れないだろうが、成田ノ勘蔵は、自分のケツ持ちに成っている仲日の二日目は昼過ぎから現れると言う情報が、

今ではすっかり、飯岡の二重スパイ的な存在でもある鶴吉と亀蔵の二人から齎されました。この二人は、三月二十一日以降も、笹川方に飯岡の情報を齎す貴重な戦力でした。

そして、芝山の祭、花会の仲日二日目に、成田ノ勘蔵の首一つを狙って、勢力富五郎、上州ノ友太郎、四の宮ノ権太、そして憚りノ勇吉の四人で乗り込みます。

鶴吉「最後の確認です。花会の仲日、三人揃って参拝を済ませた後、境内の社務所二階で、宴席が持たれます。

殺(や)るなら、この宴席しか在りません。盆は警戒が厳しいので、回状無しに上がれませんし、刀をハシゴの側で受け取る連中は、飯岡でも腕っこきですから。」

亀蔵「芝山の境内にも、刀を差しては入れませんが、此処は私と鶴ドンが、風呂敷に隠して茶店に二本ずつ、刀を隠して置きますから、三人の参詣が終わり、社務所へ向かうのを見て、宴席で確実に襲って下さい。」


芝山に九ツ過ぎに到着した四人は、鶴吉の手配の旅籠に入り、商人風の風態(なり)に着物を着替えます。

木綿物のカスリに、ヘコ帯を締めて、黒い足袋を履いて低い柾目の下駄。面が割れているので、簾笠を深く被る者と、縮緬頭巾を被る者。

ニ対ニに分かれて、刀が預けてある茶店に入り、成田ノ勘蔵、芝山ノ勝蔵、そして地曳ノ寅松の三人が参詣に現れるのを待ちます。

やがて、八ツの鐘が鳴る頃、三人が黒紋付に仙台平の袴姿に白い足袋と高下駄を履いて現れます。

参詣を済ませた三人は、ゆっくり、玉砂利を踏んで社務所へと消えて行きます。四人は、茶屋を何時でも出られる用意をし、

二階で、三人が酒を呑み、油断するのを半刻ほど待って、いきなり社務所へと、刀を抜いて襲い掛かりました。

下に居た子分を、有無も言わず斬り捨てて、ハシゴを一列で駆け上がる!狙うは、成田ノ勘蔵の首ただ一つなのですが、

この時、不思議な事に成田ノ勘蔵は、雪隠を使っていて、飛び込んで来た四人を置いて、先に下へ降りて、まんまと逃げ伸びてしまいます。

しかも、成田ノ勘蔵を二階で探していると、勘蔵に呼ばれた関八州の役人が現れて、四人は大捕物に巻き込まれて、富五郎、友太郎と勇吉の三人は逃げ伸びますが、四の宮ノ権太は、此処で召し捕りと相成ります。


再び、話を清瀧ノ佐吉に戻しますが、江戸は毛利藩の中元部屋に隠れた佐吉、此処で、元々無職渡世で生きた人ですから、盆の仕切りをやらせると、全てにソツがない。

熱りが冷めるまで、なんぞと思って下足(ゲソ)を漬けた佐吉でしたが、兄ぃ!兄ぃ!に始まって、一年もすると、元締!胴元!親分と、呼ばれて、

二年の歳月が過ぎた頃には、十日に三百両、月に千両は動かす顔になりまして、手下を二十人から抱える一端の渡世人で御座います。

子分A「親分!両国の金造親分がお見えです。」

佐吉「是は是は、二年半前にお世話に成りっぱなしで、親分の居る両国の方へは足を向けちゃ、寝られない。」

金造「それにしても、佐吉さん!熱りが冷めるまでとか言いながら、賭場はえらい繁盛してるじゃねぇ〜かぁ?」

佐吉「欲がないから繁盛するんですかねぇ?アッシは、何時でも下総は清瀧に帰って、もう一度漢を売り出すつもりです。」

金造「本当か???まぁ、其れはそうと、神田の須田町で、蕎麦を手繰っていたら、懐かしい野郎を見掛けたんで、声を掛けたら、

野郎!女連れだったからか?!『人違いです。御免下さい!』とかぬかしやがって、直ぐに勘定済ませて、出て行きやがった。」

佐吉「誰ですか?その懐かしい奴は?」

金造「お前も宜く知っている奴さぁ〜、憚りノ忠吉、兄弟の兄貴の方だった。」

佐吉「忠吉が?あの野郎は、二枚目で女(スケ)こまし。もてるから良い女連れてましたでしょう?」

金造「良い女?大して良い女じゃねぇ〜よ、大年増で、風態(なり)はそれなりに身綺麗だったが、三十二、三って感じの女だったぜぇ。」


佐吉は、金造の話を聞いて、憚りノ忠吉が江戸に本当に居るのか?確かめて見たくなり、暇を見付けては神田に出掛けた。

しかし、なかなか忠吉には会えなかった。そんなある日、日本橋に頼んで置いた着物を取りに行った帰り路、重蔵の女房、お糸に瓜二つの女を見掛ける。


なぜ、江戸に姐さんが?!


似ているだけなのか?!他人の空似?反射的に佐吉は、その女の跡を付けて居た。そして、女は銀座の料理屋に入って行った。勿論、佐吉も其れに従う。

すると、更なる衝撃が佐吉を襲う。其れは、女がその料理屋で待合せしていたのは、あの!金造が神田須田町で見たと言う憚りノ忠吉だったのだ。

慌てて、その料理屋を飛び出した佐吉は、そのまま、料理屋の前で一刻以上二人が出て来るのを待った。

そして漸く二人が出て来た跡を、必死に着かず離れず距離を取って追い掛けた。そして、人形町に、二人の愛の巣が有るのを発見した。

二階建て庭付きの所謂、三軒長屋だった。近くの八百屋に聞いてみると、まだ三ヶ月にもならない位前に、二人で越して来て住んでいるが、近所付き合いは殆どなく、商売も謎だと言う。


佐吉は考えた『なぜ、姐さんが忠吉と一緒なんだ?!十一屋は?』


もう、確認せずには居られなく成った佐吉は、商人の風態に化けて下総笹川へと戻って、十一屋が今、どう成っているのか?確かめてみた。

驚いた事に、其れは完全に代替わりしていて、笹川ノ重蔵一家とは丸で関わりの無い堅気の衆が経営していた。

色々と地元で話を聞くと、一年ちょっと前の事。勢力富五郎と夏目ノ新介が、精鋭数名を連れて、銚子の本陣に居る助五郎に殴り込みを掛けたんだそうである。

勿論、本陣には多数の役人と飯岡の身内が詰めているから、助五郎へは擦り傷一つ負わせられずに、勢力も夏目も、またまた奥州へと逃げたそうである。

金庫番の清瀧ノ佐吉が居なくなり、更には、勢力富五郎と夏目ノ新介までもが、古参の腕の立つ兄貴分を連れて居なくなると、

無職渡世では、食べて行けない子分たちが、一人抜け、二人抜けして、親分重蔵の女房、お糸も心細く成って行った。その心の隙間に取り入ったのが、憚りノ忠吉である。

女コマシの忠吉。口説きに口説いてお糸を自分の女にして、勢力や夏目が居ないのを好都合とばかり、十一屋を高く買い取ってくれる相手を見付けて百二十両で売り飛ばし、お糸を連れて江戸へと逃げて来て居たのである。


是を聞いた清瀧ノ佐吉は、怒り狂う。命を掛けて重蔵の仇を討とうと必死なのに。。。なんて料簡の二人なんだ!!

そもそも、十一屋は水戸に隠居した藪雨の親分から受け継いだ、謂わば笹川無職渡世の宝なんだ!!其れを勝手に売りやがって。。。

江戸に戻った、清瀧ノ佐吉は、二人を叩き殺して十一屋を売って得た金子を取り戻してやる!!と、心に誓います。


まずは、中元部屋の賭場の仕切りを、子分の吉五郎に譲り、自身は亡き親分の仇討ちに再び出ると子分達に別れを告げます。

そして、単身、人形町の二人が住む三軒長屋へ押し行って、寝ている二人を重ねて四つに斬り捨てて殺します。まだ、百両からの銭を持ってやがる!!

そのまま、奥州へと逃げて行けば、また、勢力富五郎や夏目ノ新介に再会できて、笹川一家の再興が成ると信じておりました。

そんな青写真を胸に抱く清瀧ノ佐吉は、千住の旅籠にこの日は泊まりましたが、急な宿改めに、身の危険を感じて逃げ出そうとしましたが、旅籠は既に役人に囲まれて居て、あえなく御用!と、成って仕舞います。


そのまま、伝馬町に送られた清瀧ノ佐吉は、下総銚子での岡っ引助五郎宅の襲撃と、忠吉とお糸への強盗殺人の罪で『斬首』並びに『晒し首』となり、

捕まった千住、小塚原の処刑場で首を斬られて、そのまま、晒し首と相成りました。いよいよ、この天保水滸伝のお噺も、大団円間近!!どの様な結末になるのか?!乞うご期待。



つづく