弘化二年三月二十一日、清瀧ノ政吉率いる三十八人は、飯岡を目指して暮れ六ツ半。暗闇の中を二列になり、周囲の様子を伺いながら、牛歩に足を進めます。

そして、物見にやった子分勘次が戻って来て、銚子観音の周りは、怪しむ所は全く無く、ただただ静かで犬猫一匹居りませんと、報告しますが、

それでも、佐吉は『大利根河原の仕返しに、助五郎の子分が埋伏していたら一大事!!』と思いますから、石橋を叩いて、隊を五人一組に分て、迂回しながら助五郎の屋敷を裏側から襲う事に致します。

すると、二十五人五組が迂回して、助五郎の屋敷裏の藪畳に潜んでいる頃、銚子観音の待伏せ隊の方も、余りに笹川からの到着が遅い!と感じたのからか?!笹川に密偵が在るのか?!

三浦屋孫次郎と助五郎の新しい用心棒、常陸の國、笠間の浪人で蟹野新助と言う卜傳流の使い手が、五十人の手下を連れて、助五郎の屋敷に引き返して来ます。

丁度、六組目に佐吉が、子分と四人で助五郎の屋敷の方へ向かう時に、この新助と鉢合わせに成ってしまいます。


新助「やい!笹川のゴロツキ供めぇ!!覚悟しやがれぇ〜、此処が貴様たちの墓場と知れぇ!」

そう叫んで、蟹野新助が、三尺近いかなり長めの大刀をギラり!と、抜いていきなり、佐吉の組の若衆に斬り掛かります。此れを見た佐吉も、勿論黙っちゃいない!!

佐吉「親分の仇!助五郎の白髪首を、貰いに来た!!歯向かう野郎は、容赦はしないぞ!!野郎ども!、兎に角、斬って斬って!斬り捲れぇ〜!」

佐吉の号令で、藪畳に潜んで居た二十五人も現れて、塀を挟んで助五郎の屋敷の裏木戸前と、庭先で、激しい戦闘が始まります。


佐吉は、竹槍(本では手槍)で、蟹野新助へ鋭く突いて襲い掛かりますが、百戦錬磨の卜傳流の達人の新助は、その槍の動きを見切り、

何十回目かに、佐吉の突きがやや流れた所を見逃さず、其の長い刀で槍先を斬り落として仕舞います。

更に、蟹野新助は、間髪入れず返す刀を佐吉に向かって、稲妻の如く!!、鋭く斬り付けて参ります。

一方、竹槍を失った佐吉は、槍を捨てて応戦しようと、脇差を抜こうとしましたが、腰砕けの状態となり、一瞬身体がよろけて屈む様な姿勢になりました。

流石に、突然佐吉が屈んだので、新助の刀の鋒は佐吉の肩を軽くかすめるだけで、深傷を与える事なく、空を斬りました。

しかし、「アッ!!」と声を上げてその場に倒れてしまう清瀧ノ佐吉!『ヨシ!今だ。』と、思った新助が、体勢を整えて倒れた佐吉を突き殺そうとした、其の時でした。

雪の様に白い肌、痩せギスの身体に向こう鉢巻をして、滑革のタスキを掛けた足拵えも厳かな、漢が割って入ります。

漢「ヤイ!三ピン、よくも親分に傷を付けやがったなぁ?この清瀧ノ政吉の身内、猿の傳次が腕を魅せてやる!!さぁ、掛かって来い!!」

新助「沙羅臭せぇ〜!猿か、犬か知らないが、貴様如きが、何人束に成ろうと、殺(や)られる俺ではないワぁ!!」

そう言うと、傳次に正対し正眼に構える新助でした。すると、猿の傳次も短いその脇差を抜いて、双方位取にジリジリ、ジリジリと間合いが詰まります。

この猿の傳次、元は旗本の三男坊で、酒と女は嫌いだが、三度の飯より博打好き!その道楽で家を勘当になり、両国で用心棒をしている所を清瀧ノ政吉に拾われて笹川の身内に成ります。

その剣の技量は、八重垣流小太刀の腕前では、古今、出来る部類の人でございまして、卜傳流の蟹野新助にも、全く引けは取りません。

そして、相手が長刀使いの新助なだけに、傳次はあえて、深く懐に入り、相手が刀を振り下ろす前に、腕を斬る作戦に出ます。

勿論、新助も相手が間合いを詰めて来るのは、百も承知!詰められる前にと、斬り掛かります。

そんな駆け引きの続く中、やはり先に、新助が上段から斬り付ける所を、傳次が交わしながら、懐へ上手く飛び込み、左肩に太刀を浴びせます。

此れは、着物の上をかすめる程度の擦り傷でしたが、傳次は新助が長刀を振り回せない様な間合いで、懐に飛び込み、今度は新助の右手を目掛けて斬り付ける、エイ!!


うワぁ!


思わず声を上げる新助。見ますと中指と薬指が第二関節から切り落とされて、刀を落として仕舞います。

新助は素早く其れを拾って、味方の方へ逃げて行く。傳次は「様まぁ〜見ろ!!」と叫んで小太刀を鞘に収めると、佐吉に肩を貸して味方の方へと下がりました。


さて、此れを見て居た密かな援軍の勢力富五郎たちは、此処らが攻めに加わる好機!と、見て夏目ノ新介と、五十、五十に分かれて、政吉達の援護に掛かります。

又、助五郎の屋敷には猩猩ノ宮治と、清瀧ノ佐吉を挟み打ちに出た三浦屋孫次郎が居て、一方、成田ノ勘蔵は、いまだに銚子観音で待機しておりました。

この配置で、もし、勢力富五郎が攻めた直後に、成田ノ勘蔵が、更に後ろから攻めていたら、笹川の連中は危なかったかも知れませんが、勘蔵はそのまま銚子観音に留まります。

傳次「親分!その傷じゃぁ、もう戦えません。今夜はひとまず引いて、又の機会に致しましょう。」

政吉「馬鹿を言うなぁ!今更、引けるかぁ。勢力の兄貴に、『芋挽き』って罵られたんだ。助五郎の首が無理でも、

成田ノ勘蔵、三浦屋孫次郎、猩猩ノ宮治、この三人の内の一つぐらいは、取って笹川へ戻らなねぇ〜と、漢が立たねぇ〜。行かせてくれ!傳次。」

其処へ勢力富五郎と夏目ノ新介が現れて、政吉に今回の一部始終を説明して、『お前は十分にやった!!』と、言い含めて笹川へ帰します。


一方、勢力富五郎、夏目ノ新介、憚りの勇吉、御都内ノ豊吉、熊ヶ谷ノ半次、そして鎌田八郎次の六人は、百人の子分を率いて、此処から助五郎の屋敷へカチ込みに掛かりました。

先頭に立って、阿修羅の如く斬り捲る勢力富五郎。直ぐ後ろに先程申した精鋭の五人が固めて居りますから、

最初は、掛かって来ていた助五郎の子分たちも、三人、五人で同時に斬り付けた位では、太刀打ち出来ません。

次第に、この六人の周囲は、モーゼの十戒の如く道が出来てしまいます。いよいよ、屋敷の中へ入ると、勢力が大きな声で叫びます。

富五郎「ヤイ!飯岡ノ助五郎。重蔵親分の仇討ちに来た。貴様も、房州三國を縄張りにする天下の貸元なら、此処で今!俺と、サシで勝負しろ!!漢なら出て来やがれぇ〜、助五郎!!」


そう富五郎が叫んでみても、助五郎は銚子の陣屋に逃げて居りますから聞こえるはずもなく、代わりに其処へ現れたのが、石川田ノ石松と言う相撲くずれの大男です。

石松「何をぬかしやがる!!お前なんぞに、親分が相手なさるかぁ〜。俺様が相手に成ってやる、覚悟しやがれぇ!!」

富五郎「邪魔立てするなぁ!!」と、無視して進もうとする富五郎の前に、石川田ノ石松が、仁王立ちの不通(とうせんぼ)です。

この石松、腰に落とした脇差を抜くと、此れがまた、蟹野新助譲りの業物で長い!!二尺八寸の長刀を振り回しながら、勢力富五郎に突進します。

しかし、富五郎、この刀を手に持つ脇差で払うと、目にも止まらぬ早技で、石松の胴を横真一文字に斬り裂きます。


石川田ノ石松が斬られた!!


助五郎の子分たちの声が木霊して、奥の方から、六尺の金棒を持って三浦屋孫次郎が出て来ました。

孫次郎「勢力!この孫次郎が相手だ!勝負しろ!!」

富五郎「貴様は許さん!!掛かって来い。いいかぁ、新介、勇吉!お前らも、手を出すなぁ!!」

孫次郎「いい度胸だ、でもなぁ、頭カチ割って脳味噌を拝んでやるから、覚悟しろ!富五郎!!」

富五郎「貴様こそ、宗旨の念仏なりお題目なり唱えて待っていろ!今からあの世へ送ってやる。アーメン!」

孫次郎が、片手で金棒をぐるぐる回して襲い掛かるので、最初(ハナ)は間合いが詰められ無い勢力富五郎でしたが、

次第に孫次郎の金棒を回す軌道に慣れた富五郎、疲れからか?回す速度が鈍った所を見切り、間合いを詰めに掛かります。

孫次郎も、間合いが詰まる前に一撃を!?と、金棒を突然垂直に、富五郎の脳天目掛けて、振り下ろしましたが、

間一髪避けられて、富五郎に間合いを詰められて、振り下ろした刀で首から肩に掛けて斬られた孫次郎はここに絶命致します。


孫次郎兄ぃが殺られた!!


再び助五郎の子分たちの声が木霊して、今度は竹槍を持った野郎が、啖呵も切らず、いきなり不意に真横から富五郎を突いて参ります。


この野郎!宇田ノ兵重!


そうです。あの大利根河原の決闘において、あの平手造酒の脇の下に、竹槍を刺したのが、このLet It Beじゃなく、Guitar Gently Weeps、でもGet Backでもない、そう!兵重(Hey Judeでした。

富五郎「此処で逢うたが百年目!盲亀の浮木、優曇華の花待ちたること久し、いざ尋常に勝負!勝負!」

不意に放った横槍が、空を切った時点で勝負ありでした。宇田ノ兵重は、勢力富五郎の太刀を袈裟懸けに受けて、此処に討ち取られます。

六人を先頭に、助五郎屋敷で身内、子分を斬り捲る笹川の一統。二階までくまなく探しましたが、助五郎の姿は御座いません。

この時、屋敷方が壊滅と悟り、宮治は主だった子分を連れて、銚子観音の成田ノ勘蔵の元へ合流し、二人して助五郎の居る銚子本陣へ報告に上がります。

一方の勢力富五郎たちも、助五郎は最初(ハナ)から居なかったと知れて、夜も明けて参りますから、笹川へと引いて参ります。


さて、一足先に清瀧村の我が家に帰った佐吉と傳次は、二人だけになり、何やら今後の話になっておりました。

政吉「すまなかったなぁ、傳次。お前に助けられなんだら、俺は、あの新助って浪人者に斬り殺されて居た所だったぜ!有難うよ。」

傳次「親分!其れにしても勘次野郎は、怪しいですぜ。アイツが先に物見に出て、百人からが居る観音様の境内に、人気(ひとけ)を感じないのはどうかしていますって。野郎、助五郎が送り込んだ密偵だと思いますぜ?!」

政吉「確かに待ち伏せが有ったのは、事実だが、勘次に限ってそれは無いと思うぞ。」

傳次「親分!此処は、本人を呼んで聞いた方がいい。野郎が物見で埋伏しているのに気付いていたら、親分は斬られていなかったはず。

少なくとも、指を詰めて、落と仕舞いを取るぐらいの罰は与えないと、笹川の身内に示しが付きませんぜ!!」

政吉「其処までする必要が在るのか?!傳次。」

傳次「必要ですよ、親分。俺は今から、勢力の貸元の所へ、今日の礼を申し上げに行きます。その帰りに勘次を呼んで来ますから、宜しくお願いします。」


猿の傳次は、勢力富五郎の家を訪ねて、明け方、富五郎の帰りを待って礼を述べた。其れに対し富五郎も、出来た子分を持って佐吉も幸せ者だと傳次を労い返すのだった。

その日の昼過ぎ、傳次は勘次を連れて、清瀧ノ佐吉の家へとやって来た。其処には、佐吉を見舞いに来た長次と言う子分も居たが、お構い無しに、傳次は勘次をその場で問い質した。

傳次「勘次!貴様、昨日、物見に出ると志願して見に行ったのに、観音様の境内に居る百人からの飯岡の奴等に、何で気付か無かったのか?!」

勘次「何故?と、言われても。。。暗闇だったし、先入観もあり、全く気付く事が出来ませんでした。失敗(しくじっ)たのはアッシの責任です!申し訳ありません。」

傳次「親分は斬られたんだ。申し訳ありませんで済む話か?其処で、腹を切ってお詫びをしろ!!出来ないなら、破門だ!貴様は、助五郎の回し者か!?」

佐吉「傳次!いい加減にしろ!お前が親分か?勘次も反省している。今度だけは許してやれ!!」

傳次「しかし親分!此の野郎は、おそらく助五郎に雇われた間者ですぜ!確かに、確たる証拠は無い。無いけど。。。勢力の貸元なら、こんな野郎は許しちゃ居ねぇ〜、斬り殺して居ますって。」

佐吉「何だ!その言いぐさは?!勢力の貸元ならって。そんなに勢力が宜ければ、富五郎の身内にして貰え。

馬鹿な俺より、策士で賢い勢力がお前には、お似合いだ。」

傳次「そんなつもりで、俺は言ったんじゃ有りません。清瀧の一家の為に言ったまでです。」

勘次「其れにしちゃぁ〜、あんまりですぜ。失敗したオイラは確かに悪いが、オイラは飯岡の密偵なんかじゃありません!!」

佐吉「そうだ!証拠も無く人を疑うのは良くないぞ傳次?勘次に対して個人的な恨みでも在るのか?」

傳次「在りませんよ、私怨からの事じゃ御座んせん。でも、此の野郎を許したら駄目だ。親分!間違いなく寝首を掻かれますぜ!此の野郎に。」

勘次「兄貴!そりゃぁ〜、酷い言い様だ。」

佐吉「そうだぞ、傳次。勘次に謝れ!!」

傳次「聞き入れて頂け無いなら、アッシの方が出て行きますが、親分!油断しないで下さい。この野郎、必ず、親分の首を取りに来ますから。

其れと、此処に居る長次も、江戸へ帰します。此奴は俺が賭場で拾った勘当者の商人の倅だ。俺は今更家には帰れ無いが、此奴はまだやり直せる。だから、この野郎も一緒に、破門にして下さい。」


『ヨシ!なら貴様等二人は破門だ!!』


売り言葉に買い言葉。女房のお常が必死に止めましたが、清瀧ノ佐吉は一番の子分、猿ノ傳次とその舎弟分の長次を破門にします。

傳次は、長次に十両の金子を渡し、二度と博打はしないと誓わせて、知り合いの本郷の米屋に紹介状を書いてやり江戸へと帰します。

江戸で二年も真面目に働いたら、米屋の主人が口を利いて、お前のオヤジに勘当を解く様にと、頼んで呉れる。其れ迄、辛抱するんだぞ!と、言い聞かせ送り出します。そして、傳次自身は、日本全国六十余州を武者修行の旅へと出て行ってしまうのです。

後日、この話を聞いた勢力富五郎と夏目ノ新介が、子分たちを使い傳次の行方を八方探させましたが、行方は用として知れません。


アさて、勘次と二人に成った清瀧ノ佐吉は、二人が居なくなった後も、肩の傷が癒えず床に着いた状態で、毎日、その看護に勘次がやって参ります。

勘次「親分!お加減は?」

佐吉「まだ、少し痛む。起きられ無くはないが、医者が傷が開くと治りが遅いと言うから、寝てばかりだが、本に退屈だぜぇ!

暫くは、相撲も博打もままならないから、勘次!お前も、他所に行っていいぞ。」

勘次「いいえ、俺が物見を失敗(しくじっ)て傳次兄貴や長次が出て行く事になったんですから、親分の恩に報いる為にも、此処に残って頑張ります。其れに親分と二人の方が、オイラ気が楽です。」

佐吉「そうかぁ、其れなら、勘次、ちょっと使いに行ってくれぇ。諏訪神社の神主に、此の手紙を届けて貰いたいんだ。」

勘次「ハイ!お易い御用で。」


そう言って勘次が出て行く。そして、その日の夕間暮れ、六ツの鐘が遠寺から聞こえて来る頃、突然、外(おもて)が騒がしくなりますと。。。


御用だ!御用だ! 飯岡襲撃のカドで召し取る!!清瀧ノ佐吉!御用だ!!


『しまった!勘次の野郎、密偵だった』、猿ノ傳次の言う通りだったと、佐吉は後悔しましたが後の祭!!役人が家に踏み込んで参ります。さて、清瀧ノ佐吉の運命や、如何に?!



つづく