奥州へ飛脚の知らせが参り、重蔵の名代で忠吉の所へ来ていた勢力富五郎、熊ヶ谷寛次、そして上州ノ友太郎の三人は、

十一屋の番頭、弥助が書いた手紙で重蔵の死を知りますが、同時に、水戸から仙台に来る間に、体調を崩していた勢力富五郎がドッと重い病に掛かり床に付いてしまいます。

富五郎「面目無ぇ〜。肝心なオイラが動けなくなっちまって!!、寛次、友太郎、先に十一屋へ戻ってくれ!?」

寛次「兄貴!何を言いなさる。親分が亡くなったら、兄貴が跡目の貸元だ!その兄貴を、仙台に残しちゃぁ〜、戻れねぇーぜぇ!」

友太郎「そうだ!帰る時は三人一緒だぜ、兄貴!忠吉親分、暫く、三人此方に厄介に成っても構いませんでしょうか?」

忠吉「そりゃぁ〜構わねぇ〜さぁ。自分の家だと思って、勢力の貸元は養生すると宜い。俺に出来る事が有ったら、何でも言ってくれ!力になるぜ!?」


鈴木忠吉親分の好意も在って、三人は富五郎が全快する翌年、弘化二年三月十日、仙台の桜が満開になり、雪解け水が廣瀬川に注ぐ頃、

三人は、世話に成った鈴木忠吉に、是までの礼を言って仙台を跡にし、笹川へと奥州街道を、まずは白石宿を目指して下ります。

長町、中田、増田、岩沼と進み、続く山崎パンの仙台工場が在るので有名な槻木で昼食を取って一休み、更に、船迫、大河原、金ヶ瀬、そして磐城ノ國、宮を通り、一日目は白石宿に泊まります。

翌朝も日の明けぬ七ツ立ちで、斎川、越河、貝田、藤田、そして明治になると洋館二階建ての伊達郡の役所が出来る桑折宿でお昼の休憩です。

そして、瀬上から福島へと入りますと、忠吉からの紹介状を持って、ここ信夫の大親分、講釈の世界では、上州大前田英五郎と並び称される信夫ノ常吉を訪ね、この日は此処に草鞋を脱ぐので在りました。

更に翌朝も福島を七ツ立ち!清水町、若宮、八丁目、そして安達郡は二本柳と参りまして、『智恵子抄』に詠われた安達太郎山と阿武隈川で有名な二本松の城下で一休み致します。

北杉田、南杉田、本宮、高倉、日和田、福原を通り、この日は、會津へと街道が分かれる分岐点、奥州街道の要所の一つ、郡山で宿を取ります。

翌日は、ややゆっくりで六ツ半立ち。奥州街道は此処までで、太平洋は『いわき』を目指して進みます。そして『日立』、『大洗』を経由して、仙台を出て早や七日、『鹿島』へと辿り着きます。

鹿島で旅の垢を落として船に乗り、霞ヶ浦から利根川を経由して、笹川へと三人が戻ったのは、仙台を出て九日目の夕方でした。


富五郎「只今、戻りました!富五郎です。姐さん!弥助!富五郎です。」

弥助「勢力の貸元!ご無事でぇ〜、ささっ、入って下さい。」

三人は、女中に足を洗って貰い、久しぶりの十一屋へと上がります。

富五郎「姐さん!先ずはご愁傷様で御座んす。親分は、どの様に襲われなすったんでぇ?」

お糸「お前さんも聞いていただろう?成田への参詣の帰りに、権太の家で呑んだ帰りに、三猿の庚申堂前の粟畠で、成田ノ勘蔵と三浦屋孫次郎に待ち伏せされて、殺された様です。

その後、首を取られて。。。」

思い出して泣き出した、お糸の代わりに弥助が、事の次第と、後から首だけ十一屋へ放り込まれた話をしました。

富五郎「姐さん!其れで、今まで半年、新介や佐吉は、何をしていたんですか?!」

お糸「あの二人は、二人なりに考えが有って、富五郎!お前の帰りを待って相談してからにしようと言ってたんだよ。お前が全快したらと、しきりに言っていたから、さぁ!!

其れに、助五郎が飯岡を逃げ出す事は無いから。。。今度こそは、用意周到に仇を討つ積もりなんだよ。」


お糸の話を聞いた勢力富五郎は、黙ってしまう。その夜、勢力富五郎たち三人が、無事に笹川へ帰って来た事と、重蔵の月命日二十一日が明日と言う事もあり、重蔵の仇を討つ誓いの決起集会的な意味合いも御座いました。

この日、十一屋は一般の泊まり客を取らず、笹川ノ重蔵一家、四、五十人が参加する宴席が持たれる事と成った。

顔を出したのは、夏目ノ新介、憚りノ忠吉、同じく勇吉、四の宮ノ権太、熊ヶ谷半次、鎌田八郎次、上州ノ友太郎、玉村ノ八五郎、足利ノ大助、下半田村ノ庄吉、同じく寅松、そして清瀬ノ佐吉と、八万石の地方領内で貸元を務める連中が足を運んだ。

久しぶりに顔を合わせた者同士も多く、酒を汲み交わして、近況を語り合っていた。そこへ富五郎が現れたので、一同が其れを手を叩いて迎えた。そんな富五郎が、清瀧ノ政吉を見付けて、側に座り話し掛けた。

富五郎「政!久しぶりだなぁ〜。」

政吉「こりゃぁ〜、富五郎の兄貴、もうお身体は大丈夫なんですか?!」

富五郎「あぁ、心配掛けて悪かったなぁ〜。もう、すっかり大丈夫だ。そうだ!政吉、お前さんに、一杯盃をやろう。」

政吉「ありがとう御座んす!」


清瀧ノ政吉が、そう言って盃を貰らおうとすると、富五郎は、足で盃を差し出すのです。流石に、是には、政吉も驚き躊躇していますと、重ねて富五郎が、政吉に申します。

富五郎「政吉!俺の盃は、呑めねぇ〜ってかい?!」

政吉「決して、呑めねぇ〜ってんじゃありませんが。。。足で差し出された盃に、どんな言われや謎が掛けられての事か?考えておりまして。。。」

富五郎「謎も言われも無いよ!!親分の仇も討つ気の無い半端者には、手を使って酌してやる料簡には成んねぇ〜から、足を使ったまでの事った!!」

政吉「親分の仇を討つ気が無ぇ〜何んて!アッシが何時申しましたか?!兄貴の帰りを待っていただけだ。

其れに、親分が殺されたばかりの一月、二月は、役人は十一屋を見張ってやがるし、飯岡の警戒だって凄かったんだ。

だから俺は。。。兄貴が戻るまで、辛抱していたんだ!!其れを『仇を討つ気が無い』なんて!!決め付けないでおくんなさい。」

富五郎「ほぉ〜。去年の七月二十一日に親分は殺されたんだぞ?もう、亡くなって八ヶ月だ。その間、助五郎の家や勘蔵、孫次郎の家を何故襲わないんだ?!

今でこそ貴様は、清瀧の貸元だの、政吉親分なんて呼ばれて、一端の面して表を歩けるのは誰のお陰だ!!みんな重蔵親分のお陰だろうがぁ?!

お前が、まだ大坂屋茂兵衛の酒屋の手代で、今の女房のお常に惚れて駆け落ちしたのを、飯岡ノ助五郎たちに、生木の様に引き裂かれたのを、

うちの親分が、江戸まで貴様がお常を連れ戻せる様にして下さったのを、忘れたとは言わせねぇ〜ぞ!!

そんな恩義が、在るにも関わらずだ。八ヶ月も仇討ちの『ア』の字も、やらないのが、無職渡世の義理と言えるのか?!

いいかぁ?!俺は、今、政吉に向かって言ってはいるが、此処に居る全員が、命を差し出しても足りねぇ〜恩義を、重蔵親分から受けているから言うんだ!!

いいかぁ、政吉!俺に、足じゃなく手で酌をして貰いたかったら、助五郎の白髪混じりの首を取って来て、そして!親分の墓前にご報告しろ!!」


真っ赤な顔に成った清瀧ノ政吉は、自身の是までを恥じてその場から席を立った。政吉と日頃仲の良い兄弟分と子分が、その跡に従って退席した。

是を見ていた、夏目ノ新介が、血相を変えて、勢力富五郎に、喰って掛かった。

新介「代貸!いやぁ、富兄ぃ!!今のは、あんまりな言い様だぁ。今、笹川一家は一つに成って飯岡と戦争しよう!って時に。。。あんまりだ。

政の野郎だって、仇を討つのは忘れた訳でも、諦めた訳でも無い。其れをあんな言い方すりゃぁ〜、お前さんを見返してやろうと、無茶するぜ!!」

富五郎「分かっているよ!夏目のぉ。」

新介「分かってる?まさか?!」

富五郎「そう、そのまさかだ。あのくらい焚き付けたら、政吉は助五郎を、明日の月命日に襲うハズだ。のほほん!としている飯岡の奴らは、ビックリするだろうなぁ?!」

新介「ビックリはするかも知れねぇ〜が、助五郎は常時百からの子分と食客が付いているぜ。清瀧ノ政吉が子分と兄弟分集めて掛かったとしても、せいぜい四十だ、勝てるのか?!」

富五郎「危なくなる様なら、俺が百人連れて援護するから大丈夫だ。道中、寛次と友太郎とは入念に摺り合わせが出来ている。

二人を政吉には、付けてあるから、適当に焚き付けて、必ず、明日助五郎を襲う事になる。今度こそ、助五郎の首を頂こうぜ!新介。」

新介「富兄ぃ!!あんたって人は、ただじゃぁ、起きない人だなぁ。大病して帰りが八ヶ月も遅れなきゃ、こんな奇襲は出来なかったぜ!?もしかして、仙台で大病だと言うのも、この作戦の始まりだったんじゃ、ねぇ〜よなぁ?!」

富五郎「敵を欺くには、まず、味方からって言うじゃねぇ〜かぁ。」


そんな勢力富五郎の計略もあり、弘化二年三月二十一日の深夜九ツに、清瀧ノ政吉が集めた三十八人が、飯岡ノ助五郎の寝込みを襲います。


いや!


寝込みを襲うハズでしたが、上手の手から水が漏れてしまいます。勢力富五郎から秘策を授かった熊ヶ谷寛次が襲撃の前日、得意げに十一屋の番頭弥助の実弟弥兵衛にこの作戦を、正に自慢噺をする様に喋ってしまうのです。

寛次は知らなかったのですが、この弥兵衛の女房の弟が助五郎の子分、成田ノ勘蔵の子分で、弥兵衛は助五郎とも面識が御座います。

直ぐに、此の清瀧ノ政吉が奇襲を掛けると、自ら助五郎に知らせに走り、弥兵衛は褒美をたんまり貰って帰って行きます。

一方、飛んで火にいる夏の虫!と、助五郎は、百七十人の子分を集めて、途中の銚子観音に百人を埋伏させて、政吉が現れたら、屋敷の七十人とで挟み撃ちにする策で迎え討ちます。


さて、何も知らずに命を捨てて、漢の意地で飛び込む清瀧ノ政吉の運命や!如何に?!



つづく