エッ!第五回、笹川vs飯岡の喧嘩をやるんじゃねぇ〜ねかぁ?!詐欺!と、お怒りの皆さんも在るかと思いますが、
本に従ってお届けしており、こんなの本当に必要?!って、声は重々承知しますが、今回は、超ダレ場で御座います。
まず、このボロ忠って誰?って話ですよね。講釈で神田派がやっている『ボロ忠売り出し』と、殆ど同じ内容で御座います。
そのボロ忠とは、『大利根河原の決闘』の後、清瀧ノ佐吉、熊ヶ谷寛次、上州ノ友太郎、そして御郷内ノ豊吉の四人を匿った『鈴木忠吉(忠助)』その人です。
この本は、よくありますが、是まで忠助だった仙台一番、奥州でも信夫ノ常吉と並び称されている鈴木忠助が、此処からは忠吉に変わります。
そして、神田派の『ボロ忠売り出し!』でも、主人公は忠吉です。一般に、信夫ノ常吉は広く知られていて、『信夫ノ常吉』と言う物語が、講釈でも語り継がれております。
一方、仙台の伊達六十一万石を縄張りに、二足の草鞋で十手持ちとしても大活躍した忠吉は、常吉に勝るとも劣らぬ大親分ですが、講釈にはこの『ボロ忠』しか残っておりません。
そんな忠吉が若かりし頃、忠吉の親分と申しますのが、仙台の丸屋勘吉と言う親分で、常陸で愚連隊の様なチンピラ集団に居た忠吉は、『苗代荒らし』でしくじって、常陸を追われていたのを、この勘吉が拾ってくれたのでした。
この徳川様の時代、田圃に稲を植えたばかりの苗代を荒らす事は、年貢を損失させる天下の大罪。
それを喧嘩のどさくさにやらかした忠吉は、仲間と共に常陸の國には居られなくなります所、其れを勘吉が世話をしておりました。
そんな経緯で、仙台へと流れて来た忠吉ですから、其れは其れは貧乏で、何時も絽のボロボロの一張羅を着ております。ですから、周囲は、彼を『ボロ忠!ボロ忠!』と呼びます。
まぁ、無職渡世だろうと、役者、芸人でも、風態(ナリ)が悪くて出世した例は、なかなか御座いません。
そして、このボロ忠と並び称されるボロで出世した人が、江戸深川『三州屋』で下男奉公から、吉原の京町二丁目に『安尾張』と呼ばれる遊郭・尾張屋の主人、安兵衛さんです。
彼が若い深川時代、ボロ安!ボロ安!と呼ばれ馬鹿にされていたのが、努力と運に恵まれて出世した例ぐらいしか歴史には残っていない様です。
そのボロ忠が、親分勘吉の家を、三月十五日朝やって来る所から、此の事件は始まります。
ボロ忠「親分!おはよう御座います、アレ?今日は何処かへお出掛けですか?!」
勘吉「お前、そんな事だから、駄目なんだ!!今日は『塩釜の祭』だ。」
ボロ忠「塩釜の!?祭へ、親分行くんですか?」
この塩釜を仕切る親分が、通称・塩釜ノ丹次と申す大親分で、貫目は奥州の雄・信夫ノ常吉にはやや劣るも、丸屋勘吉よりは、かなり上の存在で御座います。
その塩釜ノ丹次が、毎年三月の十五、十六日の祭の二日間、『塩釜の花会』と言う賭場が開かれておりました。
ボロ忠「親分!塩釜の花会に行くんですか?」
勘吉「勿論だ!丹次親分から、直々に回状貰っているし、五里しか離れてない塩釜の花会だ!行ねぇ〜分けにゃぁ〜なるめぇ〜ぜぇ!!」
ボロ忠「親分!アッシも、お伴に連れて行って下さい!!」
勘吉「駄目だ。そんなぁ、風態(ナリ)で付いて来られちゃ迷惑する。まず、その臭いを何とかしろ!!お前、何時風呂に入った?!近付くなぁ!!莨が不味くなる。」
ボロ忠「そりゃぁ〜、殺生です。井戸端で、綺麗に成って来ますから、連れて行って下さい!!」
ボロ忠は、親分の家を飛び出し、庭先の井戸で行水を始めて体を磨き始めます。親分の勘吉はと見てやれば、莨を吸い終えて、出発前に雪隠へ用を足しに向かいます。
この勘吉親分と言う人、憚りが長いので有名な人で、雪隠に入ると四半刻は出て来ない人です。
女房の丸代が着替の着物と、花会の軍資金二百両、それに脇差を、長火鉢の前に持って行きますが、なかなか雪隠から出て参りません。
仕方なくその場に置いて、奥で女中のお清と二人で梅を干して、梅干しを漬ける支度に取り掛かっております。
其処へ、井戸端でサッパリしたボロ忠が、長火鉢に当たりに部屋に戻りますが、親分も姐さんも其処には居りませんから、是幸に、其の着替の結城の対と脇差、それに二百両を持って塩釜へと出掛けて行って仕舞います。
外の親分用の馬に跨るボロ忠。ヨシ!俺だって、風態が一人前ならば。。。一端の無職渡世の漢だ!!
塩釜に着くと、塩釜明神にまずは詣るボロ忠。そして、兎に角、胸を張り反っくり返って賭場へと乗り込むのでした。
「丸屋勘吉の代参!忠吉です。」
そう名乗り、祝儀に五十両置いて、受付で『鈴木村ノ忠吉」と書き入れると、脇差を預けて二階の賭場へと案内されますが、
塩釜の若衆は、概ね、ボロ忠なんて小者の顔は知りませんから、何事も無く無事に通されますが、その賭場の盆を見たボロ忠の方が驚きます。
八間
五十五人の客分が一度に勝負できる自慢のその盆を見たボロ忠。流石に、震えを感じますが、直ぐにこの活気に馴染み、空いた席にドッかと腰を下ろします。
一方、雪隠から出た勘吉も驚きます。「丸代!着替は?」「ボロ忠に盗まれた?!」大慌てで、仙台の家を飛び出して、子分二人を連れて塩釜へと向かいます。
しかし、塩釜までは五里御座います。三人はどんなに急いでも、一刻半を要します。日頃、ボロ忠には目を掛けておる勘吉ですが、流石、是には堪忍袋の緒が切れて怒り心頭に発しております。
さて話をボロ忠に戻します。ドッかと座ったボロ忠、周囲の様子、特に本日の出目を見ております。
奇数(ハン)方ないかぁ?!奇数!?
満を持してボロ忠、勝負!「奇数(ハン)!!」祝儀に出した五十両、その片割のもう五十両を、其処に置くボロ忠。周囲で響めきの様な「おぉ〜ッ!!」と、言う声が上がります。
揃いました!勝負。五・二(ぐに)の奇数(ハン)、五・二の奇数です。
一気に、ボロ忠の前には、百両の銭が集まります。続けて勝負!!と、壺振りが、壺に賽子を入れた、次の瞬間!ボロ忠、さっき手にした百両を、まんま「奇数!」と掛けて仕舞いますから、更に大きな響めきが起こります。
おぉ〜ッ
流石是には、胴元でもある塩釜ノ丹次が驚いて、勝負に口を挟みました。
丹次「丸屋の代参に見えた親分とお見受けしますが、いきなり場を荒らす様な張り方は、ご遠慮願えませんか?五十人からのお客人が一緒にお楽しみだ!
今夜、最後の大一番!!ってんなら話は分かるが、宵の口になる前の、真っ昼間の序盤の勝負で、いきなり五十両を転がしての百両!何て荒っぽい勝負は。。。勘弁願えないだろうか?!」
ボロ忠「失礼さんに御座んす!塩釜の貸元ともあろうお方が、百や二百の勝負を見て、盆をお止めなさるとは、渡世の料簡からすると、ケツの穴が小さ過ぎませんか?
この塩釜の花会は、関東でも一、二の花会と聞いております。二日間で三千両からの銭が動いて、塩釜ノ丹次一家の一年のシノギに成る!とまで言われている花会だ!!
その花会で、清水の舞台から跳び降りたつもりで、丁半博打の賽子の目に運を任せたんだ!!それを、無粋だの、勘弁だの言われるとは、
飛んだ!こっちの見誤りだった。もっとドデカい度量の貫目をした親分さんかと、思っていたら、期待外れの芋引きでした。」
このボロ忠の啖呵には、塩釜ノ丹次も黙っては居られず、ヨシ其れならばと、盆の上の喧嘩は、盆の上で返してやると、「偶数(チョウ)に二百両だ!!」と、反目の偶数に二倍の二百両を賭けるのです。
丹次「お客人!勝負は二百両だ!あと、奇数方に百両。お客人自ら足して勝負してもヨシ。
又は、此処に居並ぶ親分衆が奇数に乗るも、偶数に乗るも、そいつは勝手次第だ!!今日一番の大勝負だ!どうしなさる!皆さん。」
と、塩釜ノ丹次が勝負を煽りますと、五十人の客人が、奇数!偶数!と金子を置きまして、盆の上は、奇数が三百両!その内、二百両はボロ忠の手銭です。
一方、同じく丹次の二百両に乗った客人の金子が二百両、合わせて四百両の金が賭けられております。
丹次「おい!客人、お前さんがどうしてもと始めた勝負だが、奇数方が百両足らねぇ〜ぜ!どうやってこの百両埋める?、百両取りに仙台へ戻りなさるかい?」
ボロ忠「馬鹿ぬかせ!!今から仙台へ戻っていたら勝負は明日になっちまわい!!俺様の命を張る!!それで、どうだ?塩釜の貸元!!」
丹次「其れこそ馬鹿ぬかせ!!貴様の何処に百両の価値がある。今、常陸の兄弟に聞いたら、貴様!『ボロ忠!』と渾名される三下奴以下の外道らしいじゃぁねぇ〜かぁ。
何んで貴様を代参で、勘吉の野郎が此の花会へよこしたか?理由(わけ)が分からねぇ〜が、貴様の命じゃ百両は貸せねぇ〜かんなぁ!!
この落し舞い、どう決着(ケリ)付けるつもりだぁ!!貴様の返事次第じゃぁ〜、その首を、叩き斬るぞ!!」
絶体絶命
「待て!丹次、俺が百両!其処のボロ忠に張ろう!!」
奥の方から声がして、白髪の目付きの鋭い唐桟の着物を羽織った、如何にも貫目の高そうな老人が、百両の包みを握り「奇数だ!」と、盆の上に金子を乗せた。
丹次「是は是は、信夫の貸元。この野郎を、ご存知なんですか?!」
常吉「知らねぇ〜よ。仙台の甚吉とは二、三度会っているが、この野郎は初めてだ。でも、気持ち宜いじゃねぇ〜かぁ!!昔の自分を見ている様だ。文句は有るめぇ〜、俺が百両張るんだから。」
丹次「勿論でさぁ〜。信夫の親分さんに文句なんて。。。お客人!命広いしたなぁ〜。そんじゃぁ〜勝負だ!!」
一・六(ピンロク)の奇数!!
二百両を加えて四百両を、ボロ忠が手にした、その時、丸屋勘吉が、その場へ飛び込んで参ります。
勘吉「ヤイ!忠吉、貴様!何て事をしてくれた。。。馬鹿野郎、勝手に人のふんどしで相撲取りやがって。。。銭は?!何処だ?。。。幾ら減った?。。。
ハァ?祝儀に五十使ったのを差し引いても、倍の四百両に成っているだぁとぉ〜。。。嘘も休み、休み言えよ。どーせ、叱られるんだから。」
常吉「勘吉!良い子分を持ったなぁ〜、そうかぁ!忠吉って言うのか?丸屋の秘蔵っ子、秘密兵器なのかぁ?俺に、内緒にしやがって。。。」
勘吉「是は!信夫の貸元、このボロの野郎が、何かご無礼を致しませんでしたか?!」
常吉「ご無礼どころか、良い啖呵を、久しぶりに聞かせて貰ったよ。そうだ!勘吉、あの約束、お前さんも覚えているだろう、互いに宜い子分を持ったら、其奴と兄弟に成るって約束を?!」
勘吉「ヘイ!まぁ〜。」
常吉「じゃぁ〜、今日から、此のボロ忠の忠吉は俺の舎弟分だ!お前と俺は、七分三分の兄弟分だが、この忠吉とは六分四分だ!!
そうだ、塩釜のぉ〜!俺が忠吉と兄弟分に成るめでてぇ〜キッカケを作ったのは、お前さんだ!お前も、この際だ、忠吉と五分の兄弟に成れ!!異存は無いだろう?!」
実に、信夫ノ常吉親分の乱暴な計らいで、塩釜ノ丹次とボロ忠こと鈴木忠吉を五分の兄弟にしてしまいます。
この噂は、たちまち奥州から常陸、房州を駆け巡り、ボロ忠が漢を売り出す事になる。そして、当然、塩釜の花会で儲けた二百両が有りますから、ボロ忠がボロではなくなったと申します。
さて、次回はまた、笹川と飯岡の喧嘩へと噺を戻しましてお届け致します。
つづく