天保十五年八月七日の未明。飯岡と松岸の合掌連合は1/3近い仲間が死亡または、負傷して帰りの舟には乗られない状態となりました。
しかも、代貸であり事実上飯岡一家のNo.2の洲崎ノ政吉を始め、神楽獅子ノ政五郎など有力な子分が討ち死にした事もあり、船内は重苦しい空気が漂います。
一方、笹川の方も、平手造酒が負傷して逃げたまんま行方不明に成っていて、夜が白々と明ける頃から、笹川一家総出の捜索です。
重蔵「富!先生は、まだ、見付からないのか?!」
富五郎「ヘイ、まだ、藪畳の奥へ逃げ込まれたのは、何人かは見ているんですが。。。まだ、見付かりません。」
重蔵「探す範囲を広げよう!藪ん中だけじゃなく、諏訪神社の方も探してみろ?!」
そう言われた富五郎が、諏訪神社へも探索の子分を出すと、神社の裏手にある社務所の物置小屋に隠れていた平手造酒を発見し、戸板に乗せて十一屋に運ばれます。
直ぐに、医者が呼ばれて治療が行われますが、平手はもう青息吐息。力の無い声で、重蔵に最期の言葉を残します。
平手「親分!ざまぁ〜ねぇ〜やぁ。相撲崩れの怪力野郎に不覚を取って、刀ぁ〜折られちまった。アレさえなきゃぁ、まだやれたのに。。。ところで、助五郎の首は?!」
重蔵「面目ねぇ〜。高窓ノ半次と一緒に逃げられた。皮肉なもんで、代わりに洲崎ノ政吉は、佐吉が斬り捨てましたぜぇ!!先生から、ヤットウ!習っていたお陰だ。」
平手「逆だったら、本当に御の字だったねぇ〜、親分。助五郎が死んで政吉の代に変わっていりゃぁ〜、笹川と飯岡は仲良くできたかも知れないのに。。。
其れにしても、誰か居ないのか?!助五郎の首を、飯岡まで取りに行く根性の在る野郎ワぁ!!俺が元気だったら、イの一番に取りに行くんだがぁ。。。畜生!!」
脇の下を竹槍で突かれ、背中にも深い傷を受けた平手造酒。動くどころか、その命は風前の灯火です。
そこに、清瀧ノ佐吉の子分の平玉ノ傳次が、もの凄い勢いで駆け込んで参ります。
重蔵「どうした?傳公!そんなに慌てて?!」
傳次「親分!助五郎と半次の野郎二人は、松岸の高窓の屋敷に逃げ帰ったそうです。」
重蔵「何ぃ〜!!本当か?!傳次」
傳次「飯岡の船頭から聞いたんで、間違いありません。」
重蔵「いいかぁ?!動ける奴は、居るか?今から、船で川を下って松岸まで、助五郎と半次の首を頂戴しに行くぞ!付いて来られる奴は、十人だ!!十人連れて行くから、手を上げろ!!」
勢力富五郎、夏目ノ新介、清瀧ノ佐吉、憚ノ勇吉、忠吉兄弟、四の宮ノ権太、熊ヶ谷寛次、上州ノ友太郎、御郷内ノ豊吉、玉村ノ八五郎
先の飯岡ノ助五郎の屋敷を襲撃した十人が、まんま直ぐに名乗を上げて、重蔵を加えた十一人の精鋭が助五郎と半次の首を狙います。
重蔵「先生!戻るまで、元気で居て下さい。必ず、飯岡ノ助五郎と高窓ノ半次の首を持って帰ります。」
平手「有難う!親分。楽しみに待っているぜ!二人の首を見なが美味い酒を呑むのを!!」
そんな空元気を言う平手を見て、重蔵は悲しくなる気持ちを飲み込んだ。そして、妙圓寺に使いを出して、妙心を呼びにやった。平手の最期を妙心に看取って貰い、埋蔵も頼む事にした。
呼ばれて来るなり、人目を憚らず妙心は狂った様に泣いた!!その妙心の泣き声に押されて、十一人が十一屋を飛び出した。向かうは松岸!憎っくき助五郎と半次の首を取って帰る為に。
アさて、一方の助五郎と半次は、這々の体で船で松岸に辿り着いた。今度こそ、不意討ちを掛けて、重蔵以下笹川一家を皆殺しにするつもりが、逆に舟一隻分の子分を失った助五郎である。
助五郎と半次は、風窓の屋敷の二階で、酒を飲みながら、今後の事に付いて相談をしていた。
半次「勝戦だと、助!貴様が言うから俺は、仕方なく乗ったんだぞ、それなのに、この体たらくだ!!政の野郎は死んじまうし、伊七と神楽獅子は首まで取られたそうじゃないか?どうするつもりだ!!助、何とか言え!!言ってみろ?!」
助五郎「オジキには、本当に泥舟に乗せちまった!すみません。笹川に殺(や)られた子分も、うちが六十人、そっちが二十人ってとこですかぁ?
其れにしても、コテンパンにやられちまった。こうなったら、恥や外聞は二の次だ!、オジキ、八州の役人に自訴しましょうやぁ?!」
半次「馬鹿!!役人に何んて言うつもりだ?!笹川ノ重蔵に、喧嘩仕掛けて負けました、って言うつもりかい?、こっちが出張って負けてんだぞ?
向こうが銚子に来て暴れたって言うのなら、まだ、その手も有りだが、喧嘩仕掛けて負けましたって訴える程、俺は、耄碌して無ぇやぁ!!」
助五郎「オジキ!このままじゃ、重蔵の奴に俺はやられっ放しだ!十八も年下の鼻タレの若造にですよ!!だから、形振り(なりふり)構っちゃらんねぇ〜んですよ。」
そう言って助五郎は、成田ノ勘助を呼び、妾のお峰の父親である佐原の岸嶋屋権兵衛の所へ行き、この直訴状を八州の役人に渡す様に依頼するのでした。
そうして、徹夜明けの二人は、二階奥の部屋で蚊帳を吊り、畳の上に敷布を置いて泥の様に眠りに着きました。
其の頃、重蔵達は、船で利根川を下り松岸を目指しておりました。
富五郎「親分!それにしても、あの尼さん、先生に、かなり惚れてるみたいでしたね?」
佐吉「平手の先生も、隅に置けませんねぇ〜。天地療養に託けて、寺に籠もって居ながら、どっこい尼さんをヤッちまうなんて!!」
新介「そそりますよね尼さん!!いいなぁ〜、あの尼さん!俺もあやかりてぇ〜!」
重蔵「馬鹿野郎!先生が、そんな事をするもんかぁ!!其れに、あの妙心殿は、さる大名の姫君様だった方だぞ!!お前たち、相手をよーく見てから軽口は叩け。」
富五郎「其れにしても、親分、笹川の八万石の百姓がかなり総出で飯岡と松岸の連中の死骸を埋めていましが、アレも親分がやらせたんでしょう?」
重蔵「そうさぁ。俺が、全部出来るだけ深い穴を掘って埋める様に、地主と庄屋に二十両払って頼んで置いた。あのまま放置したら、死骸が腐って大変な事に成っていたハズだ。」
新介「大変な事って?!」
重蔵「一つには、死骸が腐った事で病気が流行る恐れも在るだろう。また、もう一つには、公儀の役人が、死骸をキッカケに取締りに動く懸念もある。だから、死骸を百姓達に片付けさせたんだ。」
新介「この温気だから、腐るの早いし悪臭がしますからねぇ!!」
富五郎「悪臭だけじゃなく、疫病は流行るのを、親分は心配なさっての事だ。」
重蔵「疫病も怖いが、八州の役人が噂を耳にして出張って来た時に、死体が無ければ、お白洲を開く訳には行かないしなぁ。」
新介「それで、地びたにデカい穴を掘らせて、死体は埋めるように命じたんですね?頭いいやぁ!親分は。」
そんな事を話しているうちに、船が松岸に到着します。土手に降り立った十一人は、脇目も振らずに高窓ノ半次の家を目指します。
そして、表と裏に二手に分かれて一斉に中へ突入しました。重蔵は、狙うは助五郎の首一つ!と狙いを定めて、二階へとハシゴを駆け上がります。
ところが助五郎には、悪運が尽きる事が無いのか?寝返りを打った所で、階段を駆けて来る物音がしましたから、半次を起こして二人して物干台を伝って下へと逃げてしまいます。
寸出の所で、又しても助五郎を討ち逃した重蔵は、本当に口惜しがりましたが、助五郎と半次に太刀を浴びせる事は叶わず、十一人は、数人その場に居合わせた子分に怪我を負わせて、その場を引き上げました。
さて、十一人。飯岡の島内に長居は無用と考えておりましたが、今回の喧嘩では、一番世話になった駿河屋留吉の家へ、礼を述べる為、荒生に在る留吉の店を訪ねます。
重蔵「御免なすって!岩瀬ノ重蔵で御座んす。留吉さん、ご主人はいらっしゃいますか?」
番頭「是は是は!笹川の親分さんと、皆さんお揃いでぇ!旦那も若旦那も、奥に居ますから、ささっ!どうぞ。」
番頭に連れられて、十一人は店の奥の離れへと案内されます。
留吉「親分!無事でしたか?」
重蔵「留吉さん、本当に助かりました。お前さんの倅が、勢力ん所へ知らせてくれなかったら、俺の首は胴に付ちゃ居なかったぜ!」
留吉「それで、どうなりました?飯岡との喧嘩は?!」
重蔵「残念ながら、助五郎の奴の首は取り逃したが、飯岡の子分は百人近くが死ぬか?片身体(かたわ)になったと思います。」
留吉「そうですかぁ。其れはそうと、八州の役人が笹川一家を召し捕りに動くって噂を、倅の留次郎が聞いてめ入りやした!」
留次郎「何でも、佐原の岸嶋屋に、飯岡ノ子分が訴状を持って駆け込んだとか?」
佐吉「相変わらず卑怯な連中だ!!喧嘩ぐらい、自前でやれないんですかぁ、ねぇ〜!飯岡の連中は。」
留吉「其れで、皆さんは、どうなさいますか?この辺りに居ては、召し捕られてしまいますぜぇ!、親分。」
重蔵「取り敢えず、喧嘩の現場は、笹川の町役や名主に始末を頼んで有りますから、大事はないと思うが、なんせ百人近くを叩き斬ったもんで、熱りが冷めるまで、二年か?三年。下総を離れる様でしょうねぇ。」
留吉「そうなると、先立つ物は銭。幾ら有っても邪魔にはならんでしょう。」
そう言って駿河屋留吉は、二百両と言う銭を、餞別にと出してくれた。是を重蔵は十人の子分に、二十両ずつ分け与えてやった。
すると勢力富五郎、夏目ノ新介、憚ノ勇吉、忠吉兄弟、四の宮ノ権太、、そして玉村ノ八五郎の六人は、先代の親方、藪雨ノ仁蔵夫婦を頼り水戸へ逃げる事にした。
また、残った仁蔵に所縁(ゆかり)の無い四人、清瀧ノ佐吉、熊ヶ谷寛次、上州ノ友太郎、そして御郷内ノ豊吉は、奥州は仙台に落ちまして、
相撲興行を通して親交の深い、仙台は今町五丁目の鈴木忠助親分の所へ草鞋を脱ぐ事に致します。
一方、一人重蔵は暫くは八日市場の倉田屋文吉の所に隠れて居ましたが、半月ほどして、重蔵は文吉の家を出て、江戸表に入り、金子の工面と旅支度を致しまして、京・大坂へと東海道を上ります。
そして、重蔵は実の父親を訪ねて紀州和歌山へと足を伸ばす事になるのですが、その辺りのお話は、次回のお楽しみに!!
つづく
p.s.
・天保水滸伝 『平手の最期』 玉川勝太郎