さて、『雪崩ノ岩松こと雨笠ノ勘次』の一件が飯岡助五郎の差金だと分かり、其れを遺恨に、笹川から飯岡への殴り込みと成りました。

飯岡には、少なからず犠牲者が出て、三人の六蔵が飯岡でやられた件に続き、二度目の激突と成った訳ですが、今回の噺は、それより少し前に遡る事に成ります。


以前にも触れた様に、銚子の五郎蔵が下総、いや、房州と上州、武蔵の一部を縄張りにしていた頃、一家には五郎蔵の右腕と呼ばれる子分衆が居て、

今も、長脇差の世界で現役なのは、松岸の高窓ノ半次ただ一人だと申しましたが、足を洗って堅気になった者が、もう一人存命で在ります。

当時、五郎蔵一家の五人衆と言うと、算筆ノ徳蔵、羅漢ノ金蔵、中差しノ権次、荒生ノ留吉、そして高窓ノ半次の五人でした。

この四番目の荒生ノ留吉。この人は、助五郎が売り出し中の頃、四十を機に足を洗って、生まれ故郷・銚子の荒生で、駿河屋と言う質屋を営みます。

元来、温厚で人当たりが柔らかく、切符が良くて、義理人情に厚く、その上商才もある留吉ですから、女房と元子分二人の四人で始めた質屋稼業が、

二十年後の現在は、子分二人は既に独立して店を持ち、駿河屋には、倉が二つ建って、二十人の奉公人を抱える繁盛ぶりで御座います。

銚子で三本の指に数えられるお大尽、そんな留吉夫婦には、目ん中に入れても痛くない、評判の美男子で一人息子の留次郎が御座います。

留吉が渡世から足を洗い、堅く成ってからの子供なので、糞がつく程『真面目』で御座いまして、酒は呑まない、博打もしない、ましてや、女郎など買う事などない!!

父親の商売の手伝いに励み、趣味は読書!、しかも、論語や漢詩を読むのが大好きな、まるで、お前は日向屋の時次郎かぁ!?と、突っ込みたくなる堅物で御座います。


留吉「婆さんや、息子の留次郎は何をしていますか?」

女房「何時もの通りですよ。自分の部屋で、何やら書物を読んでいます。『三國志演義』を読み終えて、今度は『水滸傳』だそうです。憧れの天雄星林冲様に、物語で逢える!と、楽しそうにしておりました。」

留吉「ウーン、同じ唐土(モロコシ)の『四大奇書』を読むのなら『金瓶梅』にして欲しいねぇ。其れにしても、アイツは堅い!そして、本ばかり読んで、外に出て遊ばない。

是からは、アイツ留次郎が、お客様と酒を呑み商談をして、この駿河屋を盛り立て行く事になるのだが、あの調子では誠に心配だ!堅過ぎる。」

女房「心配ありませんって、所帯でも持たせたら、また、変わりますし、店には番頭以下、優秀な奉公人も居ますから。」

留吉「何を言う!今の堅物では、奉公人との心の対話も出来ぬだろう?其れに何よりだ。外にもろくに出ないで、家に篭って本ばかりを読んで居ると、アイツ!労咳を患って胸の病気で早死にするぞ!!」

女房「其れは困ります。労咳だなんて!?」

留吉「倅の留次郎を、何とかして、ワシの若い時の様に、呑む!打つ!買う!の三拍子揃った漢にしてやらねば。。。」

女房「其れは、其れで困ります。」

留吉「取り敢えず、明日、観音様の前にある吉野屋で寄合が有る。アレに留次郎をやりましょう。質屋仲間の皆さんとの付き合いと、酒と女遊びにやりましょう。」


落語『明烏』の日向屋半兵衛夫婦の様な悩みを持つ、駿河屋留吉夫婦。

倅の心配のしようが、丸で一緒で御座いまして、源兵衛と多助は登場いたしませんが、下総の質屋組合の寄合に、一子留次郎を出す算段を致します。

留吉「是!留次郎、ちょっと此方に来なさい?!」

留次郎「ハイ!父上、何かご用意でしょうか?」

留吉「倅や?!明日は吉野屋で寄合がある。ワシはここ二、三日風邪気味で熱がある、そんな訳で参加できないのだ。

其処で、明日はお前がワシの名代で寄合に出てくれ!そして、明日は仕事はいいから早くに風呂に入り、床屋へ行ってサッパリしてから行きなさい。

それからねぇ、着る物やお小遣いも、婆さんに用意させて置くから、必ず、着替えてから行きなさい!いいねぇ。」

留次郎「ハイ、分かりました。」

留吉「婆さん!明日は、留次郎が寄合に出ますから、着物は結城の対に、茶献上の博多帯を出して、足元は白足袋に雪駄を出して上げて下さい。跡、紙入れには二十両ばかりお願いしますよ。

そうだ!留次郎、是が一番肝心なのだが、寄合に行くと大旦那ばかりではなく、若旦那も、何人か名代で来て居ますから、彼等の輪に必ず加わりなさい。

特にねぇ、伊勢屋の倅・新さん、池田屋の倅・半さんの二人は遊び上手だ!あの二人に付いて、寄合は早引けして構わないから、その後も必ず、夜鍋で遊んで来なさい。

間違っても、寄合だけに参加して、吉野屋の土産物の冷めた折など下げて帰って来たら承知しませんよ!新さん、半さんと泊まり掛けで遊んで帰らないと勘当です!宜いですね?!」


若夫婦 油の要らぬ 夜鍋をし


何て艶っぽい川柳が御座いますが、夜鍋をして来なさい!と、送り出すなんて、『女郎買い』何ぞと言わないのも留吉の洒落た所でゲス。


翌日になりまして、銚子観音の前にある料理屋『吉野屋』へと参りました留次郎、質屋仲間が大勢居る中で、オヤジに言われた通りに、伊勢屋と池田屋の若旦那を探します。

そして、居ました!池田屋の半次郎が。

留次郎「半さん!お久しぶりです。駿河屋の留次郎です。今日は寄合の跡、何処ぞで遊びなさるんですか?遊びなさるなら、私もお伴させて下さい。宜しくお願いします。」

半次郎「こりゃぁ〜、誰かと思ったら、留さんじゃぁねぇ〜かぁ。六つ七つの頃はよく遊んだが。。。元気にしてたかい?今日はオヤジさんと一緒じゃないのかい?」

留次郎「オヤジは、二、三日風邪気味で、この寄合に来れなくて、それで私が代わりに来たと言う訳なんです。」

半次郎「其れは其れは、お大事に。ところで、まだ始まったばっかりだが、この寄合に来る年寄は、酒癖が悪いのが居て見てらんねぇ。

ホラ!アレを見てご覧なさいよ、近江屋勘右衛門だ。酒をダラダラ溢して、ヨダレまみれの口に手掴みで料理を頬張る!汚いの極地だ。

仲間は勿論、芸者も幇間も、そして店の中居や若衆だって側には寄りたがらない!寄合なのに、是如何に?って汚な野郎だ。

そして、もう一人がアイツ!油屋久兵衛。突然、何かの拍子に怒り狂って、手当たり次第に物を投げる。最初は温厚で良い酒なんだ、幇間がヨイショすりゃぁ〜、祝儀も切る。しかし、

一度、スイッチが入ると、ジキル博士がハイド氏に変わる。丸で別人二十八号だ!!桑原、桑原、近寄らないに限る。何処に地雷が在るのか分からない、厄介な野郎だ。

留さん!是からも、時々、寄合に顔を出すのなら覚えて置きなぁ。近勘(キンカン)と油久(あぶく)だ。」

留次郎「親切に有難う。所で、半さんはキリを見て今夜も何処かへ遊びに行くんだろう?私も連れて行って下さいよ、お願いします。」

半次郎「勿論!留さん、あんさんも、意外と感心でゲスねぇ〜。アラ?遅いじゃないかぁ、伊勢屋の新さん?!」

新吉「へい、オヤジがなかなか出してくれなくて、遅くなりました。」

半次郎「今、此の留さんとお逢いして、近勘と油久がグズグズに成り出したから、そろそろ河岸を変えて、飲み直すかって相談してた所なんですよ、貴方も一緒に行きますか?新さん。」

新吉「そりゃぁ、構いませんが、此方はあの駿河屋の留さんですよね?私達の間では、堅物で有名な『火の玉を喰う』留次郎さんが、どうしたんですか?遊びに付き合うなんて?!」

留次郎「いえねぇ、うちのオヤジが『新さんと半さんは、家の身代を喰い潰すぐらいの気合の入ったドラ息子だから』と申しまして、

偶には一晩そんな二人のお相手をして、家を空けて夜鍋して来る様でないと、貴様は勘当だ!!と、申しますから、今夜はお二人と一緒に夜鍋です。」

新吉「いいですねぇ、留さん。ドラ息子当人の前で宣言しちゃって。。。其れにしても、うちの石頭のオヤジと、留さんのオヤジさんとを交換したいでゲス。」

半次郎「新さん!其れは違いますよ。留さんは身代を喰い潰すドラ息子じゃないし、新さん!貴方は火の玉を喰わないから、所詮、オヤジなんて生きもんは、無い物強請り(ねだり)をしているだけです。」

新吉「では、何処へ参りましょう?」

半次郎「留さんが夜鍋!夜鍋!と五月蝿い(うるさい)から、今晩は潮来の廓へ繰り出すと言う趣向で、どうでゲしょう?」

新吉「潮来!其れは宜い、早速参りましょう。」


話が纏まり、寄合に来て居た他の若旦那衆五人も加えて八人の若旦那が、いざ!潮来へと船で繰り出します。

半次郎「さて、どの店にしましょう?船が潮来に近くなりました、そろそろ船頭さんに、この店へと言わないと。」

新吉「生まれて初めて女郎買いをする留さんも居るし、馴染みの店で、各式の高いハズレない店がいいよ、誰かないか?オッ!三増屋の長さん!何処かあるかい?」

長吉「鶴屋はどうだい?格式は申し分なかろう?其れに、鶴屋なら内の三枚目『久方』と言うのが、俺の馴染みだ。」

新吉「ヨシ!鶴屋にしましょう。いいよね?アレ?萬屋の源さん!浮かない顔してどうしたんだい?」

源兵衛「いや、鶴屋で宜いよ。俺は六枚目の雲井にゾッコンだったんだが、雲井は年が明けて川越のお大尽の妾になったそうだ。

宜いよ、また新しい馴染みを、鶴屋で見付けりゃ宜いだけだ。留さん!一緒に、宜い馴染みの女郎(おんな)を見付けよう。」

留次郎「源兵衛さん!互いに頑張りましょう。止まぬ雨はありません。必ず、晴れるその日を迎えるまで、女郎買い!頑張るぞ!」

全員「おう!!」


戦へでも向かうかの様な勇ましさで、船の中は奇妙な団結が生まれています。

さて、此処、潮来の遊郭は水戸黄門様御免の場所と呼ばれておりまして、潮来では吉原を模して女郎には『源氏名』が付いておりました。

因みに、江戸は吉原以外の品川や板橋など他の四宿に在る遊郭の女郎/飯盛女には、松ヶ枝や小紫、東雲なんて洒落た源氏名は有りません。


潮来出島の小嶋の中で 菖蒲咲くとは潮らしい


なんて都々逸が広く知られる様に為った逸話がありまして、あの水戸光圀公が、日本全國を巡った時に、

是を白扇にサラサラと書いて、多くの人に配ったそうで、其れを見た京・大坂の風流人が、是に更に節を付けて唄ったそうです。

船が大船津に着いて、一同は『鶴屋』へ案内されます。二階に通されて『引き付け』で、遣手婆との交渉開始!こいう場面で、身代を喰い潰す二人のドラちゃんが活躍します。

半次郎「婆さん!先ずは少ないが取っておいてくれ。さて、久方は空いているかい?ヨシ、此方、長さんってんだ、この人に久方を頼む。

次に、板で一番、板頭の雛鶴は?空いてる!ヨシ、其れは、留さん!この人に付けて貰おう。三番は源さん!源兵衛さん、アンタの好みは?ぽっちゃりの年増!?婆さん、そんなのは居るかい?松光(マツコ)って言うの?じゃあそれを源さんに。」

ってな具合に、半次郎と新吉が、若旦那衆の好みに合わせて、遣手婆と交渉しながらお相手を決めて参ります。


二階の奥座敷『杜若の間』に通された八人は、相方の女郎を侍らせて、芸者・幇間を上げてのドンチャン騒ぎで御座います。

アさて、七人の若旦那衆は、もう、ノリノリのハシャギっぷりですが、一人、留次郎だけは、やや俯いて震えております。先の寄合の宴会が宴会デビューの留次郎。

時折、横に座る雛鶴花魁が、「お一つ」と、酌をしてくれるのですが、手が震えて、猪口が徳利にカチカチ当たり、お酒を畳に吸わせて仕舞います。

見かねた池田屋の半次郎が、雛鶴花魁の耳元で囁くと、雛鶴は留次郎の手を引いて、自分の部屋へと、半ば強引に連れて行きます。

部屋に通されても、留次郎は、なかなか落ち着く事ができません。吸い点けられたキセルの煙草も、手が震えて仕方ないのです。それでも、徐々に慣れたのか、何とか布団に収まり、夜鍋致す留次郎でありました。


烏カァー!で、夜が明けて振られた奴がお越し番、と、女郎買いでは宜く申しますが、この日も振られた奴らが、仲間の恋路を邪魔します。

半次郎「おはようございます!新さん、成果はどうでしたかぁ?!開けますよぉ〜」

新吉「ご覧の通りでゲスよぉ。三日月女郎でした。」

半次郎「何んです?三日月女郎?!」

新吉「宵のうちに、チラッと見えたっきり顔を出さないのが、三日月女郎。」

半次郎「上手い事、言いますねぇ〜。ならば、私の相方は、新月女郎だ。全く顔出しませんから。さて、長さんの部屋へ行きましょう。」

新吉「ガッテン!」

半次郎「長さん!おはようございます。」

長吉「おはよう。おい、久方!仲間が起こしに来たんで、そろそろ支度をしねぇ〜と。」

久方「アラ、嫌ですよぉ〜。もう、そんな刻限に。。。長さんと一緒だと直ぐに朝が来るワァ。アチキも、三千世界の烏が憎い!!」

長吉「また、来るからよぉ。烏に八つ当たりするのは止めてくれぇ、可哀想だぜ烏が。」

久方「そうかいお前さん!又、来てくれるかい、だったら烏は許してやろうかねぇ〜」

半次郎「長さん!お名残り惜しかろうが、そろそろ帰ろぜ!開けてもいいかい?」

長吉「どうぞ!構わないよ。」

新吉と半次郎が、戸を開けて中へと入りますが、長吉一人で居りますから?????

新吉「長さん!久方花魁は?」

長吉「居ないよ。」

半次郎「声がしてたじゃねぇ〜かぁ?」

長吉「アレは俺の声色だ。上手かろう?」

新吉「上手かろう、じゃねぇ〜よ。久方は?」

長吉「夜中に厠と言って出たっきり、久方見ていない。」

半次郎「上手いねぇ〜どぉ〜も。」

新吉「次は、源兵衛さん処へ行って見る?」

半次郎「源兵衛さん!おはようございます。」

松光「おはようございます。」

半次郎「アレ?源さんの声じゃない!すいません、部屋を間違えました。」

其処へ、ハシゴを上がって源兵衛が現れます。

半次郎「おぉ、源さん!厠にでも行ってたんですか?」

源兵衛「違うよ、マツコから逃げてただけだ。」

新吉「松光って、源さんの相方の女郎の?」

源兵衛「女郎じゃねぇ〜し。アレは男だ。ぽっちゃりが好きとは言ったけど、男は駄目だろう?俺はそっちの趣味は無い!!」

半次郎「エッ!じゃぁ、さっきの男の声は、松光さん?!だから、男みたいな声だったのかぁ〜。」

源兵衛「男みたいな声じゃねぇ〜。男だ!あいつ。」

そんなやり取りがありまして、七人全員が、振られておりまして、夜鍋の若旦那は居りません。最後に残った留次郎の部屋と七人で参ります。

新吉「留さん!おはようございます。」

留次郎「おはようございます。早いですね、新吉さん。」

半次郎「留さん!俺たちも七人全員、振られましてね。」

留次郎「エッ!半次郎さん、騙されませんよ。昨夜は星降る様な、良い天気でしたよ?」

源兵衛「何を真抜けな事を言ってやがる。雨の話じゃねぇ〜よぉ。開けるぞ!留公。」

源兵衛が、戸を開けて入りますと、次の間付きの本部屋で、奥へ進んで更に障子戸が御座います。是も源兵衛が開けて見ると、其処には、留次郎と雛鶴花魁が鼻と鼻とをくっ付け合って、まだ布団で寝ております。

源兵衛「今朝は、何んて日だ!?」(バイきんぐ小峠風)

新吉「この初物さんだけが、もてたのか?」

半次郎「留さん!私達は、帰りますが、貴方は居続けですか?!」

留次郎「そうしたいのは山々ですが、野暮をして花魁に嫌われるのも、残無いので、今日の所は、皆さんと一緒に帰ります。」

雛鶴「では、留さん!また来て下さいねぇ。お仲間が、お待ちです。早く起きて下さいなぁ。」

長吉「留次郎さん、花魁が起きろと言ってるんだから、早く起きなさいよ!!」

留次郎「いいぇ、花魁は口では起きろと言いますが、私に足を絡めて起こさない様にしてるんです。分かりますか?

喩えて言うならですねぇ〜、丸で、田植え前の泥沼の様な田圃に素足で嵌る!そんな感じですねぇ!!」


全員「分からねぇ〜よ!!」


その日は、七人の振られた仲間と一緒に帰った留次郎でしたが、この日を境に、火の玉を喰う側から、親の身代を喰う方へと変貌するのでした。



つづく