二月晦日の十一屋相撲後、月も改まる弥生・三月で御座います。笹川、東庄界隈では、奇妙な歌が流行ります。


◇通称・相撲ブラブラ

「勢力勝った!神楽獅子負けた!土俵に這った!スッポン、ポンのスッポン!ポン。おチンチンはぶーらぶら!」


下総の子供達は、表に遊びに出ると歌いますから、昨日の十一屋相撲を観ていないガキまでも、飯岡の子分を見ると、この歌を口に致します。

ですから、身体の大きい神楽獅子ノ政五郎などは、表にも出る事はできず、洲崎ノ政吉の家で籠もりっ切り、悶々としておりました。


アさて、笹川の身内に『六蔵』と言う名前の子分が実に三人も在りまして、誠に紛らわしく、又、この三人は仲が宜く、毎度つるんで遊びますから、輪を掛けて紛らわしい。

先ず一人目が『盤石ノ六蔵』、次に二人目は『花笠ノ六蔵』、そして最後に三人目『水谷ノ六蔵』で御座います。


ある日の事、相撲の星取の集金をして、花笠が清瀧ノ佐吉から取り分の十二両を貰います。

同日、盤石は馬士の座頭からの上納金を、夏目ノ新介に渡すと、手間賃だ!と八両の小遣を受け取り、

同じ日に水谷は八日市場の倉田屋へ、勢力富五郎が出張るお伴に付いて行くと、小遣いだと十両の金子を渡された。


仲良し三人組が、同時に懐に十両近い金子が在るなんて事は、年に何べんも在る事じゃない!!ならば。。。と、三人は八日市場の多町という所に在る旅籠『登井屋(といや)』

この旅籠は、江戸から流れて来た女郎や芸者を抱えて、なかなか洒落た粋な美味い料理を出すってんで、笹川の身内でも大評判、よって此処へ三人で繰り出す事に決まります。


三人して、暮六ツ過ぎに笹川を出て、八日市場に入り、多町の登井屋へと来たのが、五ツの鐘を聴く頃で御座います。

花笠「御免よ!三人だ。」

女中「いらっしゃい!お三人さん、洗足させて頂きますから、奥へお進み下さい。」

水谷「先に一つ風呂浴びたい!いいかい姐さん。」

女中「勿論で御座います。」

盤石「半刻で出て来るから、酒を熱燗で五、六本。肴は適当でいい、活生のいいのを頼む。」

花笠「其れと芸者もなぁ。お目当は腕っこきの三味線上手の年増だ!!頼んだぜ。」

女中「畏まりました。」


三人は、風呂にゆっくり入り、サッパリすると、座敷に酒肴が用意されていて、二、三、やったり取ったりしていると、三人の年増芸者が入って来た。

芸者「お今晩は!!お招き、有難う御座います。」

盤石「じゃぁ〜、早速、陽気に頼もうかぁ!」


二丁の三味線と太鼓で陽気に始まり、都々逸の廻しっこへ。そして六蔵三人組が踊りたいと言うので、奴さん、カッポレへと更に座敷は陽気に相成ります。

水谷「さて、お姐えさん方。今流行りのこの歌をご存知ですか?相撲ブラブラってんだ。」

六蔵三人「勢力勝った!神楽獅子負けた!土俵に這った!スッポン、ポンのスッポン!ポン。おチンチンはぶーらぶら!」

芸者「勿論、知っていますとも!!」

三人は、芸者の三味線・太鼓に合わせて、この歌を歌いながら、服を脱ぎ始めて、最後は素っ裸で四つん這いになり、尻の穴を見せて、おチンチンをブラブラさせて、踊ります。

芸者と相撲ブラブラを踊って、その日は、飯盛は呼ばず、登井屋に素泊まり致します。烏カァ〜で夜が明けて、五ツ半にのそのそ起きて来た三人。

二日酔いぎみで食欲が無いので、朝風呂に入り朝飯抜きで、登井屋の勘定を済ませ、銚子に向かってフラッカ!フラッカ!歩き始めます。


盤石「少し腹が減らねぇ〜かぁ?」

花笠「減った。何か食うか?」

水谷「夜は、銚子に泊まるとして、少し早いが、飯岡の大黒酒場で、昼食にしょうじゃないか?」

八日市場から銚子に向かって歩く途中。三人は飯岡の大黒酒場と言う、料理茶屋に立ち寄ります。

花笠「御免よ!何か食わせてくれるかい?」

女中「いらっしゃい、お客様三名様。お二階へご案内!!」

水谷「此のまんま昇がって宜いのかい?」

女中「ハイ、そのまんまハシゴを昇がって下さい。ハシゴを昇がり切った所に下足番が居りますから。」


三人が勢い付けてハシゴ段を昇がると、下足番が居て、下駄や草履を預かって、足を濯いでくれる。

席に着いた三人は、軍鶏鍋を突きながら、熱燗を五、六本頼むと。。。「昨日は、楽しかったなぁ〜。」と、誰となく昨夜を思い出す。

女中「ハイ!お呼びですか?」

花笠「姐さん!この店は三味線の弾ける、酌婦は居るのかい?」

女中「ハイ、居ります。この私が弾けます。あんまり難しいのは駄目ですよ。清元とか新内とか。」

水谷「そんな硬いのはやんねぇ〜よ、安心しなぁ。何か端唄、小唄で、まずは陽気に頼むよ。」

女中「お客様は、旅の方ですか?」

盤石「違うよ。俺たちは笹川の若衆だ。」

女中「そうでしたかぁ、笹川の。通りで陽気なんだ。景気宜いですねぇ、笹川は。」

水谷「妙な口ぶりだなぁ。飯岡はそんなに景気が良くないのかい?」

女中「えぇ、まぁ。どーも不景気で。さぁさぁ、笹川ですから、ご陽気にやりましょう!!」


景気付けに『両國』かなんかやって、季節物で『梅は咲いたか?』。女中、謙遜していますが、なかなか三味線の腕は宜い。

そして、昨夜同様、盛り上がって来ると三人は踊りだして、また、あの相撲ブラブラを、歌いながら素っ裸に成って踊り出す。


勢力勝った!神楽獅子負けた!土俵に這った!スッポン、ポンのスッポン!ポン。おチンチンはぶーらぶら!


すると間が悪い事に、大黒酒場の前を、飯岡の身内、しかも神楽獅子ノ政五郎、実弟の甚五郎、吉岡ノ喜太郎、そして芝山ノ多吉の四人が通り掛かる。

政五郎「誰だ!いい大人が、こんな歌を歌ってやがって!多吉、大黒酒場に行って見て来い!!俺たちは、道具を取って来る。」

多吉「がってん!だ。兄貴。」


政五郎、甚五郎、喜太郎の三人は、一旦、家に帰り、木刀を握って戻って来る。一方、多吉が大黒酒場の女将に尋ねると、朝っばらから騒いでいるのは、笹川の若衆だと知れる。

乗り込んで二階へ昇がって痛め付けるか?とも、一瞬考えたが、店を壊して詰まらない弁償金を払うより、三人らしいから、勘定を済まして出て来るのを待つ事にした。

やがて、盤石ノ六蔵、花笠ノ六蔵、水谷ノ六蔵の三人は満腹のお腹に、真っ赤な顔をして、千鳥足でフラッカ!フラッカ!ハシゴを下りて参ります。

其処を、政五郎が大黒酒場を出るなり、盤石ノ六蔵の顔面目掛けて、エイ!と、木刀で打ち掛かりますから、盤石の頭がスイカの様に割れてしまいます。

しかし、其れでも血を流しながら、盤石ノ六蔵は、政五郎の二の太刀を交わして、笹川の十一屋目指して駆け込もうと致します。

一方、盤石の後から大黒酒場を出た花笠と水谷の二人は、甚五郎、喜太郎、多吉に挟まれて、木刀で滅多打ちにされ、悲鳴を上げながら、その場に伸びて仕舞います。


さて、血を吹き出しながら、正にスイカ野郎に成って駆けて来る盤石ノ六蔵を見た通行人が驚きます。

そんな中に、笹川の相撲狂気(キチガイ)で、清瀧に住む茂吉と言う百姓が、スイカ野郎の盤石を見付けました。

茂吉「どうしたね?盤石のぉ!!」

盤石「八日市場から銚子へ向かう途中、昼飯食いに飯岡に寄ったら、助五郎の子分に待ち伏せされて、このザマだ。」

茂吉「分かった!俺が馬に乗せて、お前さんを十一屋へ連れて行ってやる!!」


茂吉が、血達磨スイカの盤石ノ六蔵を十一屋へ運びましたが、十一屋には岩瀬ノ重蔵の女房お糸と、見習いの若衆しか居りません。

お糸「どうしたんだい?血だらけじゃないかい。」

盤石「姐さん!面目ねぇ〜。飯岡の奴らに待ち伏せされて、襲われました。」

お糸「飯岡の誰に?」

盤石「あの十一屋相撲で、チンチンブラブラで、富五郎のお頭に負けた、神楽獅子って野郎です。」

お糸「何で、待ち伏せなんてされたんだい。お前の方から、何んかしたね?」

盤石「いいえ。飯岡に在る大黒酒場って料理茶屋で、酒飲んで、『相撲ブラブラ』を歌って踊って盛り上がって居たのを、

偶々、下を通り掛かった神楽獅子と飯岡の若衆に見付かって。。。逆恨みされて、待ち伏せされたんです。逆恨みです。アッシ等は悪く有りません。」

お糸「逆恨みって。。。飯岡の島内、しかも、銚子や東庄ならまだしも、飯岡の料理屋で、それをやるって言うのは、喧嘩売ってる様なモンだよ!馬鹿かね、お前さん達は。」

盤石「すいません。まさか、聞いてるとは思わないから。。。」

お糸「それで!一緒だった、花笠と水谷は?どうしたんだい?」

盤石「そうだ!?あいつ等、まだ、捕まって飯岡に居るんです。早く助けに行かないと!!あぁ〜、もう遅いか?今頃は、もう、叩き殺されてます。」

お糸「縁起でも無い!!変な事言うんじゃないよ。今、お医者様を呼ぶから、あんたは井戸で血を洗って、奥で寝て居なさい!!」


お糸は、取り敢えず、盤石ノ六蔵の手当てを致します。そして、近所に住む夏目ノ新介を若衆に呼びにやり、

馬を持って居る茂吉には、相撲の件で潮来へと出張っている重蔵、富五郎、そして佐吉の三人を呼びにやります。

そうこうしているうちに、見習いの子分達が、此の事件の話を、先輩子分に話ますから、四半刻も立たないうちに、十一屋には四、五十人の子分達でごった返して居ります。其処へ夏目ノ新介がやって来て。。。


新介「姐さん!何が有ったんですか?」

お糸「新介!実は、かくかく、しかじかで。。。」

新介「盤石!!貴様、一人でなぜ、逃げて来た?」

盤石「夏目の兄貴!逃げたんじゃなくて、早く知らせ様と思って。。。無我夢中で!」

新介「嘘を言うなぁ!花笠も水谷も、殺されているかも知れないんだぞ!其れを助けずに、置き去りにして、手前ぇ〜だけ助かるとは、どう言う料簡だ!!」

盤石「いいえ!助かろうなんて。。。知らせなきゃぁ!って本当に思ったんです。信じて下さい、新介兄ぃ!!」

新介「三六の十八で三人仲良く出掛けたんだから、二六の十二!残して来るな六蔵!!この馬鹿野郎が。

姐さんから聞いたが、貴様たちから、飯岡の神楽獅子ノ政五郎をからかったそうじゃ、ねぇ〜かぁ?!素っ裸に成って尻の穴まで見せて、

オマケに『相撲ブラブラ』を歌って踊って見せりゃぁ、相手は切れるさぁ。自業自得だ!!」

盤石「挑発したり、是みよがしに歌って踊った訳じゃねーんです。偶々、聞かれて逆恨みされて。。。」

新介「姐さんにも言われたと思うが、飯岡の料理屋で、アレをやりゃぁ、挑発してんのと一緒だ。

ただ、二六の十二を残して来ちまってるから、必ず、骨は拾いに行ってやんねぇ〜と、笹川の恥になる。

あの飯岡の事だ!『笹川の芋挽き野郎』とか抜かして、親分の悪口を言い触らしかねない。」

盤石「本当にすいません。」

新介「済んだ事は仕方ない。安静にして早く怪我は治せ!!馬鹿野郎。反省しろよ!盤石のぉ。

あと!お前達、お前達だ、集まっている。飯岡と何時、出入りに成っても構わない様に、準備だけは怠るな!

ただし、まだ、飯岡に手出しするなよ。親分や勢力の代貸から命令(さしず)があるまで、道具を用意するダケだ!いいなぁ?!」


へい!!


集まった若衆たちは、一旦、家に帰りそれぞれ、飯岡との出入りの準備に取り掛かった。

子分A「お前!出入りの準備って何を用意するんだ?」

子分B「俺は、竹槍だ。兎に角、喧嘩には長い竹槍が重宝する。長ドスなんかより、細くて長い竹槍で攻めるに限る。」

子分A「ほーぉ、そうか。お前は?」

子分C「俺は、浅草紙と天保銭、其れに手拭いと水を張った桶を準備する。」

子分A「何だ?そりゃぁ?なぞなぞかぁ?」

子分C「知らないのか?荒木又右衛門だか、宮本武蔵だかの不死身の鉢巻」

子分A「益々分からん!!何だそれは?」

子分C「まず、浅草紙を水を張った桶に入れて湿らせる。是を硬く絞る。次に天保銭を紙で包み額に貼る。最後に、その上から手拭いで鉢巻すれば出来上がりだ。不死身の鉢巻!!」

子分A「本当か?」

子分C「意外と鋒が天保銭で止まるらしいぞ。そして、天保銭ではなく、小判を使うと超不死身の鉢巻へと早変わり!!」

子分A「講釈師の受け売りか?!」


そこうしている所へ、重蔵と勢力富五郎、清瀧ノ佐吉の三人が帰って参りまして、事の次第を女房のお糸と夏目ノ新介から聞きます。そして、暫く考えてから重蔵が口を開いた。

重蔵「分かった。この件は、俺が一人で出張って、助五郎と一対一(サシ)で話しを付けに行くぜ。」

富五郎「親分!そいつは。。。本気(マジ)で一人で?」

重蔵「聞けば、こっちにも非が無ぇ〜訳でも無さそうだ。少し下手に話してみる。」

富五郎「親分!呉々も、ご用心なすって。」

重蔵「あぁ、行って来る。」


そう言って岩瀬ノ重蔵が十一屋を出ようとした、その時!来客が御座います。さて、其れは誰だ?!



つづく