明けて天保十一年、春が終わり梅雨になった五月の半ば過ぎの事。岩瀬ノ重蔵は、島内の八万石の地方が、もう六年続きの大飢饉で、
百姓家の村々が、それは酷い困窮に喘ぐ姿を見るに付けて、『俺にしてやれる事は無いか?!』と、自問自答の日々を送っておりました。
所謂、天保の大飢饉が猛威を振るい、ここ下総は元より日本國中の民を苦しめて居た当時のお噺で御座います。
何とか堅気の百姓衆に、施しをしてやりたいと知恵を絞った岩瀬ノ重蔵。八万石の地方に御座います『諏訪神社』。此処で奉納相撲の興行の名目で、花会を開催し『ご祝儀』を集めようと思い立ちます。
そして、主立った子分達を十一屋へ集めて、重蔵が切り出します。
重蔵「俺は、此処八万石の島内に、二十六の賭場を抱え、その寺の上がりで持って、てめえ達子分共々、飯(おまんま)を頂いている、そう言う無職渡世だ。(ぶしょくとせい)
だが、素人の皆さんはどうだ?ここ六年続く飢饉の為に、芋すら買う銭は無く、草を喰い、木の根や皮までも剥いで飢えを凌ぐ有様だ。
俺は、こんな時だからこそ、島内の堅気の衆に何か施しをするのが、長脇差の貸元!親分!と、呼ばれる漢の勤めだと強く思う。
其処でだ。初めての事に成るが『笹川の花会』をやろうと思う。家(ウチ)と付き合いの有る、北は奥州の信夫ノ常吉一家から、南は伊勢の丹羽屋善兵衛一家まで、全ての親分衆に片っ端から回状を廻して、笹川へ来て頂く。
そして、この花会の名目は諏訪神社で奉納相撲をやり、相撲の石碑を建立する。昼は、江戸と大坂から呼んだ相撲の興行を打ち、夕刻からは盃交わして、夜はガラっポン!博打だ。
期日は、七月十五、十六日の二日間。この花会で集めたご祝儀は、全て八万石の島内の素人さんへの施しにする。五百両、いや千両からのご祝儀を集める大仕事だ!皆んな、やってくれるか?」
へい!!
集まった子分と食客、五十七名の声が揃った。この岩瀬ノ重蔵を漢にする為の大舞台の準備が今始まる。皆、熱り立った。
そして、此処に居る全員のやる気を肌で感じた重蔵は、代貸・勢力富五郎に尋ねる。
重蔵「富!所で、飯岡には此の花会の事、どうしたら宜かろうかねぇ?伝えるべきか?鹿十するか?悩ましいねぇ〜」
富五郎「親分!是だけの花会をやるんだから、五里と離れちゃいない飯岡を、鹿十は出来ませんぜ。
此処は、一つアッシに任せて下さい。飯岡にも話の分かる子分が居ますから、適役を選んで、波風立てずに噺を助五郎へ届く様に致します。」
重蔵「出来るかい?」
富五郎「ハイ、親分の為ですから、勿論、遣らせて頂きます。」
翌日から、『笹川の花会』に向けた準備が始まります。筆自慢の食客の先生方が、三百からの花会の回状を認めて、清瀧ノ佐吉たちは、奉納相撲に呼ぶ、江戸と大坂の相撲部屋との交渉に係ります。
一方、勢力富五郎は、飯岡ノ助五郎一家の中で、噺の分かる奴と言う事ならばと、同じ代貸、No.2の洲崎ノ政吉と、その舎弟分成田ノ勘蔵に目を着けます。
そして、この二人が兄貴!兄貴!と慕う、八日市場の倉田屋文吉の元を訪ねるのでした。
文吉「こりゃぁ、久しぶりだなぁ、富さん!元気だったかい?そして笹川の親分さんも、達者になさって居なさるかい?」
富五郎「へい、お陰様で。親分もアッシも元気にしております。早速ですが、今日は倉田屋の親分さんに、お頼みしたい事が御座いまして、参りました。」
文吉「何だい、富さん!改まって。」
富五郎「それが、来月十五、十六日の二日間。諏訪神社で奉納相撲と花会を、アッシら笹川一家で仕切る算段をしております。」
文吉「そいつは豪気だねぇ〜、是非俺も、いやいや、土浦の大塚ノ皆次親分と佐原ノ喜三郎ドンも連れて三人で、伺うよ!!いいだろう?」
富五郎「有難う御座んす。じきに回状をお廻し致しますんで、宜しくお頼ん申します。其れと、ご存知の通り、ウチ笹川とお隣の飯岡とは、もう五年、六年も前から揉め続けていて、
そこで、今度の花会には、是非、飯岡ノ助五郎親分にも来て頂きたく、飯岡の代貸の洲崎ノ政吉さんとは、文吉親分!貴方が兄弟分と伺っておりますし、
文吉親分の兄弟分の佐原の親分さんは、助五郎親分とは確か兄弟分。そんな繋がりが御座いますならば、
是非、洲崎ノ政吉さんが、此処倉田屋へ見える折に、アッシと顔繋ぎの席を設けちゃ、貰えませんか?厚かましいお願いで恐縮ですが、宜しく頼み申します。」
文吉「分かった。其れなら政吉は、明後日、九ツ半過ぎに、ウチへ来るんで、そん時に顔繋ぎしてやるから、花会の回状を持参しなさい。」
富五郎「有難う御座います!恩に着ます。」
富五郎は、この良い知らせを直ぐに親分、岩瀬ノ重蔵に話しますと、重蔵、でかした!と、富五郎を褒めて、自らが筆を取り回状をサラサラと認めます。
明けて翌々日、その回状を持った勢力富五郎は、八日市場の倉田屋で、洲崎ノ政吉、そして成田ノ勘蔵の二人と対面致します。
この洲崎ノ政吉は、漁師で網元の政右衛門の次男坊で、十六の時に五十八貫目もある碇を振り回しての大喧嘩!!
是に手を焼いた政右衛門が、飯岡ノ助五郎に相談して、まだ健在だった銚子ノ五郎蔵に預けられて漢を磨いたと言う、伝説の無職渡世である。
富五郎「お初にお目に掛かります。アッシは岩瀬ノ重蔵の若い者で、勢力富五郎と申します。この度は、倉田屋の親分さんの方にお頼み申して、飯岡の若親分さんを紹介頂きました事、大変光栄に存じます。」
政吉「頭をお上げ下さい。年回りも、渡世の年季も変わらぬ同士、硬いのは抜きにしましょう。色々、互いの行き違いが過去に有って、拗れたまんまの飯岡と笹川ですが、
アッシも、笹川の代貸、勢力富五郎さんとお会いできて、嬉しゅう御座んす。で、ざっくばらんに、どういったご用件でしょう?」
富五郎「実は、来月十五、十六日の二日間、諏訪神社で花会をやらせて頂きます。なんせ笹川の身内には初めての花会です。
付きましては、是非に、飯岡の親分さんに笹川へ出張って頂き、重蔵はじめ私どもの至らぬ所を、ご指導ご鞭撻頂けたらと、切に願います次第に御座います。」
政吉「花会ですかぁ、諏訪神社で。それは、おめでとう御座んす。用件は分かりました。直ぐに帰りまして、親分(オヤジ)にお伝えします。」
富五郎「其れから、此れは重蔵が認めました回状に御座んす。飯岡へお持ち帰り頂きたく、何卒、宜しうお頼み申します。」
政吉「ご丁寧に、必ず、お伝え申します。」
笹川から飯岡への花会の招待と言う大役を終えた勢力富五郎は、倉田屋文吉に厚く礼を述べて、八日市場を後にします。
一方、飯岡へと帰る道すがら、洲崎ノ政吉と成田ノ勘蔵は、初めて会った勢力富五郎と、笹川の花会の噺になっていた。
勘蔵「兄い!アレが勢力富五郎ですか?タッパは有りませんが、凄く頑丈そうなガタイしていましたね。相撲取り顔負けですぜぇ。」
政吉「確かになぁ。言葉は丁寧で、努めて穏やかにしていたが、怒らせたくない相手だなぁ。」
勘蔵「其れにしても、花会となると、ご祝儀が付き物。若衆からも包む様ですよね。飯岡くらいの一家だと相場はどれくらいでしょうか?」
政吉「そうだなぁ、親分三十両。子分一同は二十両は最低でも包む様だろう。俺は十両、貴様も五両は出せ!!」
勘蔵「お盆で、寺方に銭を取られる月に、五両は痛いなぁ〜」
政吉「無職渡世は見栄の渡世だ!気張ってご祝儀をださねぇ〜と、漢が廃るぞ。」
勘蔵「其れにしても、笹川は、助五郎親分に、ご指導、ご鞭撻なんて言って、かなり低姿勢でしたね?」
政吉「当たり前だ!!初めての花会だからなぁ。緊張するさぁ。低姿勢にもなる。」
勘蔵「そんなもんですかねぇ〜」
飯岡へ戻った洲崎ノ政吉。早速、岩瀬ノ重蔵直筆の回状を見せて、『笹川の花会』の噺を助五郎に伝えます。
助五郎「重蔵の奴、十年早いワぁ!!花会なんぞと。。。政!!俺は行かねぇ〜ぞ、笹川の花会なんぞ。貴様、代参しろ。任せた。」
政吉「エッ!親分、行かないのは、まずいですよぉ。重蔵の『ご指導、ご鞭撻』は世辞にしても、全国から親分衆が参りますから。。。」
助五郎「来ねぇ〜よぉ!!大物は。笹川の乞食博打なんぞに、来る訳がねぇ。野郎がウチの賭場に来てた時分を知ってるだろう?
百疋、二百疋の銭を隅っコで、ビクビク賭けてやがった乞食野郎の花会だ!!どんな親分が来るってんだ。見ものだぜ!!
其れに、俺が顔出すと、言いたくもない小言や悪口が出ちまう。ご鞭撻じゃなく、喧嘩の啖呵になりそうで怖ぇ〜やぁ。だから、お前が行け。」
政吉「分かりました。アッシが名代って事で、成田ノ勘蔵を連れて行って参ります。あと、ご祝儀はどうしますか?」
助五郎「俺が五両、あと子分一同で三両。末廣がりの八両でいいんじゃねぇかぁ?!どーせ、乞食博打だ、八両在れば御の字よ。」
そう言って、飯岡ノ助五郎は半紙に八両の銭を包んで、洲崎ノ政吉へと渡しました。
つづく