お清の粗忽が取り持つ縁で、次郎吉とお紺が出逢ってしまいました。猫に鰹節、盗っ人に鍵、狐に油揚げ。。。矢口真里にクローゼット、三日と掛からず二人はいい仲になってしまいます。
初手は、お紺には旦那があるので、外の出会い茶屋などを使っておりましたが、次第に旦那のお運びが無い留守を狙って次郎吉が通う様になり、
もう最近では、連日、朝から四ツの鐘が鳴ると次郎吉が長火鉢の前に座り、朝から酒をやったりとったり。肴も豪勢な鉢盛で、それを摘みながら丸で夫婦気取りで御座います。
或る日の事。相も変わらず二人で戯れ合いながら酒を呑んでおりますと、突然、渋江右膳が訪れまして、女中お清の驚き様といったらありません。裏返った声で
お清「お内儀!!旦那様がお見えです。」
しかし、二人は『遅かれ早かれ露見するのだから。。。』と、高を括っております。
お紺「次郎さん!遅かれ早かれ分かる事だから、慌てず騒がず、ドッかと座っておいでよ。」
次郎吉「そうさせて貰うぜぇ!」
そこへ、何も知らない渋江右膳が心を踊らせながら部屋へ入って参ります。
右膳「お紺!今日はたまたま、近くまで来たから寄ってみたんだがぁ。。。おや、お客様ですか?」
お紺「あらぁ、旦那。もしかすると、旦那が見えるんじゃないかと、膳部を取って一杯始めていたんですよ。
そうそう、こちらは仕立屋さんで、こないだ御膳から頂いた三枚重ねの友禅が、丈が合いませんもので、仕立て直しを頼んでいた所で、独りで飲んでいても、つまらないので、仕立屋さんに笹の相手をお願いしておりました。」
次郎吉「此れは此れは、ご主人様で。毎度、ご贔屓に預かりおります。仕立屋の多兵衛で御座います。旦那様とは、何処かでお会いしましたでしょうか?ミー坊の婚礼とか?違いましたか?では、お初にお目に掛かります。」
右膳「これは、仕立屋さん。女ばかりの所帯なもんで、物騒だから、時々、用心棒になってやって下さい。お願いします。紺やぁ!私はまだ、役宅に戻らないと行けないので、膳部はまた今度頂きます。」
そう言うと、渋江右膳はそそくさと帰って行く。
お紺「旦那!もうすっかり私たちの関係に気付いたねぇ。もう、二度と此処にはやって来ないつもりだアレは。」
次郎吉「なぜだ?仕立屋さんと呼んでいたじゃないか?」
お紺「あの人を身首っチャいけないよ、仙台伊達様の留守居役だよ。硬い役目じゃなく、留守居役なんだから、花魁買い、芸者買いの海千山千なんだよ。
見た瞬間に察したはずさぁ、まぁ、月々のお手当は無くなるけど、この家くらいは、手切れ金代わりにくれるだろうから、まぁーヨシとしましょう。」
次郎吉「いいのか?月々のお手当が無いと、大変なんじゃぁ。悪い事してないか?俺?」
お紺「何を言うのさぁ。あんな爺のご機嫌を、そうそう何年もは取ってられないさぁ。此処らが潮時だったんだよ、此れからはお前さんが亭主だからね。
それに、銭の蓄えは有るし、着物に帯、櫛、簪。金目の物を売れば、面白可笑しく暮らせますよ、次郎さん!!」
この時、江戸節お紺は、博打打ちの穀潰しの恐ろしさを、まだ、知らなかった。現金で千両、宝飾品と着物をバッタに売れば五百両。
千五百両あれば、面白可笑しく10年いや15年は暮らせるつもりで居ますが、博打で毎日10両負けたら一年で三千両を食い潰します。
毎日は負けないにしろ五百や千の金子は、アッと言う間に使い切る次郎吉なのです。
時は流れてその日も、旗本屋敷の中元部屋でスッテンテンにケツの毛バまで抜かれて帰って来た次郎吉、綿貫ドテラに下帯だけにされて帰ります。
次郎吉「お紺!今、帰った。寒ミー!ディビスJr。熱燗、二合ヨロシク。」
お紺「昨晩帰らないからさぁ、また、鳥居様の中元部屋だと思っていたよ。それにしても、やられたねぇ。そこに、着替を出しといたから、それを着なぁ。
お清!旦那が酒だって、何んか在るかい肴は?イワシの丸干が在る、それでいいよ、御の字さぁ。お前さん、丸干が在るって、良かったねぇ。」
次郎吉「あぁー生き返る。ところで、うちに銭は幾らある?二両と三分、一朱。どうにか、五十両できねぇーかぁ、お紺?
熱海の稲川の台代わりの花会が品川で開かれる。東海道の弓張が勢揃いだ!五十両持ってねぇーと、中にも入られねぇー、なぁ、お紺!五十両なんとかならねぇーか?」
お紺「たった五十両でいいのかい?お易い御用だよ。五十両だねぇ。」
次郎吉「どーやって作るんだ?櫛も簪も、粗方売ったぞ?」
お紺「右膳の御膳に手紙を書いて、五十両のお手当を下さい!って頼むのさぁ。」
次郎吉「馬鹿言うなぁ、あの旦那はこの家に来て、俺とお前の仲を知り、二度と其れからこの家に足を踏み入れチャいないんだぞ!!出す訳ねぇーだろう?」
お紺「まぁ、見ていてよ次郎さん。アタイの役者ぶりを。一世一代の狂言を創るからねぇ。アッ、次郎さん!一つだけ頼みがある。」
次郎吉「何んだ?俺に出来る事なら、何でもする。」
お紺が、白無垢を箪笥から引っ張りだして来る。
お紺「この背中に、この墨で、『南無阿弥陀仏』って書いて欲しいのさぁ。仮名じゃないよ、漢字で。お前さんは医者の息子なんだから、このくらいの学はお有りだろう?!」
次郎吉「縁起でもねぇー。何だ、その死に装束は!!何をする気だ!!」
お紺「今から、お清に、この手紙を御膳に届けさせます。それが第一段階だから、様子を見ていてよ。」
そう言うと、お清がお紺の手紙を預かって、伊達の江戸屋敷へと走ります。一方、お紺は墨の乾いた白無垢を着て、その上からもう一枚、一重を着込んで、普段のナリと変わらぬ姿に着込みます。そして、
お清「女将さん!!旦那にお手紙を見せましたら、見る見る険しい顔になり、私が初めて見る様な怒りの表情。まるで、大魔神!!そして
盗っ人に追い銭!!盗っ人猛々しい!!
と、お叫びになって、奥様の手紙をビリビリに破り、『二人で育てた、小鳥を逃し、二人で描いたこの絵燃やしましょう』
『何が悪いのか 今も分からない、誰のせいなのか 今も分からない』と。」
次郎吉「お前は、いつから由紀さおりだ!!」
お紺「よし!次郎さん、五十両貰って来るから、待っていてねぇ。」
そう言ったお紺が、伊達屋敷の門を、無言で通り抜けようと致しますので。
門番「其処の女!!待て、どちらへ参る。」
お紺「どちらへ参るだぁ?アタイを誰だかぁ知って、お前さん、お尋ねですかぁ!?
知らざぁ〜 言って聞かせやぁしょう。
濱の真砂と五右衛門がぁ、唄に残せし江戸節の 種は尽きまじ柳橋、
その外妾(めかけ)の昼働き、以前を言えば金春でぇ、年季勤めの しょんべん芸者!!
ここやかしこのお座敷でぇー、小耳に聞こえた爺さんの、外妾のふりして、強請、たかり、江戸節お紺とは、俺がぁ〜ことだぁ〜!!」
門番「ヨッ!音羽屋」
お紺「通っていいかい?」
門番「渋江様に伺って参りますので、そちらで、暫時、お待ち下さい。」
門番「渋江様!江戸節お紺が、邸内に参っておりますが?如何、いたしましょう?」
右膳「暫時、暫時、待てと伝えよ。」
門番が、こいつは引き伸ばしに掛かったなぁ?と、思ったお紺は、突然、上から着ている着物を脱いで、白装束の『南無阿弥陀仏』を背にしょいます。そして、大声啖呵を叫ぶお紺!!
「やい!渋江右膳、出て来やがれ。お前に成敗される覚悟で、こちとら来てんだぁ!!早く殺せ!殺せ!右膳、殺せ!」
伊達家江戸屋敷前で、白装束に『南無阿弥陀仏』と墨書き入りで、地びたに大の字になり、女が殺せ!殺せ!と、騒ぎ始めたんですから、往来の通行にが、黒山の人だかりです。
此れを見た渋江右膳は、大慌てです。此れが目付方に知れたら、切腹ものの醜聞ですから、直ぐに配下を神田に走らせて、墨染の源次と申す侠客を屋敷に招きます。
右膳「大変な事態だ、源次!お前だけが頼りだ。この事態を何とかできるか?」
源次「金子は?五十ですかぁ。ならば、私が〆てお見せ致します。」
右膳「本当かぁ!ならば、その五十両とそちに手間を、同額の、合わせて百両を下げ渡す!!納めて参れ。」
源次「へぃ!!」
源次「あんたが、お紺さんかい。噂に違わず美しいなぁ、オイラは源次だぁ。五十両、直ぐに渡すから、今日ん所は引いてくれぇ。」
お紺「御膳は来ないのかい!!」
源次「お前さんが、佐野の次郎吉の女房の、江戸節お紺かい?!」
お紺「お前は?何で私の亭主を知っているのさ?」
源次「俺は、お前の亭主の次郎吉とは、博打場では万度一緒だ。墨染源次たぁ、俺の事ったぁ。」
お紺「毎度毎度、賭場から帰ると、うちの人は親分さんの噂です。あんな素晴らしい侠客は、江戸には二人と居ないと。ご迷惑、お掛けしました、五十両頂ければ、帰ります。」
源次「二度目は無しだぜぇ。次やると、命のやり取りになる。脅しじゃねぇーからなぁ、姐さん。」
お紺「分かっております。」
お紺は、五十両の金子を源次から受け取り帰り、この墨染の源次と会った話を次郎吉に致します。この墨染の源次、二百からの子分を従えます、大名行列への人足貸しの口入屋で、
江戸の親分を五人上げろと言われたなら必ず数えられる侠客で、三人に絞れと言われても、百人の長脇差に聞きますと、九十七、八人は源次を残すと言う幡随院長兵衛クラスの侠客です。
五十両を手にして、勇んで稲川の花会へと出掛けた次郎吉ですが、この五十両も十日と持たずにオケラに成ります。
いよいよ、売る物も無くなり、芝口一丁目には住んでいられなくなり、家を手放す次郎吉とお紺。古着屋の商売込みで、赤坂田町一丁目へと家移り致します。
この古着屋の商売。なんとなく、次郎吉は思い付きで始めてみましたが、金持ちのご婦人相手に嵌ります。古着を買うと、鯔背な男前が芝居や相撲、市中の買い物の荷物持ちにと、お供をしてくれます。
また、そんなエスコート中の次郎吉を見て、羨ましいと思ったご婦人が、次の客になってくれると言う。実に男冥利に尽きる、古着屋です。
そんな商いに、次郎吉が、身を入れて、また、善人モードで働き始めた、そんなある日、お紺の目の上に、ポツリとデキ物が一つできるのです。ちょっと、豊志賀って来たお紺、さて二人はどうなりますか?!
つづく