佐原の喜三郎が、八丈に流される途中で、三宅島へ来る。そう聞かされたお虎の心は揺れていた。そして、江戸からの船がやって来る日を、勝五郎に調べるように頼み、それが今日、炊夫の寄合で分かると言うのである。
お虎「はい、勝五郎さんかい?」
勝五郎「お虎さん、今日は一人じゃないんだ、炊夫の集まりの帰りだから、庄吉も一緒なんだ。」
お虎「はいはい、庄吉さんなら知らぬ仲じゃないし、家を建てる時も、世話になったから、知ってるよ。上がって頂戴。」
庄吉「勝兄ぃとも話していたんだが、俺も、八丈に流される佐原の喜三郎親分とは浅からぬ縁なんですよ。」
お虎「あらまぁ、庄吉さんは何処で知り合ったんだい喜三郎親分と。」
庄吉「オイラは三日月小僧の庄吉と二つ名で呼ばれる両国の巾着切りだったんです。生まれは江戸の赤坂今井谷でござんす。親父はボテ振りの八百屋で平助といます。
アッシが余りに素行が悪いてんで、親父から七つん時に圓通寺に坊さん修行で預けたけど、十で寺を抜け出して巾着切りの頭、嘉童って親方の身内になりました。
その仲間内で賭けをして、大名お抱えの相撲取り玉垣が差している脇差、その金ムクの小柄なんだが、実に様子がいい。あれをスッた奴が嘉童一門の次の頭だ!って事になり、オイラがそれを摺り取って、三十人の子分を持つ頭になったんです。
そう!そん時に玉垣に、小柄で付けられたキズが、この手の甲の三日月キズで、そこから三日月小僧なんて呼び名が付いたよですよ。」
お虎「それで、その三日月小僧の庄吉さんが、どうして佐原の喜三郎親分と知り合ったんだい?」
庄吉「喜三郎親分が、下総の成田で芝山の仁三郎を斬り殺して、浅草に逃げていた時、三社祭の仲見世で、喜三郎親分の懐を狙ったら、簡単に見破られて。。。
其処から親身に意見されて巾着切りとは縁を切って、親にも長脇差になると言って来たら、子分にしてやるって三十両の銭をくれて。」
お虎「何で、そのお前さんが三宅島なんだい?!」
庄吉「仲間と縁を切ろうと子分を集めたら、町方に踏み込まれて佃島の寄場に送られて、そこを抜け出したら、火盗改の旦那に捕まって三宅島送りになったんです。
だから、佐原の喜三郎親分には、早く会って三十両は持ち逃げしたんじゃない!!と、訴えたいんです。」
勝五郎「で、お虎さんはどんな関わりがあるんだい喜三郎親分とは?」
お虎「私は、親父に死なれて借金が残って神田には居られなくなってねぇ。母と二人で、成田に行って芸者してたんだよ。
そしたら、呉服屋の掛けを払うのに用意した五両の金子を、紙入れごと小僧のスリに、成田のお稲荷さんの石段で摺られて。
その銭を馬差の菊造から借りたのが、間違いの始まりなんだよ、五両の証文を細工して、五拾両にされて宿場女郎に売り飛ばされる所を、喜三郎親分に助けられたのさぁ。」
庄吉「お虎さん、怒らないで下さいね。その成田のお稲荷さんで、貴女の紙入れを摺った小僧は私です。
たまたま、江戸をしくじって、成田に参詣客目当てに、出仕事に行ってた頃の話なんですよ。美しい芸者から紙入れを摺り、五両で美味い酒を呑みました!!すいません。」
お虎「あらまぁ〜、そんな繋がり、因縁があった何て知らなかったよ。世間は狭いね。三人とも、喜三郎親分とは縁があるんだねぇ。
ところで、勝五郎さんは、喧嘩くらいで、なぜ、島流しなんて重い罪になったんだい?」
勝五郎「庄吉には話しましたが、実は、私の実家は、千住の旅籠で小菅屋と申します。飯盛女を十人ほど置く、中店で、それなりに繁盛していました。
ただ、私はガキの頃から、甘やかされて育ったせいか?手習や算盤より、博打や酒で、家を飛び出して、侠客渡世で漢を売り出し、女房も持って子分の十人も居る貸元でした。
そんな頃に、おふくろが死んで親父が小菅屋を男手一つじゃ切り盛りできないし、淋しさもあったのか?店の飯盛女のお熊を妾から本妻に直して家に入れたんです。
このお熊ってのが、稀代の毒婦でして、十手持ちの大悪党、湯屋十と組んで親父を殺して、小菅屋を乗っ取ったんです。
更に、親父殺しの現場に俺の匕首を残して行きやがって、俺はその濡れ衣で今、ここ三宅島に居るって訳なんです。」
お虎「酷い話だね。」
勝五郎「何が悔しいって、俺が捕まる時に、女房の腹にはガキが居て、今は二人して生きては居るが、俺がこの有様だから、乞食同然の飲まず食わずで、
最近、島に来た江戸の奴の話では、女房のお吉がガキを連れて、恥を忍んで参りましたと、小菅屋に銭の算段に行くと、
『親父殺しの女房子が何しに来やがった!!』と、湯屋十の野郎に足蹴にされて、お熊と湯屋十が親父を殺したと薄々勘付いてる飯盛女と旅籠の若衆が、心付の銭を集めて恵んでくれたとか。
それに引き換え、お熊と湯屋十の二人は小菅屋の主人夫婦で左団扇のいい生活してやがるらしい。この話を聞く度に腸は煮えくり返るけど、どうにもならねぇ。」
お虎「泣けるねぇ。言葉じゃ慰めにならないねぇ。坊やはいくつになるんだい?」
勝五郎「三つです。勝之助と言うらしいです。」
お虎「逢いたかろうねぇ〜」
勝五郎「えー、まぁ〜」
お虎「ところで、喜三郎親分の船は四月何日頃に三宅に着くんだい?」
勝五郎「予定通りなら、十日から十五日の間には船が着くそうです。」
お虎「逢いたいねぇ、親分に。」
庄吉「アッシも、会いてぇ!」
お虎「話は変わるけど、二人は島抜けしょうとは思わないのかい?娑婆に未練があるだろう?」
勝五郎「アッシはもう、御膳から炊夫にして頂たからには、この島に骨を埋めるつもりです。」
庄吉「そうですよ!炊夫ですから、島抜けしようって野郎を見付けるのが仕事ですから。」
お虎「二人とも、役者だねぇ。私は吉原に居たせいで、人の心根を見抜く力が付いチマってねぇ。さっきのお熊と湯屋十への怒り、晴らさない訳がないよね、勝五郎さん!!」
勝五郎「そんなぁ、滅相もない。」
お虎「いいんだよ、私の前で、嘘は。それより、時々、三人集まれる時は、島抜けの算段しようじゃないか。」
庄吉「お虎さん!三人の時は、よござんすが、あの玄若って坊主の炊夫。あいつには気どられないで下さい。本当に蛇みたいな野郎ですから、気を付けて下さいよ。」
お虎「その玄若って坊さんなら、私の最初の身請け人だったお冬さんと、今一緒に暮らして夫婦同然の人じゃないかい?」
庄吉「それが、お冬さんが貴女、お虎さんの面倒を、よく見てくれたってんで、お冬さんにも木村様から報奨金が出たんだよ、そしたら玄若がそれにスリ寄って。。。いい仲になったって話さぁ。」
勝五郎「あいつは、異常なまでに金に執着がある。この島じゃ使えない大金を欲しがる。」
さて、これから、三人で時々集まると島抜けの話題にはなるのですが、なかなか具体的な計画へとは発展しません。
そんな月日が流れて行くうちに、喜三郎を乗せた八丈行きの船が立ち寄る時期が近づいておりました。
つづく