アさて、此処から十代目馬生や五街道雲助、蜃気楼龍玉でも有名な『大坂屋花鳥』の物語となります。

これまでの六話で、お虎が花鳥になるキッカケと過程は十分お分かりかと思いますが、佐原の喜三郎と言う侠客との恋に敗れて大坂屋へ花魁デビューしたお虎こと花鳥。

たちまちに、吉原中の注目を集める売れっ子となります。所謂、傾城傾國。松の位の太夫職です。時を同じくして、番町に四百石取りの小普請支配の旗本で、梅津長門と言う武家がありました。

この長門、歳は二十八であるが独自で、なかなかの堅物。ただ、容姿は色は白く切れ長の目で美男子であるのだが、吉原など足を踏み入れた事も無かった。

それが、悪い仲間四、五人と連れだって寄り合いの帰りに吉原へ寄ったのが、事の始まり。引手茶屋から送り出されて吉原江戸町二丁目大坂屋へ上がった長門、相手をしたのがその花鳥で、花鳥は長門を一目見るなり『喜三郎さんに似ている!!』と感じたもんだから、亭主の待遇で初回から濃厚なサービスをする事に。。。

花鳥の色香に骨抜きにされた、長門。もう、それからは、三日と開けずに大坂屋の花鳥の元へと通うようになるのだが、四百石取りの旗本ですから、直ぐにお金が底を尽く。それでも通いたいから、茶屋に借金をする。悪循環です。


最初は、旗本仲間と通っていたのが、いつの間にか一人で行く様になり、悪い仲間が別にできる。吉原で知り合った博徒を屋敷に入れて、ガラっポン!勝負と成ります。

旗本屋敷は町方が入れませんから、賭場には最適。幾らか寺銭を取ると、また其れを花鳥へと使う。花鳥の方も長門を憎からず思っていますから、長門が手元不如意の時は身銭を切ります。

そんな事を繰り返すうちに、花鳥の店への借金は莫大な額になり、店の方でも前借りさせてはくれなくなります。一方、正月の餅代すら無い状態の梅津長門、下谷の伯父を訪ねて借金の申し込みをしますが。。。


長門「伯父上、無沙汰しております。年も押し迫り何かと金子が要り用で、五十金ばかり伯父上様より借用したく、どーうか宜しくお願いします。」

伯父「五十両で良いのですか?伯父甥の関係なれば、貸さぬ事はないのだが、そちの料簡が改まらないうちは貸せぬなぁ。その方、吉原とやらに入り浸り、家には無法な輩を引き入れては悪事を繰り返しておると聞く。

それらを改めて料簡を入れ替えるならば、五十両が百両、二百両でも貸してやる。今日の所は、帰りなさい。また、料簡が改まってから来るのじゃ、長門!!良いなぁ。」


伯父からの厳しい小言にも、長門の料簡が変わる事は無く、『あぁ、花鳥に逢いたい!!』との想いが募り、自然と足は吉原田圃の方へと向かうのでした。

坂本の通りを抜けて、大音寺前に掛かる辺りで日は完全に落ちて、六ツの鐘が遠くの方で鳴るのが聞こえて来る。すると梅津の前を、ブラ提灯を揺らしながら、先に幇間らしき野郎を伴って五十前後の田舎のお大尽が歩いておりました。


お大尽「寒いのぉー、一八。でも、この寒さも廓(なか)さへぇって、暖かいアマっ子抱く前の試練だと思えば心地良かんべぇ。」

一八「お大尽!オモてになりますからなぁ。昔は良い男、金と力はなかりけり、でしたが、お大尽には金も力も備わって!!憎いよ!色男ってねぇ。」

お大尽「そうだなぁ事はねぇー。オラがモテるのは銭っ子持って行くからだ。銭っ子がオラの惚れ薬だけぇ。

オラの様な田舎爺が吉原でモテる為には、惚れ薬がないと話になんねぇ。金の無いのは首の無いのにも劣るって、言うダンべぇ。

江戸っ子は綺麗に銭を使うとか言うて、無駄に散財せずに、ケチケチして出す時は銭っ子出すが、出さねぇ時は出さねぇと言う。

ワシに言わせたら、それだから江戸っ子はダメなんだ。ワシの様に無駄に銭っ子バラ撒いてこそ、アマっ子に惚れられる。銭の力ってのは恐ろしいぞ!一八。

今回は、この懐の二百両を使い切るまで、四、五日居続けになるから、一八!お前も派手に頼むぞ!!」

一八「任せて下さい。この一八、お大尽の為なら命を投げ出す覚悟ですから。。。」


そんな会話を聞いた梅津長門、突然意を決した表情になり手拭いで放っ被りをしたかと思うと、バラバラゞゞっと駆け出して二人の前へ回る。

いきなり刀を鞘から引き抜くと、無言のまま、幇間の一八の下げるブラ提灯を真っ二つに斬る。驚いた幇間は、お大尽を置いて『人殺し!!』と叫んでサッサと消えてしまう。後に残ったお大尽、腰を抜かして倒れながらも、命乞いを始めた。


お大尽「銭っ子なら幾らでも出す!命だけは助けてケロ!!」

長門「その銭が在るから、貴様は死ぬのだ!南無阿弥陀仏」


と、言って上段から袈裟懸けに、お大尽の肩からザックリと斬り付けました。お大尽が、そのまま仰向けに倒れると、馬乗りになってトドメを刺す、そして血刀を着物の裾で拭って鞘に納めます。

ゆっくりと死体の懐へ手を伸ばして、二百両の金子を自分の懐へとネジ込むと、吉原土手の方へと急ぎ足で消えました。


ちょうど、その大音寺前を、少し遅れて提灯をぶら下げて通ったのが、浅草田中町の岡っ引で木村屋金造、その子分をしております竹蔵と言う御用利です。

この竹次郎は、梅津長門が羽振りよく大坂屋に通っていた時分の知り合いで、長門の家にも何度か行った事が御座います。

その竹蔵が、お大尽の死体に蹴躓く!「おい!酔っ払いか?あぶねぇじゃねぇーかぁ、こんな所に寝て風邪引くぞ、。。。風邪どころかこの寒空だ、凍え死ぬぞ?!ったく。」

と、言ってお大尽に触ると、生暖かい血が手に触れたんでビックリする竹次郎。まだこの暖かさだ、殺されて間もない。下手人が側に居る!?はず。

ただそこは御用きき、その様子から物取りの辻斬りだと判断して、前を行くあの侍が怪しい?と見当を付けます。

そして竹蔵が前の侍の面を見ようと、小走りに前に出た瞬間、侍の方から声を掛けられて驚いた!!


長門「おぉ、竹じゃねぇか?」

竹蔵「こりゃぁ、梅津の旦那?!お久しぶりでぇ。」

長門「久しぶりに廓(なか)に来た、付き合わぬか?どうだ、一杯。」

竹蔵「すいません、野暮用がありまして。。。また今度お願いします。」

長門「そうかぁ、悪かったなぁ、足を止めて。」


そんな会話を交わして、梅津長門を通り過ぎて先に大門を潜る竹蔵でしたが、今、人を一人斬り殺したばっかですから、梅津の殺気が凄くて、背中を向けた瞬間に斬られまいかと、冷や冷やモンの竹蔵でしたが、

梅津長門の方は、まさか竹蔵がお大尽殺しに気付いているとは思いませんから、なんともなく、大門を潜る竹蔵。素早く定水桶の陰に隠れて長門の行き先を確認します。

そして、梅津が若松と言う引手茶屋から大坂屋へ送り込まれたのを見届けてから、普通なら廓の番屋へと駆け込んで、お大尽殺しの一件を垂れ込みますが、

ここは一つ、浅草の親分に手柄を立てて貰おうと、田中町の木村屋金造の家へと駆け込みます。


竹蔵「親分!大変だ!大変だ!」

金造「どうした竹!お前の大変だ!は、あてになんねぇーからなぁ。で、どうした?」

竹蔵「親分、殺しです。」

金造「何ぃーい、殺しぃーい!」

竹蔵「止めて下さい親分、急に芝居口調になるのは。。。吉原の大音寺前で、田舎の大尽風の五十がらみの爺が斬り殺されやした。」

金造「それで!お前は下手人を見たのか?」

竹蔵「直接見ちゃいませんが、間違いなくこいつだと目星を付けた野郎が居まして、以前、廓(なか)でアッシも世話になった旗本で、梅津長門って侍です。

そいつが爺を斬り殺したに違いないと睨んで、後を付けたら、引手茶屋の若松から大坂屋に送り込まれましたから、暫くは大丈夫だろうと、親分に知らせに参りました。」

金造「ヨシ、よくやった!!カカァ、竹の野郎に一本熱いのつけてくれぇ。竹、それを呑んだらもうひと働きして貰うぜ!!」


さて、金造が竹蔵を連れて町方、同心・与力を伴って、お大尽殺しの現場を観に行きまして、事情を加味して廓(なか)の番屋とも連携を取りますが、

なんせ相手は直参旗本ですから、町奉行配下の役人が簡単においそれと手出しできる相手ではありません。

取るあえず取方を十人集めて、番屋に待機させて、若松と大坂屋から事情を聞きに、木村屋金造が子分の竹蔵を連れて参りますが、この続きは次回へ。



つづく