芝山の仁三郎の家へ運ばれた佐原の喜三郎。物置に放り込まれて『簀巻きにされて、吊るされます』この状態って、蓑虫みたいな状態なのか?
本は無責任にも、簀巻きにされて吊るされた喜三郎は、木刀や刀の峰で殴られて、気を失うと水責めにされて、意識を取り戻すとまた折檻されるの繰り返し!!
責めている馬差の菊蔵たち子分の方が疲れて、この拷問は、一旦、休止されましたが、また、明日になると、同じ様な折檻を受ける喜三郎で御座います。
一方のお金とお虎は、先に籠屋に連れられて八日市場方面に二里程の立場で、茶店に留まり喜三郎がいつ来るか?いつ来るか?と待っておりましたが、現れません。
それどころか、半刻過ぎたあたりから、立場の茶店に来る客が、富里街道の松原での一件を噂しております。
客A「あれだろう?芝山の仁三郎とか言う評判の悪いヤクザ者は。」
客B「そうさぁ、成田界隈じゃ一と言って二と下らない外道よ。ただ、女房が火焔龍、成田の龍次の妹だから、龍次の威光をカサに着て、虎の威を借る狐よ!!」
客A「よくまぁ、あの妹と一緒になるよなかぁ?」
客B「まるで、ジャイアンに好かれる為に、ジャイ子を彼女にするスネ夫みたいな野郎だぜ!!芝山の仁三郎って奴は。」
客A「例えが明快過ぎて気持ち悪いけど、その火焔龍と言えば、下総では四天王と呼ばれる大親分だからなぁ。」
客B「下総で、四天王と言うと?」
客A「一に火焔龍こと成田の龍次、そして次が飯岡助五郎、そして三番手、四番手は五分で、笹川繁蔵ともう一人、忘れちゃならないのが、俺は、今日見たあの佐原の喜三郎だ。」
客B「ひでぇ目に遭いながら善戦してたよなぁ、馬差の菊蔵なんか、全く相手になんねぇーもんで、三十人掛かりなのに、投網を掛けてから袋叩きにしてやがった。」
客A「あのまま、何処へ連れて行ったと思う?」
客B「勿論、スネ夫・仁三郎の家さぁ。まだまだ、拷問に掛けて痛ぶるつもりだぜぇ。命は無いかもなぁ、佐原の喜三郎。」
この話を傍で聞いていたお金とお虎親子は、勿論、八日市場へなんて行ってられません。直ぐに雲助に酒手祝儀を弾むからと、芝山へと進み『村田屋』と言う旅館に宿を取りました。
中居「お二人さん、親子連れだそうで、成田山へお詣りですか?」
お虎「ハイ、母とお不動さんのご利益を頂戴に。芸事にもご利益があると聞いて。」
中居「あらまぁ、江戸の芸者さんでらっしゃるんですか?!宿帳、ありがとうございます。お湯になさいますか?お食事ですか?」
お虎「ハイ、お湯にしますから、手拭いを二本貸して下さい。それはそうと、今日の昼間、富里街道の松原で、大きな喧嘩があったとかで?お姐さん聞いていますか?」
中居「聞いているもなにも。。。締めますよ。中に入らせて貰います。大きい声じゃ言えませんが、この旅籠の裏に住んでいる芝山の仁三郎が、
佐原の喜三郎とか言う親分さんを、たった一人の相手に三十からの子分を使って、投網に掛けて捕まえて、自分家の物置に連れてって、簀巻きにして吊るして痛め付けているんですよ!!
ほらその塀の向こうに汚い物置小屋があるでしょう?夕方まで、その佐原の喜三郎親分が、苦しい声を上げるのが聞こえてたんですよ!!」
お虎「で、喜三郎親分は殺されたんですか?!」
中居「出て来た子分たちが、『渋てえ野郎だ!!』って言ってましたから、まだ、生きていると思いますが、死ぬのは時間の問題かと。」
お虎「コレ、少ないけど。取って下さい。」
中居に祝儀を切ったお虎でしたが、気が気じゃありません。兎に角、早まった事はしないようにとお金は諫めますが、お虎は、もう目と鼻の先に、喜三郎が監禁されている物置小屋が在ると聞いては、じっとしていられません。
それでも、お金が女二人では助け出せないからと、八日市場の倉田屋まで早駕籠を飛ばして、喜三郎の兄弟分の文吉親分を呼んでくると提案して、漸く少し落ち着きました。
母お金が駕籠を飛ばして八日市場へ向かった後、お虎はやはりじっとはしていられず、旅籠「村田屋」の庭へと出てみましたが、まだ、明るいので、塀越しに例の物置を眺めるぐらいが関の山でしたが、
いよいよ夜が更けて、近所の寺から四ツの鐘がなりますと、もう居ても立っても居られずに、もう一度、庭に出て垣根を越えて、仁三郎の家の敷地へと入ります。
たまたま、月夜の晴天に恵まれて、物置の戸が少し開いているのが見えると、お虎は戸を全開にして中へと入ります。
薄暗い物置小屋に、月の薄明かりが差し込んで、中に佐原の喜三郎が、簀巻きのまま、地びたに転がっているのが見えました。
お虎「喜三郎さん!大丈夫ですか?お虎です。」
喜三郎「お虎さん。。。カタギのあんたは、来ちゃ、駄目だ!!」
お虎「親分さん、今、外へ逃します。」
『駄目だ!』と虫の息の喜三郎。縄でぐるぐる簀巻きにされているのを、放り出されている刀を見付けて縄を切るお虎。
無理矢理、喜三郎を立たせて、なんとかおんぶしたのだが、気絶寸前で動かない喜三郎を、背負って立っているのがやっとのお虎。
何とかかんとか、芝山の仁三郎の屋敷から出て、田圃の畦道を、駕籠で来た立場の方へと歩み出したが、三歩進んでは一休みと、
水前寺清子の『三百六十五歩のマーチ』よりはややましですが、もう夜が白み始めると言うのに、なかなか人家に辿り着けない。
そうこうしていると、前からブラ提灯を下げた二人組の男がやって来る。敵か?味方が?緊張が走るお虎と喜三郎!!その提灯には、『倉田屋』の文字が見える。
助かった!!
と、思った瞬間、気が抜けてお虎倒れそうになる、それを倉田屋文吉の子分二人が抱き起こし、喜三郎と共に、八日市場の文吉の家へと運び込まれた。
直ぐに医者が呼ばれて見せたところ、命に関わる致命傷や、カタワになる心配の深手もなさそうだとの見立てだった。ただし、起きられるまで、半月は安静が必要で、全快迄には二ヶ月を要すだろうとの事だった。
文吉「お虎さん、お前さんさえ、迷惑じゃなければ、喜三郎の看護を、この先、喜三郎が佐原に帰ってからも、お願いできまいか?
ここ倉田屋はまだ、俺の女房と妹が居るから女手に不足はねぇーが、佐原の一家は男世帯で、看病だの看護だの、病人や怪我人の面倒みる環境じゃねぇ。
だから、ここで医者の意見を、あんたが覚えて佐原でも、喜三郎の面倒をみてやって欲しいんだ、宜しく頼む!!」
お虎「親分さん!頭を上げて下さい。私ら親子が、成田で菊造の野郎と揉めたのを、喜三郎さんが助けて下ったのが起こりじゃありませんか?!勿論、看護する役は私が務めさせて頂きます。」
文吉「それと、お前さんへの頼みは看護もだが、もう一つ。佐原の喜三郎はあの性分だ。少し元気に成って体がいごく様になると、
芝山の仁三郎、馬差の菊造に仕返しをと考える野郎だ。そんな素振りを見付けたなら、決して一人で早まるな!!と、止めて欲しいんだ。
勿論、倉田屋にその事は知らせてくれ。俺が相談に乗って、馬鹿な真似はさせねぇーから。あの野郎の命を救ってくれたあんただから頼むんだ!!いいね?」
お虎「ハイ、分かりました。折角、助かった命ですから、親分さんの仰る通り、粗末にはさせません。」
お虎は、喜三郎に完全に惚れていた。なんか女房の様な受け答えだと、文吉も思った。そしてお虎は寝る間を惜しんで枕元に付きっきりで看護するのだった。やがて医者の見立てより半月早い七月末に喜三郎は全快する。
喜三郎「お虎さん、お金さん、長々と大変助かりました。この通り元気になりました。そこで、先ずは三人で、倉田屋の文吉ん所へ、礼を言いに参りたいのですが、お二人にも是非、ご一緒して欲しいのですが宜しいですか?」
お虎「勿論です。私も母も、文吉親分には直接お礼が言いたいです。佐原で貴方を看病するようにと指図頂いたのは、誰あろう文吉親分なんですから、お伴します。」
三人は倉田屋に着いた。この日も三丁の駕籠を連ねて、佐原から八日市場へと出かけた。
喜三郎「文吉ドン、本当に世話になりました。お咲さん(文吉妻)!!そして、千加ちゃん、(文吉妹)芝山から担ぎ込まれた時は、大変お世話になりました。
お陰様で、ほれ!こんなに元気になりました。お二人のお世話には感謝してもしきれねぇ。取り敢えず、文吉ドンに『礼』を包んであるから、二人も好きなモンを買って貰いなよ。」
お咲「親分さん!私と千加は、大した世話はしてませんから、そこのお虎さん!もう、朝から晩、いや、夜中まで、あんたの枕元に居て離れなかったんだからぁ。」
お虎が、珍しく赤くなりもじもじしていると、喜三郎が、文吉に語りかける。
喜三郎「文吉ドン、実はお虎さんの事で、とても大切なお願いがあるんだが、きいては貰えないだろうか?実は。。。」
お虎は期待した。内心、お前は織田裕二か?!と、ツッコミたくなるぐらいのテンションで『来たぁ〜!!』と叫んでいた。
「俺は命の恩人お虎さんと、一生添い遂げる所存だから仲人を頼む!!」と、言うと思ったお虎は興奮のあまり、倒れそうだった。しかし。。。
喜三郎「実は、伸び伸びに成ってしまったが、お虎さんお金さんの親子は、ここ八日市場で働きたいと願ってらっしゃるのだ。
そこで、文吉ドン!!どうか二人によい仕事を斡旋して、二人の面倒を、お前さんにみて欲しいんだ!頼む兄弟。」
文吉「なんだ、そんな事かぁ。勿論、お安い御用だ、任せてなさい。さあさあ、久しぶりに会ったんだ、今夜は飲んで行ってくれ、喜三郎!お前さんの全快祝いだ。」
酒肴が運ばれて、宴会が始まる。全員が陽気に楽しそうな中、お虎だけは浮かぬ顔して、苦い酒を呑んでいた。
さて、縁も丈なは、まだ皆んなが騒いでいるのに佐原の喜三郎は、台所を抜けて裏口から抜けて何処かへ行く気配だったが、その裏口には、倉田屋文吉が待って居た。
文吉「何処へ行く気だ、兄弟。」
喜三郎「仕方ねぇ。じゃぁ、この盃を受けてくれぇ。」
文吉「こいつは酒じゃねぇなぁ?水盃かぁ。穏やかじゃねぇなぁ?芝山の仁三郎と馬差の菊造を斬りに行くのかい?!」
喜三郎「黙ってその盃を受けて、行かせてくれ?」
文吉「分かったよ、止めねぇ。下総の長脇差の四天王と言われるお前さんが、芝山の仁三郎如きに受けた仕打ちが許せないのは分かる。
だから、万一、お前が死んだ時は俺が骨は拾ってやるかは、悔いないように、力一杯やって来い。
そして、お虎さん親子の事は俺に任せろ。心配はいらねぇーから、芝山の仁三郎と馬差の菊造を叩き斬って来い!!」
喜三郎「恩に切るぜ!!兄弟。」
佐原の喜三郎は、そのまま裏口から闇へと消えて芝山へと向かいます。そして芝山に着いたのは、もう夕暮れ時。真っ暗になる迄待って、仁三郎の家に向かいました。
もう秋めいてはおりますが、昼間は蒸し暑い芝山。雨戸はこの温気ですから開いています。庭から忍び込んだ喜三郎は、一階の様子を伺いますと、
流石に芝山の仁三郎、喜三郎からの仕返しを恐れて四、五人の子分を一階に置いて有りますが、子分たちは酒を食らって高イビキでした。
子分の顔をよく見て回ったが、残念ながら、馬差の菊造の姿が在りません。
ゆっくり二階へと上がると蚊帳が吊られていて、その中に芝山の仁三郎と女房のジャイ子が寝ているではないか?!
しかも、酒をたらふく呑んだからか?ジャイ子と激しい夜だったのか?蚊帳の中に喜三郎が入ったのに、仁三郎は起きる気配がない。
喜三郎は、ゆっくり、長ドスを抜いて、仁三郎の喉に鋒を当てて突き刺そうとしたが。。。待てよ、このまま殺したら、あの笑顔のまんま成仏しちまう。
そこで喜三郎、床の間の花瓶の水を、仁三郎と女房ジャイ子にぶっ掛けて起こす事にした。顔目掛けて水を撒く喜三郎。
『誰だ!何しゃがる』と叫んで飛び起きた仁三郎。女房も何事か?!と、女房までもが飛び起きた。
次の瞬間、長ドスを抜いて仁王立ちの喜三郎を見て女房ジャイ子が金切り声を張り上げる。『ジャイ子!旦那に用がある、お前は、何処へ行け!!さもないと、一緒に殺す。』
そう喜三郎が凄むと、女房はハシゴを転げ落ちる様に、芝山の仁三郎を残しつて、一階へと逃げ去った。
喜三郎「仁三郎、一対一だ!!枕元の刀(エモン)を取れ!」
仁三郎「しゃらくせぇ!」
仁三郎は、鞘を払うと喜三郎目掛けて突いて出た。しかし、軽く喜三郎に対を交わされて、蚊帳に絡まり、尻餅を搗いてしまう。
『死ね!仁三郎』と叫び、喜三郎が袈裟懸けに斬り付けると、「ぎゃッ!!」と短い悲鳴を上げて絶命した。
ゆっくり喜三郎が一階に降りてみると、倉田屋の文吉が一階に来ていて、子分たちを懲らしめていた。
文吉「早く!此れを持って江戸へ行け。」
喜三郎「これは?」
文吉「銭が三十両と、俺から浅草の金太郎親分に書いたお前さんの紹介状だ。仁三郎の女房が、実家、火焔龍ん所に駆け込んで、お前が仁三郎を殺したと言ってるはずだ。
代官もお前さんを追うが、一番は成田の龍次だ。長脇差同士のデカい争いになるかも知れない。当事者のお前は、江戸に暫く隠れていた方がいい。」
喜三郎「分かった!ありがとうなぁ、兄弟。ただし、馬差の菊造も、俺は許さねぇー。菊造の居所も分かったら知らせてくれ。」
そう言って、佐原の喜三郎は江戸へと隠れるのですが。。。下総ではドでかい喧嘩が起こります。
つづく