お金とお虎の部屋の奥の唐紙が開くと、部屋へ男が飛び込んで来た。そう!勿論、佐原の喜三郎である。
菊蔵「誰だ!てめぇは?」
喜三郎「すいません。五、六日前からこちら海老屋さんにご厄介になっております。佐原の喜三郎と申します。以後お見知り置きを。
いやぁねぇ。アッシの部屋がこの奥なもんで、余りにデカい声で、親分さんが怒鳴るから、何だ?と、思いましたもんで。」
菊蔵「もしかして?アンタ!!土浦の皆次親分所の喜三郎さんかい?!」
喜三郎「アッシをご存知で?何方かでお会いしておりましたか?」
菊蔵「いやぁ、逢うのは初めてだが。。。佐原の喜三郎と言えば、下総じゃ知らない渡世人は居ないよ。飯岡の助五郎ドンと揉めて名を上げてる笹川繁蔵か、皆次ん所の喜三郎か?って評判だ。
あんたを知らない何んて言ったら、成田(ここいら)で長脇差なんかしてらんねぇよ。それはそうとだなぁ。この親子は、江戸は神田で商売の借金を抱えて成田(ここ)へ逃げて来た、食い詰め乞食の流れ者なんだ。
身の上話を聞いて、同情した俺ッチが五拾両と言う大金を貸してやったのにだ、俺に内緒で八日市場へ逃げる算段をしてやがったんだ。
だがら声張り上げて証文を見せながらだ、意見していたら、佐原の人!!お前さんが飛び込んで来たって訳なんだ。そんな訳だから、お前さんが出張って来るような話じゃ、ねーんですよ。」
お虎「違うんです、佐原の親分さん!!私がこの馬差の菊蔵から借りたのは、たったの五両なんです。それを、この外道が、証文に細工して五拾両と書き換えて、私を宿場女郎に売ろうってんだよ!!佐原の親分さん、ヤサ、喜三郎さん!!証文を確かめて下さい。」
お虎はもう無我夢中です。菊蔵の罠に完全に嵌ってしまった窮地に、救世主が現れたんですから、身の潔白を訴えます。しかし!!
菊蔵は、同じ渡世人だから、他所の縄張りで、しかも、こんな食い詰めの親子に加勢しても、儲けにならない面倒な揉め事だから、
まさか、喜三郎が仲裁をしたりはしないと思ったら、それが喜三郎の皆次譲りの人気の源、弱きを助けて強きを挫く。長脇差同士だからと贔屓や手加減は致しません。
どちらかと言えば、長脇差よりも、カタギさんを大切にしろ!と、皆次に教えて込まれている喜三郎ですから、ここは、間に入り仲裁を申し出ます。
喜三郎「まずは馬差の親分さん、その証文とやらを、アッシに見せて下さいなぁ。」
菊蔵「ほら、佐原の人。これだ、ちゃんとこの娘、お虎が自分で名前を書えてるし、詰め印まで押している。こいう借金は、証文がモノを言いますから。。。よーく見て下さい、佐原の人。」
喜三郎「菊蔵さん、ケチを付けるんじゃねぇが、この『五』と『両』の間に書かれている『拾』の文字、墨色が『五』と『両』のとは明らかに違うよね?かなり濃い。
そして、何より『拾』の字が小さいし、書いた奴の筆跡(手)もおかしくないかい?同じ人が、同じ日に、同じ墨で書いた証文とは、代官所や奉行所、番屋に持って行くと。。。
確かに『証文がモノを言い』そうだねぇ。菊蔵さん、アッシもお伴しますから、役人の所へ訴えで出ましょうか?」
菊蔵「佐原の喜三郎さん!!此処は成田で、俺の親分、芝山の仁三郎の縄張りだ!それに、同じ長脇差同士じゃねぇかぁー、アンタ!どっちの味方なんだ?!」
喜三郎「やい!菊蔵。人が下手に出てりゃ頭に乗りやがって、米の飯がてっぺんに上がるとは、貴様の事だ!!
いいか?二度とは言わねぇ、耳の穴をカッ穿ってよーく聴きやがれ!!か弱いカタギの親子が困ってなさるのをいい事に、
それに付け込んで悪どいシノギをしょうなんざぁ、どういう料簡だ!てめぇは。長脇差なら長脇差の掟、仁義ってもんが在るだろう?カタギさん在っての俺たち長脇差だと、てめぇは芝山の親子から教わってねぇーのか?タコ!!
まぁ、今日の所は、この佐原の喜三郎が間に入ったからには、双方の顔が立つ様にしてやろう。五両と五拾両で揉めてるからは、間を取って折半だ。どうだ?馬差の?!」
菊蔵「分かりました。折半なら、佐原の親分さんに任せます。婆!お虎、佐原の人が仲裁に入って下さった!文句はないなぁ。お前たち命が有るのは佐原の人のおかげだぞ!礼を早く言え!!」
喜三郎「じゃぁ、菊蔵!ここに拾両ある。これで、折半と言う事で。数えてくれ?ちゃんと、拾両あるから。」
菊蔵「佐原の人!!拾両って、折半じゃないんですか?折半じゃ。」
喜三郎「だから、折半だから拾両じゃなぇか。五両と五拾両の真ん中なんだから。」
菊蔵「どんな計算してるんですか?五両と五拾両の真ん中だから、二拾二両と二分です。佐原の人、二分は負けますから、二拾二両、私に下さい。」
喜三郎「だれが実数で計算して折半と言った。こいう時は弱者救済でlogを取るんだ。だから拾両。元々、お前が貸したのは五両なんだから、これで御の字だろう、
ガタガタ言うと、役人を呼んで証文にモノを言わせるぞ!それでもいいのか?馬差の!!」
馬差の菊蔵、流石に一対一では、佐原の喜三郎には敵わないと思ったか?拾両の小判を鷲掴みにして、「覚えてやがれ!!」と捨て科白を残して逃げる様に帰って行った。
喜三郎「ご主人、海老屋のご主人を呼んで下さい。」
海老屋「親分さん、ありがとうございました。芝山の仁三郎も、馬差の菊蔵も、六でもない渡世人です。成田山への参詣客に因縁を付けては、同じような手口で騙し討ちにするんです。
お土産屋、テキ屋、そして私たち旅館も、あいつらにはホトホト弱っていたんですが、今日は親分のお陰で溜飲が下がりました。」
喜三郎「主人、どうですか?今日は、お金さんお虎さん親子と、一緒にご主人、四人で飲みましょう!!」
酒肴が運ばれて、験直しにと喜三郎の奢りで、四方山話をしのの、お虎の三味線、唄、踊りありのの、お虎は喜三郎にゾッコン惚れのの、喜三郎も満更でもないが、素人さんのお虎とは一線を画す喜三郎でした。
喜三郎「そうですか?ここ成田を離れて、お二人は何処へ行くおつもりですか?」
お金「ハイ、噂では八日市場が羽振りが良いと聞いたので、八日市場でお座敷をと思っています。」
喜三郎「八日市場なら、私の兄弟分で、倉田屋文吉と言うのが居ります。久しぶりに文吉にも逢いたいんで、明日、駕籠を三丁連ねて、文吉ドンの八日市場へ参りましょう。
海老屋の主人、お金さん親子の宿代も私につけて下さい。明日、早立ちで、八日市場となりますんで、駕籠も三丁お願いします。」
「そんな事までされては。。。」と、お金とお虎が言うのも聞かず、強引に二人の海老屋での借金は喜三郎が払ってしまいます。
そして、カラス『カァ〜』で夜が明けて、明けの六ツをやや過ぎた頃、三丁の駕籠が海老屋の前に着き、喜三郎、お金、お虎の三人は、街道筋を八日市場へと出発します。
駕籠が、富里を過ぎて、芝山へと掛かる松並木に、長脇差の集団が、三丁の駕籠を通せんぼするのでした。
菊蔵「喜三郎!よくも昨日は、俺様をコケにしてくれたなぁ。この拾両は返す代わりに、お前さんの体に用がある!!」
喜三郎「お前たち、外道に関わってる程、暇じゃねぇーんだ。俺は今から八日市場まで行く、大切な用があるんだ!また、日を改めて佐原まで来い、いつだって相手してやる。」
仁三郎「寝言を言うんじゃねぇ、貴様はここで半殺しにされて、簀巻にされて皆次ん所へ届けられるんだぜ。覚悟しなぁ!!佐原の喜三郎。」
喜三郎「お前はんが、芝山の仁三郎かい?皆次の親分から聞いてるよ。鹿島神宮の、潮来の花会で、うちの親分にこっ酷く叱られたそうじゃないか?」
仁三郎「うるせぇ!皆次には万座の前で、赤っ恥をかかされたさぁ、今日はその仕返しだ!!覚悟しろ喜三郎。お前が今日は皆次の代わりだ。」
喜三郎「分かった、相手してやるよ。その代わり、後ろの二丁の駕籠はカタギの女性だ。逃さして貰いますよ。」
菊蔵「何を言いやがる!その親子も、一緒にあの世行きだ。」
仁三郎「まぁ、待て菊蔵。カタギの女を痛め付けて殺したと噂されたんじゃぁ、流石に具合が悪いぜぇ。喜三郎、有り難く思いなぁ、女は逃してやる、早く行け!!」
二丁の駕籠、中の二人は逃げたくない、喜三郎が心配だ!!と思いますが、雲助の四人は助かった!!とばかりに八日市場方面に全速で松原ん中を突っ走ります。
そして、困ったのが、喜三郎の駕籠の雲助二人。それを見かねた喜三郎が、気を利かせて駕籠の外に出ると、空の駕籠で前の二丁の駕籠を追い掛けて消えるのでした。
喜三郎「三十対一の喧嘩だ!俺もムザムザ半殺しにはならねぇーぜ、出来る限りの抵抗するんで!!ヨロシク。」
馬差の菊蔵が、子分五人でまず、斬り掛かる。喜三郎は、鞘を捨てて長ドスを抜く、勢いよく斬り掛かる一番手は、軽く体を交わして、太ももをドスで刺して動けなくした。
二番も横に刀を振りながら突進して来るので、小手を峯で叩いて刀を落とすと、脇腹を蹴上げて気絶させてしまった。
見ていた三番手、四番手は同時に斬り掛かるので、流石の喜三郎も反撃できず、体を交わして逃げるのが一杯だった。
それを見た菊蔵、喜三郎の足に鞘を投げて躓かせて、倒れた瞬間、芝山の仁三郎が合図を送る。すると、松の木に登っていた手下が喜三郎目掛けて投網を打った。
喜三郎は、網で身動きが取れなくされてその場で三十人に袋叩きにされ気を失う。すると、その網のまんま、台鉢俥に乗せられて、芝山の仁三郎の家へと運ばれて行ったのでした。
どうなる佐原の喜三郎!!
つづく