博打と言うものは、改めて申すまでもなく、お上が法度により禁じておりまして、その魅力に取り憑かれますと、身を滅ぼすもので御座います。
しかし、皆さん身を滅ぼそうと思って博打に手を染める訳ではありませんが、中には、溺れている様に見せたくて、博打に手を出す馬鹿も御座います。
下総國は佐原川口に、米雑穀を渡世となす穀物屋平兵衛と申す男が在りました。その平兵衛には女房と二人の息子が御座いました。
長男は十八になる喜三郎、此れは女房喜多の連れ子、次男は十六になる吉次郎で、これは二人の間の実の子供に御座います。
さて、この十八になる喜三郎、十五になる頃から、度々店の金を持ち出しては、銚子や成田の茶屋で芸者を上げてのご乱行。また、飲む、買うだけではなく、博打場にも出入りをして、打つと言う三拍子揃った道楽者でした。
そんな喜三郎を、何とか立ち直らせるには、江戸から垢抜けた、田舎臭くない、美人と評判のいい嫁を貰って来るしかない!!と、
父親の平兵衛は、江戸へ仕入れのついでに、息子の縁談の話を進めに行くのですが、親の心子知らずで、喜三郎は今日も店の金を持ち出してのご乱行、漸く六日ぶりに帰宅致します。
立派な四つ手の駕籠を、店の玄関に乗り付けて、泥の様に酔った喜三郎は、自分の力だけでは、駕籠から立てないくらいに、へべのレケで御座いました。
喜三郎「番頭!水を一杯、持って来てくれぇ。」
番頭「若旦那!困ります!!店の前で。。。」
喜三郎「早く!水をくれ、水だ。」
母喜多「忠兵衛さん!こんな男に、水なんて要りませんよ。喜三郎!いい加減にしなさいよ。」
喜三郎「これは、母さん!そんなに大きな声は止めて下さい。頭に響きます。」
母喜多「お前にはお父さんの気持ちが分からないのかい?!今も、お父さんはお前の嫁を探しに江戸に居るんだよ。」
喜三郎「その恩着せがましいのが嫌いなんです。私がいつ嫁が欲しいと言いましたか?!」
母喜多「貴方って人は。。。お父様が連れ子のお前にこの店の身代を譲り、実の息子の吉次郎には分家をさせると仰って下さっているのに、本に親の心子知らずで、放蕩三昧。
もうこうなったら私がお前を勘当にします。たった今、縁を切りますから、この家を出て行きなさい!!」
番頭「若旦那!喜三郎坊っちゃん、奥様に謝って下さい。私も一緒に頭を下げますから!若旦那!!」
喜三郎「いいんだ、番頭。俺はこの家を出て行くよ。オッカさん!勘当のお言葉を頂きましたんで、この家を出て参ります。短い間でしたが、お世話になりました。」
母喜多「忠兵衛!早く塩巻きな!!」
番頭「そんな事を仰らずに、女将さん、旦那様の留守に若旦那を勘当にするなんて。。。私が旦那様からお叱りを受けます。若旦那も、戻って下さい!!」
母喜多は、涙を堪えて塩の入った壺を脇に抱えて、鷲掴みした塩を玄関に撒きました。
一方、喜三郎は、止める番頭の忠兵衛の袖を振り切って、穀物屋平兵衛の店を飛び出して行く。奥からは何事か?と奉公人が三、四人出て来たが、もう喜三郎は二、三丁も先へと消えてしまいます。
そして、店からの追手が来ないと分かると踵を返して立ち止まり、両手を合わせて大粒の涙を流しながは、『オッカさん、おとっつぁん、不孝をお許し下さい!!』と呟いて穀物屋平兵衛の店を捨てたのでした。
喜三郎、連れ子の自分が長男だからと父親平兵衛が跡継ぎにと言ってくれる。その気持ちは痛いほど分かるけれど、弟の吉次郎が不憫でならぬと思うあまり、
わざと放蕩三昧をして、穀物屋平兵衛の家を勘当になったのでした。十八で佐原の家を飛び出した喜三郎、その足で日立國は土浦へと向かいます。
ここ土浦には、博徒でありながら目明しの十手持ち、二足の草鞋で男を売る『土浦の皆次』とう大親分を頼って、ここにやって来た喜三郎でした。
その喜三郎を親分皆次に取り継いだのは、子分の江戸熊だった。
江戸熊「親分、こちらは佐原川口の穀物屋平兵衛さんの息子さんで、喜三郎さんと仰っしゃいます。親分の漢気(おとこぎ)に惚れて是非子分にと申されまして、アッシが仲に入らせて頂きました。」
皆次「そうかい、佐原川口の穀物屋平兵衛さんと言えば下総では知らない人は居ないくらいの大きなお店だ。そこの倅さんが、なぜ、博徒渡世なんぞに染まりに来なすった?」
喜三郎「訳有って家を勘当されて、出て参りました。漢を磨いて一本立ちして行きとう御座います。
そこで、下総には銚子の五郎蔵親分や、今売出中の飯岡助五郎親分なども居りますが、私は土浦の皆次親分の元で、是非修行がしたく、こちらに草鞋を脱がせて頂きました。どうか!子分にしてやって下さい!!」
皆次「お前さん、なんの訳有って勘当されたかは知らねえが、そう簡単に『長脇差し』には出来ねぇなぁ。悪い事は言わねぇー。今なら詫びて親父さんの居る佐原に戻ったらどうだい?」
喜三郎「もう佐原の家には、帰るなんで出来ません。折角、苦労して勘当になりました。実は私は母親の連れ子でして、父親の血を分けた息子じゃありません。
それなのに、父は実の倅の舎弟を分家させて、本家は私に継がせようとしてくれました。お前が長男だからと、筋を通す父親の義心は嬉しい反面、
本来なら本家を継げる舎弟が、俺が居るばっかりに分家にさせられるかと思うと不憫で不憫で。。。好きでもない酒や女に溺れて、博打場へも出入りしました。
ですから、もうアッシは後戻りはできねぇーんです。親分!どうか盃を分けておくんなぁさい!!後生です。」
江戸熊「親分、どうかぁ。アッシからもお願いです。この喜三郎をここに置いてやって下さい!!」
皆次「分かった。でもなぁ、直ぐには盃はやれねぇよ。暫くは熊の下で雑用をしてもらう。そしてお前さんの料簡が本物なら盃をやろう。
喜三郎さんとやら、俺もこの世界に入るキッカケは、親から勘当されたからだが、もしそん時に戻れるなら、長脇差しには成らず、両親に詫びて堅気になりたい。そう思う俺だから、お前さんを安易に子分には出来ねぇんだ。分かるかい?!
お前さんが思っている程、長脇差しは楽な稼業じゃねぇーよ。つまらない義理に命を張る商売だからねぇ。とりあえず、頑張んなぁ。江戸熊!頼んだよ。」
画して佐原の喜三郎は、土浦の侠客皆次の一家で、子分の江戸熊の手下として、見習い修行を始めるのでした。
つづく