いよいよ、由井民部之助正雪が、綿密な策略を巡らせて、楠道場を乗っ取る算段へと掛かります。
この部分が、少し松鯉一門の講釈よりも、複雑な設定で、正雪らしい手の込んだ陰謀が展開されます。
まずはその背景を。楠不傳には娘が一人居ます。名を小万、今年十六になる娘です。他に子は有りませんから、この小万に婿養子を取り楠道場を継がせようと考えています。
更に、この小万には既に許婚が有ります。それは亡き母方の甥、和田主水と言う御家人の次男坊です。
この主水は、既に、楠道場の門弟で剣の道では師範とまではいかないが、免許皆伝、師弟と呼ばれる師範代の二つ下の地位にはある身分です。
ただ、あまり学問は得意ではなく、専ら木剣を振り汗を流す方が得意である。それでも、亡き妻の甥なので、道場の近くの借家を不傳が借り与え、大そう可愛がられてはいた。
そして、この話を複雑にしているのが、鵜野九郎右衛門と言う門弟の存在である。この九郎右衛門は、小万に恋焦がれていて、寝ても覚めても小万の事を考えているような青年である。
しかし、正式に師匠不傳から、小万と主水の婚約が門弟一同に告げられた時に、頭の中では、小万の事は諦めていた。
この三角関係を、民部之助は巧みに利用します。まず、不傳の名代と言う立場を利用して、正雪は何か事あるごとに、鵜野九郎右衛門を贔屓します。
最初は、アレ?なぜ若先生は、俺の事をと不思議に思う程度でしたが、一ヶ月、ニヶ月とそれが続くと、流石にどんなに鈍い九郎右衛門とはいえ気付きます。
そしてある時、たまにはと、正雪の方から九郎右衛門を誘い、安くはない料理屋の二階で、酒を奢ります。
芸者を呼んで楽しくなり、酒も入り打ち解けた所で、正雪は九郎右衛門の恋心を攻撃を仕掛けます。このまんま、小万殿を主水なんかに取られてお前はいいのか?!と。
そうは、民部之助に言われても、万一、小万と相思相愛であったとしても、九郎右衛門は、駆け落ちするのが関の山。二人で幸せになれるとは思えない。よってこの恋は諦めているのだ!と、告白します。
凡人が普通に考えると、駆け落ちか?主水を虐殺するか?ぐらいしか思い浮かばないものだが、正雪は九郎右衛門に、名案がある!と、ある陰謀を持ち掛けます。それは。。。
まず、主水に九郎右衛門が近付き、不傳が小万の婿養子を、主水ではなく正雪に変えたい!と願っていると吹き込みます。
また、これも誠しやかに主水を騙すのですが、その理由は、主水が学問に疎く剣術一筋の「やっとう!馬鹿」なのが不傳は気に入らないのだと言う。
つまり、楠道場の首領としての器ではなく、それには正雪が適任だし、正雪が後を継げば、自分は悠々自適に楽隠居がてきる!と、考えている。
とは言え、あからさまに、主水は技量に劣り道場の首領の器にあらず!と言う理由だけで、婿養子を正雪に変えたとなると、不傳の評判も、楠道場の評判もガタ落ちになる。
そこで、不傳は一計を案じる。それは。。。
不傳は主水にこう持ち掛ける「これから家督を継ぐと、お前は頻繁に茶会に招待される。招待だけではなく、時に、お前が主催すり事も。
そこで、これから定期に茶の指導を、私と民部之助がお前の為に行うから、これに従うように!」と命じられる。
これは、ただの茶会の稽古ではなく、お前を毒殺する為の稽古だ。少しずつ、茶に毒が盛られて、お前は徐々に弱り死んで行くので、病死として届けられ、小万の婿には民部之助になる。
これを聞かされた主水。最初は、まさか!血縁ではないが、叔父上が。。。と、思っていたが、本当に九郎右衛門の予言通りに、不傳から茶会の稽古の誘いが掛かり、それを見事に信じてしまう。
そして、九郎右衛門にそそのかされた主水は、茶の稽古が始まる前に、不傳を闇討ちにして暗殺する計画を立て、正に、今晩本多監物邸での茶会に不傳が出向くと知り、
主水自身は四ツ小路地蔵坂下の藪に隠れて、不傳が通るのを待ち構えていた。
さて、主水を九郎右衛門はどう言って説得したのだろうか?それは、不傳を闇討ちにしても、絶対に手掛かりを残さず、賊の仕業に見せる為に、懐の金品と刀は必ず盗め!と指示します。
更に、道場は民部之助が居れば学問所としてもやって行けるので、主水は主に道場を、そして民部之助には学問所をやらせると丸め込めば上手く道場も回ると説得したのでした。
更に、正雪は九郎右衛門をこう説得しています。主水が不傳を殺害したら、直ぐさま、正雪が主水は討つ。
九郎右衛門には、主水が死ねば晴れて小万殿とも夫婦になれると。
そして正雪自身は、主人の仇を討った弟子として道場の実権さえ握れたらと、九郎右衛門には良い含めてあるのです。
つづく