屑や「こんにちは?!大家さん、いらっしゃいますかぁ〜。屑やの久蔵です!こんにちは?大家さん。」

大家「ハイ、どなぁたですか?今、参ります。ハイ、ハイ。。。

何んだ?!お前かぁ、屑や。何んだ?!玄関から入って来やがって!裏へ回れ、勝手口だろう、屑や!お前は。ったく。。。

それに、屑は、まだそんなに溜まっちゃいないぞ!!そこに、紙屑が少しあるから、それを持って行け!用が済んだら、締まりして行けよ!返事は?屑や!!」

屑や「いやぁ〜、大家さん、今日は屑やで来たんじゃ、ないんです。」

大家「屑やじゃない???もう、商売替えか?せっかくお前を贔屓にしてやったのに。。。俺の顔に泥を塗りやがって。。。この恩知らずがぁ!!お前、出入り止めにされたいか?屑や!!」

屑や「違うんです、商売は屑ややってますが、今日は、お長屋のらくださんの事で。。。」

大家「おゝい!!言うなぁ!!その名前を出すんじゃねぇーー。婆さん!猫を連れて奥に避難しなさい。

屑や!いいかぁ、らくだの野郎の話を切り出す時は、予め、合図をするか?手紙で知らせてからにしてくれ、

特に、うちの婆さんは、その名前を不意に耳にすると、動悸と目眩で、命に関わるから。でぇ何んだ?また、らくだが何かしたか?」

屑や「いやぁ、違うんです。らくださんが、お亡くなりに成ったんです。」

大家「お亡くなりだぁ?何だそれは?誰が亡く成った?!らくだの野郎、遂に、誰か殺したか?、天敵の漬物屋か?それとも、宿敵八百屋?違うかぁ?角の荒物屋か?まさか!!糊やの婆さんを締め殺しちまったか?」

屑や「違います、らくださん自身が亡くなったんです。死んだんです!らくださんが。」

大家「らくだが死んだ?!嘘を言うなぁ!屑や!四月一日でもないのに、そんな悪質な嘘をつくと、番屋に連れて行って百叩きにするぞ?!

エッ。。。まさか!本当なのか?あの、らくだが。。。死んだ?、そうなのか?夢じゃねぇーよなぁ、本当に、河豚!?あいつ、河豚の毒で死んだのか?!

見たのか?お前、本当に?口から血を吐いて、白目剥いて。。。土間で、突っ伏して死んでいたのかぁーーー。冷たく固く成っていた!!


めでたい!!


屑や!すまない、さっきは、すまん!!吉報をありがとう。家主として感謝します。

やはり!そうだったかぁ、いやぁねぇ、今朝、茶柱が立ったから、何か吉兆の前触れだとは思っていたが、まさか?!らくだが死ぬとは。

お婆さん!今、一つ巨悪が滅びました。あのらくだの野郎が死んだよ。お婆さん!赤飯を炊いてくれ、そして明日はご近所さんに配ろう!

屑や!ありがとう、家主として重ねて礼を言います。そしてお前を、屑やとして、終生贔屓にします、ありがとう!屑や。」


屑や「大家さん、お喜びに水を差す様で、大変恐縮ですが、らくださんの家に、らくださんの兄貴分という人が来ておりまして、今夜、らくださんのお通夜を、こちらで行うと申しております。」

大家「らくだの通夜?好きにして下さい。一晩くらいは、大目にみてやります。目を瞑りますから気が済むようにして下さい。

でもね、幾日も幾日も、乱痴気騒ぎが続くようらな!!家主として取締ります。節度を持ってお願いしますと、兄貴分とやらへはお伝え下さい。」

屑や「大家さんのご忠告は、私が、その兄貴分、丁の目半次にはお伝えしますが。。。通夜をやるに当たって、大家さんに、その半次から伝言があるんです。

誤解されると、私としては不本意なんで、大家さんに重ねて申し上げますが、私では無く、らくださんの兄貴分・丁の目半次が言うことにはですが。。。


拝啓、大家さん!家主と言えば親も同然、店子は貴方様の子も同様で御座います。今夜は、その貴方様の子も同様な、らくだの通夜を執り行います。ですが大家さんは、多分お忙しいでしょうから、来るには及びません。 


その代わりと言っちゃぁー何んですが、我が子の葬いですから、細やかな誠意を頂戴したく、まずは、良いお酒を三升、灘か伏見の薄めをしていないヤツを三升。

次に、牛蒡に人参、蓮子、芋、ハンペン、それに蒟蒻と蛸を、いいカツオ出汁といい醤油で、極上の砂糖・和三盆を使い甘辛く煮しめて、これを大皿に二つ。

最後は、お長屋には下戸の客もあるだろうから、赤飯を小皿か菓子盆に三十人程お願いします。」


大家「待て!屑や。確かに、大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同様、そう世間では表現されるし、私もそう思う。

だがなぁ、それは、月々キチンと家賃を払う店子に当て嵌まる道理であって、らくだのように、越して来て三年半、一ぺんたりとも、店賃を払ったことの無い野郎の言う科白じゃねぇ。

いいか?、よーく聞け、らくだ!あの野郎はなあ、うちの長屋に三年半居て、ただの一度も店賃を入れてないんだぞ!!

普通はなぁ、どんな悪党でも、越して来たハナん時ぐらいは、皆んな一つ二つは入れるモンなんだ。

それをあいつは、ただの一度も入れた事がないんだぞ!おゝーい、婆さん、お茶を入れてくれ?!」

屑や「いやぁ、大家さん、私はそんなに長居はしません。お茶なんて。。。」

大家「馬鹿!誰がお前にと言った。喋り疲れたから、俺が飲むんた。ハイ、ありがとう。(茶をゆっくりすする大家、息を整えて、調子を変えて語り出す)


屑や!あのらくだには、俺も何度か意見はしたんだ。ある日、野郎のウチに出張って行って、直に談判した事もあった。

今日という今日は、店賃を一つでも払って貰うまでは、ココからテコでも動かねぇーからなっ、いいかぁ!そう思いやがれ!!


と、啖呵切ってケツ捲って、居間に座り込んだんだが、らくだの野郎!不敵に笑いやがる、如何にも悪党らしく、下半身で笑うんだぞ、ウへへへへ。。。ウへへへへ。。。

笑い終わったかと思ったらだ、『テコでも動かないらしいが、この薪ではどうかな?座っていられるかなぁ〜』言ったと思ったら、

次の瞬間、デッカい薪ざっぽが、俺の鼻を掠めて板張りに、ドスン!と落ちた。『次は、外さねぇーよ。』と、ニカッと笑うんだ、らくだが。

俺は、飛び上がり、一目散にこの家へ逃げた、履いて来た下駄を野郎ん家に忘れるくらいに驚いてだ。

そしたら、あの野郎、俺が忘れた下駄を、次の日から、鳴らしながら湯屋へ行くんだ!この家の前を堂々と胸を張ってなぁ、俺はあんたに勝ちました!と、言わんばかりにだ。

今、思い出しても、ハラワタが煮え繰り返る!!そんな奴なんだぞ!親も同然、子も同様な訳無いだろう?屑や!分かったかぁ?」


屑や「そんな事があったんですねぇ。でもねぇ、これも私が言うんじゃなくて、その丁の目半次が言うんですがねぇ、

いいですか?私じゃなく、丁の目が言うには、らくださんには、身寄り頼りが在りません。そんな事情もあり、らくださんの死骸の遣り場に困っています。


大家さん、これを是非引き取って頂きたい。


つきましては、らくださんの屍をただ、こちらさんに運んでも詰まらないので、ご趣向です。

死人にカンカンノウを踊らせます。如何でしょうか?!」

大家「何んだとぉー!死人のカンカンノウだ?その丁の目なんとかが言ったのか?馬鹿野郎、そんな事で、ビビるとでも思ったかぁ!!

俺にもなぁ、目白・高田馬場界隈じゃ、ムジナの清蔵と二つ名で呼ばれた若けぇ時代も在ったんだ!

死人のカンカンノウだぁ、面白い!初物を観ると長生きするらしいからなぁ、俺と婆さんで観てやる。

いいかぁ、らくだの死骸をここに連れて来て、カンカンノウでもカッポレでも踊らせろ!面白かったら、ご祝儀切ってやる!一昨日来やがれ!!婆さん、塩だ!塩持って来い!」



屑や「やっぱりだよ。あの大家が、らくだの葬いに手を貸すはずがないよ。ちゃんと店賃払ってる店子にだって、強飯なんかあげないよ、あの因業は。

それを、らくださんに、酒と煮しめを付けて頼むんだから、断られるよ。俺が大家でもやらないのに、当人が出す道理がないよ。


ただ今戻りました、行って来ました。大家さんとこ。」

半次「ご苦労!どうだった?大家、酒と煮しめと握り飯を用意してくれるか?」

屑や「しませんよ。らくださんも悪いんですよ、店賃取り立てに来た大家を、薪ざっぽでブン殴ろうとして、これまで一文も店賃入れてないらしいじゃないですかぁー」

半次「誰が、らくだの過去を大家に聞けと頼んだ?!俺は、大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同様、だから、通夜の食事だけ持って来いと頼めと言ったはずだ、それを関係ない世間話を長々とやりやがって!!」

屑や「違いますって、親も同然子も同様は伝えたし、いい酒、豪華な美味い煮しめ、そして握り飯に至っては、お赤飯に格上げ注文したのに、残念ながら因業大家には響きませんでした。」

半次「切り札、死人のカンカンノウは?ちゃんと、言ったのか?」

屑や「勿論、言いました。」

半次「どんな反応だった?」

屑や「やれるもんなら死人を連れて来い!と。面白かったらご祝儀切ってやる!俺はムジナの清蔵だ!って啖呵切って、塩撒かれました。

観たいそうですよ、死人のカンカンノウ。初物観ると長生きするから。」

半次「そうかぁ、観たいと言ったかぁ、なら、期待にお応えするしかないなぁ。屑や!表の雨戸を一枚剥がして、持って来い。」

屑や「雨戸なんて、剥がして、何にするんです?」

半次「つべこべ言わず用意せーぇ!!俺が大人しく言っるうちに。。。」

屑や「YES, I do.


屑や「外して来ました、雨戸、何処に置きます?」

半次「その土間に置け、らくだの横だ。置いたららくだの頭の方をお前は持て、俺は足の方を抱えるから、その戸板の上に死骸を乗せるんだ」

屑や「雨戸にらくださん乗せて、大家さん所に運ぶんですか?」

半次「その通り!だいぶん飲み込みが良くなったじゃねぇーか、戸板の端を持て、落とさないように、ゆっくり大家ん家に運ぶぞ!!」



つづく