がんの撲滅に尽力されている研究者/NGOが1年に1度集まって、
その成果を発表するシンポジュウムが、中外製薬とニッポン放送の協賛で、
昨年から落語会付きで、開催されるようになりました。
昨年は、横浜の関内ホールが会場で、今年は浅草公会堂でした。
落語と発表の内容は、こんな感じでした。
1.替り目/談春
マクラで、まず、談志の死に対して“談春だけはなぜコメントしないのか?!”
これについて、本人の口から説明がありました。
まず、ありきたりに「悲しい」とか言えない。しかも、訃報が飛び込んだのが、
昇太・談春二人会の楽屋、ずーーっとガセだと思っていたら、「焼場で焼いています!」
と、マネージャーからの電話で初めて談志の死を知ったのだそうです。
更に、楽屋に来たマスコミ第一号が、NHKの静岡支局のハーフのアナウンサー。
落語の“ラ”の字も知らない、立川談志も知らない、ましてや談春なんて・・・
そんな奴に「今の心境は?」とか聞かれたもんだから、
談春の天邪鬼な心のスイッチがONに成って、コメントは出さなかったんだそうです。
そして、この訃報の翌日、高田先生の「ビバリー昼ズ」に呼ばれたが、
志らくと一緒だと聞いて、これも止めたんだそうです。
師匠の死を聞いた翌日の志らくは辛いと云うのです。
志らくは、饒舌にありし日の談志を、これでもか?!と語るはず。
云わなくていいエピソードまで、まぁーベラベラ喋るはず。
本との追悼は、そっと語らずがいいと、あいつは理解できないから、
これでもか?!って喋るに違いない、だからその隣で聞くのは辛い。
そう、真顔で語る談春でした。ちなみに、志の輔師匠は電話でコメントでした。
結局出なかった談春は、高田先生に「あいつは、乙女か?!」と言われておりました。
尚、談春は、文藝春秋にだけコメントしています。
そうそう、談志夫婦のエピソードで、奥さんが袖の袂がほつれた着物を、
ホッチキスで止めて直した話をしました。
志らくもこの話をしますね、談志師匠自身が着物に頓着しない話と一緒に。
これを語る談春を見ていて、嫌い嫌いと言いながら、師匠の思い出話は、
志らくと同じってのが、面白いです。
あと談志の奥さんは、全く落語に興味がなく覚えようとしないのでも有名です。
ある日、奥さんが師匠に「私、パパの落語3つ知ってる」と言って、
「一つ目は、タヌキが恩返しに来てお札になる噺」
「もう一つは、タヌキがねぇー鯉に化ける噺」
「そして、最後のは、タヌキがサイコロになる噺」と、真顔で言ったそうです。
すると談志師匠は、「それ、1つの噺なんだけどなぁー」とポツリと云った。
また、アレも有名ですね、奥さんが「パパ!『野ざらし』って山に居る生き物なの?」
談志師匠は、『野ざらし』の話を余所でしちゃいけねぇーぞ!とだけ云ったそうです。
こんな夫婦の話をしてから『替り目』へ
この噺は、いちじやたらやっていた時期がありました、談春。
酔っ払いが「赤めだか」でも有名な“お雪”を歌いながら帰宅します。
オーソドックスに、夫婦の会話で笑わせて、旦那がベロベロ状態から、
少しずつ酔いが覚めて行く感じが上手いと思います。
2.薬ができるまで/畠先生
去年の講演者は、非常に硬い話で、眠ってしまいましたが、
この畠先生は、硬い話を上手に笑いに変えて30分聞くことができました。
抗がん剤の臨床認証が遅い話と、ジェネリックの薬剤は本とにいい加減なのが多い話。
この辺りは、そうだ!そうだ!と思います。
3.明烏/談春
最後は、マクラで草食系男子の話から、十八番の『明烏』へ。
何度聞いても、談春の時次郎は、本とうぶでいいなぁー
ただ、この落語会だからか?「かさをかく」って言葉を使わなかったのです。
いつも使うのに。これはいただけない!「体をこわす」では弱いでしょう。
そこだけ、ちょっと残念でした。
これで、明日、26日の白談春では、間違いなく『芝濱』をやると思います。