第１５７９回　憑依（１）

　以前、しつこく不浄霊に追いかけられていた人の相談を受けました。その人のよると、ことの発端は早朝の始発電車の中で起きました。朝、勤務先の会社で海外の支店と会議を行うために始発電車に乗り込んだ相談者は、ドア扉の横の３人用の座席を一人で占領している体の大きな中年の男性を見ました。季節は晩秋の11月です。始発の動く午前５時は、まだ外は真っ暗です。その男性は汚れたワイシャツを着ていて、ジャンバーもジャケットも着ていません。もうかなり冷え込んでいるのにこの格好は不自然です。さらに電車に乗る時に隣を通ると、生ごみのような腐敗臭がしました。車内はまだ空いていて、空いている座席があちこちにあります。ただ、こんな大男が足を広げて座席を占領しているため、この男の近くには誰も座っていませんでした。

　相談者も少し離れたところに座って、顔をしかめながらこの男性をうかがっていました。男性は特に暴れたり喚いたりすることもなく、ただうつむいたまま寝ているようにピクリとも動きません。相談者は車窓に映る街の灯りや車内の様子を見ているうちに、会社の最寄り駅に着きました。降りようと思って立ち上がると、3人席に座っていた体の大きな中年男性はいなくなっていました。乗っていた区間はわずか4駅で、何度か目線を向けた時には確かに身じろぎもせずに座っていたのです。

～おかしいなあ…　どこで下りたんだろう…

　相談者はこの中年男性が座っている姿は何度も見ましたが、降りた姿はまったく記憶にありませんでした。ただ、これから会社では大事な会議が始まります。いつまでもこのことにこだわっている場合ではありません。そこで自分が気づかない間に下りたことにして、足早に会社へ向かいました。

　その日の昼間、昼食を取るために、よく行く会社の近くの定食屋へ行きました。お店に入るといつもの店員が、愛想よく「いらっしゃいませ」と笑顔で言うと、座ったテーブル席におしぼり2本と水の入ったコップを２つ置いていきました。しばらくすると店員は

「お決まりですか？」

そう言って相談者の隣に来て顔を覗き込みました。相談者は「何で2人分なの？オレ一人だけど」そう言って2つのおしぼりとコップを指差しました。すると店員は

「あれ？そうでしたっけ、お客さんと一緒に体の大きな男の人が入ってきませんでしたか？」

そう言うと怪訝そうに相談者を見つめました。相談者は「体の大きな男の人」と言われて、朝電車で見た中年男性を思い出しました。ただ、「そんなことがあるはずがない」と自分に言い聞かせて、それ以上考えることはやめました。

　しかし、その後もおかしな出来事が続きました。その日の午後に、仕事で取引先の会社を訪れました。そこは立派な自社ビルでした。エントランスを入ろうとした相談者が、自動ドアの前に立つ前に、誰もいない自動ドアが自然に開いたのです。それはまるで自分の前を誰かが歩いていて、自分より一歩早く自動ドアを通過したような感じでした。さらに自宅のマンションでも6人乗りのエレベーターに６人目として乗り込んだところ、重量オーバーを伝えるブザーが鳴って扉が閉じなくなりました。エレベーターの中を見回すと自分も含めて特に太った人は載っていません。仕方なく相談者が降りると、エレベーターのドアは自然に閉じて上へ上がっていったのです。

～朝から何かがおかしい～

ずっとそんなことを感じていました。（２）へ続く。

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