第１５５４回　ペンデュラム

　今月12日に、インド西部「アーメダバード空港」を離陸した「エア・インディア171便」が、離陸直後に機体が上昇することが出来ずに、空港近くの医科大学の学生寮に衝突・炎上しました。この事故では乗客乗員241人と墜落事故に巻き込まれた医大生ら24人の合計265人（現在増加中）の死亡が確認されました。その中でインド系イギリス人の「ビィシュワシュ・クマール・ラメシュさん（40歳）」がただ一人生き残りました。

　これだけの爆発炎上事故の中で生存者がいたことはまさに”奇跡“です。救助に駆けつけた救急隊員は、頭や手足のない死体や黒焦げに焼けただれた死体を数多く目撃して事故の悲惨さをマスコミに語っていました。ラシュメさんは、主翼の少し前の「１１－A 」に座っていました。目の前には非常口がありますが、飛行中は非常口の開閉はできません。ラシュメさんは衝突した場所とは反対側に座っていて、爆発の衝撃で壊れた主翼が飛行機の胴体に当たってちょうど目の前に穴が開いたのです。ラシュメさんは墜落した後、自分でシートベルトを外して、その穴から機体の外へ歩いて出て行ったのです。飛行機の中では周囲にキャビンアテンダントや乗客の死体が横たわる中を自力で脱出した様子はマスコミのカメラにも写っていました。

　こういった大事故が起こると、ラシュメさんのように運良く助かった人もいれば、運悪く命を落としてしまう人も出ます。地元「アメーダバード」出身の「バダサブ・サイードさん（60歳）」は、仕事をしているオーストラリアから帰省していました。そこでロンドンでソフトウエアエンジニアとして働いている弟の「イナヤトさん（48歳）」とイナヤトさんの妻、イナヤトさんの2人の子供と合流して、イスラム教の行事を祝っていたのです。家族水入らずの時間を過ごした「イナヤトさん」はロンドンへ帰るために家族で171便に乗りました。しかし、本当はロンドンへ直行する171便ではなく、「アメーダバード」から首都「ニューデリー」を経由して「ロンドン」へ向かう飛行機の航空券を買っていたのです。ただ、「ニューデリー」へ向かう便が出発直前になってフライトがキャンセルされたために、急遽予定を変更して墜落した直行便に搭乗することにしたのです。そのときこれから搭乗するために「アメーダバード空港」に到着したイナヤトさんからバダサブさんに電話がかかってきました。その時の様子は普段と変わらず、「12月に親族の誕生日を祝うために、また会おう」と約束して電話を切っていたのです。そして搭乗前に空港で撮影したイナヤトさん家族の画像は、みんな笑顔で幸せそのものだったのです。ところがそれから171便は離陸して1分もしないうちに墜落して、イナヤトさんや家族全員が帰らぬ人になったのです。

　人生に“もし”はありませんが、もし予定通りに「アメーダバード」から「ニューデリー」へ向かう飛行機が直前でフライトキャンセルされていなければ、イナヤトさんやご家族は、無事にロンドンに戻ってインドで過ごした楽しい時間の話に花を咲かせていたことでしょう。運命の振り子（ペンデュラム）はいつも揺れています。このような大事故でなくても、私たちの身近で起きている交通事故でも、わずかコンマ5秒時間がずれていれば、ぶつからずに助かっているのです。運命のペンデュラムがどこで止まるかによって生死を分けることは非常に多くあるのです。

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